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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
狙われた天才科学者
  百鬼夜行 その3

 
前書き
 マブラヴ世界の武家お約束回 

 
 ここは、米国・東部最大の商都、ニューヨーク。
その都市の真ん中に流れるハドソン川河口部の中州にあるマンハッタン島。
同島には、ニューヨーク証券取引所をはじめとした米国金融業界と所縁(ゆかり)のあるウォール街を擁し、ユダヤ系の商人や銀行家達が、世界中のあらゆる富を集める。
その為、世人は『ジューヨーク』と密かに噂し合う程であった。

 マンハッタンの中心街48番街から51番街の22エーカーの土地に跨り、聳え立つ摩天楼。
(1エーカー=4046.86平方メートル)
国際金融資本の系列が保持する超高層ビルディング。そこで米国を代表する産業界の重役による秘密会合が開かれていた。
 ソ連極東最大都市・ハバロフスク市からの通信途絶という情報を元にして始まった会議は、紛糾していた。
東欧駐留ソ連軍の完全撤退という怪情報が持ち込まれてから、密議に参加する面々から不安が漏れる。

「ソ連首脳部の重大発表……どのように扱う積りかね……」
どこか気難しそうな表情をした老人が口を開いた。
「何、ウラジオストックの支店から連絡は確実なのかね……」
「昼頃、東京よりも似たような応答が御座いました……。
ただ京都支店も大阪支店も独自に動いて、対日通商代表部にも連絡いたしましたがファクシミリもテレックスも駄目だったそうです」
「KGBの日本でのスパイ活動も低調か……、何かあったのは間違いない」
「バクー油田の石油採掘事業。再開の見通しは立ちそうにもないか……」
「我等が60年の長き月日をかけて築いた、米ソ・二国間のの世界構造……、たかが一台の戦術機によって壊されようとは」 


 会議に参加する人間からの嘆きの声を遮るようにして、笑い声が響く。
末席に居る一人の50がらみの男が、満面に紅潮をみなぎらせて、生気なく項垂れる者たちを、出し抜けに笑って見せた。

老人は、その無礼をとがめた。
「誰かと思えば、副大統領のご舎弟(しゃてい)ではないか……、今は何方に」
「チェース・マンハッタン銀行で形ばかりの会長などと言う、詰まらぬ仕事をしております。しかし各界を先導なされた皆様方の情けない姿は惨めで御座いますな。
木原マサキと言う男を、我等の中に招き入れる。それ位の事は言えぬものなのでしょうか……」
そう言って、男は再び笑い声を上げた。


男の皮肉に、老人をはじめ、参加者たちもむっと色をなして、座は白け渡った。
「それならば何か、君はそのような広言を吐くからには、木原を招き入れる計でもあるというのか。その自信があっての大言か」
老人は憤激(ふんげき)の表情を見せながら(なじ)ったので、その場にいた人々は、彼の返答を固唾(かたず)()んで見守った。
「なくて、如何しましょうか!」
毅然として彼は、立ち上がり、
「実は私の方で5年ほど前より、日米欧の著名人や新進気鋭の官僚を集めた勉強会を主催しております。
俗にいう、『三極委員会』の集いを通じて、多少は日本との縁が御座います」
と言い切った。
「もし今の言葉に偽りがないならば、君にいかなる計画があるのだ。良ければ聞かしてもらいたいが」
「それならば私が常より日本に近づいて、表面上甘い言葉で彼等と関係しているのは、何を隠そう、隙もあれば日本そのものを我が手にしようと内心誓っているからです」
と臆面も無く言った。
「不肖ながら私におまかせ頂ければ、木原が秘密を暴き、白日の下に晒して御覧に入れましょう」
老人は、副大統領の弟の言葉に非常に満足し、会議に参加する人々もまた安堵感から喜色を(みなぎ)らした。

 彼等は、ハイヴ攻略の経緯を記した秘密報告書からゼオライマーの特殊機構に注目した。
 原子力を超えるエネルギーを集めるシステムは、木原マサキが開発した。
それ以上の詳しい情報は入手されておらず、不明な点も多い謎のマシン、ゼオライマー。
ただ間違いなく言えることは、このシステムに関して詳しく知っているのは、世界では木原マサキただ一人。
木原マサキの去就が、衆目(しゅうもく)を集めるのには、然程時間が掛からなかった。

 遠くに臨むエンパイヤ・ステート・ビルを眺めながら、老人は満足気に呟いた。
「費用はどれ程かかっても構わぬ。何としても彼を我等の側に引き込みたい……。
早速、調略にかかりなさい」
円卓に座る面々は、男の言葉に相槌を打つ。
「分かりました」



 翌日、男は動いた。
早朝の時間にニューヨークのJFK空港に行くと、そこから大阪国際空港行きの便に持つものも持たず、乗り込んだ。
大阪に着くや否や、京都市内に住まう日本有数の財閥である大空寺財閥の総帥、大空寺(だいくうじ)真龍(まりゅう)の元に急いだ。

 ふらりと京都の大空寺財閥を訪ねると、奥にある総帥室まで乗り込む。
「久しいのう、大空寺殿よ」
突然の来訪に驚いた大空寺真龍は、酷く狼狽した様子で男の事を見るや、
「なあ、会長職を()(ちゃ)って、はるばる儂の所に来たと言う事は、例の木原と言う小童(こわっぱ)をどうにかしろと言う事かね」と訊ねる。
2メートル以上もある身丈の体を、革張りのソファーに預けた。

