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DQ11長編+短編集

作者:風亜
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死ねない呪いの勇者

──天空魔城にて──


 
(───⋯⋯? どこ、だろう⋯⋯ここ。真っ暗で、何も見えない⋯⋯)

(僕はいったい、どうしてたんだっけ⋯⋯思い出せない、頭が⋯⋯痛い)

 
「───漸く目覚めたか、悪魔の子ジュイネ。いや⋯⋯元勇者、と呼ぶべきか」

 
「!?」

 不意に紫がかった明かりが灯り出し、重々しく濁った声のした方へ目を向けた先の上座の玉座に、禍々しい大剣を逆手に突き立てもう一方の手で頬杖をついているおぞましく大柄な存在がジュイネを見下ろしている。

 
「我は魔王ウルノーガにして、この天空魔城を統べる者⋯⋯」

 
(魔王、ウルノーガ⋯⋯? ──そうだ、命の大樹の魂のある場所で誕生した⋯⋯させてしまった、魔王)

 
「ジュイネよ、お前には礼を言わねばならぬ⋯⋯。ほんの一時的だが、勇者の力は役に立った。そのお陰で、こうして勇者の剣は魔王の大剣に⋯⋯命の大樹の魂は我の物となり、長きに渡る念願の魔王となりこのロトゼタシアに君臨出来た⋯⋯感謝するぞ」

 
「─────」

 
「ククク⋯⋯絶望するにはまだ早い。命の大樹は崩壊し落下、その衝撃で数多くの人間が死んだ。お前の仲間達も消息不明⋯⋯、デルカダール王とグレイグ将軍は最後の砦とやらで生き残りの者達と持ち堪えているようだが⋯⋯それも近い内に我が眷属が滅ぼす事だろう」

 
「⋯⋯⋯⋯」

 両膝を落としたまま驚愕の表情で動けずにいるジュイネ。

 
「そう⋯⋯全ては勇者にして災いを呼ぶ悪魔の子、お前のせいなのだ」

 
「⋯⋯どう、して───どうして、僕を生かしてるんだ。あのまま⋯⋯命の大樹の崩壊で死なせてくれればよかったのに。囚えておく意味が分からない⋯⋯さっさと、殺してくれたらいいのに」

 苦悶の表情と共にジュイネは涙する。

 
「忘れたか? ⋯⋯お前は、勇者として使命を果たさない限り決して死ねぬ呪いに掛かっている事を」

 
「っ!」

 
「仲間が全員死のうとも、お前だけは必ず生き残る⋯⋯。例え自分だけ死んでも、仲間の蘇生呪文に頼らず直後に息を吹き返す⋯⋯勇者の特権にしても不気味なものだな」

 
「⋯⋯⋯⋯」

 
「手足の欠損や頭部を叩き潰されようと、いつの間にやら元通りになっている⋯⋯。仲間にも多少勇者の力の恩恵があり、教会や女神像に祈れば即座に復活する。しかし“そのまま”にしておけばほぼ復活はしない⋯⋯。だが勇者であるお前は、無条件で復活する。それは一種の“呪い”だ」

 
「勇者の使命って確か、邪神復活に備えるためだったんじゃ⋯⋯。いつの間にか、打倒ウルノーガになっていたけど」

 
「クク⋯⋯その邪神復活自体、魔王である我が阻止したのだがな」

 
「⋯⋯⋯?」

 
「知らぬのも無理はない。胸部に我がもたらした闇の力によりお前は、長らく意識を失っていたのだからな。⋯⋯“勇者の星”を、知っているだろう」

 
「紅く、空にひと際輝く星⋯⋯?」

 
「そうだ、あの星こそ⋯⋯先代勇者ローシュの時代に封印されし邪神そのもの。───魔王として誕生せし我が世界崩壊をもたらした事により、勇者の星が落下を始めた。それが何を意味するか、我は知っていたのだ」

