展覧会の絵
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第十二話 ジェーン=グレンの処刑その十一
春香は己の中から白く濁ったものをはしたなく溢れ出させながらだ。こう言うのだった。
「もう、私は」
「そうだね。じゃあこれからもね」
「お願いします・・・・・・」
DVDはここで終わった。全てを観終わった望は崩壊していた。テレビの前で崩れ落ちていた。今観た現実の前にだ。そうされてしまっていたのだ。
十字は美術部の部室でまた絵を描いていた。今度の絵は。
美しい少女が膝で立っている。寝巻きを着ている。長いブロンドがその美貌をさらに際立たせている。だがその美貌は完全に見えなかった。
白い布で目隠しをされている。その為美貌は完全に見えない。そして表情は嘆きのものだ。見ればその前には処刑台が置かれている。
少女の周りには男達がいる。彼等はそれぞれの顔で少女を見ている。その絵を見てだ。
和典はその絵を描く十字の横からだ。こう尋ねた。
「この絵も描いてるんだ」
「前に描いていた絵はもう終わったよ」
「相変わらず描くのが早いね」
和典はまずはこのことを言った。
「いや、本当に」
「模写だからね。ただ描くだけだから」
「だから早いんだ」
「自分で描く絵はより遅いよ」
「考えて描くからかな」
「そう。ただこうした模写もね」
どうかというのだ。彼が描いているそれはだ。
「その絵の中にあるものを感じ取らないといけないんだ」
「そうしないと描く意味がないんだね」
「そうだよ。それでね」
「それで?」
「この絵だけれど」
少女が今にも処刑されようとしているその絵がだ。どうかというのだ。
「知ってるかな、この絵のことは」
「うん、知ってるよ」
すぐにだ。和典は十字の今の問いに答えたのだった。
「ジェーン=グレンの処刑だよね」
「そう。イングランドの女王だった」
「女王でも処刑されることはあるんだね」
「イングランドで処刑された王はもう一人いるけれど」
チャールズ一世である。清教徒革命の結果そうなったのだ。この革命では確かに絶対王政とみなされるものは倒れた。しかし狂信的な独裁者を生み出した革命であった。
その王のことも話してだ。十字は話すのだった。
「この女王はとりわけね」
「女王だったことは少しの間だけだったんだって?」
「そう。ほんの一時で」
「引き摺り下ろされてこうなったんだ」
「当時のイングランドの政治は混乱していたよ」
ヘンリー八世の存在もありだ。お世辞にもまとまったものではなかった。
「信仰の混乱も影響してね」
「カトリックと国教会かな」
「僕は国教会には悪感情はないよ」
所謂イギリス国教会のことだ。その長はイギリス国王となっている。信仰で国家をまとめるという意図によるものだがそのはじまりはヘンリー八世の女性問題であるから笑えない。
「他のプロテスタントにもね」
「カトリックでもなんだ」
「信じるものがあるのならそれでいいよ」
「宗派が違っても」
「宗教が違ってもね」
広範囲だった。十字の許容範囲は。
「そう、信仰があるのならいいけれど」
「なかったら?」
「心に邪悪しかないのならね」
そうした人間がだった。十字の許容範囲にいる相手だった。
「その人間は許せないよ」
「ふうん。悪人はなんだ」
「そう。それでね」
十字は描きながら和典に話していく。
「この絵だけれど」
「うん、女王の処刑だね」
「この女王はカトリックの狂信者であるメアリ女王に処刑されたんだ」
玉座から引き摺り下ろされそれからだ。この絵の様に処刑されたというのだ。
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