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イベリス

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第七十三話 何の価値もない思想家その十四

「サラダとは別に林檎も用意するから」
「デザートに?」
「ええ、どっちも食べてね」
「そうするわね」
 咲もそれならと応えた。
「健康の為にも」
「是非ね」
「あとお前麦飯も食べるな」
 父がこちらのことを聞いてきた。
「そうだな」
「麦飯よりも十六穀ご飯の方が好きよ」
「それでも食べるな」
「別に嫌いじゃないわ」
「そのこともいいな」
「麦飯食べることも」
「白いご飯だけだと脚気になるしな」
 この病気のことを言うのだった。
「お前も知ってるだろ」
「あれでしょ、日清戦争とか日露戦争とか」
「かなり死んだからな」
 その脚気でだ、深刻な国民病の一つであり江戸時代から多くの犠牲者を出してきた。
「麦飯も食べるとな」
「いいのよね」
「まあパンを食べてもな」
「脚気にならないわね」
「間違っても森鴎外みたいなことは言うな」
「あの人ね」
 咲はこの文豪の名前を聞いて顔を曇らせた。
「有名よね」
「そうだな」
「それも悪い意味で」
「ああしたお医者さんは駄目だしな」
「参考にしても駄目ね」
「だから麦飯を食べられるならな」 
 それならというのだ。
「いいぞ」
「そのこともなの」
「だからな」
 それでというのだ。
「出たら食べるんだぞ」
「麦のあの食感好きよ」
「だったらいい、麦飯も身体にいいんだ」
「脚気にならないからね」
「今時脚気になる人も殆どいないだろうがな」
 それでもというのだ。
「栄養的にもいいしあれはあれで美味いからな」
「食べられるならそれに越したことはないのね」
「そうだぞ、しかし森鴎外はな」
「あの人脚気で大変なことしたから」
「褒められた人じゃなかったんだ」
「作家として凄くても」
「医師そして人間としてはな」
 小説家にして翻訳家である森鴎外ではなく森林太郎として見ればというのだ。
「そうした人だったからな」
「ネットでもよく言われてるわ」
「そう父さんも知ってるぞ」
「そうなのね」
「実は大学生の頃に知ったんだ」
 森鴎外と脚気のことはというのだ。
「それまでは文豪で陸軍の軍医の頂点に立ったな」
「凄い人だって思ってたのね」
「そうだったんだけれどな」
 それがというのだ。
「今はな」
「そう思ってるのね」
「そうだ、本当にお世辞にもな」
「褒められた人じゃないって」
「わかったんだ、けれど咲は麦飯があったらな」
 それを出されたならというのだ。
「いいな」
「食べればいいのね」
「そうだぞ」
「じゃあ食べていくわね」
「好きなら余計にいいな」
「というか麦飯が拒否されるってね」
 何かと、とだ。咲は言った。 
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