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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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SAO編 主人公:マルバ
四人で紡ぐ物語◆レッドギルド
  第二十七話 マルバとシリカの覚悟

マルバはいつもより早く朝を迎えた。ベッドから半身を起こし、ひとつ伸びをする。すぐとなりに暖かさを感じてそちらを見ると、ひとりの少女がマルバと背中合わせになるような形で寝ていた。幸せそうな顔で寝息を立てるシリカを起こさないように、マルバはゆっくりとベッドを降りる。しばらくシリカを見つめてから、マルバはそっと部屋を出ていった。

階下にはまだだれも来ていなかった。一人には少し広すぎるキッチンで四人分の朝食を作る。ここアインクラッドには米を入手するのが難しいため大抵の朝食は洋食になるのだ。所謂“eggs bacons beans on toast”――英国の朝食の定番だ――を四人分手際よく作る。小麦粉と牛乳、バターを一つづつ冷蔵庫内のストレージからオブジェクト化すると、それを一つの型に入れ竈に放り込む。開かれた生地のリストウィンドウから“パン生地”を選択すると自動的に温度と時間が設定され、くるくると回転する待ち時間アイコンが竈の手前に表示される。その間にフライパンの中にベーコンと卵を四つづつ入れ、フライパンを揺らして焼けるのを待つ。現実では目玉焼きは意外とうまく作るのが難しく、マルバは目玉焼きより卵焼きの方が得意なのだが、ここまで簡略化されるとだれがやっても同じように完璧な卵焼きができるのだ。料理スキルの熟練度が300もあれば黄身の固さまで自由自在である。
竈の待ち時間アイコンが消えるのとほぼ同時にベーコンエッグが完成。竈からパンを取り出し包丁で軽くタップすると8枚切りに切れた。どうせお代わりが必要になるのでもう一斤分の材料を竈に放り込むと、上の階に向かってご飯だよーと叫ぶ。ドア越しにも叫び声(シャウト)は通るので、これでみんなやってくるはずだ。


最初に眠そうな目をこすりながらシリカが現れた。
「マルバさん、おはよーございます……ふわあぁぁ」
「シリカ、良く眠れた?」
「はい、マルバさんのおかげです。……わたしより先に起きたのなら起こしていってくれればよかったのに。」
「いや、気持ちよさそ~に寝てたもんだから、起こすのも悪いかなって思って」
「せっかく広いキッチンなんですから、明日は一緒に朝食作りましょうよ。ね?」
「そうだね。……あ、それじゃお弁当は一緒に作ろっか?」
「はい!まだ料理スキル低いから手伝ってくださいね!」

楽しそうに談笑するシリカとマルバだが、そこに降りてきたミズキの深刻そうな顔を見て笑みを引っ込めた。
「ど、どうしたの。そんな怖い顔して」
「いや。昨日あんなことがあったばっかりだし、テンションあげろって言われる方が無理だと思うんだが。」
ミズキはそう言ってからシリカとマルバを意外そうな目で見た。
「お前たちが一番精神的にキツいんじゃねぇかと思ったんだが、そうでもねぇように見えるな。なんでそんないつも通りにしてられるんだ?」

シリカとマルバは答えに窮して互いを見つめた。マルバがなんとか言葉を絞り出す。
「ええと……かなり説明しずらいんだけど……僕たち、昨日の戦闘でそんなにダメージ受けてるわけじゃないんだよ」
「はぁ!?……お前、昨日俺たちが何をしちまったのか忘れちまったのか?オレンジプレイヤーとは言え、プレイヤーを……人を殺したんだぞ?後悔とか、罪悪感とか、……そういうのあるだろ!?」
「俺たち、じゃないでしょ。彼らを殺したのはミズキじゃなくて僕とシリカなんだから、ミズキが罪悪感なんて感じるわけないじゃない。……なんていうのかな、僕も人を殺してこんな気持ちになるなんて思わなかったんだけど、僕は結果的に彼らを殺してよかったと思っている。あの時彼を殺してシリカを守りきれたことに後悔はないよ」
「いや……確かによ、あいつを殺らなきゃこっちが殺られてたけどよ。たとえ正当防衛とはいえ人一人殺しておいてよく平気だな、お前……」

