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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第71話 アスベルン星系遭遇戦 その2

 
前書き
大腸内視鏡検査は結果良好でした。胃カメラよりも気持ち悪くなかったです。
人に靴下を履かせてもらうという経験は、おそらく幼児期以来ではなかったでしょうか。

でも取りあえず丸一日、なんにもする気になれませんでした。
そしていつもの倍以上の長さですみません。

次回なんとかハイネセンに帰れそうですね。

 

 
 宇宙歴七八九年 六月二〇日一九〇〇時 アスターテ星域アスベルン星系 戦艦エル・トレメンド

 星系外縁部に跳躍してからは交互に休養をとりつつも、部隊の最大巡航速度(ちなみに一番トロイのは巨大輸送艦)で外縁部から敵艦隊の居る恒星アスベルンのハビタブルゾーンへ向けて驀進していた。艦隊の動きを擬人化するならば、他所のシマに入り込んだチンピラが、シマを守る三下に眼を付けられたので駆け出してぶん殴りに行くような感じだ。

 そしてそんなエル=ファシル攻略部隊(チンピラ)の動きに、アスターテ防衛艦隊(三下)は増援部隊(背後霊)との連携をとる為、会敵時間を後ろに引き延ばすそうと航路を一〇時から一一時の方角へ変更した。それに対しモンシャルマン参謀長は艦隊全艦にコンマ〇五だけ『主舵』に固定するよう爺様に提案した。左耳に入った言葉に、俺はすぐ航路計算をしてみたが、その実に老獪な航路策定に思わず司令艦橋の天井を見上げた。

 パルサーとか中性子星とかは別として、大きさ強さに万差があるとはいえ、どんな恒星でも常に太陽風は吹き上げている。参謀長の提案した操舵はその太陽風を船体左舷方向から受ける形になり、最初は航行速度に対して負荷がかかるが、時間が経つにつれ恒星と船体の角度は大きくなり、有効射程接触予想時間には完全に『追い風』になる。

 敵艦隊がこのままの進路と速度を維持するのであれば、七時間後には敵艦隊の左舷後方『八時半』に喰いつくことができる。そして我々の後背にいるであろう増援部隊(背後霊)の現在の想定航路は、その時点での敵艦隊の位置とほぼ合致する。つまり敵は我々の目前で無理やり合流させられるというシチュエーションだ。

 もし増援部隊があくまでも我々の背後に回り込むことを目的とするのであれば、大幅な進路変更をせざるを得ず、その進路は艦隊外周に散らばっている偵察用スパルタニアンの精密レーダー範囲内であり、つまりは背後霊の正体がある程度バレる。

 まるで地球時代の帆船のような動き。宇宙船が太陽風などを頼りにする時代ではなく、核融合炉と高出力エンジンと重力制御によって自在に動けるようになったこの時代では、宇宙ヨットなどの娯楽でしか使われないようなテクニック。爺様だけでなくモンシャルマン参謀長もやはり老巧の人だ。

 これで敵艦隊は再び進路を変更せざるを得ない。あくまでも挟撃に拘るなら再び進路をこちらに向けるだろう。観測距離のタイムラグを除いた進路変更の時間を計れば、敵艦隊の索敵能力が分かるし、その動きによって艦隊機動の能力もおおよそ判断できる。言わずもなが、モンティージャ中佐は哨戒部隊に時間計測の指示を出している。

 二二〇〇時。敵艦隊が再び進路を変更した。こちら側の進路を再計算したのだろう、三時間後にはこちらの真正面有効射程内に同じような立方横隊陣を形成するような強引な直進航路を進んでいる。背後霊の姿はまだ確認されていない。

「司令官閣下」
「三〇分二交代でタンクベット睡眠をとらせろ。飲酒は許可せん」

 声をかけて立ち上がったタイミングでの爺様の返事に、俺は敬礼することなく食事で席を外しているファイフェルに代わって当直のオペレーターに指示を出す。オペレーターはすぐに各部隊旗艦へ通信を飛ばし、同時に戦艦エル=トレメンドの戦闘艦橋にも伝える。

