Fate/WizarDragonknight
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怪獣
アンチがウィザードの目の前に、再びその姿を現した。
雷鳴とともに、夜が一瞬光に満たされる。
闇の中から、紫の姿が浮かび上がる。
「アンチ君……どうしてここに?」
あの医者はどうした、とウィザードは続けようとしたが、それよりも先にアンチがトレギアへ挑んでいく。
まるで武器庫のように、無数のミサイルが全身から発射されていく。
トレギアは右手を振る。すると、黒い雷が鞭のように発射され、全てのミサイルを打ち落とす。
爆炎の中、アンチは即座にトレギアへ飛び込む。
片腕だけで、トレギアの体を握りつぶせそうな手を伸ばしていくが、トレギアは闇となって消滅してそれを回避。アンチの背後から、その目から赤い怪光線を放つ。
背中が破裂したアンチは、そのまま前のめりに倒れ込む。
「アンチ君!」
これ以上は好き勝手にさせられない。
ウィザードは銀の銃を発砲し、トレギアの攻撃を妨害。即座にソードモードに変形させ、アンチの背中を飛び越えてトレギアへ攻め入る。
銀の刃を何度も振るうものの、トレギアは簡単に回避する。
だが、今度は先ほどまでとは違う。トレギアの背後に回り込んだアンチが、その逃げ場を封じていく。
前後からそれぞれバラバラの動きをしてトレギアを挟み込む両者。
だがトレギアの回避能力は、ウィザードとアンチの攻撃能力を上回っていた。両腕をそれぞれ別々の動きをしながら、ウィザードとアンチを受け流していく。
トレギアはさらに、体を捻って回転。その爪から発生した赤い斬撃が、ウィザードとアンチの体から火花を散らす。
「ぐっ……!」
ウィザードは痛みに堪えながら、すでに左手に付け替えてあったサファイアの指輪を発動させる。
『ウォーター プリーズ』
雨の中、ウィザードの炎が水に書き換えられていく。
環境に合わせた水のウィザードは、その青いスカートをはためかせる。
『リキッド プリーズ』
この状況で使われる液状化の魔法は、普段のそれとは全く異なる性質を持つ。
トレギアの手から放たれる黒い雷撃に対し、ウィザードは体を液状化させてそれを回避。地上の水たまりを伝い、瞬時にトレギアの背後に出現。
「何!?」
「はあっ!」
青い斬撃が、トレギアの体を数回にわたって切り裂いていく。さらに、回転蹴りでトレギアを地面に引き倒す。
『キャモナスラッシュシェイクハンド ウォーター スラッシュストライク』
そのまま、ウィザードはソードガンにサファイアの指輪を読み込ませる。
水の魔法陣が、幾重にもウィザーソードガンを包み、更には無数の雨粒を吸収し、普段のスラッシュストライク以上の青を見せていく。
「だああああああっ!」
横に振るわれる、水の刃。だが、即座に起き上がったトレギアは体を反らしてそれを回避。
だが。
「逃がさん!」
雨を切り裂くスラッシュストライクを、アンチが握り掴む。スラッシュストライクの勢いを殺すことなく、アンチはその場で身を捻り、スラッシュストライクを投影する。
その際、青い弧は、アンチの紫のエネルギーを内包していく。
青と紫、二色のスラッシュストライクは、そのまま背後からトレギアの肩口を切り裂く。
被弾して爆発。怯んだトレギアは、ウィザードの方に傾いた。
その隙に。
『フレイム スラッシュストライク』
『ランド スラッシュストライク』
水のウィザードのみが扱える、異なる属性同士の必殺技の兼ね合い。
火と土。二つの斬撃が、倒れていくトレギアの体を切り裂いた。魔力で出来た土を火が溶かし、マグマとなり、即座にそれを雨が冷ましていく。
それぞれの相乗効果によってあがった威力のそれは、トレギアに着実にダメージを与えていく。
「トレギアアアアアアアアアアッ!」
さらに、アンチが追い打ちを狙う。
ウィザードを突き飛ばしながら、トレギアの顔面を押し倒す。
アスファルトを砕くほどの力でトレギアを地面に叩きつけるが、地面とアンチの腕に挟まれたトレギアの姿は闇と化し、雨の中に溶けていく。
「何っ!」
アンチの腕は、そのままアスファルトを叩き壊した。そのまま立ち上がり、トレギアの姿を探しているが、ウィザードも完全に彼の姿を見失った。
「トレラアルティガ!」
それは、アンチのすぐ背後。
暗闇の中から見せる赤い瞳から、それがトレギアだと理解したウィザードは、ウィザーソードガンで発砲。銀の銃弾がアンチを避け、トレラアルティガを準備していた腕に命中。その射線が反れ、虚空の空へと上昇していく黒い雷。
トレギアは即座にアンチから飛び退き、両腕を大きく広げた。
「トレラアルティガイザー」
腕の中心部に現れる、五個の赤い点。
それは、トレギアの最強の力を指し示す。
それに対応するべきものは、ウィザードが持つ最強の力。
ウィザードにおける基本形態、火のウィザード。フレイムスタイルだけが使える、最強の技。
『チョーイイネ キックストライク サイコー』
それを合図に、ウィザードの足元に大きな魔法陣が出現する。魔法陣から供給される魔力が、右足に紅蓮の炎を宿らせる。
ウィザードはそのまま、バク転とともに大きくジャンプ。そのまま、トレギアへ蹴りを放つ。
「だああああああああっ!」
雨粒を蒸発させながら、トレラアルティガイザーに当たっていくストライクウィザード。
赤と蒼。炎と雷。
夜の雨という暗い世界を吹き飛ばし、駅前に小さな昼間を作り上げる力の激突。対照的な二つの力が見滝原の嵐の中でより大きな爆発を引き起こす。
