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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
ソ連の長い手
  崩れ落ちる赤色宮殿  その4

 絶妙の剣技で攻め立てた老チェキストの亡骸から銃剣を引き抜くと、周囲を見渡す。
興奮が醒めて来たマサキは、恐る恐る左肩を見る。
強烈な一撃を喰らうも、背負紐の金具によって裂傷は防げた模様。
 だが痺れるような痛みが、左手の指先まで広がって来るのを実感した。
小銃を負い紐で背中に回した後、右手でぐっと抑える。
 左肩の傷は段々と痛みを増して来て、下に着ている肌着を滲み出る汗が湿らせる。
額から流れ出る汗を拭う事もせずに、マサキは並み居る赤軍兵を一瞥。
右手をベルトのバックルに当てると、眩い光とほぼ同時に衝撃波が広がっていく。
咆哮を上げ、吶喊してくる赤軍兵士をなぎ倒すと、光はマサキを包んだ。
光球は素早く移動し、ゼオライマーの元に向かった。
 
 ゼオライマーの操縦席に転移したマサキは、背負っていた自動小銃を脇に投げ出す。
左肩を押さえ、やっとの思いで背凭れに座り込むと同時に合図した。
「美久、出力80パーセントでメイオウ攻撃を仕掛ける」
彼は、操作卓のボタンを右手で手早く連打する。
「了解しました」

 ゼオライマーの手の甲に付いた球体が光り輝き、周囲を照らす。 
次元連結システムを通じて、異次元空間よりエネルギーが集められ始まる。
力なく垂れ下がっていた機体の両腕が、勢い良く肩の位置まで上がった。
 
 市街地より濛々と土ぼこりを舞い上げ、勢いよく前進して来る40機余りの集団。
噴射地表面滑走(サーフェイシング)で、先頭を走るは、黒色の見慣れぬ戦術機。
恐らく試作機か、新型機であろうか。後方よりMIG-21を引き連れ、突進してくる。
 件の機体は、ずんぐりむっくりとしたMIG-21バラライカとは違い、ほっそりとしている。
各部の意匠や全身が角ばった装甲板が配置された外観は、従前のバラライカとは大きく異なった。
刃の切っ先を思わせる様な鋭い面構えに、ソ連技術陣の期待の高さを伺わせる。
 轟々と空より、響き渡る跳躍ユニットの音。
西の方角より匍匐飛行で、80機余りの灰色の塗装の施されたMIG-21が現れた。
右肩に大きく描かれた赤い星……、ソ連赤軍を示す国家識別章。
左肩に書かれた連隊番号がバラバラな所を見ると、残存部隊の寄せ集めだろうか。
横一列に隊列を組んで、段々と低空飛行で接近してくるのがレーダーで確認できた。
 如何に多数の戦術機を運用するソ連赤軍とはいえ、今回の損失は如何ばかりであろうか……
ふとマサキは思ったが、この手で消し去る存在。どうでも良くなった。


「かかれ!奴はたった一機だ。我がソビエトの為に打ち取れ」
(げき)を飛ばしながら、突撃砲を唸らせ、近づいて来る。
隙間なく降り注ぐ弾丸の雨が、ゼオライマーを覆う。
背部兵装担架に懸架している二門の突撃砲も含めた計四門の火砲から浴びせられる攻撃。
何事もないかのように、ゼオライマーは射撃準備を取り続けていた。

 胸の球体から、灼熱の太陽を思わせる様な強い光が放たれる。
直後、僚機から戸惑いの声が上がる。
「ええ!」
「何だ、アレは……」
全部隊の状況を確認する余裕は隊長にはなかったが、必死の思いで指示を出す。
「全機後退!タミナール・ビルまで退避ぃ!」
 ただ隊長にさえも説明する時間などなかった。
ゼオライマーの攻撃準備を確認する間さえなく、滑走路の路面が大きく割れ始める。
戦術機に搭載可能な兵器では満足に削る事さえ困難な強度を誇るコンクリート…… 
 まるで綿あめのように溶けていく様を見ていると、光に包まれた。
新型機の管制ユニットに、強烈な衝撃が走る。
「此処で退けばソ連の運命は……」 
男の駆る灰色の戦術機は、全身を完全に消し去っていった。




