ドリトル先生のダイヤモンド婚式
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第七幕その四
「どうも」
「そうなんだ」
「あっても狭いんだ」
「そうなのね」
「日本の中華街は横浜と神戸、長崎にあってね」
この三つの街にというのです。
「横浜が一番大きいけれどどうも一角位しかないらしいから」
「一角って」
「それはまた寂しいね」
「この中華街より遥かにね」
「狭いじゃない」
「横浜とか比べものにならないわ」
「そうね」
「それがね」
狭いことがというのです。
「残念だね」
「ソウルって一千万も人いるよね」
「周り入れて二千万以上いてね」
「もう韓国の人口の半数位がいるらしいけれど」
「それだけの人がいるのに」
「中華街が一角なんて」
「寂しいわ」
皆そう聞いて言いました。
「それはね」
「ニューヨークなんか凄いのに」
「物凄く立派な中華街なのに」
「ああした感じじゃないだ」
「同じ位の人がいても」
「それだけなんだ」
「うん、僕もそう聞いてね」
それでというのです。
「寂しいと思ったよ、中華街も文化だよ」
「そうそう、中国のね」
「そしてそこにそれぞれの国の文化も入った」
「独特のものだね」
「それが一角しかないって」
「寂しいね」
「そう思ったよ、実は戦争前の日本も異文化に寛容で」
そうした国だったというのです。
「西洋文化を積極的に採り入れて」
「それで中国文化もあった」
「勿論日本の文化もあったし」
「様々な文化があったんだ」
「そうした国だったんだ」
「そうだったんだ、この国はね」
皆に中華街の中を歩いてです、フィールドワークをしつつお話していきます。赤くて漢字が沢山ある中を。
「それで横浜とかにも中華街が出来て」
「ソウルにもあったんだ」
「戦争前は」
「あの街にも」
「三十六年の統治の間に出来て賑やかになっていたけれど」
それでもとです、先生は言うのでした。
「それがね」
「戦争が終わって」
「それでなんだ」
「なくなって」
「やっと復活したんだ」
「けれど狭いのね」
「そうなんだ」
これがというのです。
「復活してもね」
「ソウルの街も変わったんだったね」
「その頃と比べて」
「なくなった中華街が復活しても」
「小さいんだ」
「そうなんだ、残念なことにね」
それがというのです。
「僕は中華街も好きだからそう思うよ」
「先生確かに中華街好きだね」
「もっと言えば中華街もだね」
「色々な場所が好きで」
「中華街もだね」
「そうだよ、じゃあお昼だし」
それでというのです。
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