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DQ11長編+短編集

作者:風亜
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男装の勇者
  第四話:王女と王子と騎士と

ベロニカ
「───ここが、16年前に魔物の大軍に滅ぼされてしまったユグノア王国ね。話には聞いていたけど、瓦礫ばかりで酷い有様だわ⋯⋯」

シルビア
「生き残った人も、殆ど居なかったみたいね⋯⋯。王様と王妃様も、その時に亡くなられたそうよ」

カミュ
「何だってそんな⋯⋯ジュイネは生まれて間もなかったってのに。魔物共なんぞに勇者が生まれた意味が理解出来んのかよ、ぜってーそいつらをけしかけた元凶が居るはずだぜ」

ジュイネ
「⋯⋯⋯⋯⋯」

セーニャ
「ジュイネ様、その⋯⋯何て言っていいのか分かりませんが、気をしっかり持って下さいね⋯⋯。私達が、付いてますから」

ジュイネ
「うん⋯⋯。───!?」

 一瞬、ジュイネの意識に顔の見えない甲冑姿の戦士らしき風貌が頭によぎり、何か訴え掛けられている感じがしたがすぐに意識から消えて目眩を覚え、現実に引き戻される。

ベロニカ
「ちょっとジュイネ、ふらついてるけど大丈夫なの⋯⋯!? ショックが大きいなら、この場を離れた方がいいわ」

カミュ
「そうだぜ、ここに呼び出したじいさんから虹色の枝は何とか渡してもらうからお前は⋯⋯」

ジュイネ
「いや⋯⋯大丈夫だよ、一瞬だけ目眩がしただけだから。それにロウさんは、僕宛に手紙を置いてったんだし虹色の枝を渡してくれるにしても、僕が居ないとダメなんだと思う」

シルビア
「そうねぇ⋯⋯じゃ早いとこロウちゃんを探しましょ。王国の出入り口付近に居ないとなると、もっと奥の方に行かないといけないかしらね」

セーニャ
「そうですね⋯⋯魔物もうろついていますし、気をつけて進みましょう」

───────────

───────

ベロニカ
「参ったわね⋯⋯お城へ向かう道が多くの瓦礫に塞がれてこれ以上進めないわよ?」

カミュ
「回り道出来るとこはねぇのか? あのじいさん、もっと具体的な場所指定しておけよ⋯⋯」

ジュイネ
「うーん⋯⋯」

???
「ピキー! そこのヒトたち、こまってるの?」

ジュイネ
「えっ?」

 可愛らしい声に振り向くと、井戸の傍に一般的なスライムが佇んで居た。

スライム
「ピキー! ぼくは悪いスライムじゃないよ。この井戸の中を通れば、お城のあった場所に行けるよ。おじいさんとおねえさんも、通って行ったよ!」

シルビア
「あら、その二人ってやっぱりロウちゃんとマルティナちゃんかしらね」

セーニャ
「きっとそうですわ、改心している魔物さんの言う事は信用出来ますし井戸の中を通ってみましょう」

カミュ
「⋯⋯ホントに改心してんのか?」

ベロニカ
「たまーに居るのよね、こういう魔物。まぁ信用してあげましょ」

 井戸の中を通った先は瓦礫の山の向こう側だったらしく、ほぼ外壁だけ残した城跡周辺に行き着くと謎の老人ことロウが佇んで居た。

ロウ
「⋯⋯待っておったぞ」

ジュイネ
「ロウさん⋯⋯」

カミュ
「さぁ、ここまで来てやったぜ。つか何のつもりだよじいさん、こちとら早いとこ虹色の枝を手に入れて先に進みたいんだがな」

ロウ
「それは、ジュイネが勇者としての使命を果たす為に必要だからか?」

ベロニカ
「あらおじいちゃん、ジュイネが勇者だって分かるのね?」

ロウ
「アザに見覚えがあってな⋯⋯確信した時は心の臓が止まるかと思ったわい」

シルビア
「そういえば仮面武闘会決勝で防御態勢をとったジュイネちゃんに釘付けになってたものねぇ」

セーニャ
「あの⋯⋯ロウ様、一緒に居たはずのマルティナ様はどちらに?」

ロウ
「姫には、ある準備をしてもらっておる。⋯ジュイネよ、お主をここに呼んだのは他でもない、生まれ故郷であるこの地を訪れてほしかったのじゃ」

ジュイネ
「(僕の生まれた場所⋯⋯ユグノア王国)」

ロウ
「付いてきてくれんか、まずはお主に会わせたい者達がおる⋯⋯」

カミュ
「女武闘家の他に誰か居んのか⋯⋯?」

ジュイネ
「⋯⋯⋯⋯」

 ロウは一つの墓石が建てられている場所までジュイネ達をいざなった。

ベロニカ
「お墓⋯⋯なのよね、白い花が一杯添えられてるわ」

ロウ
「この墓の下に、眠っている訳ではないのじゃが⋯⋯墓を建てずにはおれなくての。わしの娘と、その婿殿の名を刻んでおるのじゃ」

ジュイネ
「(エレノア⋯⋯アーウィン⋯⋯まさか)」

ロウ
「ジュイネ⋯⋯お主の母親と父親じゃよ」

セーニャ
「それでは、ロウ様はジュイネ様の───」

ジュイネ
「(僕にとって血の繋がった祖父が、生きていた⋯⋯)」

ロウ
「余程、良識のある人物に拾われ育てられたと見た⋯⋯。立派に、なったな。髪質はエレノアに、目元はアーウィン似じゃな」

ジュイネ
「(何て、返せばいいんだろう。うまく言葉が見つからない)」

ロウ
「両親に、祈ってやってくれんか。お主が健やかに育った事を、誰よりも喜ぶじゃろうからな」

ジュイネ
「⋯⋯うん」

 墓前で手を合わせ目を閉じて実の両親を想い、他の仲間もそれに習って祈りを捧げる。

ロウ
「───わしらはこの十六年間、ユグノア王国を滅ぼした元凶を突き止めようと奔走した。そんな中デルカダール王は勇者は悪魔の子などと吹聴する始末⋯⋯裏で何かが暗躍しておるのは確実じゃ」

ジュイネ
「⋯⋯⋯」

ロウ
「しかし⋯⋯本当によく生きていてくれた、ジュイネ。我が愛しき孫よ⋯⋯。お主にはこの滅んでしまったユグノア王国で、わしと共に行ってほしい儀式があるのじゃよ」

ジュイネ
「儀式⋯⋯?」

ロウ
「なに、そんなに難しい事ではないぞ。⋯⋯姫の方も準備が終わった頃合じゃろう、この先の高台にある儀式の間まで来てくれんか」

 長い坂道を辿って儀式が行われる高台まで来た時には、既に辺りは暗くなり篝火の明かりが頼りだった。そしてそこには、あの女武闘家が一人佇んで居た。

ジュイネ
「⋯⋯あ、マルティナさん」

マルティナ
「来てくれたわね。⋯⋯今から行われるのは、ユグノア王家に伝わる鎮魂の儀式。ジュイネとロウ様以外は、下がっていて下さい」

 他の仲間は言われた通り儀式の間から少し距離を置いて見守る。

ロウ
「魔物により非業の死を遂げた者は、命の大樹による魂の循環に戻れず現世を彷徨うという⋯⋯。この地で亡くなった魂を慰め、命の大樹へと送る。それが儀式の目的じゃ。わし一人では効果は薄いじゃろうが、お主となら儀式を滞りなく行えると思うんじゃよ」

ジュイネ
「具体的に、どうすれば」

ロウ
「姫が集め台座に置いてくれた若枝を、ユグノア王家のわしら二人が種火で聖なる炎を灯すんじゃ」

 台座に集められ置かれている若枝にロウが先に種火を移し、それに続いてジュイネも種火を移すと、若枝の香に誘われて薄紫に燐光を放つ多くの蝶が命の大樹へと渡って行く様は、息を呑むほど美しかった。

ジュイネ
「(綺麗、だけど⋯⋯物悲しいな)」

ロウ
「随分遅れてしまったが、お主のお陰でちゃんとした形で儀式を行なう事が出来た⋯⋯ありがとうよ。息子の手で送られたエレノアとアーウィンも、これで安らげるはずじゃが⋯⋯」

ジュイネ
「(そうだと、いいけど⋯⋯何だろう、まだ胸騒ぎがする。この地を訪れてから、ずっと───)」

ロウ
「ジュイネよ、お主は揺りかごと共に川に流されたと聴くが⋯⋯エレノアは、何かお主に遺しておかなかったか?」

ジュイネ
「あ⋯⋯えっと、育てのおじいちゃんからエレノア王妃の、王家のペンダントと手紙を受け取って⋯⋯」

 ジュイネは鞄から手紙を取り出して渡し、ロウはそれを一心に読み進め、ある程度ジュイネからもこれまでの経緯を教わる。

ロウ
「な、なんと⋯⋯それでお主は16の折にデルカダール王に謁見したが、悪魔の子として追われる事になったのか⋯⋯! 苦労を、かけたな⋯⋯」

ジュイネ
「そんな、ロウさんの方がつらいと思うし⋯⋯僕なんて、16になるまで何も知らずぬくぬくと育ったから⋯⋯」

ロウ
「ロウさん、ではなく⋯⋯ロウじい、とでも呼んでくれんか。さん付けではよそよそしいし、おじいちゃん呼びだと育ての祖父殿に申し訳ない気もするしの」

ジュイネ
「そんなことないよ。育てのおじいちゃんは、もう亡くなってるんだけど⋯⋯。ロウおじいちゃんって、呼ばせてもらうから」

ロウ
「うむ⋯⋯そうか。実の孫に、おじいちゃんと呼んでもらえる時が来るとは嬉しい限りじゃ⋯⋯。あぁ、すまんが暫く一人にしてくれんか。なに、少し感傷に浸りたいだけじゃよ⋯⋯」

ジュイネ
「⋯⋯⋯⋯」

 他の仲間ともぽつぽつと言葉を交わしつつ、ジュイネは
一人夜空を憂いげに見上げ涙を零すマルティナを目にした。

マルティナ
「エレノア様⋯⋯⋯。あ、キミは───これは、恥ずかしい所を見せたわね」

 涙をすっと拭うマルティナ。

ジュイネ
「マルティナさん、あの⋯⋯」

マルティナ
「呼び捨てでいいのよ、その方が気兼ねないものね」

ジュイネ
「じゃあ、その⋯⋯マルティナ」

マルティナ
「⋯⋯⋯⋯。キミに名前を呼ばれる日が来るなんて、ね。夢のようだわ⋯⋯。赤ん坊のキミが眠る揺りかごを手放してしまったあの時から、キミは私のせいで亡くなったものだと思っていたから」

