冥王来訪
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第二部 1978年
影の政府
魔都ニューヨーク その2
前書き
マブラヴ世界特有のザル警備回
その頃、ハンブルグに居る彩峰達は、帰国の準備に追われていた。
ゼオライマーを運ぶ大型輸送船の手配やら、国連発表する資料の取りまとめをしていたの最中。
不意に現れたマサキは、
「なあ、彩峰。対レーザー塗装の件で会社を作る話だが……」と、問いかけ、
「特務曹長とはいえ、軍に身を置く状態では、兼業は不味い。だから外に出すしか有るまい」
「特許関連はともかく、俺があれこれ指図できないのはなあ……」
と、一頻り思案した後、
「彩峰よ。お前の妻か、愛人の名義を、俺に貸せ。
ペーパーカンパニーを作って、そこで特許関連の管理をやらせる」
暫しの沈黙の後、彩峰は思いつめた表情で、
「俺の妻は軍人の家の出だぞ。済まないが自由に動ける身ではないし、妾の類も居ない」
一頻り思案した後、そっと懐中よりタバコを取り出して、
「だが、是親、いや榊なら、身請けした芸者を囲って、妾にしている女がいてな」
紫煙を燻らせながら、
「今は確か、京の四条河原に店を構え、小さなスナックのママをしている」
「じゃあ、俺が色町に出掛けて、妾の名義を、借りて来よう」
「待て、物事には順序がある。榊には話しておくよ」
「済まぬが、あと一つ頼みがある。商法に詳しい経営の専門家を連れてきてくれ」
と告げるも、綾峰は、怪訝な表情を浮かべ、
「会社を作るのに、お前が直接指揮を執らんのか」
「俺は、機械工学と遺伝子工学を、少しばかりかじっているだけで、娑婆の暮らしは知らん。
それに素人が、経営などという難事に手を出せば、どうなるか。
『士族の商法』の言葉通り、大失敗するのが目に見えている」
と、机より立ち上がって、
「俺は、商法や特許法に関して詳しく知らぬ。
たとえば特許権を持つ俺が、安値で海外企業に技術提供などしたとしよう。
俺の一存で、会社の資産を不当に安く、外部に提供する。
その事で、会社に大きな損害を与えたと、司直の判断で有罪になる恐れがある。
会社の経営者でも、特許権者であっても、特別背任に認定される可能性が出て来る。
そうすると、俺が今欲している新兵器の開発に、悪影響を及ぼしかねない。
無駄な裁判などに時間をかければ、設計や製造が大幅に遅れ、多額の金銭を浪費しよう。
最悪の場合、火星に居るBETA共の再侵略を招きかねない」
と、両手を広げて、演説した。
いつしかタバコを吸うのも忘れ、真剣に話すマサキの様に、突如、
「今の言葉は、篁君が聞いたら仰天するだろうよ」
「篁は貴族なのに商売もしていたのか」と、たずねた。
「そうだが」と、彩峰は誇るように紹介した。
「篁君は、彼の祖父の代にちょっとした先物取引で小金を得て、財を成した家でな。
彼が近接戦闘用の長刀を開発できたのも、その資金を元手にしたところが大きい」
「篁は多才な男だ。女遊びの才の他に、商才もあったのか」
彩峰の言におどきながら、すこし無気味な感を抱いたふうでもあった。
その日の夕刻、マサキは、引率の綾峰たちと一緒に、パンナム航空の大型ジェット機に乗り込む。
まだ、心の奥底には、アイリスディーナの香りを漂わせ、茶褐色の70式制服に身を包んでいた。
あの口付けは、今まで感じた事のない高揚を覚えさせ、まるで童貞の様な、初々しい気分にさせた。
これまでの恋路の事が、酷く色あせて見える、そんな抱擁だった。
しかし、既に賽は投げられた。
今、自分が向かうのはニューヨークの国連本部だ。
ソ連を壊滅させる総仕上げに、彼の用意したKGB秘蔵の資料を持って、国際社会に一大波乱をもたらす。
そんな企みを心の中に抱きながら、目を閉じながら、ドイツを後にした。
ニューヨークに向かう機内の中で、まもなくマサキは眠りに入った。
日々の戦いで、疲れた体と心を癒す為、泥の様に眠った。