 
「 ⋯⋯───」

 
「バクラバ砂丘に十分に接近したのを確認し、我の魔王の大剣にて一刀両断してやったわ。復活する直前の状態だった為か、呆気ないものだったな⋯⋯」

 
「じゃあ、僕の使命は⋯⋯無くなったも同然じゃないか」

 
「邪神復活を阻止した魔王である我を倒せば⋯⋯自ずと使命は果たせるはずだぞ」

 
「僕独りで⋯⋯倒してみろって言うの」

 
「仲間、というものが居なければ何一つ出来ない無能な勇者に、それが出来るのならばな⋯⋯? あぁそうだ、“元勇者”の悪魔の子に違いはあるまい」

 
「⋯⋯っ!《ライデイン》!!」

 
「───⋯⋯どうした? 何も起きぬが」

 玉座にて嘲笑する魔王ウルノーガ。

 
「(勇者の力を、使えない⋯⋯)」

 
「魔王となる直前の我に、勇者の力を握り潰されたのを忘れたか」

 
「⋯⋯もう勇者じゃないなら、僕を完全に殺せるはずでしょ。早く、そうしなよ。元勇者を⋯⋯魔王を誕生させた悪魔の子を生かしておいて、何の得があるの」

 
「元勇者、と呼びはするが実の所、お前に掛かっている“勇者の呪い”は解けてはおらぬぞ」

 
「どういう、こと⋯⋯?」

 
「ククク⋯⋯全知全能の神とやらは、勇者の力を失って尚お前に勇者として魔王を討てと命じているらしい」

 
「だから⋯⋯どういうことなんだよ!?」

 
「───こういう事だ」

 不意に魔王ウルノーガは玉座から跳躍してジュイネに急接近し、禍々しき魔王の大剣を真横に斬り払い胴と下半身を真っ二つにする。

 
「ゔ⋯⋯ぁ」

 ドチャッという嫌な音と共に、ジュイネの切り離された上半身の斬り口から多量に出血し口からも鮮血を吐き出す。

 
(やっと⋯⋯死ねる⋯⋯? 今までも、何度も死んだはずなのに⋯⋯気づいたら何ともなくて、仲間の回復だけじゃ説明出来ない致命傷を負ってきた⋯⋯。もう、疲れたんだ⋯⋯戦うのも、無駄に生かされるのも───)

 
「⋯⋯起きるのだ悪魔の子。お前の切り離された下半身は既に元通りくっ付いているぞ」

 
「ぇ⋯⋯」

 下に目を向けると、大量の出血痕はあっても切り離されたはずの下半身は何事も無かったように身体に一体化していて感覚も確かにあり動かせた。服装の斬られた跡だけがはっきりと残っている。

 
「勇者の、力は失ったのに⋯⋯勇者の、死ねない呪いは解けてないなんて⋯⋯何の悪い冗談だよ」

 
「魔王たる我にも殺しきれないのが判ったか? 全知全能の神とやらは凄まじいチカラを持っているものだ、授けるばかりで自らは何もしようとはしない⋯⋯あくまでも“勇者”に事を成させたいらしい。そもそもだ、魔王となる直前の我に胸を貫かれ勇者のチカラを引き抜かれておきながらお前は、直後に意識を戻していただろう」

 
「 ⋯⋯ねぇウルノーガ、いや⋯⋯魔王、邪神復活を阻止した魔王なら全知全能の神様って存在も倒せるんじゃないの?」

 
「ほう⋯⋯? 真に悪魔の子らしい発言だな。全知全能の神とやらは勇者の選別を違えたか⋯⋯? いや、我からすれば願ったり叶ったりと言った所か。しかし妙なものよ、先代勇者は完全に倒される間際の邪神から得た闇のチカラでいとも容易く“我”が亡き者に出来たというのに、前回の失敗から今回の勇者には死ねぬチカラを強めたとでもいうのか⋯⋯?」

 
「何のことを言ってるんだよ、質問に答えてよ」

 
「───この世界ロトゼタシアを創り出したのは元々は聖竜⋯⋯それは命の大樹でもあり、今その魂は魔王たる我の中にある。全知全能の神とやらとは違うな。そもそもこの世界の“外”に居るのだとしたら、我にも手出しは出来ぬ」

 
「何だ⋯⋯魔王になったからって無敵じゃないんだね」

 ウルノーガは魔王の大剣でジュイネの頭を瞬時に斬り飛ばした⋯⋯が、斬り飛ばされた頭は床に転がったはずがすぐに見えなくなり、頭を失ったはずのジュイネの頭部は何事も無かったように元に戻っていた。