ジュイネ
「え⋯⋯?」

マルティナ
「歩きながら⋯⋯少しお話ししましょうか」

ジュイネ
「⋯⋯⋯⋯」

マルティナ
「私のお母様は⋯⋯病弱だったらしくて私を産んだ後にすぐ亡くなったそうなの。そんな私を、キミのお母様⋯⋯エレノア様はいつも気にかけてくれて、一緒に遊んでくれたり色々教えてくれたのよ」

ジュイネ
「そう、なんだ」

マルティナ
「だから⋯⋯エレノア様が子供を授かったと聞いた時はとても嬉しかった。私に弟か妹が出来るんだって、勝手にはしゃいだものよ」

ジュイネ
「(小さい頃の、マルティナか⋯⋯どんな感じだったのかな)」

マルティナ
「───もう気付いていると思うけど、私は亡くなったとされるデルカダールの王女、マルティナよ。ユグノア王国が魔物の大軍に襲われた時、私はその場に居合わせたから⋯⋯」

ジュイネ
「⋯⋯!」

マルティナ
「アーウィン様とエレノア様に逃がしてもらったのだけど⋯⋯アーウィン様は城に残り、エレノア様と私は揺りかごの中で眠る赤ん坊のキミを連れて城外へと逃げ、その際エレノア様が追っ手の魔物の囮になって私とキミを逃がしたの」

ジュイネ
「─────」

 話している内に、しとしとと雨が降り出してくる。

マルティナ
「そう⋯⋯エレノア様とお別れした時も、雨が降っていたわ⋯⋯」

ジュイネ
「(⋯⋯あれ、向こうに篝火が見える。他の仲間にしては、違うような───)」

マルティナ
「鎧の微かな金属音と、篝火⋯⋯まさか。ジュイネ、すぐに道沿いの端に隠れましょう⋯⋯!」

 先程二人が降りてきた坂道の短い洞窟には既に、数人の兵士と思われる姿があり何者かを捜している様子だった。

マルティナ
「あのマントの紋章は、デルカダール兵ね⋯⋯。キミをここまで捜しに来たんだわ」

ジュイネ
「他のみんなは、大丈夫かな⋯⋯? 結構距離をとっちゃったけど」

 
兵士の声
「あ、あ⋯⋯! 悪魔の子!!」

 背後の気配に気付くのが遅れた二人は、まんまと見つかってしまう。

マルティナ
「ちっ、前方に気を取られすぎたわね⋯⋯!」

 すぐに兵士達が集まって来るが、マルティナの華麗な脚技で返り討ちに遭い、それを免れた一人の兵士が更なる応援を呼びに踵を返す。

ジュイネ
「(マルティナ、やっぱりすごい⋯⋯全然僕の出る幕なかった)」

マルティナ
「儀式の祭壇には戻れそうにないわね⋯⋯他のみんなも逃げた事を信じて、私達も早くこの場を離れましょう!」

 ジュイネの手を取って走り出すマルティナ。

ジュイネ
「えっ、うん⋯⋯!」

グレイグ
「───そこまでだッ!」

ジュイネ
「!?」

 背後から威勢のいい声がしたかと思うと、頭上を黒馬が跳ね飛びマルティナとジュイネの前方を遮って現れたのは、漆黒の鎧を見に纏ったデルカダールの将軍だった。

グレイグ
「グレイグ推参⋯⋯。グロッタでは、随分活躍したそうだな」

ジュイネ
「(め、目立ち過ぎたかな⋯⋯。なんて言うか、グロッタにあるグレイグ将軍の像より、やっぱり本物の方がかっこいい⋯⋯)」

グレイグ
「女の方は新しい仲間か⋯⋯? まぁいい、女はお前達に任せる」

 黒馬から降りたグレイグ将軍は兵士達にそう命じ、多数の兵士はマルティナを取り囲み将軍グレイグは不本意ながらも大剣を引き抜きジュイネを追い詰めんとする。

グレイグ
「⋯⋯デルカコスタ地方以来だな。ダーハルーネではホメロスを上手く巻いたようだが」

ジュイネ
「見逃しては⋯⋯くれなさそうだね」

グレイグ
「部下達の手前⋯⋯これ以上失態を晒す訳にもいかんのでな」

ジュイネ
「ここを特定出来たのはやっぱり、グロッタで情報収集したから?」

グレイグ
「その情報を元にユグノア地方を巡回していた所、城跡から命の大樹へと続く光る現象を目にした部下が、ここを調べるべきだと申告して来たのだ。⋯⋯私は既に、お前達は居ないものと思っていたのだが」

ジュイネ
「じゃあグレイグ将軍⋯⋯あなただけだったら、ここまで来る気はなかったの?」

グレイグ
「⋯⋯どうだろうな。所で、お前と一緒に居た女は───」

 突如、すぐ近くで激しい落雷が起き、その衝撃のせいか追い詰められているジュイネの崖側の足元が急に崩れ出し、真っ逆さまに谷底の川へ落下してゆく。

ジュイネ
「うわあぁ⋯⋯っ?!」

グレイグ
「なッ⋯⋯!?」

マルティナ
「⋯⋯!! そんなのダメ、絶対!!」

 多くの兵士に囲まれつつ華麗な脚技で応戦していたマルティナだが、ジュイネが崖下へ落ちてゆくのを見るや否やすぐ様駆け出しグレイグを押し退けて崖下へ飛び下り壁際を蹴って勢いをつけ、先に落下し意識を失ったジュイネに追い付き頭部と身体全体を包み込むようにして護る。

マルティナ
「今度は、離さない⋯⋯!」

グレイグ
「(あの女⋯⋯何故、そこまでして)」

 二人が落下した崖下の川を見つめていたグレイグだが、身を乗り出し過ぎたせいか雷雨の中足元を滑らせて自身も崖下へ落下してしまう。

グレイグ
「(なんて事だ、鎧を着込んだまま崖下の川などに落ちてしまえば───ッ)」

───────────

────────

──────

ジュイネ
「げほっ、ごほ⋯⋯っ」

マルティナ
「ジュイネ⋯⋯! 意識が戻ったかしら」

ジュイネ
「マル、ティナ⋯⋯? 僕、達は」

マルティナ
「雷の衝撃で足元が崩れ、崖下の川へ落ちたのよ。私はキミを助ける為に、自分から落ちたのだけどね」

ジュイネ
「そんな、危険なことしてまで僕を⋯⋯ありがとう、マルティナ。───あれ、向こうの川辺に流れ着いてるのって、まさか」

 ジュイネの視線の先に、仰向けになって川辺に流れ着いているグレイグ将軍の姿が見えた。

マルティナ
「私達を追ってわざわざ崖下に落ちたのかしら⋯⋯それにしては無謀だわ、何せ鎧を着込んでいるのだもの。すぐに溺れて川底に沈んでもおかしくなかったのに、運が良かったものね」

ジュイネ
「助け起こしてあげないと⋯⋯!」

マルティナ
「何を言ってるの、そのままにしておきましょう。キミは彼に追われている身なのよ」

ジュイネ
「けど、あのままにしておけない。⋯⋯グレイグ将軍がとても真摯な人なのは、知ってるから」

マルティナ
「⋯⋯判ったわ、手を貸しましょう」

──────────

───────

グレイグ
「⋯⋯⋯⋯、ぬ⋯⋯? ここは」

ジュイネ
「よかった、目を覚ましてくれたね⋯⋯グレイグ将軍」

グレイグ
「ジュイネ⋯⋯無事、だったか」

マルティナ
「⋯⋯あら、彼を悪魔の子とは呼ばないのねグレイグ将軍?」

グレイグ
「お前は⋯⋯いや、貴女はどこかで」

マルティナ
「私の事はいいのよ。それよりここは、川辺近くにあった小屋ね。私達、川に落ちたから服を乾かして身体を温めたい所だけれど⋯⋯流石に暖炉に火を起こして煙が外に出たら貴方の部下の兵士達に見つかり兼ねないから出来ないわね。外はまだ雨だけど⋯⋯くしゅんっ」

ジュイネ
「マルティナ、大丈夫? この小屋にある毛布にせめて包まった方が⋯⋯」

グレイグ
「マルティナ⋯⋯? まさか貴女は、亡くなったとされるデルカダール王女、マルティナ姫かッ?」

マルティナ
「⋯⋯だとしたら、どうだと言うの?」

グレイグ
「ユグノア王国への魔物の襲来より16年間、行方不明の間如何様に過ごされて───」

マルティナ
「ユグノア王国前王の、ロウ様に助けて頂いて今に至るわ。それなりに修羅場だって潜り抜けて来たのよ。⋯⋯ジュイネはロウ様にとって、実の孫にあたるわ」

グレイグ
「何と⋯⋯ロウ様も御存命だったとは。この事を我が王に報告すれば、勇者は悪魔の子などという考えを改めて下さるのでは」

ジュイネ
「⋯⋯⋯⋯」

マルティナ
「そう簡単にいくものかしらね⋯⋯一度は城に戻った私を死んだものと決めつけ追い出したお父様が」

グレイグ
「私はその事を知らないのですが、遠征していたのかもしれない⋯⋯それこそ行方不明になられた姫を捜して。行き違いだったのか⋯⋯」

ジュイネ
「⋯⋯へくちっ」

マルティナ
「あぁジュイネ、風邪を引いてしまうわ。ほら、小屋にある毛布に包まって⋯⋯濡れた服は脱いだ方がよさそうね」

ジュイネ
「マルティナの方こそ、毛布に包まった方がいいよ。グレイグ将軍も鎧脱いだらどうかな?」

グレイグ
「俺の事は気にするな⋯⋯毛布はどうやら二つしかないようだし、二人で使うといい」

マルティナ
「私は元々薄着だし布面積が少ないからマシだけど、ジュイネはほぼ全身覆ってるでしょう。その分濡れていると身体がどんどん冷えてしまうわ、だったら服を脱いで毛布に直に包まった方が温まるわよ。⋯⋯ほら、脱ぐの手伝ってあげるから」

ジュイネ
「いや、その⋯⋯脱ぐとしても自分で脱げるから脱がそうとしないでマルティナ⋯⋯!」

グレイグ
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

マルティナ
「あぁ⋯⋯ごめんなさい、そうよね⋯⋯グレイグ将軍が見ていたら落ち着かないわよね」

グレイグ
「誤解です、顔を背けていますのでどうぞ姫様、彼を脱がせてやって下さい」

マルティナ
「そういう事じゃないのよ、⋯⋯やっぱり無粋ねグレイグ」

ジュイネ
「マルティナは、その⋯⋯もしかして僕のこと」

マルティナ
「キミが本当は⋯⋯って事かしら。えぇ、最初から知っているわ。エレノア様から聴いていたから。キミを男子として育てる⋯⋯そう決めたのは、ユグノア王家の方々だから。エレノア様はありのまま育ててあげたいと仰っていたけれど⋯⋯勇者の紋章を持つ運命の子としては女子では甘いと判断され、王子として齢六歳となったらドゥルダ鄉に修行に出される事になっていたそうよ」