この世界に来て以来、目の前に異形の化け物と相対してから、こんなに眠ったことがあったであろうか。
眠りながらマサキは、このまま夢の中に消えてしまいたい……
それ程までに深く、静かな眠りであった。
『大変お疲れさまでした。間もなく当機は、15分ほどでニューヨークのJFK国際空港に到着いたします。
シートベルトや座席の確認等を今一度、お願いいたします。
本日は、パン・アメリカン航空をご利用いただき、ありがとうございました。
またのご利用をお待ちしております』
スチュワーデスのアナウンスの声で、目が覚めたマサキは、
「もう着いたのか」と、美久を振り向くも、通路を挟んだ向う側の彩峰が、
「身支度したら、ニューヨークの総領事館に行く手筈になっている。
ドイツ娘への想い出以外は、忘れ物をするなよ」と、声を掛けた。
気を紛らわす為に、ホープの箱を取り出して、紫煙を燻らせていると、
「アイリスディーナさんは、貴方と同じところに立っていられない人なんです。
だから、今回の米国行きは、諦める機会と思って……」
美久は、何時にない真剣な表情で、押し黙るマサキを見つめながら、
「貴方が諦めて頂ければ、特権階級の娘です。
東独政府や党に保護されて、きっと彼女は平凡な一生を、幸せな人生を送られると思います」
と、慰めるような言葉を、静かに告げた。
彼が、物寂しそうな表情をしている内に、パンナム航空のボーニング747は着陸に入った。
マサキは静かだった。
周囲の人間が心配する程、静かにしながら、タラップを降りていく。
すると、裃姿の者たちに守られるように、折烏帽子に小素襖姿の男が立っていた。
4尺近い太刀を太い太鼓革を通し、ずり落ちないように佩いているの見て、真剣である事が遠目にも判る。
彩峰は、薄黒の小素襖姿の男に駆け寄ると、軍帽を脱いで、
「態々のお出迎え、ありがとうございます」と、深々頭を下げ、慇懃に謝辞を述べた。
男は、太刀に左手を乗せながら、軽く頷くと、マサキの方を向いて、
「そなたが、木原マサキ殿か」と問いただした。
マサキは、浮かぬ顔で、
「そうだが」と素っ気なく返す。
マサキは、少しばかりおいて、男の様子をしげしげと見る風であった。
「で、貴様は何者なんだ。俺に名を聞いておいて、答えぬのは無礼であろう。
あれか、名を名乗らぬと言う事はどこぞの宮様か、将軍の身内か」
彩峰たちが急にそわそわし始めたが、気にせず、
「では、この機会に、お見知りおき下され。
見共は、煌武院傍流の御剣雷電と申すものでござる」と、堂々と名乗った。
さっぱり誰であるか分からぬマサキは、彩峰に顔を向け、
「煌武院とはなんだ」と、訊ねた。
彩峰は、面色蒼く、震えながら、
「煌武院とは、徳川倒幕以来の名族。今の殿下の御実家だ」と短く答え、マサキをキュッと睨んだ。
「すると、将軍の親族か」
「雷電公は殿下の大叔父に当たる方でもあり、今の御台様は雷電公のご息女……」
「今の将軍の妻の父親で、しかも将軍の大叔父か。
まあ、名族どうしの近親婚は良くある話だからな」とあけすけに答えた。
彩峰は、マサキの無礼を、打ち慄えて見せながら、
「いささか、BETA退治に明け暮れた日々を過ごした世間知らずの小童ゆえ。
無礼な振る舞い、この彩峰に免じて、お許しください」
と、深々と頭を下げ、平あやまりに詫び入った。
御剣は気にすることなく、
「フフフ。これが真の名乗り合いよ。彩峰、気にするな」と打ち笑った。
「どうした、気分でも優れぬのか」と、御剣が、なおも尋ねるので、マサキは、
「少しばかりな」と、答えて、その場を過ごそうとした。
御剣は、胸元まで伸びた顎髭を撫でながら、
「よもや恋の煩いとやらではあるまい……」
「篁と同じ病気さ」
「して、どこぞの誰に惚れた」
「……」
マサキは答えなかった。面白くなさそうである。持ち前の気儘な態度が出たようであった。
「木原、返答は」
マサキが背筋を伸ばし、黙っているので、いずこから、注意する様な叱咤が飛ぶ。
「東ドイツの娘」と答えると、御剣の眼は、マサキの眼を捕らえて、離さない。
