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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第五十話 第五次イゼルローン要塞攻略戦(中)

帝国暦483年11月21日06:00
イゼルローン回廊、イゼルローン要塞近傍、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ジークフリード・キルヒアイス

 上官に人を得る、というのがこんなにも有難い事だとは思わなかった、とラインハルト様は仰った。
「今までが今までだったからな。伯は有能ではないかもしれない、でも無能では無いし有為の人だろうな」
やはり環境が変わって初めて目覚める事もあるのだ、という事だろう。伯がそうだった様に、ラインハルト様も少し変わった様な気がする。
アンネローゼ様をお助けするために抱いている志は今でも変わらない。しかし大貴族、門閥貴族と呼ばれる人達に直に接する─それも補佐という形で─様になって、今までと違う人の見方をするようになってきた様に思える。
「確かに多くの貴族は無能だろう、だが全てが無能とは限らない。特に大貴族はそうだ。よく考えれば帝国の中枢に近い所にいるのだ、それで陥れられずに権勢を維持するのは並大抵の事ではあるまい。伯に仕えて初めて解ったよキルヒアイス…敵の事も知らずに姉上を救う夢ばかり見ていたとは…恥ずかしい限りだな」
「敵を知り己を知る…名参謀、ミューゼル少佐の誕生ですね」
「何だと、ハハ…」
そう、我々は敵を知り己を知らねばならないのだ…。

 「考え事かい、キルヒアイス」
「いえラインハルト様、そういう訳では…」
「隠し事はなしだぞ」
「では…敵、叛乱軍は何を目指しているのでしょう」
「決まっているじゃないか、イゼルローン要塞の攻略だろう」
「それはそうなのですが…」
「叛乱軍のイゼルローン攻略後の方針の事を言っているのか?」
「はい。叛乱軍…同盟軍は帝国本土に攻め込むのでしょうか」
「それは…当たり前とは思うが、言われてみれば…考えた事がなかったな」
「イゼルローン要塞が出来て以来、何十年も彼等は攻めあぐねています。そして今日までその図式は変わらない」
「そうだな」
「彼等にとって手段が目的化しているのではないかと思いまして…これは帝国にも言える事ですが、戦争目的を見失っているのではないかと」
「これだけ何度も攻めておきながら…落とした後の事は考えてないと言うのか?」
「はい…考え過ぎかも知れませんが」
ラインハルト様はまさかという顔をしたがそう思えてならないのだ。敵にとってみればまずはイゼルローン、その先はそれから考えればいい…。
「同盟軍の方針は置いておくとしても、我々はイゼルローン要塞が失陥した場合の事も考えなくてはなりません」
「そうだな…正に今その戦いの真っ最中だからな、玉砕という訳にもいかない…俺がのしあがる前に現在の情勢が変わる、という事も考えなくてはならない、という事だな。しかしそんな事を言うなんて、いきなりどうしたんだ?」
「昨日のラインハルト様の発言が気になりまして」

私も参謀任務に就いているが、佐官のラインハルト様と尉官の私とでは任務の内容が違う。ラインハルト様が直接司令官…ヒルデスハイム伯爵中将を補佐するのに対し、私の任務は雑務―艦隊司令部の庶務、雑務の所掌、統括―だ。だから常にラインハルト様の側に居る、という訳にもいかない。だが同じ艦橋勤務ではあるから、昨日のラインハルト様の発言も当然ながら耳にしていた。

“敵の動きが不自然です”

私に割当てられている制御卓を操作し、ラインハルト様達と同じ様に戦況概略図を開く。……確かに不自然かもしれない。叛乱軍が何を企図しているかは分からないが、最後尾が一度も動かないのは妙だ。

「聞こえていたか。危惧が当たらない事を祈るばかりだ」
「はい。私も戦況概略図を見て、不審に思いました。それで概略程度ではありますが過去の要塞防衛戦を調べてみたのです」
「何か分かったのか」
「敵も指揮官が変われば攻め方も変わると思うのですが、膠着状態になり手詰りになる…の繰り返しです。今回の同盟軍もそうです」
「能のない奴等だ…過去の戦いを見れば膠着状態になるのは目に見えているのにな。俺ならイゼルローン要塞の様な要塞天体を作ってぶつけるがな。人命も無駄に失なわずに済むし、結果として安上がりだ」
「ぶつける…確かに帝国軍の上層部は想定していないでしょうね…まあそれはともかく話を戻しますと、確かに今回も膠着状態には違いませんが、今回に関してはあらかじめ膠着戦に持ち込む事を企図している様な印象を受けます」
「…そこだ。敵は後衛の艦隊を動かさずに前衛艦隊だけで戦っている。兵力は向こうの方が上なのだから、要塞主砲の射程圏外で戦う限り後衛の艦隊が前線に参加すれば余程楽に戦えるし、早めにけりをつけられる。それをしないというのは、何かを企んでいるとしか思えない。もしそれかこちらの想定外の手段なら、並の指揮官では対応は難しいだろうな。俺としては敵は並行追撃を目論んでいると思うのだが…」
「はい…」
ラインハルト様は組んだ右手を顎にあてて何事か考えている。私の言った事が何か参考になればいいのだが…。