ジュイネ
「(やっぱり先代勇者が男子だから、かな)」

マルティナ
「ユグノア王国が滅んで⋯⋯ある意味キミは自由に生きれるはずだったのに、拾われた先でも男子として育てられたの?」

ジュイネ
「エレノア王妃が、揺りかごの中に手紙を残していたらしくて⋯⋯あなたは誇りあるユグノアの王子と書かれていたから、育てのおじいちゃんは僕を男子として育てることにしたんだと思うけど⋯⋯僕は別にそれが嫌だったわけじゃないから、今までもそう振舞って来たんだ」

マルティナ
「そうだったのね⋯⋯。グレイグ将軍は、私より前にジュイネを認識していたようだけど⋯⋯気づいていたのかしら?」

グレイグ
「⋯⋯彼がデルカダール城にユグノア王家のペンダントを携え勇者として訪れた際、初めて目にした時から何となくは察していました」

ジュイネ
「えっ、そんなに早く気づいてたの⋯⋯?」

グレイグ
「すぐに確信したわけではないが⋯⋯地下牢に閉じ込めた際に妙に他の兵達が色めき立つものだから、まさかとは思っていたが」

ジュイネ
「(⋯⋯拷問を止めてくれたのも、そういう理由かな)」

マルティナ
「生まれ持った性質というのは、中々隠しきれないものよ。仕方ないわ。⋯⋯それはそうと、地下牢に閉じ込めたの?」

グレイグ
「王の、命令で⋯⋯。しかし、彼よりも前に投獄されていた盗賊と共に地下牢から逃げられましたが」

マルティナ
「よく城の地下牢から逃げ出せたわね⋯⋯」

ジュイネ
「僕一人じゃ到底無理だったよ、脱出ルートを確保してたカミュに助けられっぱなしだったから」

マルティナ
「⋯⋯所でグレイグ、貴方は悪魔の子とされるジュイネを捕らえる側なのに妙に躊躇しているわね。それは何故かしら」

グレイグ
「王の命令とはいえ⋯⋯私には彼が悪魔の子には到底思えないのです。彼を育て守ってきた村人達を見ていて判りました⋯⋯こんな穏やかな村人らに育てられた青年が、災いを呼ぶ悪魔の子のはずがないと。彼の気品のある顔立ちと、高貴で凛々しくも優しげな眼差しを見れば自ずと判るものです」

ジュイネ
「(⋯⋯⋯⋯何だろう、聴いてて恥ずかしくなってきた)」

マルティナ
「そこまで判っているのなら、貴方もこちら側に来るべきよグレイグ。私もまだジュイネの正式な仲間ではないけれど⋯⋯彼の仲間と合流したら、ロウ様と共に仲間に加わるつもりなの」

グレイグ
「いや⋯⋯出来ればそうしたいのですが、それは出来兼ねます」

ジュイネ
「どうして⋯⋯?」

グレイグ
「お前の育った故郷であるイシの村人達は、デルカダール城の地下に捕らえているのは知っていると思うが、俺が今お前達の仲間になれば⋯⋯村人らの命の保証はいよいよ出来なくなる」

ジュイネ
「⋯⋯⋯!」

マルティナ
「なるほどね⋯⋯貴方がそちら側に居なければならない理由が判ったわ。それに加えてジュイネも出来れば捕らえたくない⋯⋯難しい立場ね」

ジュイネ
「⋯⋯───」

グレイグ
「ジュイネ、今回もお前達を見逃そうと思う。⋯⋯そうする事でまた王に咎められるだろうが、イシの村人達は何としてでも俺が守ってみせる。だから⋯⋯お前はお前のやるべき事を成してくれ」

ジュイネ
「⋯⋯うん」

グレイグ
「俺が先に小屋を出て行こう、兵士達にはお前達はもうこの辺りには居ないと伝えておく」

ジュイネ
「待ってよグレイグ、将軍⋯⋯外はまだ雨が降っているし、もう少しここで休んだ方が」

グレイグ
「いや、俺がここに長居するのはよくない。⋯⋯濡れた身体のまま、風邪を引かぬようにな」

ジュイネ
「グレイグ将軍、それはあなたもだよ」

グレイグ
「フフ、違いない。───ではなジュイネ、姫様を頼む」

 グレイグは雨の降りしきる外へと一人出て行った。




【人魚の呪い】


 マルティナとロウを仲間に加えた一行は、虹色の枝の導きにより六つのオーブを集めて命の大樹へ向かう事となり、イエローオーブはロウとマルティナから、レッドオーブはカミュからジュイネは受け取った。

次なるオーブを求め外海へ出たジュイネ達は急に濃い霧に覆われ、進む内に晴れたと思えばそこは、波風の一切立たない静寂に包まれた白の入り江だった。そこには一匹の美しいロミアという人魚がおり、ジュイネ達に待ち人のキナイ•ユキという人物がどうしているかナギムナー村という場所で様子を見てきて欲しいと願い、お礼には海底の王国に行けるハープを貸してくれるらしい。人魚自身が村に行けないのは、キナイ•ユキは別としても人間に怖がられているからだという。

⋯⋯ナギムナー村に着くと女性や老人や子供ばかりで、話を聞くと男衆は近海に現れたクラーゴンを倒しに向かっているらしく、人魚のロミアの待ち人キナイ•ユキもその一人のようだった。ジュイネ達一行も船で加勢しに向かい、クラーゴンを相手にするも船上で苦戦を強いられ、それでも大分追い詰めたと思われた所で船が一段と大きく揺さぶられ、ジュイネだけ海に投げ出され海中に深く沈んでしまう。


(───僕が、お魚だったら⋯⋯きっと海の中でも苦しくなんて、ないんだろうな⋯⋯⋯)

 意識が遠のく中そんな事をぼんやり考えていると、いつの間にか目の前に銀色の光の塊のようなものがおり、姿は分からないが“それ”がジュイネの額に口付けると、海中のはずがジュイネは自身の身体が燃えるように熱くなるのを感じ、身悶えている内に意識を失ってしまう。

─────────

──────

「何て事だい⋯⋯人間の魂を喰らうっていう伝説の呪いの人魚がナギムナー村の浜辺に打ち上げられるなんて」

「ほんとに半分おサカナだー! キレイなウロコー!」

「こら、近づくんじゃないよ! 目を覚ましたら何されるか───」


(⋯⋯⋯ん、あれ⋯⋯ここは、どこだろう。女の人や、子供ばっかり僕の周りに集まってる⋯⋯⋯??)


「わー、起きたー! ほんとに紙芝居みたいにヒトのタマシイ食べちゃうのかなー!?」


(なんの、ことだろう⋯⋯。僕らは確か、人魚のロミアさんにナギムナー村のキナイ•ユキさんがどうしてるか確かめてほしいって頼まれて───そうだ、村の男の人達のクラーゴン退治を手伝ってて僕は、海に投げ出されて)


 そこでジュイネはふと違和感を感じ、視線を自身の下半身に向けると“それ”は、薄紫色の鱗を持つ魚の胴体及び尾びれと化していた。そして上半身は、辛うじて胸元だけ薄布を纏っている。

(なっ、なんて姿に⋯⋯⋯いつの間に、こんな。これじゃまるで、白の入り江に居た人魚のロミアさんみたいな)


「滅多に使わない牢屋があるが、男衆が戻るまでそこに閉じ込めておくのはどうだい」

「だ、誰が呪いの人魚をそこまで連れてくのさー、あたしはイヤさー」

ジュイネ
(どうしよう⋯⋯この場を何とかしたいけど、声が出せない⋯⋯! 人魚みたいになると声が出なくなるわけ、ないと思うけど⋯⋯。ロミアさんは、地上に出ても普通に喋ってたのに)


「おぉーい、みんな待たせたなー! 手伝ってくれた旅人さん達のお陰でクラーゴン退治は何とか済んだぞー!!」

 そこへ威勢のいい声が聞こえ、次々とナギムナー村の男衆がクラーゴン退治から戻り、その中にはジュイネの仲間達も居た。

村の女性
「やっと帰って来てくれたさー! クラーゴン退治は終わったみたいだけど、今度は村の浜辺に打ち上げられた呪いの人魚をどうにかしてさー」

ベロニカ
「呪いの人魚、ですって⋯⋯? ちょっと道あけてちょうだい、見えないでしょ! ───あっ、ジュイネ?! ⋯⋯って、そんなわけないわね。髪型と顔似てるけど人魚なハズないわっ」

セーニャ
「そうでしょうか⋯⋯ジュイネ様は人魚になっても素敵だと思いますわ」

マルティナ
「やっぱり村には戻ってないのかしら⋯⋯。海に投げ出されてから少しして、ルーラのような軌跡がナギムナー村付近に向かって行くのが見えたのだけど」

シルビア
「船で探しに戻った方がいいんじゃないかしらねぇ⋯⋯」

ロウ
「大分流されてしまったかもしれんのう、何とかならんものか⋯⋯」

カミュ
「おいちょっと待て。⋯⋯お前、ホントにジュイネなんじゃねーのか?」

 尾びれを横にしたまま座り込んでいる人魚をよく見ようと片膝をついて顔を覗き込んできたカミュに対し、人魚と化しているジュイネは頷き返す。

カミュ
「マジかよ⋯⋯!? お前が海に投げ出された時すぐに助けようとしたがクラーゴンに阻まれて、そいつを倒しきってから海の中探そうとしたんだが突然光の筋みてぇなもんが海中から飛び出て、それがナギムナー村付近目がけて飛んでくもんだから、お前が海の中でルーラでも使って戻ったんじゃねーかって事で急いで戻って来てみりゃ⋯⋯何だって人魚の姿になっちまってんだよ」

ジュイネ
(それは僕が聞きたいよ⋯⋯って、声出せないんだった)

