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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第79話 第四一回帰還事業団統括会議

 
前書き
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。

まぁちょっと出木杉というか、本来官僚がこうでは問題あるんじゃないかとか、
現実的にありえないとか、思わないでもないです。

結局、筆者の知識と筆力不足・劣化です。温くお願いします。 

 
 
 宇宙歴七八九年一一月八日 バーラト星系惑星ハイネセン 


 ヤン自身、こういう事が面倒というか辟易しているのは分かっている。俺の目的が、エル=ファシルの英雄として帰還した時の邪気の大群と大差ないことも。だがヤンは第八艦隊司令部を訪れた俺を、イエロー・ジャーナリズムや増殖した親族とは別として応対してくれたのは、士官学校以来の親交を鑑みてのことだろう。原作通りであれば、切って捨てられても可笑しくはない。

「……で、先輩は四者の説得の材料として私に何を喋れと言うんです?」

 はぁ、と画面越しによく見た呆れたような無気力な溜息を、まさか転生した自分が浴びる羽目になるとは思わなかったが、これも自業自得だし業務の一環だ。

「別に喋らなくてもいい。喋るのは俺の仕事だ。なんなら一度挨拶したらマスクしてても構わない」
「はぁ……え?」
「俺が望んでいるのは四者それぞれが、帰還事業におけるそれぞれの自己の目的と行動を再認識し、誇りと秩序をもって行動してもらう、ということだ」

 勿論、第四四高速機動集団の『護衛という名の部隊移動』を隠す為でもあるが……現状、一貫した指揮統制のない状況の帰還事業を交通整理しなければならない。船頭多くして船山を越え『ない』といった現状なのだ。

 事実上の亡命行政府である特別法人は、自分達が帰還するエル=ファシルの代表者であるという意識を持っている。ハイネセンのエル=ファシル『村』の代表も彼らであった。実のところ彼ら行政府元高官の一部がリンチ少将と一緒に逃げ出していて全員未帰還であることから、ある意味ではヤンと立場が似ている。故に中央政府から派遣された官僚達はもっと自分達の(意図する方向に)フォローをすべきであって、自分達こそが事業主体であると言ってはばからない。ただし内部での意見対立があるので、一概に纏まっている集団とも言いにくい。

 それに対し中央省庁から派遣された官僚達は、事業におけるいわゆる臨時雇い公務員で、エル=ファシル避難民を受け入れ、軍が設営した避難村の経営を行っている。特別法人が要求することに対する財源や資源の調達やフォローが中心であるが、自分達が一切合切とりしきらなければ、特別法人は何もできない無能集団指導部だと、わざわざ口に出しはしないが明確な態度で示している。ただあくまで臨時雇いであるので、他に業務を抱えている官僚も多く、意見の取り纏めに苦労しているというところだ。

 住民グループはその名の通り住民内で自主的に作られているグループだ。特別法人に対してミクロな住民の難事を吸い上げて改善を要求し、逆に配給資源の分配や末端業務を代行し、住民の生活を限りなく円滑にしようとしている。ただ旧市町村行政組織グループと、旧行政府議会政党組織グループと、職能集団グループと……とにかく数が多すぎてどうしようもない。因縁付けのヤクザのような集団が居るのも確かだ。だが数は当然ながら一番多い。

 取りまとめ役であるはずの地域社会開発委員会はあまりやる気がない。財源も権限も基本的にはトンネルだ。亡命行政府を連邦政府の下部組織にするわけにはいかない(地方自治の原則)為の方便として委員会がつかわれているに過ぎない。

 エル=ファシルの脱出時、ヤンはある意味では強権を振りかざした。惑星緊急事態法に基づくとはいえ、軍による行政府と住民の統制を行ったわけだ。勿論帝国軍の侵攻という非常事態下にあって、しかも防衛戦力が逃亡する状況。誰もが誰かに責任を押し付けたいという気持ちが、ヤンに向けて非難や批判の集中砲火を浴びせつつも、その指示には従って協力もした。