ミズキの言葉に、マルバは苦笑いで返した。
「なんていうのかな、僕は昨日シリカを殺そうとしたプレイヤーを返り討ちにした時に一種の覚悟を決めたんだと思う。この世界で生きる以上、僕たちは敵と殺し合いをしなきゃいけない。でも、例えその敵がモンスターじゃなくて人間だったとしても、僕は彼女を守るために剣を振るうことをためらわない」
「わたしもマルバさんと同じです。わたしが敵を殺すことでマルバさんを守れるなら、わたしは今までどおり迷わずその敵を殺します。それがモンスターだろうと人であろうと変わりません」

ミズキは絶句した様子で二人を見た。その目には理解できないものに対する本能的な恐怖があるように見える。しかしミズキは必死で二人のいうことを理解しようとしていた。
「……俺はお前たちの言うことがわかんねぇよ。なんでそんな強い覚悟を持てるのか、なんでそんな考えが普通にできるのかわかんねぇよ!」
「たぶん、ミズキもすぐに僕たちみたいな覚悟を決めることになると思うよ。この世界の全ては生きているんだから、僕たちの戦いは常にゲームじゃなくて単純な殺し合いなんだ。『敵を倒す』なんて言うけどさ、それは表現を変えることで自分が受ける精神的なダメージを少なくしてるだけ。ストレートに言えば『敵を倒す』じゃなくて『敵を殺す』なんだから」
「相手がモンスターでもプレイヤーでも殺し合いだってことには変わりはありません。この世界で剣を持った時から、私たちは敵を殺し続けて来たんです。……わたしが決めた覚悟は、立ちふさがる敵を倒す覚悟。それだけです。フィールド上のあらゆるプレイヤーの持っている、『モンスターを殺す覚悟』とほとんど変わらないです」

二人の説明を聞いて、ミズキは未だ混乱しているような顔で二人に聞いた。
「それじゃ……お前らは、自分が生き残るために人を殺す覚悟を決めたってことか……?」
「いや、さすがにそんな覚悟はないよ。それじゃレッドプレイヤーと同じになっちゃうじゃん」
「そうですね。わたしは自分が生きるために人の命を犠牲にしたりはできないです。自分が生きるため、じゃなくて、大切な人を守るため、です」

ミズキはようやく二人の言うことを理解したようだ。ため息と共に言葉を吐き出した。
「……お前ら、強ぇな。俺はそんな覚悟を持てそうにない。自分が生きるだけで精一杯だっていうのに、誰かのために罪を負う覚悟なんて持てねぇよ」
「全ては、守りたいって気持ちから生まれたものです。マルバさんが死ぬことを防げるのなら、わたしはなんだってやります。自分の命だって惜しくないです」
「……シリカ、それ僕の台詞だよ……。それに君が僕を守って死んじゃったら僕はどうやって生きてけっていうのさ。君がいなきゃ僕だけ生き残ったってしょうがないじゃん」
「はっ、それ考えてなかったです! そうですね、もしマルバさんがわたしをかばって死んじゃったら……うーん、わたしが生きてる意味ってないかも……」
「うわ、一蓮托生ってこと? これじゃ絶対死ねないね……」

そんな事を話すマルバとシリカを、ミズキは苦笑いで見た。
「お前ら、いつの間にそんな関係になったんだよ」
「昨日、かな?」
「じゃあ、昨日死んだ奴らは知らないうちにキューピッドの役目をしたっつーわけか。なんつうか、気の毒な奴らだな」

ははは、と大きく笑うと、ミズキは赤くなった二人をさておいて食卓についた。
「さ、食べちまおうぜ。早くしないと冷めちまう」
「そ、そうだね……」
「は、はい……あ、そういえばアイリアさんはどうしたんでしょう?」
「そういえば……」