 声が出ないのを伝えようと片手で喉元に触れ、困った顔で首を横に振ってみせるジュイネ。

カミュ
「あ? 何だ⋯⋯? もしかして、声出せなくなってんのかッ?」

 こくこく、とジュイネは再び頷き返した。

???
「───それはきっと、人魚の呪いだろう。人間の魂を喰らうと言われているが、同族の姿にしてしまうというのは初耳だが」

ベロニカ
「何それ、人魚の呪いでジュイネは人魚にされたっていうわけ?! ⋯⋯それはそうと、あんた誰よ?」

???
「俺は、キナイ。あんた達がクラーゴン退治を手伝ってくれたのは感謝するが、この村では人魚は忌むべき存在だからな、早いとこ村から出て行った方が身の為だぞ」

マルティナ
「キナイ、ですって⋯⋯? 人魚のロミアの待ち人ね! 彼女、白の入り江でずっと独りで貴方を待ってるのよ。どうして逢いに行ってあげないの?」

キナイ
「俺の待ち人が、人魚⋯⋯? タチの悪い冗談はよしてくれ。ロミアなんて人魚は知らない」

セーニャ
「そんな⋯⋯キナイ•ユキ様とロミア様は、種族間を超えた恋をなさっているのでは」

キナイ
「ちょっと待ってくれ、それ以上は⋯⋯村の北側の外れにある“しじまヶ浜”で話してくれないか」

カミュ
「ジュイネの下半身は魚になっちまってるから歩けねぇだろうな。⋯⋯オレが横抱きして行くぜ」

ジュイネ
(え、そんな急に⋯⋯わっ)


 しじまヶ浜にて。

キナイ
「その人魚は何か勘違いをしている。⋯⋯俺の祖父にあたるキナイ•ユキなら、とうに亡くなっているぞ」

シルビア
「何ですってぇ?! ロミアちゃん、それを知らずに何十年も待ち続けているなんて⋯⋯」

ロウ
「人魚の寿命は人間よりも長いそうだからのう。人魚のロミアからすると、時の流れというものの感覚が人間とはかけ離れているのじゃろう」

ベロニカ
「だからって、このまま真実を伝えるのは酷じゃない? 彼女、自分を責めかねないし⋯⋯」

セーニャ
「私がロミア様の立場なら、真実を知りたいとは思いますが⋯⋯。その後、どうするおつもりなのでしょう」

マルティナ
「場合によっては、嘘を言うべきかもしれないわ⋯⋯。キナイには事情があって、まだロミアの元には行けないけれど、いつかきっと逢いに来るって。ロミアは今まで通り、健気に待ち続けるでしょうけど⋯⋯」

カミュ
「ジュイネはどう思う⋯⋯って、今は喋れねぇんだったな」

ジュイネ
(僕、だったら⋯⋯真実に耐えられそうにない。夢を⋯⋯いつか自分の元にまた来てくれる夢を、いつまでも見続けていたいかな⋯⋯)

キナイ
「事実を伝えるかどうかはあんたらに任せるが⋯⋯これを、持って行ってくれ」

マルティナ
「まぁ⋯⋯この美しいベールは?」

キナイ
「祖父が死に際に握りしめていた物らしい。多分、その人魚に───いや、そんな事はいい。とにかくこれを渡すかどうかもあんたらに任せる。⋯⋯だからこれ以上、俺に関わらないでくれ」

ベロニカ
「何よもう、祖父の名前受け継いでるくせに人魚に冷たいんだから! 人魚みたいになってるジュイネの事も何とかしなきゃいけないのに⋯⋯!」

キナイ
「人魚の事は、人魚に聞けばいいだろう⋯⋯俺はご免だがね」


 ───白の入り江。

ロミア
「あ、皆さん⋯⋯! どうでしたか、キナイはもうすぐ私の元に来てくれそうですかっ?」

ベロニカ
「えーっと、その事より先に! ジュイネ⋯⋯彼が何故だか船から海に投げ出されたあと、人魚の姿になっちゃったのよね。声も出せないみたいだし⋯⋯どうなってるのかしら??」

ロミア
「え、そんな事が⋯⋯? ジュイネさんが何故人魚になってしまったのか分かりませんけど、もしかしたら───。海底王国ムウレアの、女王セレン様にお会いになってみて下さい。きっと、何とかして下さるはずです」

マルティナ
「海底王国へ行くには、ロミアが持っているマーメイドハープが必要なのよね」

ロミア
「はい⋯⋯。これをお渡しするのは、キナイがどうしているか皆さんからお聞きした後です。さぁ、教えて下さい。キナイは───」

カミュ
「これを⋯⋯あんたに渡してくれって頼まれた」

 人魚と化しているジュイネを一旦マルティナに任せ、カミュはロミアに美しいベールを手渡す。

ロミア
「まぁ、なんて綺麗な⋯⋯。これをキナイが、私に?」

カミュ
「あぁ⋯⋯。色々事情があって、まだしばらくあんたの元には来れないらしい。けどいつか⋯⋯きっと逢いに来るそうだぜ。だから、そのベールを身に着けて待ってればいい」

ロミア
「そうなんですね⋯⋯。分かりました、私はいつまでだってキナイを待ちます。こんな綺麗なベールを贈ってくれたキナイを信じて───」

 ロミアはそう言って美しい約束のベールを身に着け、微笑んだ。

カミュ
(これで⋯⋯良かったんだろ、ジュイネ)

ジュイネ
(ありがとうカミュ⋯⋯、僕が声を出せないからって、つらい役をさせてごめんね)


 人魚のロミアからマーメイドハープを受けとったジュイネ達は外海から内海に戻り、海の上に光の柱がある場所でマーメイドハープを使うと、船を丸ごと覆う泡に包まれ海底王国ムウレアにいざなわれた。

人魚と化しているジュイネは別としても、他の仲間も不思議と地上と同じく普通に息をする事が出来、海底王国の魚人や人魚達によるとそれは女王セレンによるチカラのお陰らしい。

カミュ
「今のお前なら、海底の方が動きやすいんじゃないか?」

 そう言われてジュイネは思い切って海底を人魚の姿で泳ぎ回ってみた。⋯⋯すると言われた通り非常に動きやすく、尾びれを器用に使って自由に海底を泳ぎ回る事が出来、感動のあまり仲間そっちのけで他の人魚や魚達と暫く遊泳を楽しんだ。

マルティナ
「ふふ⋯⋯あのままだと海底王国に住み着いてしまいそうね」

セーニャ
「ジュイネ様、本当の人魚様みたいに優雅ですわ⋯⋯」

シルビア
「アタシも憧れちゃうわねぇ⋯⋯!」

ベロニカ
「うーん、人魚の姿で勇者の使命を果たせるのかしら?」

ロウ
「海底王国の女王なら何とかしてくれるそうじゃが、あの姿のままでも悪くないと思うがのう」

カミュ
「魚の下半身だと地上じゃどう考えても不便だろ。⋯⋯おいジュイネ! 泳ぐの楽しんでるとこ悪いが、そろそろここの女王様ってのに会いに行こうぜ」


 海底宮殿の女王の間には、銀色の美しい鱗を持つ人魚の女王セレンが一行の訪れを待っていた。

セレン
「よく来てくれました、勇者とその仲間達よ⋯⋯。私はこの時を待っていました」

カミュ
「どういう事だ? あんたはオレ達がここへ来るのが分かってたのか?」

セレン
「えぇ、もちろんですとも。⋯⋯私は、地上のあらゆる出来事を把握しています」

マルティナ
「それならばセレン様、ロミアの事はご存じのはずですよね。何故彼女に、キナイ•ユキの事を話さなかったのですか?」

セレン
「───ある時自分だけ幸せになれない事を悟った彼は、かつて婚約者だった女性が遺した子供を育てる事に決め、それでもロミアへの想いを断ち切れぬままこの世を去りました。それをあの子にそのまま伝えれば、彼の面影を追って陸に上がった事でしょう。人魚がヒトの脚を用いて陸に上がり、その後海へ戻ろうものなら⋯⋯泡となって消えてしまいます。私は出来れば、それを避けたかった。あなた方がロミアに優しい嘘をついてくれた事には感謝しています。あの子にとっては、ある意味残酷かもしれませんが」

ジュイネ
(⋯⋯⋯⋯)

カミュ
「まぁそれはそれとして、何でか人魚の姿になっちまってるこいつを元の姿に戻す方法を知らないか、女王様」

セレン
「あら⋯⋯あまりに自然な姿だったので気付くのが遅れました」

ジュイネ
(え⋯⋯っ)

セレン
「そうですね⋯⋯私のチカラならば、彼の姿を元に戻せますよ」

ジュイネ
(ほ⋯⋯よかった。⋯⋯グレイグ将軍が今の僕の姿を見たら、どう思う⋯かな)

セレン
「しかし本当に良いのですか? 海底王国に住まわせたいほどに、その姿がこの上なく合っているのに」

ジュイネ
(そっ、それは困ります⋯⋯! 確かに、海の中を自由に泳ぎ回れるのはとても楽しいけど───)

 ジュイネは声を出せない代わりに首を横に振る。

セレン
「そうですか⋯⋯それは残念。勇者の使命も果たさねばなりませんものね。では、私の持つ杖のチカラであなたを元の姿に戻してあげましょう」

 女王セレンは杖を掲げ、銀色の光を迸らせる。⋯⋯その光景を見たジュイネは、クラーゴン退治の際に船から投げ出され海中で意識が遠のく中、銀色の光の塊が自分に向かって来たのを朧気ながら思い出す。───そうしている内に全身が銀色の光に包まれ、その光が収まるとジュイネは元の姿に戻っていた。

ジュイネ
「あっ、あー⋯⋯声も出せる! ありがとうございます、セレン女王様⋯⋯! それで、あの⋯⋯もしかして、船から海に投げ出された僕を人魚の姿にしたのって」

セレン
「ふふふ⋯⋯何のお話かしら?」

 女王セレンは小首を傾げ、少女のように微笑んでいる。

ジュイネ
「いえっ、何でも⋯⋯ないです(そんなわけ、ないよね)」

セレン
「もう一つ⋯⋯あなた方が必要としているのは“これ”ではないですか?」

 女王はふと皆の前に明るい緑色に輝く球体を出現させる。

セーニャ
「それはもしや、命の大樹に向かうのに必要な六つのオーブのうちの一つでは⋯⋯!」

セレン
「グリーンオーブ、これをあなた方に差し上げましょう」

ジュイネ
「ありがとうございます⋯⋯! これで三つ目だね、あとの三つはどこにあるんだろう」

セレン
「大体の場所なら、教えてあげられますよ。そうですね⋯⋯⋯メダチャット地方にある少女達の学び舎の近くと、バンデルフォン王国跡地、クレイモラン地方にあるようです。それと、オーブと直接関係はなくともメダチャット地方南のプワチャット遺跡には立ち寄っておいた方が良いでしょうね」