 空路、ウラジオストックに向かう数台のソ連空軍汎用ヘリコプター『Mi-8』。
その機内から遠く離れたハバロフスクから上がるキノコ雲を唖然と見つめていたラトロワ。

「ハバロフスクが……」
心配そうに西の方角を見つめる彼女の背中に、カフカス人の若い男が近寄る。
M69将校勤務服を着た黒髪の男が、そっと包み込む様に両手で肩から抱きしめた。
「フィカーツィア。親父が……俺を逃がした理由は分かるか」
左側に立つ男の顔を覘く。緑色の瞳がじっと彼女の顔を捉えた。
「親父は、最初から日本野郎(ヤポーシキ)と討ち死にする心算(つもり)だった……」
抱きしめられたラトロワは、男の体の震えを背中越しに感じ取っていた。
「親父はグルジア共産党第一書記として、グルジアの自主独立の道を探っていた。
30年余り共産主義青年団(コムソモール)から身を起こしてグルジア共産党中央委員を務めあげた。
グルジア保安省大臣も務めた男だ……。あのゼオライマーと言う大型兵器(スーパーロボット)に勝てぬのは百も承知だったに違いない」
 男の潤む翠眼(すいがん)を、唯々ラトロワは見ていた。
「俺に落ち延びる様に命じたのは、何れグルジア再独立の際に……」

 ソ連はBETA戦争初期、ロシア系市民以外の少数民族の戦線投入を実施した。
しかしBETAの迫りくる物量の恐怖は、プロレタリア独裁の専制政治を遥かに凌駕した。
 時にソ連市民にさえ仏心を見せたKGBとは違い、BETAはまるで機械の様に動き回り、ソ連を(むさぼ)った。
政治将校(コミッサール)からの粛清や、KGBの弾圧の恐怖さえも忘れさせるBETA……
最前線での脱走や反乱は日常化し、指揮系統の維持は困難を極めた。

 そこでソ連政権の採った方策は、スターリン時代以来禁忌の存在であった民族問題。
同民族での部隊編成や、終戦後の民族共和国ごとの自主独立をソ連政治局の指令で認めた。
 しかし同時に、楔を打ち込むことは忘れなかった。
出生した乳児は生後間もない段階で軍事施設に送り込む政治局指令を合わせて発令。
1936年以来、家庭保護、母性の尊重を続けたソ連政権の家族政策を一変させる出来事でもあった。
 人々は、かつて孤児が徒党を組み、街を練り歩き、婦女子を辱め、店を破壊したを思い起こす。
その再来を、心から危惧した。


 男は、志半ばで倒れた亡父を想い、嗚咽(おえつ)しながら続ける。
ラトロワは、背中で男の温もりを感じながら、静かに聞いていた。
「ソ連の銀狐の息子として……、グルジア第一書記の息子として……」
言葉に詰まった男は、思わず天を仰いだ。
「自分の遺志を継いで、政治の表舞台に立ってほしいという事だよ。俺はそう思っている」
そう告げると、男は再び項垂れた。
 傷心の男を慰めようと、機内にいる人物の口々から発せられた。
抱き着く男の前に佇むラトロワの耳にまで、カフカス訛りの強いロシア語が聞こえて来る。
「若……」
「無念で御座ります……」
男の頬から流れ出る滂沱(ぼうだ)の姿を見て、深緑の制服を着た彼の護衛達は(むせ)び泣いた。


 1978年7月3日。
その日、帝政ロシア時代より続いた120年に及ぶハバロフスクの歴史は終わった。 

 マサキは、睥睨する様に聳えるゼオライマーを背にして、日の傾き始めた屋外に佇む。
機密性の高い操縦席で喫煙をするのは、ご法度ゆえ、一人機外に降り立っていた。
マサキは痛む左肩を庇いながら、懐中より紙巻きたばこを取り出す。
ホープの紙箱よりタバコを抜き出すと、口に咥える。
右手に持つライターで、炙る様に火を点けた。

「あまりにも他愛無(たあいな)いものだ。あの様な連中に……この俺が傷つけられようとは」 
そうつぶやくと、紫煙を燻らせながら跡形もなく消えたハバロフスク市街を一人歩いた。
暫し考え込んだ後、煙草を投げ捨てると再び機内に乗り込む。
 荒野に吹く一陣の風と共に、ゼオライマーは姿を消した。 
 

 
後書き
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