 だが現在、エル=ファシル行政府も住民も安全なハイネセンにあり、生活の一切を中央政府が面倒見てくれている。生活に安全と余裕がある状況下で、統制などできようはずもない。それぞれが自己の利益の最大化を図るのは自然の流れだ。付けられた予算と今後付けられるであろう予算に対する背中からの食指が、あらゆるところから動き出している。エル=ファシル失陥から既に一年が過ぎ、奪回もなしえているにもかかわらず、帰還事業は遅々として進んでいない。

「近寄りたくもない混沌じゃないですか。そんなところに脛に瑕を持つ軍がノコノコと顔を出せば、ろくなことにならないのは子供でも分かる話でしょう?」
「そういうことはそんな微妙な時期に、エル・ファシル住民帰還事業の援護を名目に加えた出兵を行う艦隊司令官に是非言ってやってくれないか?」
「……」
「それとも第八艦隊がエル=ファシルからダゴンに打通してくれるか? 第四四高速機動集団としては大歓迎だ。是非ともそうしてくれ。代わりにカプチェランカの帝国軍基地も吹っ飛ばしてやるよ。惑星ごと熱核兵器で木っ端微塵にしてもいいならな」

 言葉悪くヤンに当たっても仕方ないことだが、実際のところ奪回した第四四高速機動集団より、英雄のいる第八艦隊のほうが凱旋航行にはふさわしいと帰還事業の人間は考えるだろう。別に第八艦隊でなくとも、同行者にヤンが居れば喜んで協力する。そこまで分かっているだけに俺に出汁に使われ、一年前の狂騒が再び起こると、ヤンも警戒している。

 だが今回は軍事的な面からも第八艦隊はエルゴン星域からの突入が求められる。参謀長を初めとして両手に余る参謀集団の中の一人であるとしても、ヤンを人身御供とするのをシトレは嫌がるだろう。だが現実にシトレによって迷惑をこうむる羽目になっているのは、第四四高速機動集団の、具体的には俺だ。

「よし。ヤン。約束しよう」
 ヤンと俺の口論が、部隊同士の対立となり、ひいてはシトレと爺様の間の対立になることは避けたい。シトレは俺がヤンを巻き込んで対応したことに怒るだろうが、だったら出兵をロボスにでも任せればいいとはねのける覚悟で応じるしかない。
「この作戦においてお前をエル=ファシルに連れて行くようなことは、俺が職を賭して阻止する。作戦におけるお前へのマスコミの取材も一切断る。サインを数枚書いてくれるくらいでいい。その上で俺に手を貸してくれ」
「出来ますか? そんなこと」
「別に断ってもいい。お前に無理強いしているのは分かっている。俺だってやりたくない。そもそも元凶はそちらの上司だ。責任取れと殴り込んでもいい。そう言えばここは第八艦隊司令部か」
「作戦において帰還事業団の存在は無視してもいいと思います。あくまでも星域の安定性を確保するために出動するという名目であれば、帝国軍もある程度誤魔化せますし、世間は納得するのではないですか?」
「もしそうなら第四四高速機動集団はこの作戦だけでなく、以降においてもエル=ファシルに駐留することになり、それは前線配備戦力の恒常的な増大を招く」

 強力な大部隊を前線配備することは一義的には悪いことではない。侵略にも海賊にも対応する手数が多い方がいいに決まっている。だが部隊を前線配備するということは、後方支援施設を設営する必要が出てくる。駐留させるとなれば将兵家族の居住施設などの後背施設も作らなければならない。

 なぜ同盟軍がハイネセンに大規模な機動戦力を一極集中配備しているか。他にも理由がないわけではないが、一番なのは資材・資金・経済規模で後背地を維持する能力があるのがハイネセンしかないということだ。マーロヴィアに巨大な管区防衛司令部があったのは、将来的な辺境開拓において重要な拠点となりうると一〇〇年前の社会情勢が許してくれたからであり、エル=ファシルに大部隊駐留が認められるなら、ドーリア・エルゴン・ファイアザードといった他の星域の各有人星系も手を上げるだろう。はっきり言ってキリがないし、金が続かない。

 そして最大の難点は戦力分散だ。それこそイゼルローンのような空間的制約と防衛力と支援施設がある場所でもない限り、艦隊規模の戦力を張り付けることはどうしたって不可能だ。そうなれば侵略戦力の規模が容易に上回る。兵は無駄に死ぬことになる。