「すみません。ボロディン先輩」
 艦内放送を聞いて慌てて戻ってきたファイフェルの謝罪に、俺は軽く肩を叩いて言った。
「ブライトウェル嬢に言ってお前以外の幕僚全員と司令艦橋オペレーター達の分の珈琲を艦橋まで持ってこさせてくれ。嬢も休ませてやりたいが、こういう時はむしろ動いていた方がいいだろ」
「それ、パワハラじゃないですか?」
「お前も手伝うんだよ、当たり前だろうが。戻ってくるまで副官の仕事は代行してやるから、とっとと行け」
「それもパワハラのような気がするんですか……」

 不承不承と言った体だが、敬礼はしっかりとしてすぐに来た方向へとファイフェルは駆け戻っていく。俺が代わりに爺様の横に立つべく足を踏み出すと、ニコルスキーが口に手を当て苦笑していたのが目に入る。

「何か可笑しいか?」
「いえ。でも何となくわかったような気がするんです」
「何がだ?」
「ボロディン少佐が士官学校の卒業式で胴上げされた理由です」

 ニコルスキーの声は戦闘を前にしているのか、妙に浮ついているように見える。眉を潜めて睨みつけると、奴は肩を竦めてそれ以上は何も言わなかった。





 六月二一日〇〇〇〇時 

 双方の戦力は相対し、互いの意思が戦闘であるとはっきりとわかる距離まで接近した段階で、爺様は麾下全艦に第一級臨戦態勢を指示した。

 敵の防衛艦隊の総数は二五〇〇隻には届かないが、こちらとまったく相対するような立方横隊陣を形成している。当然のことながら前衛に巡航艦、その脇を駆逐艦、僧帽筋のようにガッチリと中央を固めた戦艦と、まったく戦理に則った配置を整えており、中央部が一五〇〇隻、両サイドが五〇〇隻程度の集団と、やや中央に厚みを持たせている。それとは別に敵陣後方に二〇〇隻程度の集団があるが、これは予備兵力というよりは補給と修理などの支援部隊と考えられる。

 敵の別動隊に関してはまだ発見できていない。恐らく偵察用スパルタニアンの活動範囲外をさらに大きく迂回して、我が軍の後背に回り込もうと考えていると推定されるが、かなり広めの索敵網を敷いているにもかかわらず引っ掛からないところを見ると、時間的余裕は五時間程度あるとみていい。

 その推測が正しければその五時間で前面の敵を打ち破れば、星系全体での戦いも終わる。帝国軍としてはその五時間粘りきれれば、増援が来て戦局の混乱を作り出し勝利する可能性を見出せる。

 こちらの士気は旺盛だ。モンシャルマン参謀長の提言通り、左翼に第三五一独立機動部隊、中央に第四四高速機動集団、右翼に第四〇九広域巡察部隊、そして中央後方には第三四九独立機動部隊が控える。燃料も武器整備も弾薬も十分に各艦に搭載され、休養も取れている。

 問題点があるとすれば、右翼第四〇九広域巡察部隊の兵力が左翼に比して少ないこと。元々広域巡察部隊は独立機動部隊と殆ど任務を同じとするが、より高速で高機動性・偵察能力に優れた部隊で、当然戦艦は配備されているが、宇宙母艦は配備されていない。故に真正面からの殴り合いとなった場合には、独立機動部隊よりも継戦能力に劣るといえる。特に接近戦はあまり得意としない。こういう戦いならば予備兵力としてその機動力を十全に生かすべきかもしれない。

 だが今回は予備兵力として独立機動部隊で最大戦力の第三四九独立機動部隊が控える。もし右翼が圧迫されるようならば、即座にその後背に回り込んで合計一一〇〇隻強の打撃部隊を構成でき、撥ね返すだけでなく逆にぶちのめすこともできるだろう。前世でジェット戦闘機は意図的に安定性を低くしていると聞いたことがあるが、それと同じことだ。用兵の自由度を高めるためのモンシャルマン参謀長の提言に、爺様が即座に『出方に合わせる』と反応したのも、それを理解しているからだ。