男は改まったかのように、
「話が早い。では、ここは一つ、汗を掻いてくれぬかね」と訊ねる。
浅黒い顔に呆れた表情を浮かべる大空寺は、
「儂に御剣(みつるぎ)雷電(らいでん)公と連絡を取れと……、あのお方は殿上人(でんじょうびと)ぞ。そう軽々にお会いできる立場ではない」
と、金色の髪を撫でつけながら、男の話を聞き入り、
「だが、わざわざマンハッタンより来た貴様の頼みだ。御剣公には取り計らおうぞ」
と渋々ながら応じた。

 大空寺は男の魂胆を読みかねていた。
態々ニューヨークより直行便で大阪まで来て即日で京都入りするに、何か重大なわけがあると考えた。
男の久方ぶりの訪日を喜んだが、その一方で危険視した。


 あくる日、男は単身、二条にある帝都城へ参内する途中の車列を、ボディーガードの運転する1969年式の赤いマスタングに乗りながら待った。
オートバイの警官隊に守られた御剣雷電の車列を見かけると、その後を追った。
勢いよくマスタングで、バイクの前に飛び出し、車列を(さえぎ)る。
男は助手席より飛び降りると、「待たれよ、御剣公!」と、駆け寄ってくる警官の制止を振り行って、御剣の車のドアを開け、乗り込む。

 男は、御剣の仰天した顔を見ながら、不敵の笑みを浮かべ、訊ねた。
「貴殿の方でも、その木原と言う男は困りかねているのかね」
急な男の行動に、御剣は、太い眉を顰め、 
「我等は今、木原の力に頼ってはいるも、信用はしておらん。
聞けば、豺狼(さいろう)のような立ち振る舞いをすると……」
と応じた。

「ならば、その男、我等に預けてくれぬかね……」
「あの男は疑り深い。早々に策に乗るとは思えぬが」
男は下卑た笑いを浮かべ、
「実は、ロスアラモスの学者共が木原に興味を示して、奴を招いたのよ」
「ほう、それで……」
「奴も、米国に乗り込むと周囲に漏らしたとか……なお、都合が良いかと」
御剣は、膝を打って、
「よい考えだ。褒美として、この度の無礼は、不問に帰す」
 と、いった。


 木原マサキの米国訪問の話は、即座に御座所(ござしょ)にまで伝わった。
正午の頃、政威大将軍は、二の丸御殿黒書院に御剣を呼んだ。
黒書院は嘗て江戸の頃、「小広間」と称され、上洛した徳川に近しい大名や高位の公家しか立ち入れぬ場所であった。

露払いの小姓に連れだてられた将軍は席に着くなり、上座にあたる一の間から訊ねた。
「木原渡米の話は、誠か。身共(みども)は今し方、茶坊主共より聞いたが信じられぬ」
二の間に平伏する御剣は顔を上げて、どこか不安げな表情をする将軍の顔を見つめる。
「殿下、(それがし)も、今朝米国の知人から伺ったばかりで御座います」
「この機会を通じて、我等も手に出来ていないゼオライマーの秘密が米国に漏れ伝わったら、どうする心算か」
「何、木原を、その前に殺せばよいのです」
不意に立ち上がると、食指で御剣の事を指差し、()()んで(なじ)った。
其方(そち)は、身共(みども)揶揄(からか)っているのか。その様な事は幼子でも判るわ……」
将軍は再び腰かけると、深い憂いを湛えた顔になり、
「聞く所によれば、東ドイツの将校と懇意にしているそうではないか。
もし木原が、その将校の妻妾(さいしょう)や姉妹などに情が移って、手を出してみよ。
ここぞとばかりに奴等は、自分の陣営に引き込もうぞ」と嘆いた。

 将軍は、マサキが、東ドイツに篭絡されることを(おそ)れた。
もし東ドイツの支配層が謝礼とばかりに(たお)やかな娘でも差し出そうものなら、欲に目が眩んで木原は食いつくかもしれぬ……
愛欲の泉に(おぼ)れ、何れはこの元枢府に、武家社会に、(やいば)を持って襲い掛かってくるかもしれない。
その様な恐ろしい考えが、男の脳裏を支配し始めた。



 御剣は、深く憂う将軍の愁眉(しゅうび)を開かせようとして、答えた。
「殿下の御心配には及びません。武家や財閥から妙齢の美しい娘を選り抜き、縁談を受けさせる準備は整っております」
御剣の発言を疑う様な声の調子で、尋ねる。
「ほう、あのような凡夫(ぼんぷ)に娘を差し出す家などあるものか」
(それがし)の方で、斑鳩(いかるが)の翁から話を受けて、1年ほど前より訳有りの物を探し出し、準備して置いたのです」
でもまだ迷っている顔付きで、悩む将軍に、
「斑鳩の翁も常々申しておりましたが、天下無双の兵器を得るために、なぜ一人の女性(にょしょう)をお惜しみになるんですか。安うございましょう」と答えた。
 意外な意見にはっとさせられた将軍は、甚く納得した様子で、
「良かろう。その件は貴様に任せる」
脇息(きょうそく)の脇にある扇子を掴み、御剣の方を指す。
御意(ぎょい)!」
御剣は将軍からの指示を受けると満足そうな顔をして、深々と平伏して見せた。

 
 

 
後書き
 大空寺(だいくうじ)真龍(まりゅう)は、『君が望む永遠』のサブヒロインのひとりである大空寺 あゆの父親です。
『君が望む永遠』は、マブラヴ世界の一部である『エクストラ』の前日譚に当たる話です。
速瀬水月、涼宮遙の両ヒロインもマブラヴシリーズに出ているので、大空寺真龍もこの世界線に居てもおかしくないかなと思って出しました。

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