マサキは、脇で立ちすましている護衛の全身から殺気が上るのを感じられる。
焦るな、慌てるな、と心を落ち着かせながら、
「戦術機部隊参謀のベルンハルトの妹、アイリスディーナ・ベルンハルトに」
男は、ようやくマサキの眼から視線を外し、
「少しばかり、貴様の好いた女は有名すぎたかな。フフフ」と、笑って見せた。
「御迷惑かな。このような心を許した話などをするのは」と、御剣の頬が笑った。
「余計な心配は要らん」
「どちらにしても、そなたも身を固めてもらわねばなるまい」
何とも言えぬ殺気と、入り込むような言葉に、マサキは自分の肝を触られるような感覚を覚えた。
「貴様等の知った事か。俺は自分が好いた女をどうしようと、勝手であろう」
護衛達は、反射的に、右手を拳銃の有る脇腹に隠し、威嚇の姿勢を取る。
久しぶりの長旅で疲れ、空港内で、余計な騒ぎを起こしたくないマサキは、見ぬふりをした。
「それより、当今や、将軍に側室など居るのか。
決まった家から正室を取り、結果的に近親婚を続けていれば、やがては破滅する。
竹の園が、武家が、頼みとする血統上の正当性、男系血統が絶え果てる。
御剣よ、俺の心配より、そっちの方が大事ではないのか」
マサキがあんまりにも堂々と言うので、御剣は言を横に譲った。
「紅蓮よ。どう思う」
紅蓮醍三郎は、待っていましたと言わんばかりに、血走った眼でねめつける。
「殿下のみならず、主上の在り様にまで口に出すとは、おそれ多い。
ここがニューヨークでなければ、この場で切り捨ててやるものを」
紅蓮は、帯びている打刀の柄を右手で掴むと、鯉口を切った。
「言うに事欠いて、刀の柄に手を掛けるとは。なにが武家だ。笑わせるな。ハハハ」
満面に喜色をめぐらせたマサキは、腰に手を当て、周囲が驚くほどに哄笑して見せた。
見上げるばかりの偉丈夫である紅蓮の面を下から見上げながら、
「ハハハハハ。『大男、総身に知恵が回りかね』という諺、その通りではないか。
蛮人の露助、傲慢な北部人や粗野な南部人に相応しい言葉と思ったが、違うようだな。
女たらしの優男、篁の方が余程武士らしいわ」
「き、貴様!」と、紅蓮は、途端に嚇怒し、眉間の血管を太らせた。
「ほれ、どうした。俺が憎いなら言葉で返してみよ。
次元連結システムの一つすら作れぬ、この世界の人間など怖くもなんともないわ。ワハハハハハ」
マサキの笑い声が途切れた。
遠くだった。突然、夕暮れのJFK国際空港のしじまを破って、足音が響いた。
マサキ達が身構える間もなく、国連職員の水色のチョッキを身にまとった一団が駆け寄って来る。
中には、制服を身に着けている物も居るから、空港の保安職員か。
そう考えていると、水色の鉄帽に、濃紺の戦闘服姿の男が、トカレフ拳銃をマサキに向け、
「同志アンドロポフの敵、KGBの鉄槌を受けよ」と、彼の胸目掛けて、ぶっ放した。
周囲の空港職員が逃げ惑う中、男達は彼方へ走り去る。
御剣の護衛と彩峰は拳銃を取り出す間もなく、国連仕様の白いジープに乗って、消えてしまった。
ブローニングハイパワーを取り出した彩峰が駆けだそうとした瞬間、誰かに右手を掴まれる。
撃たれたはずのマサキだった。
体を起こした彼は、不敵の笑みを浮かべると、呆然とする彩峰に、
「大丈夫だ」と、着ている上着とシャツを、開けて、胸元を見せつける。
そこには厚いクッションで覆われた、防弾チョッキが6発の銃弾を綺麗に防いでいた。
奥に隠れ、一部始終を見ていた鎧衣は、懐にモーゼル拳銃を仕舞うと、
「さすがだ、木原マサキ君」と、流れ出る汗を気にせずに、笑みを浮かべた。
後書き
御剣雷電は、『マブラヴ』本編の御剣冥夜と煌武院悠陽の祖父になる人物です。
御剣家と煌武院家が遠縁にあたるとしか有りませんので、背景は創作しました。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
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