 いずれにしても敵と味方の戦力比は、戦闘艦艇だけで約二五〇〇隻対三八六二隻。同一の陣形で相対している以上は、その火力比は一対二.七。予備兵力分を差し引いても一対一.九。方程式に当てはめれば、帝国軍が玉砕するまでに一六時間だが、そんなに悠長に戦いをして損害を出し続ける必要もない。何しろ三時間でケリをつける想定だ。

「敵中央部までの距離六・五光秒」
「敵布陣は銀河基準面に対し水平方向。当艦隊進路方向〇〇一〇時より〇.〇〇九光速で接近」
「機動集団基準有効射程迄、あと五分」

 オペレーター達の報告と共に、各種の情報が怒涛の如く俺の座席前にある端末に流れ込んでくる。より詳細な敵の戦力分布、主要な敵艦と思しき大型艦の種別、敵部隊の戦列の組み方。五分という時間があっという間に過ぎていく。

「撃て!」

 息を飲む司令艦橋の中で、爺様の声だけが響き渡る。すぐにファイフェルが復唱、それをオペレーターがさらに復唱し、直衛戦隊から第四四高速機動集団、両翼の独立機動部隊へと伝播する。声に遅れること三秒。戦艦エル=トレメンドの主砲が八本の光条を正面に投げつける。それに従って他艦も主砲を煌めかせる。

 だが当然敵も黙っていない。こちらよりも本数は少なくとも、的確に砲撃を返してくる。エル=ファシルでの前衛艦隊は一〇〇〇隻程度であったが、今度は二五〇〇隻弱が横隊一列でこちらとがっぷり四つになって応射してくる。不幸にもその光を浴びた、地上で見た時はあんなにも巨大であった宇宙巡航艦も一瞬の光点となって、宇宙の闇に消えていく。最初は片手の指で数えられたそれは、すぐに端末画面上の数字で解釈するしかなくなる。

「ジュニア!」
「ハッ!」
「頭の一五分を貴官にくれてやる。各敵部隊の強弱・練度を推定して、儂に報告せよ」
「承知しました!」

 恐らく士官学校でもやったことのない速さで起立、しなくてもよいといわれた敬礼を〇.五秒でこなし、再着席して端末に向かう。敵の戦力は数字だ。これはレーダーと重力波で殆ど詳細に把握できる。艦の大小も同様だ。既に情報分析システムが人間の数億倍の速度で検算し、ほぼリアルタイムでの配置をデータ化してくれる。

 戦列はどうか。これも開戦前に確認した通り戦理に則している。戦力も五〇〇隻、一五〇〇隻、五〇〇隻と立方横隊陣の基本とした戦力配置をしている。これだけでは『敵部隊は常識的に戦う』という事しかわからない。

 爺様の指示は『敵の強弱と練度を推定せよ』だ。それは砲撃精度・同密度・水雷戦闘能力・戦列運動能力などの各部隊に対する能力評価だ。つまりそれは士官学校を卒業して最初に配属された場所で、フィッシャー中佐に叩き込まれた『査閲』評価そのものだ。

 こちらの部隊は烏合の衆である。しかし敵もまた同じ。部隊単位での戦闘能力はそれなりにあっても、集団としての能力はガッチリと艦隊戦列訓練を行う正規艦隊とは比べ物にならない。可動標的としてはややイージーと見るべきだろう。そして機動能力はこちらの砲撃に対する回避……被害でおおよそ推定できる。

 爺様は一五分という時間をくれたが、この時間は味方の被害と同価値だ。長くなれば長くなるほど、失われる艦も人も多くなる。失ったら二度と戻らない人と艦だ。

 恐らくエル=ファシルの時と同じか、それ以上の速度で俺は指と眼球を動かして、七分二〇秒後。帝国軍の平参謀になったつもりで、爺様の右脇、ファイフェルの隣に歩み寄った。

「早かったな。どうじゃ?」
「敵右翼部隊はほぼ精鋭の一集団で、中央は四つの部隊の混合。左翼は二部隊の混合と推定できます」
「その理由を、説明できるかね?」
 爺様の向こうに立つモンシャルマン参謀長が、いつになく鋭い視線で俺を射抜くが、俺は勿論と返した。