 
「 ───怒ったの? ごめんね。それにしても気持ち悪いね、何度死んでも死に切れない感覚は。死なないという意味で無敵って言ったら、僕のことじゃないかな。魔王より悪魔の子の方が無敵だなんて⋯⋯笑っちゃうね」

 今度は片腕が宙を舞った。

 
「⋯⋯即死級の攻撃なら、痛みすら分からないからマシだけど⋯⋯こういう、中途半端なやられ方だと、痛みを感じちゃうから嫌なんだよね⋯⋯っ」

 がっくりと膝を落とすものの、少しすると失った片腕は根元から再生していった。

 
「───強い敵とは、勝つまで戦わされるんだ。何度死んでも⋯⋯。今の僕は独りだし、死ねない呪い以外の勇者の力は使えないからどうしたって倒せないね、魔王は」

 
「⋯⋯その死ねない呪いとやらも、取り込めたら良かったのだがな」

 
「恨めしげだね⋯⋯けどこれは勇者の特権らしいし、魔王の君じゃ無理だね。全知全能の神様からしたら、魔王は勇者に倒されるべき存在みたいだから。今じゃなくても、後々倒されることになるんだろうね」

 
「ふむ⋯⋯ならば逆に、そのチカラを魔王の眷属として働かせられれば話は変わるのではないか」

 
「⋯⋯どうするつもり?」

 
「お前の身体を少し⋯⋯いや、かなり弄らせてもらおう」

 
「え、そういう趣味⋯⋯?」

 
「趣味かどうかは置いておくとして、勇者の死なぬ呪いの原理には興味がある⋯⋯まずは、そうだな⋯⋯来い、キングスライムよ」

 
「───プルンプルン、お呼びですかぁ、魔王さまぁ」

 
「目の前に居る勇者を⋯⋯悪魔の子を取り込め」

 
「?!」

 
「えぇ、いいんですかぁ? 溶解液と同じようなボックの中に取り込むとぉ、溶けちゃいますよぉ」

 
「構わぬ、やれ」

 
「はぁーい、魔王さまのご命令とあらばぁ⋯⋯悪いねぇ勇者くぅん。あれぇ、悪魔の子だっけぇ⋯⋯まぁいいやぁ、そーれぇ!」

 キングスライムはジュイネ目掛けてボヨンと1回高々と飛び上がり、頭から全身すっぽりと透けて見える体内に取り込む。ジュイネはされるがまま、ぎゅっと目を閉じた。

 
(うぅ、息が出来ない⋯⋯っ。けどどうせ、死ねないんだ⋯⋯)

 
「⋯⋯溶けたのは見に纏っていたものだけか。生身の身体自体は溶かして無くす事は出来ぬらしい。つまり存在そのものすら消せぬのか」

 
「魔王さまぁ、ボックで溶かせないなら吐き出してもいいですかぁ⋯⋯? 何だかぁ、気持ち悪いんですよぉ⋯⋯」

 
「そうか⋯⋯お前にはもう用はない、悪魔の子を吐き出して魔城の警備に戻れ」

 
「了解ですぅ⋯⋯げろぉ」

 キングスライムからうつ伏せに青いドロドロと共に吐き出されるジュイネ。

 
「───⋯⋯けふっ、けふ⋯⋯っ」

 
「息を吹き返したか⋯⋯悪魔の子よ」

 
「趣味、悪いなぁ魔王様は⋯⋯。勇者の呪いの解けない悪魔の子の裸を見て楽しい⋯⋯?

 ジュイネは恨めしげな上目遣いをする。

 
「さて、な⋯⋯」

 言いながらジュイネの首筋を片手で掴み上げ、纏うものの無い露わな身体をぶら下げる。

 
「今っ度は、なに⋯⋯っ?」

 
「あの時の、再現をしようか“勇者ジュイネ”よ⋯⋯!」

 
「────?!」

 魔王ウルノーガはもう一方の手をジュイネの胸元を目掛け貫き、増強させた闇の力を大いに注ぎ込む。

 
「──────っっ!!!」

 声にならない声を上げ、もがき苦しむジュイネの首筋から手を放す魔王だが、胸元からは手を抜かずに空いた方の手に紫色に輝くオーブを出現させる。

 
「“これ”を、お前の左眼に埋め込むとしよう⋯⋯。たっぷりと蓄積された、闇の力をな。魔王の眷属として生まれ変わるのだ勇者よ⋯⋯全知全能の神とやらではなく、な」

 胸元は穿たれたままに、左眼に無理矢理パープルオーブを埋め込まれ、もはやジュイネからすると何をされているのかすら分からずに意識が朦朧とし、だが失う事は許されなかった。