「帝国軍を過度に刺激することなく、エル=ファシルに戦力を動かす理由としての護衛任務だ。護衛する船団のいない護衛任務に高速集団規模の戦力が動いたら、あとで軍会計検査局がなんて言うかわかるか?」

 方便としては通じるかもしれないが、横領可能性案件としてカステル中佐あたりが引っ張られることになるだろう。幸いというか同盟末期のような事後承諾や譲渡契約書みたいな話が通じるほどには落ちぶれていない。

「喋るのは俺に任せろ。口先だけはどうやら買ってもらえているらしいからな」
「ホントに約束できます?」
「出来なかったら職を賭すと言った以上、退役するさ。年金は貰えないし、もしかしたら借金を背負うことになるかもしれないが、マーロヴィアに行って鉱山労働者になるさ」
「全然罰になってませんよね、それ」

 年金の為に軍人になったと言って憚らないヤンには効果がないのかもしれないが、どうやら俺の覚悟は分かってくれたらしい。先程とは違った諦観のこもった溜息をついた後、紅茶を傾ける。俺もそれに応じるように珈琲に口を付けた。沈黙は数分。先に口を開いたのはヤンだった。

「先輩はいつも買う必要のない苦労まで買って出ますが、それは一体どうしてなんです?」
 士官学校の時と同様だ。その表情は柔らかいが、口調は鋭い。だから答えもあの時と同じだ。
「『平和』の為だ。そして俺は今、高速機動集団の次席参謀という職責にある」

 小会議室の、汚れ一つないぼんやりとした全天照明を、椅子を傾け、顎を上げて見つめる。

「ヤンがどう考えているか知らないが、俺は参謀という仕事はひたすら『考える』仕事だと思っている。自分が提案した作戦なり命令が、多くの将兵の生死を分け、その家族の心に重荷を負わせることになるとするならば、どれだけ考えを尽くしても考え過ぎということはない。俺自身天才でない以上、最適解を即答できる能力はない」

 目の前の天才はそうではない。原作でも散々語られているが、情報分析能力もさることながら、時として閃く知能の冴えは尋常ではない。前世でも現世でも知能は人並みの俺が最適解に達するには、事前に埋めていくべき穴を一つずつ潰していくことでしか成しえない。

 ヤンがごく潰しとか無駄飯ぐらいと言われるのは、軍に対する忠誠心の無さや戦争に対する忌避感ゆえの積極性の無さが、はっきりと態度に出てしまうところだ。それも個性だと俺は思うし、それを補って余りある用兵家としての才能がヤンにあることを、俺は『知っている』。そして俺は小心者で、自分にそんな才能がないことも十分承知している。ゆえに

「与えられた任務を確実に果たす為には、そのような些細なことにも全力を尽くす。見つかった穴は確実に塞いでおかなければ、おちおち道も歩けない。小心者ゆえの苦労性だよ」
「苦労は人に任せようとか、穴は避ければいいとか、私なんかは思うんですがねぇ」

 小さく肩を竦めると、ヤンは俺の要望を汲むと約束し、紅茶のお代わりをとりに行くのだった。





 エル=ファシルの英雄という爆弾の威力は、こちらの想定通りかそれ以上の働きをしてくれた。

 そもそも論としてはじめは軍も統合作戦本部から大佐クラスの人間を送り込んではいたが、避難施設の完工以降は出席していない。他者からの非難と過大な要求に嫌気がさし、もう口は出さないから金も出さんよと言わんばかりに連絡官として中尉が一人、発言することなく黙って資料と議事録を回収する為だけに参加しているのが現状だ。

 そこに横紙破りで参加することになる俺は、まずは統合作戦本部『施設部』に在籍するその大佐に話を付けた。帰還事業に対する護衛任務を担当することになるので今後、第四四高速機動集団も会議に参加させてほしいと願うと、あっさり了承された。ヤンが同行することは勿論話していない。どうせ嫌みか非難しか言わず、苦労しかかからないが後で結果を報告してくれればいいと、いかにもめんどくさそうにその大佐は手払いで応えてくれた。