 まず敵の右翼。すなわちこちらの左翼(第三五一独立機動部隊五六六隻)と対峙している部隊の行動には明確な統一性がある。僅か三分ではあったが、五〇〇隻の部隊が二五〇隻程度の二集団に分かれ、それが交互に前進と後退を繰り返しながら、砲火を浴びせている。
  
 これが左右に分かれての前後運動と言うのなら運動として難しいわけではないのだが、さらに五〇隻ごとに分かれてチェスの盤面のように配置されていた。つまりは面火力を均一にする為、さらに前進後退による突出部への集中砲火回避もかねての部隊運動だ。こんな運動をするには常に同一部隊としての活動と訓練をしてなければ無理としか言えない。現実として第三五一は戦力の絶対数において一割多いにもかかわらず、被害数も一割半多いという歓迎せざる結果がある。

 敵の中央部隊。これは四つの四〇〇隻前後の部隊の混成集団だ。相対する第四四高速機動集団同様、横一列に部隊を並べている形をとっている。しかし部隊の中央に旗艦があるというわけではなく、戦闘指示とそれに対する艦艇の動きから、向かって右から二番目の集団が他の部隊の先任として指揮していると推定される。

 火力も常識的な前方への面投射を行っている。が、右翼部隊と接している三五〇隻の集団はやや反応が鈍い。これは先任部隊との距離が単純に離れているからだろう。つまりは一五〇〇隻といっても、統一集団で行動することにはあまり慣れてないのかもしれない……これは星域内の巡視を主眼とする、いわゆる『前線の星域防衛艦隊』の通常編制部隊にありがちな問題だ。

 そして敵の左翼。こちらは正直精鋭とはいいがたい。二三〇隻と二八〇隻の部隊が左右に並んで、こちらの右翼(第四〇九広域巡察部隊)と対峙しているわけだが、本来戦力的に不利なはずの第四〇九側がむしろ相手を軽くいなしているといった状況だ。左翼部隊として統一された指揮をとっているわけではなく、左右に分かれ交互にワンツーパンチを浴びせにかかっているのだが、第四〇九側が部隊の重心を左右に動かして、これを巧みに躱している。

 第四〇九広域巡察部隊の指揮官ルーシャン=ダウンズ准将はやや歳のいった人だ。その部隊の特性上、小集団での機動力にはそれなりに実績がある。数的にも質的にも不利であること、敵の攻撃が単純であることを早々に見抜いて、被害軽減に重点を置いた戦い方をしている。これは推定だが、敵の左翼部隊はダゴン星域への妨害活動に参画していた部隊だろう。個々の部隊としての運動に関してはさほど問題点はないが、どちらかが上位に立って指揮しているとは到底思えない。

「以上のことから、敵左翼部隊の抵抗力は小さく、逆に右翼部隊は練度も高く侮りがたいと思われます」
「そこまで敵の状況を推測できるなら、三時間で踏みつぶすだけの手は考えているじゃろうな?」
「一応は」

 ようやく爺様の視線がメインスクリーンから俺の顔に移動する。その顔には『考えていなければ見捨てる』と書いてあるのは明白すぎるほどだ。爺様が顎を小さく上げたので俺は再び舌を動かす。

「即座に予備全兵力を右翼のさらに外側より、敵後方へ向けて投入します」

 主眼が速戦速攻である以上、より能動的に兵力を動かすべきで、敵の弱い箇所に対し集中的に戦力を投入するのは用兵の基本。それを逆手に取る用兵家も数多くいるが、現在相対している敵は我々同様の烏合の衆でしかない。その上、敵の予備兵力になりうる戦力は、我々の後方に位置しているだろう。つまり現時点における戦局の急変に対応・投入できる位置にはいない。

 であれば、最強の予備兵力を残す必要はない。敵の左翼部隊は二部隊の連合であるとすれば、片方が第四〇九に、もう片方が投入される第三四九に対処するだろう。正面火力が一対二以上。小勢力である以上、戦力崩壊はかなり早くなる。

