モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜
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深淵編 災厄の謎に触れた者達
――リュドラキアの砦を舞台とする激戦から、数日が過ぎた頃。
その地の調査に駆け付けて来た数名のハンター達は、崩壊寸前となっている砦の惨状を静かに仰いでいた。G級という至高の領域に達している彼らは、その肩書きに相応しい装備で全身を固めている。
「……下位の連中だけで対処するしかない状況だったとは言え、こいつはなかなかに酷い有様じゃないか。見なよ、進路上には置かれてない砲台までめちゃくちゃにされてる」
「老山龍の破壊行為はあくまで進路の確保が目的であり、ここまで攻撃性を剥き出しにするケースは稀だ。……従来の侵攻とは、何か違う意図が感じられるな」
黒龍の討伐という偉大な武功を築き上げ、今や救世主としてその名を馳せている「伝説世代」の狩人達。そこに名を連ねるイスミとビオは、破壊された砦の様子から、今回の侵攻が「従来」のものとは大きく異なる状況だったことに気付いていた。
大陸全体においても一握りの存在と言われているG級ハンター。その中でも特に多くの逸話を残して来た「伝説世代」である2人は、その名声に恥じない観察眼を以て砦の調査を続けている。
「おい、2人ともこっちに来てみろ! とんでもねぇことになってやがるぞッ!」
「ビオ様、イスミ様! お急ぎ下さいッ!」
「なに……?」
するとそこへ、息を切らせて2人の「同期」が駆け込んで来る。共に黒龍討伐を成し遂げた「伝説世代」の一員である、アカシ・カイトとクリスティアーネ・ゼークトだ。
ただならぬ様子で駆けつけて来た同期の表情を目にしたイスミとビオは、互いを見遣ると剣呑な面持ちで走り出し、アカシが手招きする方向へと急行して行く。
「……!」
「これは、まさか……!」
アカシとクリスティアーネを驚愕させた光景。それを目の当たりにした2人が、思わず息を呑んだのは――砦から遠く離れた、渓谷の果てに辿り着いた時であった。
4人の眼前では、砦を襲ったあのラオシャンロンの亡骸が力無く横たわっていたのである。その双眸からは生命としての輝きが失われており、さながら魂を抜かれてしまったかのような死に様であった。
「老山龍が、死んでいる……!? まさか、こんな離れた場所で力尽きたっていうのかい……!?」
「あの下位の連中、大したタマじゃねぇか……! 『撃退』じゃなくて、『討伐』だったとはな!」
その光景に瞠目するイスミの隣では、アカシが喜びの声を上げている。だが、彼が「期待の後輩達」の成果に目を輝かせている一方――老山龍の骸を観察していたビオは、怪訝な表情で眉を顰めていた。
「……違うな。ロエーチェ達の働きが見事だったことは確かだが……今回の成果は、あくまで『撃退』だ。『討伐』、とは言えまい」
「な、なんだと……!?」
「ビオ様、それは一体どういうことなのでしょうか……!?」
このラオシャンロンの死因は、クサンテ・ユベルブを筆頭とする「宝玉世代」の活躍とは、別のところにある。それが、老山龍の亡骸を直に見たビオの結論であった。
思いがけない彼の発言に、アカシとクリスティアーネが驚きの声を上げる。そんな2人に対して説明を始めたのは、ビオに続いて亡骸の違和感に気付いた、イスミだった。
「……よく見たら分かるさ。どこの箇所も浅過ぎるんだよ、外傷が。ラオシャンロンが死ぬ理由としてはね」
「外傷が浅い、って……。確かにラオシャンロンを下位の装備で討伐するなんて、簡単なことじゃあないけどよ。現にコイツはくたばっちまってるんだぜ? あいつらが与えたダメージの蓄積、って考えるのが自然じゃあないのか?」
「老山龍の死因にしては、外傷が浅過ぎる……ということならば、エレオノール達の属性攻撃が遠因という線はないのでしょうか? 確かドンドルマでも噂になっていた、毒の双剣使いが参加していたはずですが」
「確かに、今回の件には毒属性のヤバい剣士も絡んでたって話だけどさ。それだけでこの不自然さに説明が付くほど、コイツはやわな古龍じゃないだろう。それは2人もよく理解しているはずだ」
イスミの言う通り、ラオシャンロンの骸は確かに傷だらけではあるが――それでも、直接の死因と言い切れるほどの深さでは無かったのである。
ならば単純な傷の深さではなく、毒属性のような、外からは見えないダメージの蓄積によるものではないか……というのがクリスティアーネの意見だったのだが。イスミはそれに対しても、首を横に振っていた。やり取りを耳にしていたビオも、彼女と同じ見解を示している。
「……俺達の知る『毒』による結果なのかは分からん。だが少なくとも、目に見える外傷が残らない方法で抹殺されたことだけは確かだ。下位の素材から作る毒属性武器では、コイツを殺せるほどの効果は出せん」
「では一体、何がこの老山龍を――!?」
ならばこの老山龍は、一体「何」に殺されたというのか。その謎に秘められた不気味な気配に、クリスティアーネが怪訝な表情を浮かべた――次の瞬間。