 
「───さて、遊びはこれくらいにしておこう。手始めに、最後の砦とやらに送りグレイグ将軍と対峙させてみるか⋯⋯生き残りも皆殺しというシナリオの元に、な」


────────

──────


 最後の砦にて、グレイグ将軍と再会時。


「生きて⋯⋯いたのか」


「うん、まぁね」


「⋯⋯⋯⋯」


「聞いたよグレイグ将軍、イシの村人全員を城の地下に匿ってくれてたんだってね。そして最後の砦になったここでみんなを守り抜いてくれてるって」


「俺は⋯⋯俺に出来る事をしているまでだ」


「⋯⋯そう」

 グレイグは王に近況を報告し、次の魔物の襲撃に備え他の兵士達と共に砦前に陣取り、ジュイネもそれに加わる。⋯⋯最前線で黒馬に跨っているグレイグにジュイネは近づき、何とはなしに話し掛けた。


「どうして、いつもの黒鎧を着てないの?」


「⋯⋯行商人に売り払い、砦の資金とした」


「へぇ⋯⋯大事な鎧だったんだろうに、砦の人達の為にそこまでしたんだ」


「⋯⋯⋯⋯。俺からも一つお前に聞きたいのだが、どうやってあの場を生き延びた? 奴に胸を⋯⋯貫かれていただろう」


「あぁ⋯⋯えっと、どうしようかな。話せば長くなるんだけど⋯⋯。グレイグ将軍の方は、王様とどうやって助かったの?」


「それは───!」

 グレイグは一旦言葉を切り、前方から迫り来る魔物の軍勢に向け先陣を切って大剣を振り翳す。


「⋯⋯⋯⋯」

 ジュイネは始めのうち黙ってグレイグを見送っていたが、やがて徐に動き出し片手剣を手に次々に魔物達を屠ってゆく。


(弱いな⋯⋯大して糧にならないや。───あ、最前線でグレイグ将軍一人で師団長率いるゾンビ軍団と戦ってる⋯⋯。特に問題ないと思うけど、加勢しとこうかな。恩は売っておかないと)


「⋯⋯! お前───」


「僕のことは気にしなくていいから、目の前の魔物に集中しなよグレイグ将軍」

 グレイグとジュイネは協力して難なく師団長率いるゾンビ軍団を倒した。


「お前⋯⋯以前対峙した時よりも随分強くなったのではないか?」


「そう? 自分じゃよく分からないけど」


「あの大樹が崩壊して数ヶ月、お前は一体───」

 そこへ一人の兵士が、デルカダール王が呼んでいると
グレイグとジュイネの二人に伝えに来る。


「デルカダール王が呼んでるってさ、砦に戻ろうよグレイグ将軍」


「あ、あぁ⋯⋯。(何だ⋯⋯妙な気配だ。俺が追っていた悪魔の子⋯⋯もとい勇者とは違う気が)」

 デルカダール王はグレイグとジュイネに、デルカダール城に巣食った常闇の魔物を倒してほしいと願い出る。英雄グレイグと勇者ジュイネならばそれが可能だと確信していると言う。二人は背面の崖から城に潜入する事になり、一旦砦内で身体を休める事にする。


「僕はちょっと砦内を散策してくるよ⋯⋯幼なじみのエマとペルラ母さんともう少し話しておきたいし。グレイグ将軍は先に休んでなよ」

 ジュイネはそう言って休憩用のテントからグレイグを置いて出て行く。


「(───⋯⋯中々戻って来ないようだが⋯⋯、幼なじみと母親と離れ難いのだろうか。やはり勇者とはいえそこはまだ、少年らしいというかな)」

 ウトウトとし始めていたグレイグだが突如、砦内の外から破裂音のような音や何かがぶつかり合うような音がして一気に目が冴え、近くに置いていた大剣を素早く手に取り休憩用のテントから飛び出すとそこには。