 そして当日。俺が地域社会開発委員会の席にヤンと一緒に訪問したことで、委員会ビルの小会議室はパニックに陥った。第四四高速機動集団ほか一名としか記載しなかったから不意打ちも同然だが、同行することになった施設部建築資材課運用係の老中尉、デニス=ザーレシャーク氏の心労は大変なものだったろう。

「英雄がいらっしゃるとなれば、こんな会議室ではなくもっと大きな場所をご用意いたしましたのに」

 ニコニコ顔で応対するのは特別法人代表のソゾン=シェストフ氏。大柄で恰幅もいい人物で、元エル=ファシル行政府の副首相を務めていた。それなりにリーダーシップがあると言われているらしいが、ヤン曰く『脱出計画の事前打ち合わせで会ったことがない』らしい。体格同様、鷹揚な性格に見えるが、目には狡猾さと計算高さがある。ちなみに会議の場を提供しているのはあくまで地域社会開発委員会であって、彼ではない。

「軍部の方からのご提案と伺ったのですが、まさかエル=ファシルの英雄がいらっしゃるとは。軍部もそろそろ本腰を入れていただけると考えてよろしいのでしょうか?」

 そう言ってヤンではなく俺を睨んできたのは、中央派遣官僚団の一応代表になるクロード・モンテイユ氏。財務委員会事務局総合政策課係長補佐を務めている。事業団の規模に比して些か職級が低いのが気になるが、こちらも少佐が来ているのだから大して変わらない。スマートな顔つきにキッチリと油で纏められたヘアスタイル。そして特徴的なカモメ眉に、根性の座った鋭いグレーの目は見覚えがあるどころではない。

「お久しぶりですなぁ。ヤン……少佐でよろしかったんですな。軍の階級章はいまいちわかりにくくて」

 ヤンも「はぁ、どうも。お久しぶりです」と遠慮がちに頭を掻きながら応える相手は、まだまだ若くて顔に張りのあるフランチェシク=ロムスキー医師。彼はエル=ファシルの脱出行に際しても民間協力者の一員であったし、その代表的な立場で随分と積極的にヤンに協力した、らしい。ヤンが言うことを信じないわけでもないが、本当に協力したのか原作を知る俺としてはイマイチ信用おけない。ただその実績は参加者の中でも高く、本人が性格上真面目なのか会議を一度も欠席せず、有象無象の住民グループの代表の中でも異彩を放っていると、ザーレシャーク中尉は話している。

「……では、全員集まったようなので、会議を開会したいと思います」

 この会議室の中で、一番やる気のない声で議事進行を始めたのが、地域社会開発委員会の副委員長であるロイヤル=サンフォード代議員……だった。後退した白髪頭に眠そうな目はそのもので、この会議に対する熱意は全く感じられない。原作でも『政界の力学がもたらす低級なゲームの末、漁夫の利益を得たと評されている』が、その評価は正しい。地域社会開発委員会の最高評議会における順列はあまり高くないし、この歳で副委員長ということは、まさに老境に差し掛かりつつある代議員がそれまでの議員生活を鑑みた功績としての名誉職に近い。ここから一〇年後に最高評議会議長になると言うのは、普通は想像しえない異例の出世だ。

 それでも議長としての職責について理解がないわけではなく、淡々と言葉を続けていく。

「今日の議題は軍部より提出されました、エル=ファシル星系への住民の帰還運航および船団護衛計画についての可否についてです」

「議長!」

 俺が手を上げるまでもなく、最初に声に出して手を上げたのはモンテイユ氏だった。俺の手が肩まで上がっていたのだが、僅差と見たのか、顔見知りだからなのか、サンフォード氏はモンテイユ氏を指名した。

「参加されているボロディン少佐にお伺いしたい。これまで軍部の方々はこの帰還事業に関して、あまり積極的にはご参加されなかった。今回急遽参加された意図をご説明いただきたい」

 今までの軍部の不作為と職場放棄は一体どういうことかと、まずは問い質したいところだろう。面子を見る限りにおいては実務を担っていたであろう財務官僚としては、新たな闖入者ともいうべき俺の存在は不愉快であり、可能であれば排除したいと考えているのかもしれない。