「敵の指揮官は確か宇宙艦隊の司令長官代理だったな」
「はい。フェザーン経由でもたらされた情報ではシドニー・シトレ大将、病気療養中の現職の司令長官の代理に任命されたと。そのまま代理の文字がとれる予定だそうです」
「…一時的な代理ではなく指揮を引き継ぐとなれば、自分が指揮する初の作戦で負ける訳にはいかないだろう。その初戦で要塞攻略戦を行うとは、立てた作戦に余程自信があるのだろうな」
「はい…。攻守のバランスが高い次元でとれた有能な指揮官だそうです」
「適材適所の人事、という事か」
「はい…それと気になる人物が司令部中枢に配置されています」
「誰だ?」
「参謀ではありませんが、次席副官の名前にヤン・ウェンリー中佐の名があります」
「奴らの喧伝するエル・ファシルの奇跡、平民…いや民間人だな、その救出作戦で名を上げた男だな」
「はい。それともう一人…ヤマト・ウィンチェスター中佐。此方は作戦参謀に配置されています」
「俺達の事を知っていたあの男か」
「はい。何でも『ブルース・アッシュビーの再来』と称されているとか」
「アッシュビー…叛乱軍の著名な指揮官だな。奇跡を起こす男と名将の再来と称される男。面白そうな組み合わせだな。常識に囚われない発想をするかもしれない、という事か…その二人をスタッフにしているという事は、これからしばらくの間はしたたかな攻め手を採るかもしれないな」
「はい。そしてこの戦いです。注意した方がいいかもしれません」
「そうだな。だがまずは伯の補佐だ。彼をきちんと補佐しない事には生きて戻れないからな」



11月23日13:00
イゼルローン回廊入口(同盟側)、自由惑星同盟軍、第八艦隊、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 こちらの思惑通り、膠着状態で終える事が出来た。
中々の滑り出しだ。まあ相手の事はよく分からないけどこちらは無理はしていないから、膠着状態になるのは当たり前なんだけどね。
「総参謀長、再編成が終了しました。第四艦隊、一万千二百隻、第五艦隊、一万三百隻、第十艦隊、一万ハ百隻。各艦隊共に現艦艇数の一割から二割は損傷していますが、戦闘に支障はないとの事です」
「了解した。君の立てた作戦案では、この後再度膠着状態に持ち込むのだったな?」
「はい。突破しようとして突破出来ない、この状態を演じます」
「その後第二段階、という訳だな」
「その通りです」
「上手く行く事を願っているよ。では長官代理に報告してくる」
クブルスリー少将。原作でも旧版アニメでも期待されながら活躍出来なかった、ちょっと悲しい存在だよな。戦略眼に優れた有能な指揮官…って描かれ方だったけど、事前にこの今作戦案を報告したら、絶対却下だっただろう…。
「准将、休憩なさって下さい。まだ五時間はありますから」
「そうか、君はいいのか?」
「はい、まだ若いんで大丈夫です、ハハ」
「ではお言葉に甘えるとするかな。二時間後には戻るよ」
「どうぞ」
主任作戦参謀のハフト准将。同盟軍も大所帯だから、原作に名前の出てこない人がたくさん居るのは当たり前なんだが、いかにも切れ者、参謀の鑑、って感じの人だ。後方勤務本部出身なのに作戦参謀というのは少し珍しい。同じ補給畑という事で、キャゼルヌさんとうまが合う様だ。何故か、俺とも仲良くしたがっているように見える。多分…俺が将官推薦で国防委員長に近い存在だからだろうか…それともシトレ親父の秘蔵っ子とでも思われてるんだろうか…。補給担当のギャバン准将もそうだし主任情報参謀のロックウェル准将もそうだ。もしそうなら仕方ない事だろうが随分と打算的だが、まあ嫌われるよりかなんぼかマシだろう。
ハフト准将も居なくなって、総司令部の高級士官で艦橋に残っているのは俺だけになった。総参謀長副官のシモン大尉は少将の代わりに艦橋に残っている。浅黒の肌の中々の美人だ。うん、絶対に副官の選考基準には容姿の項目もあるんだろう…。