「あ、起こしちゃったかな。ごめんねグレイグ将軍」


「お、お前⋯⋯なのか。何をした、ジュイネッ?」

 ジュイネの足元には、彼の幼なじみのエマが倒れ伏していた。その近くには、育ての母親のペルラや、砦内の人々など───


「デルカダール王⋯⋯!?」


「ダメだよグレイグ将軍、近づくことも⋯⋯触れることも許されない。みんな、もう死んだんだよ」

 静かにそう述べるジュイネの左眼は、紫色の妖しげな光を纏っている。


「どういう事だ、勇者ジュイネよ!? いや、違う⋯⋯勇者の姿をした紛い物かッ!」

 大剣を手に一気に詰め寄るが、瞬間移動で躱される。


「紛い物じゃないよ⋯⋯正確には、元勇者かな」


「元勇者、だと⋯⋯ッ?」


「どうやってあの場を生き延びたか⋯⋯あの大樹崩壊から数ヶ月の間僕がどうしてたか、気になってたみたいだよねグレイグ将軍。教えてあげようか、魔王の眷属と化した元勇者のつまらない話を」


「なッ⋯⋯!?」


「大樹崩壊後⋯⋯魔王と化したウルノーガに僕だけ捕らえられてね、他の仲間は散り散り⋯⋯一人は確実に死んだって聞かされたよ」


「⋯⋯⋯⋯」


「誰が、とは言うつもりはないけど安心しなよ。グレイグ将軍にとって大事な姫様ではないから。どこかでは生きてるよ、無事とは言い難いけど」


「(姫様⋯⋯ッ)」


「勇者の力を奪われた元勇者の僕を、そう簡単には殺してくれなかったんだよね魔王は。それ所か身体を散々弄って、自分の眷属にしちゃったんだから物好きだよねウルノーガは。⋯⋯あ、魔王様って呼ばなきゃいけないんだっけ」


「自分の意思で、魔王の眷属になったのではないのだな⋯⋯?」


「まぁそうだよ、さっさと殺された方がマシだったんだけどね。よっぽど元勇者の肩書きを持つ眷属が欲しかったのかなぁ」


「─────」


「左眼にさ、強力な闇の力を纏ったパープルオーブを無理矢理埋め込まれたんだよね。その力でこの辺りの常闇を生み出してるのが僕なわけだけど⋯⋯そろそろ砦内部から崩壊させてやろうと思って、帰還した勇者を装って最後の砦に来てあげたんだよ。共闘は目くらましの為だね」


「(⋯⋯そういう事か)」


「ほら、僕⋯⋯将軍以外の砦内の人々を皆殺しにしちゃったから、僕を確実に倒す理由にはなったでしょう? だから⋯⋯僕を殺してよ、グレイグ将軍」

 
「だ、め⋯⋯グレイグ将軍⋯⋯ジュイネは、ジュイネは、まだ───!」


「⋯⋯! 全く、死んだように眠っててくれなきゃ困るよ⋯⋯エマ」

 倒れ伏し顔だけ辛うじて上げたエマに向けジュイネは片手を翳し、再び深い眠りに陥らせる。


「なるほどな⋯⋯お前は最後の砦の人々を皆殺しにしたと言ったが、実際は深く眠らせただけか」


「─────」


「魔王の眷属になったとは言っても、従いきれずに親しい存在を死なす事も出来ず、俺に殺されたがっている⋯⋯という事だな、ジュイネよ」


「自我を失ってない時点で、魔王の眷属としては失敗作だよね僕は」


「違うな⋯⋯お前は左眼に埋め込まれたパープルオーブがもたらす闇の力に抗っているのだ。誰かを本当に死なせてしまう前に⋯⋯殺して欲しいと願っているのだろう。違うか?」


「⋯⋯⋯そうだよ、そこまで分かってるんだったら殺してよ」


「それは無理な話だ」


「どうして、僕はもう勇者じゃなければ人間ですらない⋯⋯魔王に身体を弄られた操り人形の玩具に過ぎないんだよ。いつこの身に蓄積された闇の力が暴走するかも分からない⋯⋯今すぐ僕を殺しておかないと、最後の砦の人々を今度こそ本当に殺してしまうかもしれない⋯⋯」


「俺は、幾度となく英雄と呼ばれて来た⋯⋯だが大樹崩壊後は、俺に真に救えるものなど何一つないと思っていた。それでも俺は今、人としての心を保ち目の前で苦しんでいるお前を救いたいと強く願っている」