「え~軍部の代表はヴィクトール=ボロディン少佐、でいいのかな?」
 一度原稿に視線を落とした後、その眠たそうな目を俺に向けてきたので、俺はにこやかな微笑みを作って頷き返すと、改めてサンフォード氏は俺を指名した。
「ご指名を頂いたのでお答えいたします。軍部といたしましてはこれまでエル=ファシル星系の奪回自体に力を尽くしてまいりました。作戦は成功のうちに完了し、既に戦場整理も完了しつつありますので、参加させていただいた次第です」
「作戦完了については八月に報告は受けている。少佐は宇宙暮らしが長いからご存じないかもしれないが、現在は一一月だ。既に三ケ月経過している」
「そうですね。そろそろハイネセンポリスのあちらこちらで落葉が見られるようになって、季節を感じられるようになりましたね」

 まぁ嫌みの一つも言いたくなるのはわかるが、こちらも『次の作戦の為です』と応えるつもりは毛頭ない。一応は国防委員会まで作戦は打診されているはずだが、対外的な発表はずっと後になるだろう。まともに応対しない俺に少し感情的になったのか、モンテイユ氏は立ち上がってカモメ眉を吊り上げ俺をギロリと睨みつける。

「あまりにも遅すぎるとは考えないのか?」
「いいえ。まったく」
「もしそうであれば貴官の正気を疑わざるを得ない。軍部はエル=ファシルで民間人を見捨てて逃亡した。そこにおられるヤン少佐のおかげで住民はかろうじて脱出できたが、ハイネセンに避難施設を作って以降、施設運用一つとっても非協力的な態度は看過しえない」
「そうですね」
「そうですね……それだけかね?」
「ええ」
「では貴官は一体、何のために会議に参加しているのか?」
「冒頭で議長が仰られた通りです。住民のエル=ファシルへの帰還についての運航およびそれに伴う護衛の件で、ご説明に上がった次第ですが?」

 まぁモンテイユ氏から見れば、避難日数が一日伸びるごとに、とんでもない額の費用が基金から抜けていくのだから、財務官僚として神経質になるのも無理はない。それまでの軍部の行動に問題がないわけでもないから彼を責めようとは思わないが、言わなければならないことはある。なに言ってんだコイツはという視線が、俺に向けて集中するのを確認してから、改めて俺が手を上げる。サンフォード氏は空気に飲まれているのかぼんやりしているが、俺が二度ばかり手を振ると、寝起きのように体を震わして、俺を指名した。

「小官の所属する第四四高速機動集団は、三月一〇日より七月三〇日まで、エル=ファシル星域を中心に帝国軍と戦闘を繰り返しておりました。モンテイユ氏もおそらく映像を見てご存知かと思われますが、地上でも激戦が繰り広げられておりました」
 宇宙艦隊だけでも七万人以上の被害を出した戦いだ。地上戦の優しい噓はともかく、少なくともリンチがしでかした『失陥』についての軍の責任は果たしたと言っていい。
「エル=ファシル星域における帝国軍の存在をほぼ掃滅することは出来ましたが、戦場整理に手間取ったのは事実です。それだけの『激戦』であったのです。まず、それを皆様にはご認識ただきたい」

 俺はつい最近までその戦場で戦ってきたんだぞアピールは、俺が一番嫌う遣り口だがまず聞く耳を持たせるためには仕方がない。

「地上軍の多大なる協力によって、既に重要インフラの補修・整備も進んでおります。民間宇宙港も衛星軌道管制センターも発電所や水道施設に至るまで、『軍』が、準備を整えつつあります」
「そ、それは……本当なのかね?」

 シェストフ氏の顔色が明らかに変わる。それはそうだろう。戦場整理とはいっても都市は破壊され、インフラの復旧などそんな短期で見込めるはずがないという前提で、重工・建機関連企業へ入札の口利きを彼はしているのだから。まぁ住居関連の復旧までには至ってないから、企業側も丸損というわけでもないだろう。賄賂の額に見合うかどうかは別として。

