展覧会の絵
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第十話 思春期その三
「特に変わったところはないわ」
「じゃあ普通に英語や数学とか?」
「普通の教科をマンツーマン、いえ」
ついだ。その「授業」の内容を思い出してだ。雅はその顔をさらに白くさせる。
それで身体が強張る。しかしだった。
何とか言葉を出した。そうしたのだった。
「そうよ。マンツーマンでね」
「教えてくれるんだ」
「そうなのよ。どんな教科でもね」
「理事長さんってどんな教科でも教えてくれるんだ」
「そうみたいなのよ」
「お兄さんも凄いけれどね」
大学に請われて残った程だ。それならばだ。
だがそれでも由人もだとだ。猛は明るく言うのだった。何も知らないが故に。
「理事長さんもなんだね」
「そう思うわ。実際にね」
「そうなんだ。僕も理事長さんの授業受けたいな」
やはり何も知らないままだ。猛はこんなことを言った。
「成績を少しでもあげたいからね」
「そうよね。学校の勉強はね」
「頑張らないとね。そっちもね」
猛はまた言った。
「そう思うからね」
「そうね。けれど猛は」
「僕は?」
「もっとね」
ここでも無理をしてだ。雅は言い繕った。
「空手の方も頑張らないと」
「えっ、そっちなんだ」
「そうよ。今日だってその調子の悪い私に負けてるじゃない」
「それはそうだけれど」
「道場継ぐのよね」
このことをだ。雅はいつもとは違う歯切れの悪さで言ってきた。
「そうよね」
「それはそうだけれど」
「だったら。もっとよ」
「強くならないと駄目なんだ」
「そうよ。確かに全国大会は出たけれど」
それでもだというのだ。
「もっと強くならないと。特にね」
「特に?」
「心よ」
それがだ。強くならないと駄目だというのだ。そして雅はふと心の中で思いついてだ。猛に対してこうした例えを出してきたのである。
「それこそ敵討ちできる位にね」
「敵討ちって。時代遅れじゃない」
「例えよ」
それで言ったとだ。雅はここでは真面目に言った。
「例えだから」
「例えなんだ」
「そうよ。それでもね」
「強くなることは絶対なんだ」
「猛だって平均よりはずっと強いのよ」
伊達に全国大会に出ている訳ではない。それは間違いなかった。
だがそれでもだとだ。雅は猛に対して言うのである。
「後は心よ」
「技だけじゃなくて」
「猛は既に技はあるわ」
空手の腕、それはあるというのだ。雅はさらに言う。
「健康だし」
「体もあるっていうんだね」
「そう。技と体はあるのよ」
「じゃあ後は」
「心だけよ」
心技体のだ。最後の一つだけが猛にはないというのだ。
「それが問題なのよ」
「心が」
「後の二つも確かに大事だけれど」
「心が一番大事だっていうんだね」
「そうよ。後は心を強くしたらね」
「僕はいいんだ」
「猛は気が弱くて引っ込み思案だから」
雅はよくわかっていた。猛のことをだ。彼は実際のところ空手脳でも確かだ。それに小柄で細く弱々しい身体つきだがそれでもだ。健康であるのだ。
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