 同時に第四四高速機動集団第三部隊に、敵左翼部隊の右側面へ中性子ミサイルの波状攻撃を行う。ミサイル攻撃は瞬時の火力は大きいが、継続性に乏しい。だが光子砲のように大きく艦首を動かさずに、広角に攻撃できる利点がある。そして今回は何も攻撃を継続させる必要はない。強烈な左フックで敵左翼部隊の一翼を棒立ちにさせ、その隙に第四〇九が機動力に物を言わせ、敵左翼の中央を突破、左舷回頭しつつ敵中央部隊の左側後方に出て砲撃を行う。これに第三四九が呼応し前進して敵左翼戦線を崩壊させる。

 これで四〇〇〇対二〇〇〇。さらに敵中央部隊は三五〇〇対一五〇〇で半包囲される形となる。しばらく第三五一には敵の右翼部隊を支えてもらう必要があるが、一時間半で左翼の戦線が崩壊すれば、敵は陣形を再編して半包囲を免れようとするか抵抗を諦めるだろう。敵が撤退した段階で、改めて後ろから寄ってくる背後霊に対処する。

 俺としては冒険的ではないごく普通の作戦案を提示した。そのつもりであったが、爺様は薄く無精ひげの生えた顎を分厚い手でなでながら、些か不満そうにモニターを眺めた後、俺に言った。

「右翼は精鋭。弱いのは左翼。中央部隊は四つに分かれておる。それで間違いないな?」
「ありません」
「予備兵力を右翼からの投入し、敵左翼から戦線崩壊を狙うのも間違いではない。じゃが貴官のやり方では敵の右翼部隊の始末が最後となる。相対する第三五一の損害も無視しきれぬものになるし、敵の予備戦力がこの戦線に到着する段階で、敵に抵抗力が残存しているのはあまり良いとは言えん」
「しかし敵右翼部隊はなかなかにしぶとい敵と考えられます」
「ジュニアは美味しいものを最後まで残しておく派じゃろう。それが悪いとは言わんが、急戦速攻の場合はそれでは不味い」

 そういうと爺様は席を立ち、肩を廻し、首を左右に動かす。突然の柔軟体操のような動きに俺もファイフェルも唖然としたが、長い付き合いであろうモンシャルマン参謀長は平然と司令官席の横にある参謀長席に座り、今さっきの俺の姿を見ているように端末を弾き出す。その画面に映っているのは砲撃指示シミュレーション……砲術長が使うような代物だ。

「モンシャルマン。敵右翼部隊と中央部隊の中間ポイント」
「砲撃。方位〇九三〇、仰角〇.八、距離〇.〇〇五光秒」
「ジュニア」
「は、はい」
「翻訳してファイフェルに指示せよ」
「翻訳……」

 爺様の指示は帝国語に翻訳しろ、ということではない。モンシャルマン参謀長の回答はあくまで『砲撃シミュレーション』の座標だ……それはつまり

「右翼第三五一へ。ポイント、Xマイナス四.八五、Yプラス〇.一二、Zプラス〇.〇〇四に集中砲火、斉射三連」
「……戦艦アローランドへ砲撃指示通信。ポイント、Xマイナス四.八五、Yプラス一.二、Zプラス〇.〇〇四に集中砲火、斉射三連せよ」

 俺の回答を、ファイフェルがマイクで司令部オペレーターへ、そして第三五一独立機動部隊旗艦である戦艦アローランドへ。三〇秒後、第三五一独立機動部隊全艦からの砲撃が三回、中央部隊との境界中間宙点に向かって光が伸び……敵右翼部隊の左翼の十数隻を纏めて吹き飛ばした。

「敵中央部隊の右翼第Ⅰ部隊の鼻面中央点」
「ミサイル、方位一〇三五、仰角〇、距離〇.〇〇二」
「……第四四-二へ、ポイントXマイナス二.三八、Yプラス一.一、Zプラマイ〇。中性子ミサイル一斉射、着発」
「戦艦マラヴィスカへ攻撃指示通信、ポイントXマイナス二.三八、Yプラス一.一、Zプラマイ〇へ、全艦中性子ミサイル一斉射、宙点着発、撃ち方はじめ」