「───グレイグ」

 パープルオーブを埋め込まれた左眼から、一筋の涙を流すジュイネ。


「その左眼のパープルオーブ⋯⋯それを、抜き取る事が出来ればあるいは」


「自分でも⋯⋯何度もそうしようとしたよ。けど、強力な闇の力が邪魔して自分じゃ抜き取れなかった」


「ふむ⋯⋯なら少々手荒いかもしれんが、お前をある程度弱らせて俺がお前の左眼からパープルオーブを抜き取ってみよう」


「⋯⋯お願いするよ、グレイグ。僕は何とか自分の中に渦巻く闇の力に抗って、グレイグには抵抗しないから⋯⋯好きなように弱らせてよ」

 グレイグは致命傷を与えぬよう細心の注意を払い、無抵抗のジュイネにダメージを与えてゆき、仰向けに倒れた所でその上に跨るようにして顔を間近に寄せ、囁くように語り掛ける。


「今から、お前の左眼に埋め込まれているパープルオーブを抜き取るぞ⋯⋯。手袋は外し、生手で抜き取るが⋯⋯覚悟はいいか、ジュイネ」


「もち、ろん⋯⋯いつでも、いいよ⋯⋯。こんなもの⋯⋯欲しくなんてなかったんだから⋯⋯」

 グレイグも意を決し、片手に力を込めてジュイネの左眼のパープルオーブを抜き取りに掛かり、ジュイネは痛みに耐えつつも呻き、左眼から血を溢れさせながらもグレイグはパープルオーブを抜き取る事に成功する。


「よし、お前の左眼からパープルオーブを抜き取ったぞ! 左眼をすぐ回復してやらんとな⋯⋯《ベホイ───》」


「や⋯⋯やめてよグレイグ、回復呪文は、使わないで⋯⋯っ」

 血の溢れる左眼を押さえながら懇願するジュイネ。


「な、何故だ⋯⋯早く傷口を塞がねば」


「だめ、なんだ⋯⋯。僕の身体はもう、回復呪文を受け付けない。逆効果に、なってしまうんだ⋯⋯」


「逆効果、だと⋯⋯? それはつまり」


「ダメージを受けるって、ことだよ⋯⋯それもかなり、痛いんだ。そんな身体にされてから、実験と称して何度も何度も、回復呪文を掛けられて⋯⋯激痛でしかなかったんだ。それでいて⋯⋯弱ることはあっても死ぬことも出来ない」


「なん、だと⋯⋯ッ」


「時間を掛ければ弱った身体は勝手に回復していくけど、早めに回復したい場合は⋯⋯魔物を屠るんだよ。直接取り込むことで⋯⋯直に回復も出来る」


「⋯⋯⋯!」


「ほら⋯⋯だから、言ったでしょ。僕の身体はもう、人間のそれじゃないんだよ。使えてた回復呪文も、使えなくなったしね」


「しかし、お前の左眼に埋め込まれていたパープルオーブは抜き取ったのだ。ならば自ずとお前の身体は人間に───」


「闇の力の暴走の危険性が無くなるのと、この辺りの常闇が晴れるだけだよ。⋯⋯ほら、空を見て。どんどん明るくなってる。ただ⋯⋯元凶を倒さない限り快晴とまではいかないけどね」


「魔王に弄られたお前の身体は⋯⋯パープルオーブを抜き取ろうとも、元に戻る事は無いと⋯⋯?」


「あぁ⋯⋯太陽の光が、身体に刺さるや⋯⋯。人間の身体だったら普通は、喜ぶ所なのに⋯⋯っ」

 ジュイネはその場に蹲り動けなくなる。


「影に⋯⋯影に入ろう。そうすれば少しは楽なのではないかッ?」

 言いながら物陰に寄せるグレイグ。


「うん、ありがとう⋯⋯陰の中に居た方が、身体の痛みも少ない⋯⋯。僕を殺してって、言ったけど⋯⋯一時的に死んでも魔王の元に戻るだけで死ねやしないんだ。勇者だった時は、死んでもその場で強制的に蘇るか教会で復活出来たりしてたけど⋯⋯」