ウィザード、トレギア、そしてアンチを巻き込むそれは、三人それぞれの異能の力を解除させ、水が張った道路に放り投げた。
「ぐっ……」
体が地面に接触した瞬間、我慢していたイリスとの戦いの傷が再び疼く。
全身に走る痛みに身を屈め、吐血。
「おやおや……思っていたより重傷みたいだね……」
笑みを浮かべた霧崎。
傘を刺し、そのまま、ハルトとアンチに最後の一撃を与えようと近づいてくる。
だが。
「……っ!」
突如として、霧崎は顔を歪める。
数歩、その場で足踏みをした霧崎は、その手から傘を手放してしまう。そのまま風によって傘がどこかへ流されていったと同時に、霧崎は膝を折った。
「な……に……?」
霧崎がここまで驚いた表情は見たことがない。余裕を崩し、振りつける雨に容赦なく体を濡らされていく。
「まさか……ここまで追い詰められるなんてね……!」
「新条アカネをどうするつもりだ! トレギア!」
ハルトよりもいち早く起き上がった人間態のアンチが、霧崎へ怒鳴る。
その口より放たれた、知らぬ名前に、ハルトは思わず眉を顰めた。
「新条アカネって……もしかして、さっき駅に走っていったあの女の子か!?」
令呪を持っていた、あの眼鏡の少女。
ならばと、ハルトは見滝原中央駅を見上げた。
あのムーンキャンサーのマスターが彼女なのだろうか。そして同時に、トレギアのマスターでもあるのだろう。
霧崎は「やれやれ」と首を振り、
「アンチ君……君はどうやら、彼女のことを全く理解していないようだね」
「何!?」
歯をむき出しにするアンチに対し、霧崎は冷笑する。
「彼女が求めるのは、思いやってくれる優しい存在じゃないよ。彼女が求めるのは……この世界全てを破壊してくれる、怪獣だけだよ」
「俺は怪獣だ!」
だが、霧崎の言葉を奪ったアンチに対し、霧崎は大笑いを始めた。ごうごうと振り続ける雨の中にも関わらず、彼のその笑い声だけは強く響いた。
「怪獣! 怪獣! アンチ君、君は、今の自分が怪獣だと!?」
大きく顔を歪める霧崎。人間にはとても出来ない恐ろしい表情に、ハルトは思わず背筋を震わせる。
「君はもう、怪獣とは言えないしね」
「何? ……うっ」
アンチは突然の痛みに、右腕を抑えた。
霧崎は続ける。
「怪獣は、そうやって誰かを助けようとしないからねえ。人に寄りそうことも、思いやることもない。怪獣を求める新条アカネが、君を受け入れるのかな?」
霧崎の言葉に、アンチは表情を固まらせる。
霧崎は続けた。
「彼女はもう、君には興味はないよ。ムーンキャンサー……彼女の第二のサーヴァントである怪獣にゾッコンさ」
「だから……」
「だから助けるのかい? ひたすらに破壊を求める彼女を?」
霧崎の背後に、雷が鳴る。
「アンチ君……たとえ君が彼女を救ったとしても、彼女が君に感謝することはない……それどころか、むしろ逆上するんじゃないのかい?」
「それは……」
徐々に落ち込んでいくアンチ。
だが、ハルトはそんな彼の肩に手を置いた。
「そんなの、君が決めればいいよ」
「お前……!」
ハルトはそのまま、アンチを背に押し出す。
霧崎に向かい合ったハルトは、そのまま告げた。
「その子……新条アカネ、だったっけ? アンチ君が助けたいと思えば助ければいいし、その気がないなら、俺が助ける。トレギア、お前がそこで邪魔をする義理なんてどこにもない」
「へえ。悪い怪獣の味方をするのかい? ハルト君」
月が雲に隠れ、霧崎の姿が影の中に包まれていく。一瞬そのシルエットが、トレギアのものとなった。
「ファントムだなんて化け物を片っ端から退治している君が、そんな人形から作られた怪獣を庇うのかい?」
「……本当の悪意を判別するべきなのは、人間かどうかじゃない。その心がどうかだ」
そう言いながら、ハルトはこの聖杯戦争で戦ってきた者たちのことを思い出していた。
人間でありながら、愛憎によって狂い、もう一人のウィザードとなった我妻由乃。
怪物として生まれながらも、ハルトと近しい仲になり、ハルトが自ら手を下したクトリ。
クトリの育ての親であり、人間でありながら世界をアマゾンの世界に作り変えようとしたフラダリ。
この世界に根強く残る荒魂でありながら、人間との共存を願う少女、コヒメ。
「たとえ人でなくても、悪意がない奴だったら俺は守る。人間でも、悪意があるなら……命は奪わないけど、改めさせる。お前なんかに……誰かの運命を決めさせたりしない!」
「へえ……」
影となり、彼の蒼い目だけが光る中、霧崎の声はだんだんと消えていった。
「まあいいさ。なら、行ってごらん? 彼女はおそらく、このままムーンキャンサーとの融合を望むだろう。ライダーたちに邪魔されてしまったが、このまま彼女がムーンキャンサーと融合すれば、ムーンキャンサーは完全体となる」
「完全体?」
「そう……アンチ君、君は果たして、新条アカネを助けるべきなのかどうなのか、その時に決めればいいさ」
その言葉を最後に、月明りがその場を照らす。
だがすでに、霧崎の姿はどこにもいなくなっていた。
ハルトは霧崎がいた場所を凝視しながら、アンチを見下ろす。
「……行こう、アンチ君。あの子を助けに行こう」」
目を吊り上げたままのアンチは、ハルトの言葉に頷いた。
そして。
ハルトとアンチは、未だに燃え盛る見滝原中央駅への道を急いだ。
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