マルバはその場で《索敵》を行なってみた。階段のすぐ上にいるアイリアと思わしきプレイヤーが自分の部屋に駆け戻っていくのがわかり、首を傾げる。
「……階段の踊り場あたりにいたんだと思うけど、すぐに部屋に戻っちゃった。どうしたんだろ?」
「さあ、腹でも痛いんじゃねぇか?」
「ミズキって時々適当なこと言うよね。ここで腹痛はありえないでしょ」

考えても分からないものは分からない。とりあえず三人でご飯を食べて、アイリアには後でミズキが朝食を持っていくことになった。
朝食後、簡単に今日の計画を決める。結局昨日の戦闘の疲労を取るために、今日は休みということに決まった。明々後日にボス攻略会議があるため、それまで自由行動ということにする。各自で装備の強化素材を狩りに下層に遠征したりたまにはのんびりしたり、小さな休暇のようなものだ。
マルバとシリカは二人でかつての思い出の街、『フローリア』に出かけることにした。今までも二人で出かけることはよくあったが、『そういうお出かけ』は今回が初めてである。

それに対して、ミズキは強化素材はとりあえず必要ないのでアイリアの手伝いが必要ならアイリアと一緒に行動しようかと思っていたのだが、その必要はすぐになくなった。
アイリアの部屋に朝食を持って行ったのだが、当のアイリアは本当に具合が悪そうにベッドに腰掛けて青い顔をしていたからだ。
「おいおい、本当に腹痛か?」
「……? なんのこと?」
「いや、なんでもねぇ。どうしたんだよ、お前が朝食に来ないなんて初めてじゃねぇか。」

アイリアは一瞬上げた顔を再び下げ、ぼそぼそと話し始めた。
「……ミズキ、さっきシリカちゃんとお兄ちゃんと話してたよね」
「……聞いてたのか」

アイリアは現実ではかなり耳が利く。仮想世界に来てから一気に耳から得られる情報が少なくなり、そのギャップを埋めるために《聞き耳》スキルを上げているのだ。そのため、階段の踊り場まで来たところで階下での話し声が耳に入り、思わず立ち止まって聞いていたら、さきほどの会話が聞こえたというわけだ。

「聞いてたんならなんで降りて来なかったんだ?」
「……シリカちゃんもお兄ちゃんも、昨日人を殺したんだよ?一体どんな思いでいたのかなって思ったらさ、下から聞こえてきたのが笑い声だったから、自分の耳が信じられなくて。……ねぇ、ミズキは二人の話を聞いてどう思った?」

ミズキは一瞬悩んでから、こう言った。
「強いな、って思ったね。あいつら、この世界がどんなに異常なのか、きっと誰よりもよく分かってる。それでいて、そのことに絶望しているわけじゃあねぇ。それにこの世界で生き残るために必要な強い絆を持ってやがる。あいつら、ぜってぇ最後まで生き残るぜ。もしかしたらこの世界を解放するのはあいつらかもしれねぇな」

「怖く……なかった?」
ミズキはその質問に少し驚いて、一瞬言葉に詰まった。
「……正直、怖かったさ。人を殺しておいて、あいつらはそれをなんとも思っちゃいねぇ。いくら生きるのに必要だったからって言っても、普通の人間ならなんとも思わねぇなんておかしすぎる。あいつら、他のプレイヤーを殺すことで互いを守れるなら容赦しねぇぞ、きっと」

アイリアはうつむいたまま、再びぼそぼそと話し始めた。
「……私、シリカちゃんとお兄ちゃんが怖い。この世界でお兄ちゃんに再会して、初めて無条件で信じられる人を見つけたのに……今はお兄ちゃんが信じられない。だって、おかしいよ。正当防衛だっていっても殺人には変わりないんだよ?なんで平然としてられるの?」
ミズキはしばらく考えてから、こう言った。
「それは分からねえ。……っつうか、なんとなく分かるけど、言葉にできねぇ」