 海底王国の女王セレンからの情報を元にまずは、メダチャット地方にある少女達の学び舎に向かう。



【メダル女学園】


校門前の男性
「君は、メダル女学園入学志望者かな⋯⋯?」

ジュイネ
「えっ?」

校門前の男性
「では早速、校長室で入学手続きを⋯⋯」

ジュイネ
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕は」

校門前の男性
「他の方々は、君の保護者だろうか⋯⋯?」

ジュイネ
「ほ、保護者じゃなくて仲間──」

シルビア
「そうねー、アタシはみんなのママみたいなものかしらっ!」

カミュ
「何でそうなるんだよ。⋯⋯まぁオレはジュイネの兄ちゃんでも構わねぇが」

ベロニカ
「あんたがお兄ちゃんですって? 全っ然そんな感じに見えないんですけどっ」

カミュ
「何だとベロニカ、お前オレの妹にしちまうぞッ?」

ベロニカ
「はぁ? だーれがあんたなんかの妹になるもんですか!」

セーニャ
「私は構いませんよ、お兄様みたいな方がほしかったですし」

ベロニカ
「何言ってるのよセーニャ、あんたには姉のあたしだけで十分よっ」

マルティナ
「私はジュイネが生まれる少し前から妹か弟が出来ると思っていたから、必然的にお姉さん枠になるのかしら」

ロウ
「わしはジュイネの実の祖父じゃからのう、保護者としては適任じゃな!」


 校長室。

メダル校長
「ステキなレディになる為の入学志望者と、保護者の方々ですな? なるほどなるほど」

ジュイネ
「いえ、そうじゃなくて⋯⋯そもそも僕は、ステキなレディじゃなくて勇者として旅立ったわけで」

メダル校長
「ほうほう! 女子でありながら勇者を目指す⋯⋯何と志の高い! いやいやそもそも勇者様が男子であらなければならないという事もありませんしな? ⋯⋯よろしい! 入学を許可すると共にメダ女の制服を与えますぞ!!」

ジュイネ
「いや、だからどうしてそうなるんですか⋯⋯」

メダル校長
「早速更衣室で着替えてきてくれませんかな。他の生徒達にも新しい生徒を紹介せねばなりませんしな! 校庭で入学式を行いますからな、待っておりますぞ!」


ジュイネ
「──⋯⋯何でこうなっちゃったんだろ」

カミュ
「さぁな⋯⋯命の大樹に向かう為のオーブの手掛かりを探しに来たはずなんだが。とりあえず制服に着替えたらどうだ?」

ベロニカ
「そうよ、こうなったらメダル女学園に潜入したつもりでオーブの情報を入手するのよ! あたし達はあんたの過保護な保護者って事で、暫く学園に居させてもらおうかしらねっ」

ジュイネ
「ぼ、僕にはこの制服似合わないよ⋯⋯マルティナやセーニャの方がよっぽど似合うのに。ベロニカは小さいけど、ベロニカくらいの背丈に合う制服もあるんじゃ」

ベロニカ
「うだうだ言ってないでさっさと着替えなさいっての。⋯⋯マルティナさん、セーニャ、ジュイネが着替えるの手伝ってやってくれない? 今のあたしじゃ背が低すぎて手伝えないし」

マルティナ
「了解よ。⋯⋯さぁジュイネ、更衣室へ行きましょう。校庭で他の生徒達も待ってるわ」

ジュイネ
「ステキなレディを目指してる場合じゃないと思うんだけどな⋯⋯」

セーニャ
「大丈夫ですわ、表向きはそうでもオーブの手掛かりを得る為ですもの。頑張りましょう、ジュイネ様っ」

ジュイネ
「う、うん⋯⋯」


 ───更衣室で着替えた後。

シルビア
「⋯⋯まぁジュイネちゃん、メダ女の制服がとっても似合ってるわよん! 可愛いわぁ、アタシも後で着させてもらおうかしらっ」

ロウ
「ほっほう、孫の制服姿を拝めるとは思わなんだ⋯⋯有難や」

ベロニカ
「普通に似合いすぎて違和感ないわ、これなら問題ないわね!」

ジュイネ
「そ、そうなのかなぁ⋯⋯。スカートはきなれないから、スースーして心許ないんだけど」

カミュ
「⋯⋯⋯つかジュイネ、いつも持ってる鞄はオレ達に預けといた方がよくないか? 制服姿でそれ持ってると、ちぃとばかし違和感あるっつーか」

ジュイネ
「うーん、でもこれ育てのおじいちゃんのお古だし、旅に出てから持ってるのが当たり前すぎて自分から外す気になれないんだよね」

カミュ
「ふーん、そんなもんかね。⋯⋯それにしてもその鞄、大きさはそれほどでもねぇのに結構な量の物が入るよな。入手済みの三つのオーブも入ってるくらいだしよ」

ジュイネ
「テオおじいちゃんの鞄って、不思議なんだ。何かの魔法が掛かってるらしくて、見た目以上に物が入るんだよ」

セーニャ
「ジュイネ様、そろそろ校庭に向かいませんと⋯⋯。校長様や生徒様達がお待ちですわ」


 校庭ではステキなレディを目指す魔物も含め多くの女学生が新入生を待っていた。

校庭に躊躇いながらやって来たメダ女の制服姿のジュイネをメダル校長が外に設けた壇上で紹介しようとした所、何故だか上空からけたたましい奇声が上がった。

女学生
「み、見て! 怪鳥の幽谷に生息してる極楽鳥だわ!?」

カミュ
「極楽鳥とか言っても魔物には違いねーんだろ、襲いに来たんならさっさと片付けて───なッ?!」

 極楽鳥は素早い動きでジュイネ目がけて直進し、両肩を鷲摑み軽々と持ち上げ即座に飛び去ってしまった。

ベロニカ
「はぁ?! どうなってるのよ、何でジュイネが極楽鳥に連れ去られなきゃいけないわけ!?」

メダル校長
「極楽鳥はキラキラした物を好んでるのですな。小さなメダルを集めるこの学園にもたまーにやって来るのですが、生徒をあのように直接連れ去るのは初めてですな! 女学生には小さなメダルを拾ったら速やかに校長の私に渡すよう言い聞かせてますのでな。それと万一極楽鳥に襲われたら身の安全を優先し、小さなメダルを手放すようにも言い聞かせておりますぞ!」

マルティナ
「あっ、小さなメダルといえばジュイネも旅の道中幾つか拾っていたわね? しかも輝く三つのオーブを鞄の中に持っている⋯⋯」

ロウ
「あの極楽鳥め、ジュイネの鞄から幾つものキラキラした輝きを感じとったのではあるまいなッ? じゃから鞄を持つジュイネごと連れ去ったのでは」

カミュ
「くそ、極楽鳥が怪鳥の幽谷ってとこに戻ったんなら早いとこそこへ向かってジュイネを助けねぇと⋯⋯!」


 ───怪鳥の幽谷の奥地の大きな巣の中に、ジュイネは鞄を抱き込み横向きに蹲るようにして制服姿のまま意識なく横たわっており、そのすぐ傍には極楽鳥と、巣を守るように極楽鳥のお供のヘルコンドルが何匹も巣の周りに集まっていた。

仲間達はジュイネを救うべく極楽鳥及びヘルコンドル達の反撃を受けつつも倒しきり、カミュが真っ先に巣の中の意識のないジュイネを助け起こし呼び掛ける。

カミュ
「おい起きろジュイネ! 大丈夫か⋯⋯?!」

ジュイネ
「ぅ、ん⋯⋯⋯はれ、おにぃちゃん⋯⋯??」

カミュ
「はッ? お兄ちゃんってお前、オレの事言って───」

ジュイネ
「あっ、大変だ⋯⋯今日から学校なのに遅刻しちゃう⋯⋯!? おにぃちゃんもっと早く起こしてよっ」

 カミュの腕の中で慌てふためくジュイネ。

カミュ
「いや、お前な⋯⋯寝ぼけてるだろ。確かにメダル女学園に入学するとこだったが、その直前に極楽鳥に連れ去られたんだぞ、覚えてっか?」

ジュイネ
「えっ、そうだったの?? よく覚えてないけど⋯⋯」

カミュ
「まぁお前も⋯⋯鞄の中身も無事みてぇだし、極楽鳥共に何かされる前に間に合って良かったぜ」

ジュイネ
「なんだかまた迷惑かけちゃったみたいだね⋯⋯ごめん」

カミュ
「迷惑っつーか世話の掛かる勇者様なのは違いねぇが、オレ達にとっちゃ苦でも何でもねぇから気にすんな。⋯⋯そういやメダル女学園の入学式、どうするよ?」

ジュイネ
「うーん⋯⋯今回は辞退しようかな。勇者の使命を果たすための旅を優先したいし。───あれ、さっきから制服のスカートの下辺りに何か当たってるんだけど」

カミュ
「ん、何だ⋯⋯?」

 躊躇なくジュイネのスカートの下をまさぐるカミュ。

ジュイネ
「やっ、ちょっ⋯⋯」

カミュ
「お? 銀色に輝く球体⋯⋯もしかしなくてもこいつは六つのオーブの一つ、シルバーオーブじゃねぇのかッ? なるほどな、極楽鳥が巣の中に隠し持っていやがったんだ」

ベロニカ
「⋯⋯巣の中っていうよりさっきのあんたの取り出し方だと、ジュイネのスカートの中から取り出したみたいに見えたわよ」

 憤慨しているベロニカの様子がカミュにはよく分からなかった。

カミュ
「あ? 別に問題ねーだろ、中っつーより下にあったんだからよ。⋯⋯おいジュイネ、何で顔覆ってんだ?」

ジュイネ
「だ、だってあんな───は、はじゅかしくて」

カミュ
「とにかくこれで四つ目のオーブは見つけたんだ、メダル校長にはジュイネが無事だったのを報告して、女学園入学は辞退するって伝えねーとな」

ジュイネ
「う、うん⋯⋯メダ女の制服も、返さないと」

カミュ
「⋯⋯そのままお前が貰っといてもいいんじゃねぇか?」

ジュイネ
「え⋯⋯?」

カミュ
「何でもねーよ。───次の目的地は、オーブとは直接関係なくてもメダチャット地方の南のプワチャット遺跡に寄っとけって人魚の女王様が言ってたっけな。とりあえずそこに寄ってみるか」