「……ッ!?」
突如、老山龍の亡骸から無数の「紅い光」が飛び出して来たのである。まるで血の色のようなその妖しい輝きは、羽のようなものをはためかせ、天に昇り始めていた。
老山龍の甲殻の隙間から、次々と這い出ては空に向かって羽ばたいて行く無数の光。その姿を端的に表現するならば、「紅い羽虫」であった。
「な、なんだ、こりゃあ……!?」
「真っ赤な、羽虫……!?」
ランゴスタやカンタロスのような、甲虫種のモンスターなのだろうか。いずれにせよ、これほど妖しい光を発する虫など見たことがない。
その異様な光景に、アカシとクリスティアーネは思わず息を呑む。一方、ビオとイスミは我に帰ると、即座にブーメランを取り出していた。
「……イスミッ!」
「分かってる……よッ!」
1匹でも倒して捕まえることが出来れば、その生態情報を通じて謎が解けるかも知れない。そう判断した2人はすぐさまブーメランを投げ付けたのだが、謎の羽虫達はその刃をするりとかわし、続々と飛び立ってしまう。
「ちッ……! やはりカノン達も連れて来るべきだったかッ!」
不運なことに、この場にはガンナーが1人もいないのだ。カノン・アルグリーズをはじめとするガンナー系のハンターさえ居れば、容易く捕えられた相手だったのだろう。ビオ達は飛び去って行く羽虫を、ただ見送ることしかできずにいた。
「なんなんだ、あの赤い虫共は……! まさかあんな奴らが、このラオシャンロンを始末したっていうのかよ!?」
「……そこまでは分からん。だが、決して無関係ではあるまい……!」
「とにかく、早くギルドに報告をッ――!?」
だが、ラオシャンロンの死に纏わる「謎」と「異変」は、それだけでは終わらなかった。突如、地の底から唸るような咆哮が響き渡って来たのである。
「……!?」
遥か遠くの地底から轟く、悍ましい唸り声。その異様な声を、ビオ達は確かに耳にしていた。互いに顔を見合わせる4人の表情が、より険しいものに変わっていく。
「……おい、聞いたか。今の『唸り声』……!」
「あぁ……! 微かにだが、確かにな……!」
「遥か遠くの、地の底から響いて来るような『唸り声』……! 今のは『覇龍』のものではありません、聞いたことのない咆哮です……!」
G級ハンターとしての知識と経験を積み重ねてきた彼らでさえ、実態が読めない「凶兆」。その現象に剣呑な表情を浮かべる4人は、空高く舞い上がって行く羽虫の群れを仰ぎ、目を見張った。
「……! あの虫共……!」
ラオシャンロンの骸から飛び出して来た、無数の紅い羽虫。彼らはブーメランが届かない高度まで上昇すると、一気に同じ方向へと飛び去ってしまったのである。
それはまさしく、先ほどの「唸り声」が響いて来た方向と同じものだったのだ。とある王国の「観測拠点」とも重なるその方角に視線を向け、アカシはハッと顔を上げる。
「さっきの『唸り声』……間違いない、『エルガド』の方角だ! しかもあの紅い虫共、そっちに向かって飛んで行きやがったぞ……!」
「次から次へと、一体何がどうなってやがんだい……!」
「あの『悪魔』のような『唸り声』といい、分からないことばかりですわ……!」
アカシの言葉を耳にしたイスミとクリスティアーネも、焦燥に満ちた表情で羽虫達の群れを見送っている。
一方、目を細めて羽虫達の動向を観察していたビオは、数年前に旅先で耳にした「伝承」のことを思い返していた。
(……「地の底」の「悪魔」、か)
観測拠点「エルガド」で活動していた、とある王国の騎士達から聞いた「伝承」によると――彼の地の深淵には、恐ろしい「悪魔」が潜んでいるのだという。
あくまで御伽噺だと騎士達は語っていたが、その悪魔のような咆哮を耳にした今となっては、絵空事とは思えない。
その判断に至ったビオは、これからエルガドで起こり得る「災厄」を予感し――独り拳を握り締めていた。
(もしそれが、御伽噺では無いのだとしたら。……俺達に纏わる逸話のように、御伽噺にしか聞こえない「真実」なのだとしたら。今回の侵攻は、その「凶兆」に過ぎなかったのかも知れんな)
生命を吸われたかのように、息絶えていた老山龍。その骸から這い出て来た、無数の羽虫。そして、エルガドの方向から響き渡って来た謎の唸り声。
この全てが1本の線で繋がっているのだとしたら、並のハンターでは到底太刀打ち出来ないだろう。自分達のような「伝説世代」のハンターでも、解決出来るかどうかは分からない。
もし、この先に起こり得る「災厄」を払える者がいるとすれば。それは恐らく――
「――百竜夜行にも打ち勝ったという、ウツシの弟子。カムラの里の『猛き炎』、か」
後書き
今回はサンブレイクのストーリーに深く関わっている要素も取り入れつつ、霊峰編の後日談となるエピソードを公開させて頂きました。ここからサンブレイク本編の物語へと繋がっていく前日譚、というイメージで書かせて頂いておりまする(*´ω`*)
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