アイリアは予想だにしなかった言葉に驚き、ミズキを凝視した。
「……分かるの? なんで?」

ミズキはかなり悩んだあと、アイリアに尋ね返した。
「お前、『モンスターは生きている』って本当に思ってるか? 頭ではそう思ってても心から思ってるわけじゃなかったりしないか?」
「……どういうこと?」
「俺がフウカをテイムしたのは第五十一層だった。それ以来ずっと俺とフウカは一緒だったが、ほんの2日間だけ一緒にいなかった時期がある。フウカが一度、五十三層でドラゴン級のモンスターの遠隔攻撃を喰らって死んだからだ。もちろんすぐに復活させたが、俺はそれから二ヶ月ほどモンスターを狩れなかった。剣を振るうことが怖くなって、慣れない大盾を構えてずっと防御ばっかやってたんだ。俺のバトルスタイルはその時の産物だ」
ミズキはそこで言葉を切るが、アイリアは無言で先を促した。
「俺はその時やっと『モンスターは生きている』ということを心の底から思い知ったんだろうな。俺のやっていることはレベリングなんかじゃねぇ、単なる殺し合いだ、ってことを無意識で悟ったっつーことだ。『俺が剣を振るえば目の前のこいつは死ぬ』ってことを思い知って、その重みに耐えられなくなって、剣を振るえなくなった」
「それじゃ、なんでまたモンスターを狩れるようになったの?」
「……慣れさ。単なる慣れだ」
アイリアは少し驚いて顔を上げた。
「俺が狩らなくてもパーティーの奴らは狩り続ける。仲間が敵を殺しまくるのをずっと見ているうちに慣れちまった。殺し合いに慣れるなんてとんでもねぇことだぜ、まったく。……マルバたちは十層より前にテイミングしたんだったよな? あいつらはきっと俺以上に殺し合いに慣れているはずだ。シリカは一度『プネウマの花』を使ったって聞いてるからな。マルバは知らねぇが」
「それじゃあ……私も、クロと一緒にいればいつか“殺し合い”に慣れることになるのかな」
「……ああ、慣れたくなくても、きっとな。それはこの世界のビーストテイマーに課せられた運命みたいなもんだから」

ふぅ、と溜息を一つつくと、アイリアは立ち上がった。
「ねぇ、強化素材取りに行くの手伝ってくれない?」
「なんだよ、藪から棒に。」
「前から取りに行きたいなって思ってたんだよ。善は急げ、っていうでしょ?」
「善、ねぇ。人殺しの道具でも、か?」
アイリアの顔がすっと暗くなったのを見て、ミズキは慌てて訂正した。
「いや、(わり)ぃ。さすがに今のはまずかった」

アイリアは無言で自分の装備を実体化させると、ミズキにそれを見せながら言った。
「この武器、“殺し”のための道具なんだよね」
「……ああ、そうだ」
「これを持ったところで私は何かを殺すことしかできない。それでも、私はみんなと一緒にこの世界を出たいから。この武器でたくさんの生き物を手に掛けても、みんなと一緒に現実世界に帰りたいから、私はこの武器を振るう。……だから、たとえこの世界の出口にたどり着くまでにたくさん殺さなきゃいけなくても、私は自分がやったことを後悔なんてしない」

アイリアの堂々たる宣言を聞き、ミズキは微笑んだ。
「現実世界でそんなこと言ったらホントに危険人物扱いされるぞ。そんなこと言うのはアインクラッドの中だけにしとけよ」
「分かってるよ。ほら、行こうよ。強化素材取りに」
「……お前の武器の素材取り終わったら、俺の盾の素材取りに行くの手伝えよ?」
「やだよ。ミズキの盾の素材って特殊なのばっかじゃん」
「んなっ!? それじゃ割に合わねぇじゃねえか!」

ミズキとアイリアはわいわい騒ぎながらギルドの拠点を出て行った。その後ろをクロとフウカが追いかけていく。
朝は薄曇りだったが、すでに空に雲はない。ミズキたちは偽物の青空の下で素材集めに奔走した。 
 

 
後書き
以前チラッと予告しました通り、シノンの求める『強さ』を手に入れたマルバとシリカでした。
強さって言っても、それはミズキが言った通りただの『慣れ』なんですね。この世界は『“敵”を倒してレベリングする遊び』ではなく、『殺さなければ殺される、生きるか死ぬかのサバイバル』だと知ることはビーストテイマーの運命なんです。

次回。アイリアがマルバとシリカの境地に一歩近づきます。

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