【魅入られし色】


 プワチャット遺跡のあるプチャラオ村にて。

メル
「⋯⋯お兄ちゃん、いい色してるね」

ジュイネ
「え?」

メル
「ううん、何でもないの。旅人さんたち、ご利益のある壁画まで特別にメルが案内してあげるよ。ついてきて!」

 プチャラオ村でメルという少女が一行を呼び止め、プワチャット遺跡へと案内してくれるという。屈託のない明るい笑顔につられ、壁画の間へと誘われる一行だが⋯⋯

カミュ
「ほーん、こいつが御利益のあるとかいう美女の壁画か⋯⋯」

ベロニカ
「まぁ思ってたより保存状態はいいんじゃない? ちょっとしたキズはあるけどねっ」

セーニャ
「美女を崇めているような人々が、何やら生々しくもありますけど⋯⋯」

シルビア
「う~ん、何だか寒気がするわねぇ⋯⋯気のせいかしら?」

ロウ
「壁画の美女がしておるあの首飾り、何かの書物で目にした事があるがなんじゃったかのう⋯⋯?」

マルティナ
「美しくも妖しげな雰囲気を纏っているわね⋯⋯」

ジュイネ
「(何だろう、壁画の美女に見られてる気がする⋯⋯気にしすぎかな)」


メル
「青色に赤色、緑にピンク、茶色に黄緑⋯⋯そしてわたしの一番スキな色の紫⋯⋯ククク」

ジュイネ
「え、メルちゃん⋯⋯今何て」

ベロニカ
「───ジュイネ、その子から離れて! 得体の知れない魔力を感じるわっ」

ジュイネ
「!?」

メル?
「カカカ⋯⋯今更気付いた所で遅いわ。お前達は既に我が手中に納まったも同然⋯⋯!」

 突如闇のオーラを纏った少女メルが両の手を掲げ、壁画の美女が身に付けている鍵のような首飾りが眩しい光を放ったかと思えば、ジュイネ達は暗がりの中蒼い炎が点々と灯る冷たく広い空間に放り込まれ倒れ伏していた。


セーニャ
「うぅ⋯⋯嫌な気配ですわ。ここは、何処なのでしょう⋯⋯? 皆さん、大丈夫ですか?」

マルティナ
「不覚だわ⋯⋯あの女の子、魔物の類だったのね」

シルビア
「アタシ達をこんな所に放り込んで、どうするつもりかしらっ」

ロウ
「禍々しい気配じゃわい⋯⋯皆、気を付けるのじゃ」

ジュイネ
「さっき僕らのことを、色に例えてたような⋯⋯」

カミュ
「色? よく分かんねぇが⋯⋯さっさと正体現しやがれッ!」

ベロニカ
「そうよそうよ! あたし達を騙してどういうつもりか知らないけど、ここから出してもらうわよっ」

???
『⋯⋯我の創り出した空間から逃れられると思うてか? お前達は我を彩る糧となるのだ⋯⋯その魂の色ごと、吸い尽くしてくれよう!』

 おぞましい声が響き渡った次の瞬間には、四方八方から細い茨の触手がジュイネ達に群がり、抵抗する間もなく皆縛り上げられその直後現れたのは、壁画の美女こと自らをメルトアと名乗る巨大な女性型のドール人形だった。

茨の触手が締め付けてくると同時にぎりぎりと皮膚に食い込み、その間に触手の先端が食虫植物のように口開くと露出している肌に食らい付き、容赦なく体力と魔力を吸い尽くさんとしてくる。

ジュイネ
「(ぐっ⋯⋯、このままじゃ、みんなが⋯⋯っ。何とか、しないと)」

 触手の先端に首を噛まれながらも左手の甲の紋章が輝き出し、その聖なる光に耐えられなくなった触手は縛っていたジュイネを解き放たずにいられなかった。

ジュイネ
「(みんなを捕らえてる触手の根元部分にだけ呪文を当てれば───)」

 デインを放って触手を弱らせ、仲間を次々に解放するジュイネ。

メルトア 
『ほう⋯⋯我がお気に入りの色なだけはある。だがお前には効かずとも他の者はどうかな⋯⋯?』

ジュイネ
「みんな、大丈夫⋯⋯わっ」

 倒れ伏している仲間に駆け寄ろうとした所、起き上がった拍子にカミュとマルティナが素早い攻撃を仕掛けて来た為、ジュイネは何とかそれらを躱す。

メルトア 
『カカカ⋯⋯! 我が触手に噛まれた者は魅了され、我が下僕となるのだ!』

ジュイネ
「そんな⋯⋯じゃあ、他のみんなも───」


シルビア 
「アタシは平気よ~ん、他の子の魅了なんてアタシがツッコミで解いてあげるわ、何でやね~ん!!」

 そこでシルビアが華麗にセーニャやロウ、ベロニカが味方を攻撃してしまう前にツッコミを入れて正気に戻す。⋯⋯が、カミュとマルティナに関しては動きが素早く中々ツッコミが届かない。

メルトア
『ふん、他の色は縛って吸い尽くすなど生ぬるい⋯⋯丸呑みにしてくれる!!』

ジュイネ
「(そんな⋯⋯カミュとマルティナ以外、大きな触手の口開いた先端にみんな呑まれちゃった)」


 カミュとマルティナに阻まれ、他の仲間が大きな触手に丸呑みにされるのを見ているしか出来なかったジュイネ。

メルトア
『カカカ⋯⋯我のお気に入りの色は、ゆっくりと味わうとしよう』

 魅了され操られたカミュとマルティナの素早い連携攻撃に倒れたジュイネに向け、茨の細い触手が何本も身体に巻き付き締め上げ口開いた触手の先端が再び首筋に食らい付き、左腕を幾重にも触手に絡まれた為か紋章の力すら発動出来ずに体力と魔力を吸われるがままに陥る。

ジュイネ
「(痛い、苦しい⋯⋯助けて⋯⋯っ)」


ベロニカ
「───《イオラ》ぁ!!」

ロウ
「《ヒャダルコ》ぉ!!」

メルトア
『なッ、丸呑みした触手の中で暴れる物が』

ベロニカ
「勇者を守る使命を帯びたあたしを舐めるんじゃないわよ!!」

ロウ
「わしのたった一人の孫をこれ以上傷付けさせぬぞッ!!」

 大きな触手の中から強力な暴走攻撃呪文を放ち脱したベロニカとロウの怒涛の連続攻撃呪文でメルトアを畳み掛ける。


セーニャ
「カミュ様、目を覚まして下さいませ! ジュイネ様はあなたの大事な相棒なのでしょう!?」

シルビア
「マルティナちゃ~ん、アナタにとって大切なジュイネちゃんにおイタしちゃダメよ~ん!」

 メルトアが怯んだせいかカミュとマルティナの反応が遅れ、セーニャとシルビアからのツッコミを盛大に受けると二人はようやく正気を取り戻す。

カミュ
「───はッ、やべぇ、ジュイネが触手に思いっきり絡まれてやがるッ。こんにゃろ、離れろこのゲテモノ触手共!!」

マルティナ
「───あっ、そんなつもりじゃなかったのに、私ったらジュイネに何て事を⋯⋯! 今すぐその身体中を縛る茨の触手から助けるわっ!」

 カミュとマルティナは今度はジュイネを傷付けないよう幾重にも絡まれている触手だけに狙いを定め短剣と槍で切り刻み突き刺し引き剥がしてゆく。

シルビア
「セーニャちゃん、ジュイネちゃんの回復をお願いねっ。アタシはベロニカちゃんとロウちゃんに加勢してくるわ!」

セーニャ
「はい、お任せ下さいませ!」

 身体中傷だらけでぐったりと横たわるジュイネにセーニャは祈りを込めて回復呪文を唱えるが、何度唱えても回復量が僅かしか働かずジュイネは身体の痛みに呻いている。

ジュイネ
「うぅ⋯⋯っ」

カミュ
「おいセーニャ、どうしたんだッ? ジュイネが触手から受けた傷が癒えてるように見えねぇが」

セーニャ
「はっ、もしや⋯⋯おかしいとは思いましたが、身体中に食い込んだ茨の棘が抜けずにそのままになってますから回復の妨げになっているのですわ!」

マルティナ
「私達は大丈夫だったけれど、ジュイネはメルトアの触手に執拗に幾重にも絡まれていたものね⋯⋯。じゃあ、ジュイネの身体に食い込んだままの茨の棘を全て抜き取れば───」

ロウ
「ぐぬぅ、誰か加勢してくれんか! わしらだけでは押し切られる⋯⋯ッ」

マルティナ
「あっ、ロウ様達が」

カミュ
「ちッ、さっさとメルトアをどうにかして壁画世界から脱出するのを優先した方がいいな⋯⋯その方がジュイネの治療に専念出来るだろ。オレが加勢してくるぜ、ここから脱出するまでにセーニャとマルティナは出来るだけジュイネに食い込んでる茨の棘を抜いてやってくれッ!」


マルティナ
「───目視でつまんで抜ける棘ならまだしも、割と奥に食い込んでいる棘はつまみ取れるほど甘くないわね⋯⋯」

セーニャ
「何か、引っ掛けて抜き取れれば⋯⋯回復呪文を掛けながらすれば、傷を広げずに済むはずですわ」

マルティナ
「私の爪装備の鋭利な先端を使えば、引っ掛けられると思うけど⋯⋯なるべくジュイネに痛みの負担を与えないように、深く刺さっている棘を慎重に抜かなければ」

ジュイネ
「うっ、ぁ⋯⋯!」

マルティナ
「ごめんなさい、痛かったわね。⋯⋯これじゃ確かに時間が掛かるわね。回復呪文だってセーニャだけじゃ補いきれないだろうし⋯⋯」

セーニャ
「ロウ様もジュイネ様の回復に加わって下さると大分楽なのですが、メルトアを倒しきるか弱らせて壁画世界を出ない事には⋯⋯」

 メルトアと戦っている四人は、ロウは回復や攻撃呪文に防御を下げるルカニを、カミュはヴァイパーファングでメルトアを毒状態にするのに務め、シルビアは折を見てハッスルダンスとバイシオン、ベロニカは攻撃呪文を主体にカミュへバイシオンを掛け、ヴァイパーファングがヒットした直後攻撃力アップ+2のカミュが分身をキメてタナトスハントの会心の大ダメージをメルトアに与え倒しきった際、メルトアが身につけていた魔法の鍵を入手した。

⋯⋯すると空間が歪み次に気がついた時には美女を失った遺跡の壁画前に皆倒れており、呑み込まれて間もなかった数人の観光客も助かったらしかった。

ジュイネはすぐ様宿屋に運ばれ、身体に幾つも残った茨の棘を仲間みんなに交互に抜かれつつ回復を繰り返されては呻き、時間を掛けて全ての棘を抜かれた後はかなり疲弊した様子でしばらく眠り続けた。


 ジュイネが回復後、魔法の鍵は各所にある赤い扉の鍵の掛かった場所を開く為のものと分かり、三十年ほど前に滅んだバンデルフォン王国はパープルオーブを所持していたらしい事は分かっていたが、王国跡の地下の開かない赤い扉は後回しになっていた為、魔法の鍵を入手した事で赤い扉を開いた場所には、紫色に輝くパープルオーブが祀られていた。

───そのパープルオーブを手にした瞬間、ジュイネの意識は急速にどこかへ飛んだ。


 凄惨な光景が、広がっていた。そこかしこで焼け跡が燻り、瓦礫が散乱し、人々が見るも無残な姿を晒しており、魔物の死骸も少数ながらあった。

ジュイネは居ても立ってもいられなくなり、倒れている人々に回復呪文をかけて回ったが一切効いている様子はなかった。

⋯⋯絶望感と共に立ち尽くしていると、微かに何か打ちつけているような音が聞こえてくる。それを辿って行くと、一人の少年が既に死んでいる大型の魔物の上に乗って短剣を振り下ろし続けていた。

『おまえらが⋯⋯おまえらのせいで、家族みんな⋯⋯王国のみんなが⋯⋯!!』

(この子は、生き残りの少年⋯⋯。身体中に細かい傷を負ってる。既に亡くなってる人には効かなかったけど、回復呪文を───)

『⋯⋯?! なんだ、そこにダレかいるのかよ⋯⋯!?』

 少年は何かを感じて振り向き、辺りを警戒しているがすぐ近くにいるジュイネの存在には気づいてないらしい。

(僕が見えてない、のかな⋯⋯。やっぱり、回復呪文は効果ないみたいだし⋯⋯。いや、そもそも届いてない⋯⋯?)

