そして今、私は勇者の前に立っている
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そして今、私は勇者の前に立っている
「なぜそればっかり食べるの?」
小さな声がした。
この部屋には私しかいないはず。両親が残してくれた小さな家。
森の奥にあって、暗くて湿気の多い場所。そんな場所に住む私を、みんな気味悪がって近寄らないはずなのに。
私は今まさに口に入れようとしたものを皿へ戻す。コトン、と固い音が響いた。
「誰」
「あっ、ごめんなさい。お食事の邪魔をしてしまって」
鈴を転がすような、高くて綺麗な声だ。
「ええっと、見えるかしら」
ぽぅ、と目の前に青い光が灯った。本ばかり積まれた殺風景な部屋に似合わない、美しい光だった。
「妖精……初めて見た」
確か魔法書には、妖精は人の前には滅多に現れないと書かれていた。それがどうして、こんな所に現れたのだろう。
青い光は楽しそうに笑った。
「ふふっ本当?有名な貴方にそう言ってもらえて、嬉しいわ。初めてって貴重だもの」
「有名?」
聞き返しながら、合点がいった。そうか、妖精の間にも私の悪評は伝わっているのか。
私は、この国の宝をーーー
「とっっってもストイックで、素敵な魔女さんだって!」
「………は?」
妖精の声に思考が止まる。呆けた私をよそに、彼女はきゃっきゃっと捲し立てた。
「それ。魔鉱石を食べてるんでしょう?すごいわ、全然美味しくないのに飽きもせず毎日食べて!」
「知ってるの……?毎日、食べてるのを」
「えぇ!姿を消せるのは妖精の十八番よ!」
「そう……」
あまりにあっけらかんと悪気なく答えられ、私は肩の力が抜けた。
魔法書には、「妖精にこちらの常識は通じない」なんて載っていなかった。通じるとも書いていなかったが。
青い光はゆっくりと皿の上を漂う。光に照らされたのは、一見ただの石ころに見えるが魔鉱石と呼ばれる代物だ。
「魔力を封じ込めているだけあって、綺麗よね!他の魔法使いは粉末にして飲んでたりするけど。そのまま食べた方が良いの?」
「固いけど、うん。そのままの方が良い」
「そうなのね〜!」
光はちかちかと瞬く。私が魔法で石を少し柔らかくして食べてみせると、彼女はこれまた嬉しそうに「わあ〜!!」と声をあげた。
「すごいわ。ねぇ、でも、美味しくないのにどうして一生懸命食べるの?」
「それは……」
あいつらを見返したいから。
脳裏に、にやにやとこちらを見下ろす白い顔が蘇る。項垂れる父と、泣き叫ぶ母の声がよぎる。
腕に残された古傷が痛み、私は目を伏せて答えた。
「強くなるために」
短い言葉だったが、妖精はあっさりと納得してくれた。
「素敵ね。高みを目指す人、好きなの。見てると元気が出るわ」
次の日も妖精は現れた。
「今日は緑の石なのね」
次の日も。
「貴方の部屋って、本でいっぱいね」
次の日も。
「今日は赤い石?まぁ、綺麗」
次の日も、また次の日も。
「貴方、表情が柔らかくなったわね。……前?すっごいしかめ面だったわよ!」
「今日は青い石。あら、青ってことは、お揃いね」
あの日までは。
外が騒がしい夜だった。私は違和感を感じて窓の外を見やる。ぽっかりと浮かんだ三日月が、厚い雲に隠されてしまった、その時だった。
多勢の、人間の気配がした。足音を隠すこともせず、ただ規則正しくこちらへ向かってくる。
外に繋がる扉の向こうで、足音は不気味なほどにピタリと止んだ。
私は杖を持ち、ゆっくりと構える。
「東の森の魔女 ステラ」
男の声だ。答える必要はない。男は声高に言葉を続けた。
「我が重要な資源ともいえる、魔鉱石を違法に所有した罪。及び、王家に献上するブルー・アクアマリンを窃盗した罪により、貴様を連行する」
扉が激しく叩かれた。外では、王国兵士が待ち構えているのだろう。
「卑しい魔女め!扉を開けろ!!!」