 今度は第四四高速機動集団左翼、ジョン=プロウライト准将の第二部隊から、正面敵中央部隊の右翼に位置する一番動きの遅い小部隊の真正面に中性子ミサイルが叩きつけられる。目標宙点に到着した中性子ミサイルは艦に当たらなくとも自爆するので、その衝撃破片とエネルギーが小部隊の前衛を揺るがし戦列が乱れる。

「同ポイントより奥一、四四-一、集中砲撃」
「砲撃。方位一一〇三、仰角〇、距離〇.〇〇二五」
「直卒部隊、ポイントXマイナス二.三八、Yプラス一.三、Zプラマイ〇。集中砲火。斉射三連」
「四四高速機動集団第一部隊全艦へ攻撃指示。ポイントXマイナス二.三八、Yプラス一.三、Zプラマイ〇に集中砲火。斉射三連せよ」

 さらに直卒部隊が傷口を広げるために前衛とその後ろの戦列に向けて砲撃。これで敵の右翼部隊と中央部隊の間に楔状の隙間ができた。

「司令官閣下」
「プロウライトに突っ込ませろ。第四〇九、右後退。後ろへ二」
「四四-二、ポイントXマイナス一.五、Yプラス〇.三、Zプラマイ〇。戦闘前進、陣形左斜陣へ。四〇九、ポイントXプラス四.三、Yマイナス〇.二、Zプラマイ〇。後進微速、陣形右斜陣」

 楔に空いた隙間にプロウライト准将の第二部隊が乗り込みさらに傷口を広げる。それに応じるように第四〇九広域巡察部隊が右後方へ向けて後進し、空いた空間にフラストレーションが溜まっている敵の左翼部隊の右側の部隊が躍り込む。それによって……

「四四-三。敵左翼右側面」
「ミサイル波状。方位〇二一五、仰角〇.〇五、距離〇.〇〇四光秒」
「四四-三、ポイントXプラス一.八五、Yプラス〇.九、Zプラマイ〇。中性子ミサイル波状三連。着発なし」

 最初に俺が進言した第四四高速機動集団第三部隊による中性子ミサイルの波状攻撃が、前進することで長く伸びた敵左翼部隊の右側面から後方の艦艇をえぐり取った。そして第四〇九は右後退している為、もともといた空間の左半分がぽっかりと開いていて……

「第三四九、突撃せよ」

 戦闘参加していなかった予備兵力であるアップルトン准将の第三四九独立機動部隊が、満を持してその隙間に向かって紡錘陣形を構成しつつ突入する。中性子ミサイルの波状攻撃と突撃砲火によって敵左翼部隊の右半分は一瞬にして壊滅した。そしてアップルトン准将はエル=トレメンドからの命令を待つまでもなく、敵中央部隊の後方へと躍進する。

「四四-一、微速前進二。四四-二左へ」

 これによって敵部隊は三つに分断され、左翼では五〇〇対一二〇〇で正面砲戦、中央では一五〇〇対一九〇〇の半包囲戦、右翼では第四〇九が前進に転じ二五〇対五〇〇で半月陣形の相対戦となった。敵は三つに分断された上に相互の連携が取れるような態勢になく、逆にこちら側は全ての戦線が連結している。指の間に小さなビー玉を挟んでいるような陣形だ。こうなれば時間を追うごとに彼我の戦力被害格差は大きくなるだけ……試合終了だ。

 予備兵力を右翼から迂回させ、左翼端部を支点とした半包囲をもくろんだ俺の作戦構想に比べ、戦闘当初に敵戦闘力の重心点に火力をぶつける爺様の戦闘指揮は、ダイナミックで敵に与える心理的衝撃も巨大なものになる。第三四九の移動距離を短く、かつ効率的に投入したのは見事で、兵力優勢下での急戦速攻を望むのであれば、被害は少し多くなっても『分断し、各個撃破せよ』の基本を貫けと、爺様は教えてくれる。