「元凶を倒せば⋯⋯お前の身体をこのようにした魔王を倒せば勇者だった時の使命を果たせる上に、人間の身体に戻れるのではないか?」


「どう、なのかな⋯⋯そうだと、いいけど」


「ならばやはり、魔王を討伐せねば⋯⋯! その前に、砦内の人々を起こしてやれないか?」


「ごめん⋯⋯かなり強く眠りの呪文をみんなに掛けちゃったから、暫くは起きないと思う。砦を出る時にバリアを掛けて、外から魔物や悪い人が入り込めないようにしておくよ⋯⋯」


「いや⋯⋯そもそもお前は今かなり弱って───」


「大丈夫⋯⋯外の魔物を一定数屠って取り込めば、すぐ回復するよ。それに僕⋯⋯空を飛べるようにもなってるから」


「む、どういう事だ⋯⋯?」


「身体を弄られた上で思わぬ力が目覚めたんだ。⋯⋯闇竜に変化して、飛べるんだよ僕」

 そこで不敵な笑みをみせるジュイネ。


「なんと⋯⋯」


「闇竜になれば、最後の砦を簡単に滅ぼすことは出来たけど⋯⋯その力は僕の意思で押さえ込んだ。人間から大分離れちゃったけど寧ろこの力を利用して、魔王を討伐出来るかもしれない。天空魔城のバリアも、何とか出来ると思う。何せ魔王から直接弄られた身体だから、魔王の片割れのような存在になってるみたいなんだよね。それを魔王自体が気づいてるかどうかは、別として」


「余程強力な眷属が欲しかったのか⋯⋯?」


「その割には六軍王の一人にされたから、元勇者だった玩具にしか見てないんじゃないかな」


「見くびり過ぎだな、その元勇者に倒される魔王とやらを是非拝みたいものだ

 グレイグも不敵な笑みを浮かべる。


「───⋯⋯魔王を倒すのは僕じゃなくて、グレイグだよ」


「何を、言うのだ?」


「魔王の片割れのような存在になった僕には分かるんだ。⋯⋯今の魔王を僕の手で倒したら、その直後に僕という魔王が誕生する」


「⋯⋯⋯⋯!?」


「それを阻止する為に、僕とグレイグで魔王を瀕死の状態まで追い詰めて、トドメはグレイグが刺すんだよ。そうすれば新たな魔王は誕生しない」


「訳が、判らないぞ⋯⋯」


「僕がトドメを刺しちゃったら魔王の片割れの僕にその力が逆流するんだよ。それだけは何としても避けないと」


「お前が魔王になるなど考えたくもない⋯⋯とにかく俺がトドメを刺せば良いのだな? それならば、任せてくれ。確実に魔王にトドメを刺すぞ」


「うん⋯⋯その直後に僕が魔王と一緒に存在ごと消えても、責任を感じる必要はないからね」


「なッ⋯⋯?」


「あくまで可能性のことを言ってるんだ。確実にそうなるとは⋯⋯限らないから」


「──────」


「ちょっと、外に出て魔物を屠ってくるね。早めにダメージを回復しておかないと⋯⋯」

 血の流れ続ける左眼を片手で押さえつつ、ふらつきながら立ち上がるジュイネ。


「俺も付き合おう」


「やめておいた方がいいよ、僕が魔物を直接取り込んでる姿なんて⋯⋯見せられたものじゃないから」


「⋯⋯⋯⋯」



 ───暫くして魔物の徘徊する外から砦内に戻ってきたジュイネは、グレイグから受けたダメージを完全に回復させ、左眼も完治し眼球も元通りになっていた。


「魔物を美味しく感じるようになるなんて、思ってもみなかったよ。⋯⋯それはともかく、僕の力でグレイグの姿を見えなくしておかないとね」


「どういう、事だ?」


「魔王ウルノーガに反撃しに行くのは闇の眷属の力を逆手に取った闇竜と化した僕のみ⋯⋯だけど姿の見えないグレイグが闇竜の僕に乗っていて、僕と一緒に魔王を瀕死まで追い込みトドメはグレイグが刺す。⋯⋯グレイグの姿が見えていたら、魔王は真っ先に狙ってくるだろうから」


「なる程⋯⋯承知した。必ず魔王を討ち果たそう」


 ジュイネはグレイグの姿を見えなくした後その場で闇竜と化し、自分より数倍巨大化した姿にグレイグは一瞬驚きはするものの不思議と恐れは感じず、背を低めた闇竜のジュイネの背に跨がり魔王の住まう天空魔城へ乗り込む。