「予定通りの様だな、中佐」
長官代理、艦橋入られます、というシモン大尉の声と共にシトレ親父が総参謀長を伴って艦橋に入って来た。
「はっ、この後一三三〇時より行動を再開します」
「再度膠着状態に持ち込むのだな…あと何度繰り返せばよいと思うかね?」
「前衛艦隊の損害状況にもよりますが、最低でもあと三度程は繰り返すべきだと考えます。その状況の中で長官代理の直卒艦隊が前線に出る様に疑似突出を繰り返せば、こちらの意図は読まれない筈です」
「更に無人艦を突入させるのだったな」
「はい。各艦隊から千隻ずつ、直卒の当艦隊から二千隻、合計五千隻が突入します。当艦隊からの派出分はすでに各艦隊に分散配置済みです」
俺がそこまで言うとシトレ親父が力強く頷き、総参謀長にに向き直った。
「了解した。総参謀長、予定通り作戦を再開したまえ」




11月26日17:05
イゼルローン要塞近傍、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 参謀長シューマッハ中佐の顔色が優れない。それもそうだろう、敵は四度目の攻勢をかけ始めた。
駐留艦隊の残存兵力は既に一万五千隻に満たない、それに対し叛乱軍の前衛三個艦隊は三万隻近い。そしてその敵は今回は勢いが激しい。それでも尚組織的に抵抗出来ているのは、こちらのノルトハイム・グルッペによる敵左翼の足止めが成功している為だが、その分敵中央と右翼からの攻勢は激しくなっている。
「厳しいな」
ヒルデスハイム伯がボソリと漏らした。伯は呟いたつもりの様だったが、意外にその声は大きかった。照れ隠しの様に伯が指揮官席を立つ。
「命令。艦隊、紡錘陣を取りつつ三十度左回頭。駐留艦隊の左翼を迂回して前進し、叛乱軍右翼を側面攻撃する」
「閣下、閣下の御命令を実行致しますと、敵の後衛予備が動き出した場合、我が艦隊は左側面または後背を突かれる恐れがありますが…」
「分かっている。だが駐留艦隊は既に手一杯の状況だ。このままだと駐留艦隊の中央と左翼は崩れて無秩序に後退しかねない。現在位置ではそれに巻き込まれる恐れがある。だが我等が敵の右翼を側面攻撃すれば駐留艦隊は要塞主砲の射程圏内に秩序を保って後退出来るのではないかね?幸いな事に、まだ敵の後衛予備は突出の真似ばかりでまともに動いてはいない。頃合いを見て我等も後退すればいい」
「…仰る通りです」
伯の見立ては最善ではないが最適解だろう。味方の予備戦力と呼べる物が既に我々しかいないこの状況では、駐留艦隊の後退を援護する程度の事しか出来ない。
「少佐、駐留艦隊に連絡、後退を援護する」
「はっ」
「それと再度進言しろ。敵はこちらの後退に合わせて急速追撃してくる恐れあり、とな」
「はっ」
ヒルデスハイム伯か…。門閥貴族としてはブラウンシュヴァイク一門の凡庸な一貴族だったのかも知れんが、前線に身を置いて変わった…本人も今まで気づいていなかった才能が開花した…。俺やキルヒアイスにもあるのだろうか、そういう一面が…
「少佐、どうしたか?」
「は、はっ、駐留艦隊司令部に伝達いたします」





11月26日18:10
自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ、艦隊司令部、
アレクサンドル・ビュコック

 参謀長がこちらに駆け寄ってくる…相変わらず目が赤い、寝不足かの…。
「敵の予備が動き出しました。現在敵駐留艦隊の左翼に位置…紡錘陣を形成している模様。我が艦隊の右翼を攻撃するものと思われます…駐留艦隊は要塞主砲の射程内に後退する気でしょうか。敵の予備の動きはその援護ではないかと推測しますが」
参謀長の推測は正しい。このままでは敵も戦線を維持するのは困難じゃろうて…だがこれは…。
「多分そうじゃろうが…まずいの」
「は?」
「説明は後じゃ。モンセラート分艦隊に連絡、二時方向に現れるであろう敵の予備集団の足止めをせよ」
「はっ」
「続いて第四艦隊に要請、敵主力は後退の気配、更に攻勢を強化されたし。当艦隊もそれに続く、と」
「了解致しました!」
 
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