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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
狙われた天才科学者
  一笑千金 その1

 
前書き
主人公独白回 

 
マサキの声が、彼の自室に響き渡る。
 「何、(たかむら)が帰国するだと」
計算尺を机の上に置くと、眉を(しか)め、美久の方を振り向く。
「何でも戦術機の開発計画の件で呼び戻されるとか」
「そうか、じゃあここは一つ奴に土産でも呉れてやるか」
そう言って奥より筒状の図面入れを出して、書き起こしておいた図面を放り込む。
 
 大層驚いた仕掛けで美久が呟く。
「それは苦心して、お書きになられたローズ・セラヴィーの図面ではありませんか……」
彼女の横顔を見ながら、不敵の笑みを湛え、
「これは、俺のリハビリがてらに書いたものよ。今更何の価値があろうものか」
と答える。

 そしてタバコに火を点けて、紫煙を燻らせながら、
「このローズ・セラヴィーさえも色あせるような新型機の素案が出来つつある」
眼光鋭く、美久をねめつける。
「ゼオライマーの予備部品を組み合わせて、八卦ロボの武装を追加加工した機体。
天下無双の存在と言うべき巨大ロボ」
その様を恐れおののく美久の左頬を右手で撫でる。
「名付けて、グレートゼオライマーとな……」
そういうと、今書き起こしている図面を左の食指で指し示す。
ゼオライマーの全身に追加装甲が施されたかのような設計図に、思わず美久は仰天した。

 
 呆然とする美久の顎を、右手で掴むと、マサキは顔を近づけ、彼女の唇を不意に口付けをする。
「な、何をなさるんですか」
美久は、色を失っていた頬の色がグッと赤みを増し、マサキの傍から無理やり離れ、羞恥心(しゅうちしん)をあらわにする。
マサキは、腰まで有る艶やかな髪を乱しながら、肩で息をする美久の様を一瞥し、
「決まっているだろう」と、満面に笑みを湛える。
真っ赤に火照った顔をする彼女を眺めながら、フフフと不気味な笑い声を上げ、
「篁を通じて米国のハイネマンを俺の目の前に誘い出す。これから奴を利用をするのだよ」
と告げ、部屋を後にした。



 マサキは図面筒を引っ提げて、篁たちの部屋に颯爽と乗り込む。
ダッフルバッグ型の雑嚢やアタッシェケースに明日の帰り支度を詰め込む二人に向け、図面入れを手渡し、
「こいつを帰国次第、国防大臣か、政務次官の(さかき)に届けてくれ」と呟く。

 篁と巖谷は、帝国国内の戦術機開発計画の遅延を取り返すとの名目で、帰朝を促されていた。
ミンスクハイヴ攻略まではと先延ばししていたが、ゼオライマーの活躍によって僅か数時間でミンスクを灰燼に帰すと事情は変化した。
 続々と東ドイツに入るNATO軍や東欧諸国の部隊を横目に見ながらに、明日のハンブルグ発ニューヨーク経由の成田行きの便で、急遽帰国の途に就くことになったのだ。

「そんなものは外交(がいこう)行嚢(こうのう)で送ればいいじゃないか」
「俺はドイツ人がそこまで行儀がいいとは思っていない。肌身離さず持って運んでいけば、それが安全であると考えている」

 マサキは(うつむ)くと、前の世界でソ連が日本政府の伝令使(クーリエ)を毒入りの酒で昏睡させ、秘密文書を略取したことを思い起こしていた。
幾ら、欧州共同体領域内のKGB組織が弱体化したとはいえ、西ドイツにどれだけ浸透しているかは定かではない。
西ドイツ首相の秘書がシュタージ将校であることが判明した、『ギヨーム事件』から、まだ4年の年月しか経っていない。無論、警戒するに越したことはない。
 また同盟国たる米国の中にも見えないソ連の工作の手を(おそ)れたのだ。
自らの手によって握った銃剣を、KGB長官の脾腹(ひばら)へ深く刺しこんで、白刃を血で濡らしたが、それだけで怯むスパイ組織ではない……
 何れはこのグレートゼオライマーの設計も漏れよう。
余計な茶々が入る前に太陽系のBETAをどうにかせねば、この世界でも安穏としてはいられまい。

 タバコを懐中より取り出して、火を点けると気持ちを落ち着かせる。
再び篁の方に顔を向けて、
「それに篁、お前は戦術機開発の技師。城内省の人間でもあるが国防省本部にも自在に出入りできるはずだ。これを持参してどの様な物か説明してほしい」
と伝える。


「そしてもう一つ頼みがある。貴様の妻であるミラとやらにも見せて、1年以内、いや半年以内に作成可能かだけを教えて欲しい。それによっては月にあるハイヴ攻略の見立ても変わって来る」