『そう、だよな⋯⋯。もう、ダレもいないよな。みんな、急に襲ってきた魔物どものせいで死んじまった。気づいたらおれだけ生きてる⋯⋯なんで、だよ』

 つと少年は手に持っている短剣を自らの首元へ向け刺そうとした為、ジュイネはすぐに少年の手から短剣を叩き落とした。

『いって⋯⋯! なんなんだよ!? ───っ!!』

 ジュイネは膝をつき、少年をそっと抱きしめた。絶望している少年に何も言ってやれず、そうする事しか出来なかった。


『⋯⋯⋯見え、ないし⋯⋯ダレだかしらないけど、あったかいよ⋯⋯───ありが、とう』

(⋯⋯⋯⋯)

『おれ⋯⋯つよく、なりたいよ。みんなしなせないように⋯⋯守れるように、なりたい』

(───君は、強くなれる。君なら多くのものを守れるようになるよ、きっと)

『うん⋯⋯そうだよな。あんたのことも⋯⋯いつか守ってやるから、待っててくれよ』

(⋯⋯⋯!)



「ぉぃ⋯⋯おいジュイネ、しっかりしろッ!」

「───⋯⋯ぇ?」

 呼び掛けに意識が急速に戻ると、ジュイネはパープルオーブを手にしたまま立ち尽くしていたらしく、仲間達が心配そうに自分を見つめているのに気付く。

カミュ
「どうしたんだよお前⋯⋯手元のそれ見つめたまま暫くぼーっとしてやがったぞ? まぁそういうのは今に始まった事じゃねぇが」

ジュイネ
「あ、ごめん⋯⋯何でも、ないよ。五つ目のオーブは手に入ったから、次の場所に向かおう。(⋯⋯あの藤色の髪をした少年は、どうしてるんだろう。初めて逢った気が、しなかったけど⋯⋯⋯)」




【魔獣と魔女と悪夢と】


 ミルレアンの森にて。

ジュイネ
「(⋯⋯どうしよう、急な吹雪でみんなとはぐれてしまった。引き返そうにもどこに進んでるか分からない⋯⋯うぅ、寒くて凍えそうだ)」

グレイグ
「おのれ魔獣め、覚悟しろッ⋯⋯!」

ジュイネ
「(え、今の声って───近くで誰かが戦ってる。その音を辿れば⋯⋯)」

???
「ムッフォフォー!」

ジュイネ
「(あ、吹雪が少し晴れてきて視界が⋯⋯えっ、何だろうあの白くて丸々とした生き物。グレイグ将軍が、襲われてるのか襲ってるのかどっちなのかな。クレイモランに来ていた遠征部隊ってグレイグ将軍が率いてたんだ。じゃあ、戦ってる生き物がシャール女王の言ってた魔女の手先の魔獣?)」

グレイグ
「ぐぬうぅ⋯⋯ッ」

ジュイネ
「(おかしいな⋯⋯グレイグ将軍にしては動きが鈍くて魔獣に押されてる。この吹雪と寒さのせいかな⋯⋯だったら加勢しないと)」

魔獣
「ムフォーン!!」

グレイグ
「(中々手強い⋯⋯寒さだけでも身に堪えるというのに、この吹雪⋯⋯見た目に反して素早い魔獣の動きをうまく捉えられん⋯⋯ッ)」


ジュイネ
「───はやぶさ斬りっ!」

魔獣
「ムフォッ?!」

グレイグ
「なッ、お前は⋯⋯」

ジュイネ
「グレイグ将軍、大丈夫? ここは協力して戦おう!」

グレイグ
「まさかこんな所でお前に再会する事になるとは⋯⋯いや、話は後にして魔獣退治が先決だ。協力願うぞ、ジュイネ!」

 ジュイネとグレイグは共闘し、動きが早く攻撃力の高い魔獣に寒さと吹雪の中苦戦しながらも協力して倒す事に成功する。

グレイグ
「はぁ、はぁ⋯⋯魔獣を倒したら嘘のように吹雪が止んだな。奴が起こしていたのか⋯⋯?」

ジュイネ
「ふぅ⋯⋯そうかもしれないね。グレイグ将軍、回復しておくよ。───《ベホイム》!」

グレイグ
「すまん⋯⋯感謝するぞ、ジュイネ。お前もまさか、クレイモランのシャール女王に頼まれてここミルレアンの森の魔獣退治に来たのか? 仲間は、どうした?」

ジュイネ
「うん、遠征部隊が中々戻らないらしくて僕らも魔獣退治に協力しに来たんだけど、さっきの吹雪で仲間とはぐれてしまって⋯⋯」

グレイグ
「なる程⋯⋯こうして晴れたのだから、仲間も捜しやすくなるだろう。向こうも捜しているだろうしな。俺も吹雪で部隊とはぐれたのだが、近くに待機しているはずだから合流するとしよう」

ジュイネ
「⋯⋯今回は僕を捜しにここまで来たわけじゃないんだね」

グレイグ
「あぁ⋯⋯あくまで要請を受けてクレイモランに来たのでな。お前の事は見なかった事にしよう、早く仲間と合流するといい」

ジュイネ
「うん⋯⋯」


 その時、二人の身体が足元から瞬時に凍り付いてゆき瞬く間に首元まで氷に覆われ身動きがとれなくなる。

グレイグ
「なッ、何なのだこれは⋯⋯?!」

ジュイネ
「(つ、冷たすぎて身体の感覚が⋯⋯っ)」

???
「ンフフフ⋯⋯ガタイが良いのがグレイグ将軍ね。もう一人は⋯⋯あー、アタシ少年系は興味無いのよねぇ。それによく見たら⋯⋯まぁいいわ」

ジュイネ
「(み、見てるだけで凍えそうな青白い肌の色をした女の人が、上空から降りて来た⋯⋯? もしかして、この人が)」

グレイグ
「貴様が、クレイモランを氷漬けにし、先程の魔獣を操っていた魔女かッ⋯⋯?」

???
「えぇそうよ。アタシはリーズレット、氷の魔女と呼ばれているわ。魔獣を倒してくれた事には感謝しなきゃねぇ」

グレイグ
「どういう、事だ⋯⋯!」

リーズレット
「ンフ、知らない方が身の為よ? それより、アンタが身に付けてるペンダント⋯⋯」

ジュイネ
「(グレイグ、将軍の首元から魔女が金色のペンダントを引き出して、鎖を千切った⋯⋯?)」

グレイグ
「おい、それはッ⋯⋯」

リーズレット
「ウフフフ、あのイイ男の持っていたペンダントと同じだわ⋯⋯これでアタシとあの方は二人でひとつね⋯⋯!」

グレイグ
「(俺と同じペンダントを持つ男、だと⋯⋯? それは、まさか)」

ジュイネ
「(だ、ダメだ⋯⋯身体の感覚が無くなって、意識が保てなく───)」

リーズレット
「さぁて⋯⋯アンタ達にはもう用は無いわ、頭の先まで完全に氷漬けにしてあげるわね」

グレイグ
「待て⋯⋯、貴様の目的はどうやら俺だけのようだな。もう一人の彼は俺とは無関係だ、彼だけは助けてやってくれないか⋯⋯」

ジュイネ
「(グレ、イグ⋯⋯)」

リーズレット
「アラ、お優しい将軍ね⋯⋯。でもダメね、オンナの敵はオンナなんだから⋯⋯成長して脅かされるなんてゴメンだもの。気遣う余裕があるって事は、その気もあるって事よね? なら一緒に仲良く氷漬けになりなさいな!」

 ジュイネとグレイグの頭部をも完全に氷漬けにしようと迫る氷の魔女。


ベロニカ
「───させないわ! 炎よ!!」

 そこへ駆け付けたベロニカが炎の呪文を放ち、リーズレットの首元に直撃させる。

リーズレット
「な⋯⋯!? ちっ」

 グレイグのペンダントを手元から落とし、リーズレットが悔しげに舌打ちしてすぐ様飛んで逃げて行くと、ジュイネとグレイグの身体全体に纏わり付いていた氷が弾け自由の身となるが、その瞬間二人は頽れるようにして倒れた。

セーニャ
「あぁ、ジュイネ様⋯⋯?! グレイグ将軍も⋯⋯」

マルティナ
「二人共身体が冷え切っているようね、さっきの魔女にやられたんだわ」

ロウ
「セーニャはジュイネを回復してやってくれんか、わしはグレイグ将軍を回復しよう」

カミュ
「おい待てよじいさん、グレイグの回復は必要ないだろ。ジュイネを追いかけ回してるってのに」

マルティナ
「カミュ、グレイグにとっては本意じゃないのよ。⋯⋯ロウ様、グレイグをお願いします」

ロウ
「うむ。───⋯⋯むぅ、どうやら回復呪文では身体の冷え切った二人を回復出来ぬようじゃのう」

セーニャ
「そのようですわ⋯⋯、回復呪文では補えない面もありますものね⋯⋯」

ベロニカ
「ならほら、ここまで来る時小屋を見掛けたでしょ? そこで二人を休ませましょ!」

マルティナ
「(⋯⋯あら? 魔女が落として行ったペンダントってグレイグの───)」

 ミルレアンの森の入り口付近にあった小屋にて、暖炉とベッドは完備されているがベッドは一つしかない為、ジュイネをベッドに寝かせグレイグは暖炉近くの床に寝かせる事になった。