「ええ。事実です。地上軍の方々のエル=ファシル星系への奉仕の精神は極めて尊いと小官は考えます」
「その連絡は帰還事業団には届いてない。軍部は我々に報告していないのではないか?」
「統合作戦本部には報告済みなのですが? お聞きになっていらっしゃらなかったのは実に残念です」

 避難施設の運営や官僚としての別の業務と兼務していて忙しいのは承知の上だし、報告自体も『軍事機密』でもあるから取得が難しいのはわかるが、そういうところを見逃しているから俺のようなマヌケにスキを突かれるのだと、挑発的にモンテイユ氏に視線を向けた。氏も自分達の不作為が分かったのか、後ろに座っている恐らく担当の他省庁からの派遣官僚達に厳しい視線を向けている。

「勿論、ハイネセンでの避難生活支援や、避難民の就労、転籍手続きなどで皆様がお忙しいのは、小官も承知しております。故に、今回小官は、第四四高速機動集団の『エル=ファシル奪回作戦』の最終段階として、エル=ファシルへの帰還についての計画を立案した次第です。ご説明申し上げたいので、この部屋の三次元投影装置を使用したいのですが?」

 俺から視線を向けられたサンフォード議長は、隣に座る委員会に事務官に話しかけ、その事務官から伝言ゲームで若い職員の一人が俺に駆け寄ってきて、端末との接続をしてくれた。まだ部屋が明るいため、薄っすらとしか映ってないが、内容表示には間違いがないのでその職員に室内の照明を落とすよう願うと、再び職員は駆けだして事務官に問い合わせている。頷いているから恐らく問題はないだろう。俺は席に腰を下ろしたタイミングで照明が落ちたので、ヤンとザーレシャーク中尉に一言二言告げて、手紙を託した。

「では、ご説明申し上げます」

 背中でゴソゴソと動く気配を他所に、俺は会議室の中央にはっきりと表示された帰還計画について説明する。エル=ファシルまで帰還民を運ぶ船団の船舶調達から始まり、その行程における軍事航路の使用、帰還船団に対する軍燃料の無償貸与、周辺星系の治安状況まで。だいたい三〇分ぐらい喋っただろうか。シーンとした空気の中での発表に、俺は前世の大学での卒論発表を思い出さずにはいられない。照明が戻った後で、俺を見る視線の異様さは全く違うが。

「ぐ、軍はそこまで計画していて、何故、我々に話を通さないのか」
 数分の沈黙の後に、最初にキレたのはシェストフ氏だ。まぁ帰還について一切合切の利権関係は彼が握っているのは分かっている。もしかしたら重工関係だけでなく、星間運輸関連企業にも話をもっていっていたのかもしれない。
「軍の身勝手な態度は目に余る。貴官らは我々をなんだと思っているのだ」
 怒っているというよりは、答えは分かっていても言わざるを得ないといった抗議をするのはモンテイユ氏だ。
「いや、素晴らしい。是非とも早急に実行をお願いしたい」
 手を叩いて手放しでほめるのはロムスキー医師だ。まぁ、この人は単純に早く故郷に帰れるということに喜んでいるだけだろう。もちろんサンフォード氏は、事態についていけずぼんやりとしていて判断に困っているという感じだ。
 それから他の列席者からもやいのやいのと声が上がるが、俺は机の上にある珈琲に口を付けて聞き流している。五分もしただろうか、喧騒はゆっくりと収まっていき、次に困惑の空気が会議に充満する。

「あの、ボロディン少佐」
 その空気を察してか、サンフォード氏の隣に座っている事務官が俺に問いかけた。勿論聞きたいことは分かっている。
「その、ヤン少佐は、どちらに行かれたのですか? お姿が見えないようですが……」
「あぁ彼は第八艦隊の作戦参謀ですので、たぶん司令部に帰ったのだと思いますよ?」
「か、帰った?」
「えぇ、彼も忙しいところをわざわざ来てくれました。きっと彼なりにエル=ファシルのことが心配だったのだと思いますよ。でももしかしたら失望しているかもしれませんね」

 俺は自分の発言が間違っていると分かっていながらも、精いっぱい口を歪ませて奴らに言った。

「まったく身動きしない帰還事業団という団体にね」

 
 

 
後書き
2022.09.04 更新
2022.09.25 文脈修正 
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