 話している内に、ふと思い出した。
篁は、日米合同で立ち上げた曙計画のメンバーであるミラ・ブリッジスを妻に娶っている。
どんなものを設計していたかは詳らかに知らないが、戦術機開発の技師と言う事は知っている。
 鎧衣(よろい)の話によると、ミラは、音に聞こえる、米国の天才戦術機設計技師、フランク・ハイネマンの恋人。
日本から来た篁に見初(みそ)められ、曙計画で同じ釜の飯を食ううちに段々と打ち解けていき、ハイネマンより半ば奪う形で結婚したと言う。
鎧衣から、その話を初めて詳しく聞かさた時は、大層気分の良いものでもなかったのを覚えている。

 女の貞操(みさお)など、美丈夫の前では簡単に転がされるのか……
ハイネマンと言う男も恐らくかなりの堅物で、彼女に気などをかけてやらなかったのではなかろうか。
風采の上がらぬ技師と、気立ての良い色白の貴公子では、比べるのも酷であろう。
禽獣の雌が、より強い雄、より美しい雄にひかれるのは世の常。人間とて同じだ。
どの様な事情かは詳しくは知りたくもないが、篁の情炎(じょうえん)にミラはすっかりその身を焦がしたのだろう。

 柄にもなく人の色道などの事を考えてしまったことを一人悔やみながら、眼光鋭く篁を睨みつける。
額に手を当てて、思案する振りをしながら、生気のない顔で、
(いず)れや、ハイネマンとやらとも会ってみたいものよのう」
と告げる。
マサキは、悶々とした気分を払い飛ばすように、呵々と笑って、彼等の前から去っていった。

 一人、屋外の喫煙所で傾き始めた太陽を眺めながら、思案する。
たまたま次元連結システムで流れ着いたこの異世界。
深い関わりを持つうちに、複雑な感情を抱き始めていた事をマサキは実感していた。
怏々(おうおう)としてすぐれぬ顔をしていると、美久が心配そうな顔をして、
「大分、気分がすぐれぬ様なお顔をしていましたが……」と声を掛けて来た。

マサキは、乾いた笑いを漏らす。
「篁の妻の事を思ううちに、女性(にょしょう)の温もりに触れたくなって見て、猥雑な事をこの頭で思い描いていた」
「えっ」
大きく目を見開いて仰天する、美久の顔を睨みつけながら、
「地球上のBETAの巣窟はほぼ消し去った。故に悶々(もんもん)とするうちに柔肌(やわはだ)を掻き抱いてみるなどと言う愚かしい思いを……、ふと女々しい事を考えていたのよ」
と告げると、顔を背ける。


 篁の妻、ミラの事を考える内、知らず知らずのうちにベルンハルトの新妻を思っていた。
 一目見ただけで、すっかりベアトリクスに()されてしまった。
あの彼女の妖艶(ようえん)(たたず)まいと言ったら、言葉にない。
以前あった時、珠玉の様な眼をむけたベアトリクスの明眸(めいぼう)といい、その艶姿(あですがた)といい、ハッと、男を蠱惑(こわく)するかのような何かがある。
柳眉(りゅうび)を逆だてる様も、(ひそ)めた様も、形容しがたい程の美しさがあった。
甘く(ひるがえ)る艶やかな腰丈の黒髪など、(なが)めれば眺めるほど、ジンと胸を(しび)れさせる。
ベルンハルトは、毎夜毎夜、白磁の様な玉の肌を、この胸に(いだ)いて、枕を()わしているのだろうか。
一瞬、ユルゲンへの嫉妬の感情を覚えた事に、内心驚く。

 深い憂慮の表情を湛えるマサキの様を見た美久は、ただ彼の傍らに立って見守るしかなかった。
嘗て、八卦衆のクローン人間を愛に苦しみ悩む様、遺伝子操作し、鎧袖一触で打ち倒した男とは思えぬ様に、困惑した。
 この男こそが、思えば一番人の温もりや信頼を求めていたのではなかろうか。
心の渇きを(いや)す愛を、冥王計画と言う勝者の無いゲームの中で探し求めてたのではないか。
美久は推論型の人工知能を活用し、そう結論付けようとしていた。


 マサキは、一頻り、鬱々と思い悩んだ後、
「天のゼオライマーを自在に操り、江湖(こうこ)にその名を(とどろ)かす、この俺としたことが……こんな初心(うぶ)にもなるもんかとつくづく思って」
と告げる。
クククと自嘲する様な笑い声を上げながら、段々と顔を上げ、
素人(しろうと)生娘(きむすめ)を欲したり、人妻に横恋慕(よこれんぼ)することなど、この世界を我が手に収めてからでも十分できるではないか。15年の歳月をかけて冥王計画を準備したように、気長に待つ事など造作もないのに……、如何した物かと気弱になっただけよ」
と強がって見せ、美久の方より顔を背ける。
紫煙を燻らせながら、再び黄昏の中を茫然と立ち尽くしていた。
 
 
 

 
後書き
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