その時。
「ーー げて、逃げて!!」
耳馴染みのある声が聞こえた。鈴を転がすような可憐な声。それが、悲しげに引き攣っている。
私は扉をー 扉の向こうにいる光を見つめる。
「こいつ…!大人しくしてろ!!」
「お願い逃げて!!………ちがう、ちがうのよ。私、こんなつもりなんか、なくて」
消え入りそうな、その一言を聞き終わる前に、私は杖を振りかぶった。
耳をつんざくような、激しい爆発音が轟く。
「うっ………!」
木が焼け焦げる匂いと煙に包まれる。ややあって、視界が鮮明になったかと思えば、私を射抜かんと光線が飛んできた。
「ご挨拶ね」
魔法で光線を弾きゆっくりと一歩踏み出す。
「民の家を壊して。それでも王国の兵士?」
煙が晴れた向こうに、多くの兵士が魔法銃を構えていた。その中に、青い光を見つける。
何らかの捕縛魔法をかけられているのだろう。消えかけの蝋燭のような、弱々しい光り方だった。
腹の奥が煮えるような感覚を覚えた。両親が殺されて以来の、久々の感情だった。
兵士たちのなかで一段と重厚な鎧を着た男が立ちはだかる。
「なるほど、防御壁を張ったか。さすが採掘禁止区域に忍び込んだ魔女だ。……挙句にブルー・アクアマリンの原石まで掘り起こしおって」
「あぁ、あれそんな名前なのね。美味しかったわ、もっと欲しいくらい」
青い石を思い出しながら嘯く。王家の宝物のくせに不味かったなぁ、と心の中で独りごちた。
「魔女を迫害する貴方達が悪いのよ。私、貴方達がやったことをやり返しているだけ」
「何を戯けたことを」
男は米神に青筋を立てたが、尊大な態度を崩さなかった。
「お陰で魔鉱石は不足の一途をたどっている。大人しく罪を認めろ。悔い改める機会を作ってやろう」
「そんな機会、いらない。両親を殺した人間のいる所なんて行かないわ」
頭の中で、ぐったりと倒れた母の姿が過ぎった。念入りに手入れした自慢の黒髪が固い地面に投げ出され、汚されていく。
男は鼻で笑うと、おもむろに青い光をその手で握りしめた。
「ふん。皆、惑わされるなよ。………魔女よ、地面に膝をつけ!逆らえば、この命はない」
その言葉と同時に、ぎゅっと握られた光が不安定に光る。
「ぐ……っ、駄目よ、にげて………」
私は煤けた地面に膝をついた。
目の前の男はにやにやと笑う。大股で近づき、私の両手首に重い枷をかけた。
瞬間、
「ご苦労だったな」
男の手の中で、青い光が弾け飛んだ。
気づいた時には、何もなかった。
両親が遺した小さな家も、家を守るように立っていた木々も、青々とした草花も。
全てが白く灰に変わり、辺りは静まり返っている。
火の爆ぜる音、乾いた風。
漂う死の臭い。
頬をどろりと伝う、生温かいものは血なのか涙なのか。血だとして、誰の血なのかもわからない。
空に浮かんでいた厚い雲は過ぎ去り、淡い月光が地面をーーー 私の罪を照らしている。
ふと、虚な視界のなかで青く輝く光を見つけた。弾かれるように駆け寄り、地面に転がるそれを掴む。
青い石だった。
私は震える手でそれを眼前に掲げ、落とさないように、ゆっくりと口もとへ持っていった。
「……やっぱり、美味しくないよ」
目が熱くなって、空を仰ぐ。
三日月が歪んだ。
……そうだ。
その日からだ。
世界を、殺してしまおうと思ったのは。
後書き
お読みいただきありがとうございました!
世間知らずな妖精により、魔女は救われたのかそうでないのか。書きながら、二人ともごめん…ごめんよ、と何度も謝りました。でも楽しかったです。自分がなんか怖いです。
色々と稚拙な部分があると思いますが、後書きまで読んでいただきありがとうございます。
もし良かったら、評価やコメントいただけると嬉しいです!
短い続編も考えています。ご感想よろしくお願いします。
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