⋯⋯グレイグのかつての友が魔軍司令として立ちはだかったが難なく倒し、魔王ウルノーガも追い詰めてゆくがそう簡単にはゆかず、第二形態と化したウルノーガに苦戦を強いられるものの、邪竜ウルナーガを屠り取り込んだ闇竜のジュイネの力が魔王ウルノーガを上回り遂に瀕死まで追い込み、魔王から姿の見えないグレイグは好機を見逃さずウルノーガにトドメを刺そうとするが、天空魔城に乗り込む前のジュイネの言葉が頭をよぎった。


(───僕が魔王と一緒に存在ごと消えても、責任を感じる必要はないからね)


「⋯⋯ッ!」


『躊躇わないで、グレイグ!』


 その言葉でグレイグは迷いを振り切って魔王ウルノーガにトドメを刺し、崩壊する天空魔城から闇竜のジュイネと共に脱出。───その直後、枯れ果て落下していた命の大樹に再び膨大な命が宿り復活を果たして空へと舞い戻った。


「やったな、ジュイネ! これでお前も元に───」


 グレイグが歓喜の声を上げた瞬間、ジュイネは闇竜の姿から元の姿に戻り、二人一緒に急降下してゆくがジュイネがグレイグの手をとると落下速度が緩まり、イシの大滝に無事降り立つ。


「⋯⋯魔王と共にお前も存在ごと消えるなど、杞憂だったではないか。今俺の目の前に居るお前は、人間に戻ったジュイネだ。そうだろう?」


「ふふ⋯⋯そうだね。───ほんの一時、人間に戻れてよかったよ」


 両の手を絡め合い見つめ合っていた二人だが、不意にジュイネの存在が微かな光の粒と共に薄まってゆくのを目にしたグレイグは、ジュイネの身体に触れようとするもすり抜けてしまう。


「なッ⋯⋯何故だ、どうなっている?!」


「これで、いいんだよ。僕の存在は⋯⋯このままこの世界から消えるんだ、完全に」

 ジュイネは儚げに、それでいて清々しい表情をしている。


「待て⋯⋯お前は消える必要はないはずだろうッ」


「グレイグはそう思ってくれても、神様って存在からしたら僕はもう用済みみたいだ」


 そう述べる間にも、ジュイネを形作る輪郭がどんどん失われてゆく。


「失敗した勇者は、無かったことになればいいんだ。誰の記憶からも消え失せて、忘れ去られる」


「俺は⋯⋯俺は忘れんぞ、決して⋯⋯! 勇者ジュイネは⋯⋯いや、ジュイネという一人の人間が確実にこの世界に存在していたという事を」


「⋯⋯⋯ありがとう、グレイグ。そう言ってもらえるだけで救われるよ。グレイグだけでも、僕という存在を覚えていてくれるなら────」


 ジュイネはグレイグに儚げな笑顔を向けたまま、その場から微かな光の粒と共に消え失せた。


──────────

───────

─────


 勇者のかつての仲間達は、亡くなった一人を除いて誰一人として彼を覚えてはいなかった。

交流のあった者はもちろん、育った故郷のイシの村の住人や幼なじみ、育ての母親すらも。


グレイグだけは“彼”を覚えていて、復興させたイシの村で彼を想いながら暮らしていた。

⋯⋯ある日の事、自然と足が向いたイシの大滝でグレイグは小さな籠が浅瀬に流れて来たのに気づき拾い上げてみるとその中には、赤ん坊がすやすやと眠っていた。

グレイグはその時察する。この子は⋯⋯ジュイネの生まれ変わりである事を。勇者の紋章など携えていない、ただ一人の人間として再び生を受けたのだと。そこに神や命の大樹の意思など関係ない。

その子は無論ジュイネと名付け、グレイグはその親代わりとしてイシの村で育ててゆく事にした。


───健やかに育った“彼”は、やはりジュイネに瓜二つだった。

小さい頃から自由に世界を見せて歩き、16の成人を迎えたら改めて共に世界を旅する約束をしている。

世界が“彼”を忘れようと、世界に“彼”を刻みつけるように二人の旅は、続いてゆく。




end




 
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