グレイグ
「───ぬ⋯⋯?」

マルティナ
「あら、目が覚めたかしらグレイグ」

グレイグ
「マルティナ、姫様⋯⋯?」

マルティナ
「以前のユグノア地方での状況と似ているわね。あの時は水に濡れたけど、今回は氷漬けときたものね。貴方とジュイネは何がしか縁があるのかしら」

グレイグ
「ジュイ、ネ⋯⋯そうだ、ジュイネはッ」

マルティナ
「貴方は熱を出さずに済んだみたいだけど、ジュイネは今高熱を出してベッドで寝込んでいてね⋯⋯みんなで看病している所よ」

グレイグ
「なんと⋯⋯あの魔女は何故だか俺を狙っていたというのに、ジュイネを氷漬けに巻き込んでしまった⋯⋯」

マルティナ
「このペンダント⋯⋯貴方のよね。魔女が去った後に落ちていたの」

グレイグ
「えぇ、そうです⋯⋯(あの魔女の差金は、やはり)」

マルティナ
「貴方がミルレアンの森に居たのは、ジュイネを追って来たからかしら」

グレイグ
「いえ⋯⋯クレイモラン女王から魔獣退治の要請があり、遠征部隊として派遣された所で偶々、仲間とはぐれたらしいジュイネと再会して⋯⋯魔獣は共に倒したのですが、魔女に不意打ちを喰らいこの様です」

マルティナ
「そうだったのね⋯⋯。私達はある物を求めてクレイモランに来たのだけどそれ所じゃなさそうだったから、シャール女王に協力してたのだけどね」

グレイグ
「⋯⋯⋯⋯」

マルティナ
「ある物が何か、聴かないの?」

グレイグ
「私にその資格はありません。⋯⋯私はもうこの小屋を出て行きます」

マルティナ
「もう少し休んだらどう? まだふらついてるわよ」

グレイグ
「部下達と合流し⋯⋯私は私で確かめねばならない事があるので」

マルティナ
「そう⋯⋯」

グレイグ
「ジュイネが回復したら、氷漬けに巻き込んでしまって済まなかったと伝えておいて下さい。それでは⋯⋯」

カミュ
「───待てよ、グレイグのおっさん。あんたとは少し話がある、まずは外に出ようじゃないか」

 カミュに呼び止められたグレイグは、天候の穏やかな外で少しばかり話す事になった。小屋を出て行く際、意識無くベッドに横たわっているジュイネがうわ言のようにグレイグの名を呟き、それを聴いたグレイグは胸が締め付けられる思いだった。


グレイグ
「⋯⋯俺も一度、お前とは話してみたいと思っていた。何故、デルカダール城の地下牢から共に逃げジュイネを助けたのだ?」

カミュ
「オレには、勇者様のチカラが必要なんでね。それ以上はあんたには言えない」

グレイグ
「ジュイネは、その事を理解しているのか?」

カミュ
「あぁ⋯⋯あいつにも詳しくはまだ話しちゃいないが、オレが勇者のチカラを必要としてるのは知ってる。その上で、仲間として協力し合ってるんだ」

グレイグ
「最終的には、己が目的の為にジュイネの勇者のチカラを利用しようと言うのか」

カミュ
「オレの見立てじゃまだジュイネは、勇者として目覚めきれていない。あいつが勇者のチカラを真に発揮出来るようになるまでは仲間として助けてやるだけだ」

グレイグ
「目的を果たしたら⋯⋯ジュイネとはどうするつもりなのだ」

カミュ
「さぁな⋯⋯そこまでは考えちゃいねぇよ。さて、今度はオレがあんたに聞く番だ。あんたは、ジュイネが男装の勇者だから見逃してやってるのか?」

グレイグ
「性別は⋯⋯関係ない」

カミュ
「本当かよ、地下牢でのジュイネに対する気遣いっぷりは異性に対するものだぜ。だから敬意を払ってるようにも見えた、兵士達がジュイネを脱ぐ脱がせないの話でな」

グレイグ
「⋯⋯⋯⋯」

カミュ
「ジュイネの育ったイシの村の件もそうだ、村人全員あんたの意向で城の地下牢に生かしてるそうじゃないか。悪魔の子として追ってる相手の育った村の人々にまで、そこまでする必要あるか? ジュイネに対して、特別な感情を抱いているようにしか思えねぇがな。例えば、籠愛的な」

グレイグ
「(籠愛、かどうかは知らんが⋯⋯特別な、感情⋯⋯これが、そうだというのか)」

カミュ
「⋯⋯否定しないって事は、そうなんだな。あいつも何かとあんたの事気に掛けててな、今度いつ逢えるんだろうとか、王様に酷い事されてないかなとか言ってたぜ」

グレイグ
「そ、それは本当かッ?」

カミュ
「何だ、嬉しいのかよ」

グレイグ
「そういう、訳ではない⋯⋯」

カミュ
「ついさっきも高熱に魘されながら、あんたの名前を何度もうわ言のように呟いてたからな⋯⋯村人の件が無けりゃ、速攻ジュイネの仲間になってたんじゃないかあんた」

グレイグ
「───⋯⋯」

カミュ
「ハハッ、分かり易いおっさんだぜ」

グレイグ
「からかうのもいい加減にしてくれ、俺はもう行くぞ」

カミュ
「───あんたがまたそうして離れてる間に、オレがあいつに手を出したらどうするよ」

グレイグ
「!?」

カミュ
「冗談だって、本気にするなよグレイグのおっさん?」

グレイグ
「(⋯⋯どこまでが冗談なのだ、こいつは)」

────────────

─────────

──────

 夜中、暗がりの小屋内にて、まだ熱の下がりきらない中朧気に目を覚ます。

ジュイネ
「⋯⋯⋯⋯?」

???
「よう、目が覚めたかジュイネ」

ジュイネ
「カミュ⋯⋯? グレイグ、は⋯⋯」

???
「やっぱあのおっさんが気になるか? 安心しろよ、お前より回復が早くてとっとと部下達と自国に帰ってったぜ」

ジュイネ
「そう、なんだ⋯⋯。他の、みんなは?」

???
「夜中だからまぁ寝てる。今はオレがお前を一人で看病してるみたいなもんか」

ジュイネ
「どうして、初めて会った時みたいに、フード被ってるの⋯⋯?」

???
「気にすんなよ、単なる気まぐれだ。それより、ジュイネ⋯⋯」

ジュイネ
「え、なに───」

 フードを被ったままのカミュは素早い動きでジュイネに掛かっている毛布を払い除け、その上に乗っかり両手首を上向きに掴む。

ジュイネ
「⋯⋯⋯っ!?」

???
「あの将軍のおっさんはやめとけって、お前とは釣り合わねぇ」

ジュイネ
「何を、言ってるの⋯⋯苦しいから、上に乗るのはやめてよ⋯⋯」

???
「───オレにしとけって、あんな20も離れたおっさんに惑わされんなよ」

ジュイネ
「何の、こと⋯⋯? 手首、痛いからそんなに強く掴まないでよ⋯⋯」

???
「しらばくれるなよ⋯⋯お前が、グレイグ将軍に色目使ってんのは分かってんだぜ」

ジュイネ
「そんなこと、してない⋯⋯。お願いだから、こんなことやめてよ⋯⋯!」

???
「今ここで、全部はだけさせて蹂躙してやろうか。あのおっさんに手を出されちまう前に。他の奴らは、実は強制的に眠らせててな。心配すんなよ、死なせちゃいねぇから。だが暫くは起きねぇな」

ジュイネ
「おかしいよ、そんなのカミュじゃない⋯⋯どうしちゃったのさ⋯⋯」

???
「オレはとっくの昔にまともじゃない⋯⋯盗賊稼業ってのはそんなもんだ。お前の心があのおっさんに盗まれたんなら、盗み返すまでだぜ」

ジュイネ
「やめ⋯⋯っ、やめてってば⋯⋯! グレイグ⋯⋯っ」

???
「その名前を呼ぶかよ⋯⋯オレしか見えないように、オレの名しか呼べないようにしてやろうかッ⋯⋯!」

ジュイネ
「─────っ!!」


─────────

──────


マルティナ
「ジュイネ⋯⋯ジュイネ、しっかりして⋯⋯!」

ジュイネ
「───あっ⋯⋯」

マルティナ
「随分、魘されていたわよ。大丈夫? ⋯⋯な訳はないわね、汗が酷いわ」

ジュイネ
「(え⋯⋯もしかして、さっきのは夢⋯⋯)」

マルティナ
「ほら、身体を拭かないと⋯⋯」

ベロニカ
「汗いっぱいかいたら水分もとらなきゃね。ほら飲みなさい、はいコップ」

セーニャ
「着替えを持ってきましたよ。熱は大分下がってきてますから、自然回復まではもう少しですわね」

ジュイネ
「えっと⋯⋯カミュは⋯⋯」

ベロニカ
「あいつならグレイグと外で話して戻って来たあと、また出てったわよ? どこ行くかは言ってないけど⋯⋯そんなに遅くなるつもりはないってさ」

ジュイネ
「そう⋯⋯(やっぱり、夢⋯⋯だよね。なんて夢を見ちゃったんだろう⋯⋯)」

マルティナ
「あら⋯⋯また顔が赤くなったわね、熱が上がったのかしら。さぁ、まだ寝てないとダメよジュイネ」

ジュイネ
「う、うん⋯⋯。グレイグ、将軍は大丈夫だったの?」

マルティナ
「えぇ、キミみたいに高熱までは出さなかったから意識が戻ったらすぐに出て行ってしまったわ。もう少し休んだらって、言ったのだけどね」

ジュイネ
「そう、なんだ⋯⋯」

マルティナ
「グレイグが言っていたわよ、あの魔女は自分を狙っていたのにジュイネまで巻き込んでしまって済まなかったって⋯⋯」

ジュイネ
「(いきなり勝手に氷漬けにしてきたのはあの魔女だし⋯⋯グレイグが謝ることなんてないのに。今度は⋯⋯いつ逢えるんだろう)」

マルティナ
「もう一度眠りなさいね。安心していいのよ、私達が付きっきりで看病してるから」

ジュイネ
「うん⋯⋯(あんな夢⋯⋯また見なければいいな。高熱に魘されてただけだよね⋯⋯。カミュがそんなふうに僕のこと、見てるはずないし⋯⋯。グレイグ、は⋯⋯どうなの、かな⋯⋯───)」


 
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