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八剱銀杏

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第五章

「この神社で帰って来ると約束したらな」
「帰って来ないんだ」
「戦争があってそれに負けてな」
「そうもなったから」
「余計に思った、あの学生参加帰って来ない」
「日本武尊様みたいに」
「そうなるってな、しかしな」
 それがというのだ。
「違った、むしろ日本武尊様はな」
「ご自身みたいにならない様にだね」
「ここで帰って来るって約束したらな」
「その人が帰って来る様にだね」
「してくれるのかもな」
「そうなんだね」
「この銀杏の木もな」
 また銀杏の木を見て孫に話した。
「約束して帰られなかった日本武尊様を見て知っているからな」
「だからだね」
「あの方みたいにならない様に」
「約束した人を戻って来られる様にしてくれるんだ」
「そうかもな、わしは思い違いをしていた」
 老人はまたこう言った。
「この神社は恋人同士が戻って来て一緒になろうと約束したらな」
「日本武尊様がご自身みたいにならない様にしてくれて」
「銀杏の木もな」
「あの方みたいにならない様にだね」
「してくれるんだ、そうした場所だ」
「そうなんだね」
「だからな」 
 それでというのだ。
「あの学生さんは戻って来られたんだ」
「そして幸せになれるんだね」
「そうだ、必ずな」
 抱き合って再会の喜びを嚙みしめ合う恋人同士を見て孫に話した、二人がこの恋人同士が結婚し幸せになったという話を聞いたのは後のことだった。
 そして戦争が終わって七十年以上過ぎた時にだった。 
 あの時の孫、老人になった彼が広島から里帰りしてきた曾孫を八釼神社に連れてきて銀杏の木を見せて曾孫にその話をしたのだった。
「ひい祖父ちゃんが子供の頃だ」
「そんなことがあったんだ」
「ああ、戻らないと思っていたらな」 
 まだ幼稚園児の曾孫に話した。
「それがだ」
「戻って来てだね」
「そしてな」 
 そのうえでというのだ。
「幸せになったんだ」
「そうなんだね」
「だから恋人同士が別れることになってもな」 
 例えそうなってもというのだ。
「それでもな」
「この神社で約束したらだね」
「日本武尊様とこの銀杏がな」
「また会わせてくれるんだね」
「そして幸せにしてくれるんだ」
「そうなんだね」
「だからな」
 曾孫にさらに話した。
「お前もな」
「好きな人が出来てだね」
「お別れすることになってもな」
「ここでまた会おうって約束したら」
「ここで会えてな」 
 そうしてというのだ。
「幸せになれるんだ」
「そうなるんだね」
「そうだ、いい神社だろう」
「そうだね、別れることになっても幸せになれるなら」
 曾孫も言った。
「また会えて、それならね」
「お前もその時はな」
「約束するよ」
「ああ、この銀杏の木の下でそうするんだぞ」
 彼は銀杏の木を見ながら話した、銀杏の木は今は葉が金色になっていた。あの時と同じ様にそうなっていた。


八釼銀杏   完


                   2022・2・16 
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