 だが問題点もないわけではない。時間制限と戦力構成に問題がある故に、司令部からの攻撃座標指示を各部隊へ一つ一つ出さなければならないということだ。これはもうどうしようもないことだが、仮にここに居るのが第四四高速機動集団ではなく、ロボスの第三艦隊だったらどうだったろうか。恐らく爺様の命令をいちいち翻訳する必要性はなく、各部隊が滞りなく滑らかに動き、華麗に各個撃破してくれるだろう。

 今回は敵戦力も同様の攻勢であったため、爺様の火力集中指揮で機動力を補完するというドクトリンは上手く嵌った。しかし爺様がそういうドクトリンを採用せざるを得ないという戦略的な軍事環境が、爺様が部隊指揮をとってからずっと続いているとすれば、同盟の戦力練度は基本的には『動く砲台』でしかなく、あくまでも指揮官の特異的な才能に左右されるということなのだろうか。

 それではいけない。こういう臨時的な作戦を組まなくてはならない場合はともかく、各機動艦隊には十分な訓練が必要だ。それこそエレシュキガルで行ったような訓練を最低半年。問題はそれを許容するだけの国力が、同盟から失われているということだろう。帝国軍の侵略、数度にわたるイゼルローン攻略戦。アムリッツアでトドメを刺される遥か前から。

 もはや消化試合となり、各部隊が目標としている敵部隊の各個撃破に努める戦況下、爺様がヤレヤレといった表情で席に座るのを横目にしつつ、解決するにはあまりにも大きすぎる戦略課題に暗澹たる気持ちに陥った。


 そして六月二一日〇三〇〇時。

 最後まで抵抗していた敵右翼部隊が三〇〇隻以下まで打ち減らされ、抗戦を断念し星系外へと撤退に移った段階で、我が軍の後方に五〇〇〇隻以上の帝国艦隊を確認することになる。

 時機を逸したという言葉以外が思いつかない段階での出現に、同盟軍は一斉回頭してこの五〇〇〇隻にむかって堂々とした横隊陣を組んで真正面から立ち向かった。勿論この五〇〇〇隻が張子の虎であることは、各部隊の上級指揮官も承知の上の事だったが、勝利による高揚感によって将兵の恐怖は覆い隠され、艦隊戦のダブルヘッダーも問題はない雰囲気であった。

 しかし敵もまた思い切りが良く、『数』としてはまだ三五〇〇隻の戦力を有している同盟軍を見て、あっさりと囮を置き去りにして来た道を撤退していった。その数たったの三〇〇隻。

「まぁ、どうせここに長居することはないじゃろうがな」

 有効索敵範囲内に敵部隊が存在せず、逃げる敵部隊に対して付け馬を送り出し、各部隊に被害状況報告と再編成を指示し、一息ついた上での爺様のそんな呟きが、何故か俺の耳にずっと残るのだった。


 かくしてアスターテ星域アスベルン星系での一連の戦闘は終了する。

 戦闘参加した同盟軍の兵力四八万九〇〇〇名、同戦闘参加艦艇三八六二隻。うち戦死者は四万四八〇〇名余、完全喪失戦闘艦艇五七八隻。帝国軍の戦闘参加艦艇二五〇〇隻余のうち逃走を確認できた艦艇が五六〇隻。中破等で機動力を喪失し降伏に至った艦艇が二三三隻。

 戦闘しなかった三〇〇隻を含めると、星域には未だ一〇〇〇隻近い戦力が残存することになる。が、同時に同盟軍にも戦闘可能艦艇が三〇〇〇隻以上残存する上に、ドーリア星域からの増援が望める状況となった為、その戦力優勢は同盟側に大きく傾き、もはやダゴン星域への帝国軍の有効な攻撃は不可能となった。

 二日後にはドーリア星域からの増援一〇五〇隻が、アスベルン星系に隣接するカフライヤ星系に進入。さらにそこから分遣隊がでて、六月二六日にはダゴン星域との超光速通信が確保されるに至る。


 そして六月二八日に、その通信ルートを使って第四四高速機動集団にもたらされた最初の情報は、第四次イゼルローン攻略戦の完全なる失敗の報であった。
 
 

 
後書き
2022.07.13 更新
2022.07.20 私的誤字・言い回し修正 
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