不可能男との約束
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始業式を告げる鐘
前書き
始まりを告げる鐘
しかし、音は直ぐに鳴り止む
はたして、この音は誰のため
配点(始業式)
「なぁ、約束しようぜ」
「何を約束するんだ?」
そこにいるのは、どこにでもいる普通の二人の少年だろう。
何一つとして、変ではないし、特徴もそこまでないであろう二人の少年。どこにでもいる普通に生きている少年のように客観的には思える。
だけど、実は、片方の少年は馬鹿で、何一つ、一人では何もできない少年で、もう一人は剣であった。
ある意味対照的で、ある意味似たような二人であった。
誰かの助けを貰わなきゃ、何一つとして、何かを達成できない馬鹿の少年。
誰かの意志がなきゃ、振るうことも、何を斬ればいいのか考えなきゃいけない剣のようなやはり馬鹿な少年。
後者の少年はある程度、何かを成し遂げることが出来るかもしれないが……それでも、一人では、そこまで何かを達成するのは難しいだろう。
何せ、ここは極東の地。
東の極みと言われ、世界各国から暫定支配を受けている土地だ。自分達の夢すら叶える事が難しい場所。
夢を見る事は許されても……夢を叶える事は赦されない被罰者達の土地。
そんな場所で、二人の少年は約束をしようとしている。
「ああ、俺さ。何時か、王様になるんだ───皆の夢が叶うように、■■■■■が夢を持てるような、そんな王様になるんだ」
「……ふーん」
何もできない馬鹿の少年の台詞に、もう一人の少年は興味なさそう姿勢で聞いてるだけ。
後半の人名が出た時、少年は眉をひそめたが、馬鹿の少年は気にしない。
だから、剣の少年は思った。
この馬鹿は自分の言っていることを本当に理解しているのかと。
皆の夢を叶える事が出来る王だなんて、馬鹿げた夢物語だ。子供でも解るアホらしい話。そういう意味では、子供らしいと言えるのかもしれないが、それ本気で望むというのならば話は別だ。
さっき言ったように極東は暫定支配を受けている。
皆の夢を叶えるというならば、それを何とかして変えるしかない。そして、それは勿論のことだが、容易どころか、それならば、世界チャンピオンとかを狙った方が遥かに楽だろう。
つまり、こいつは世界を変えてみせると言ったのだ。馬鹿らしい妄想だというのは簡単だろうけど、この馬鹿は絶対本気で言っているから達が悪い。
こちらの思いを知らずに、馬鹿の少年は話を続ける。
「俺は何もできやしねぇ。でも、俺は上を望む事だけは忘れねぇ。だから、夢も諦めねぇ」
「馬鹿らしくて結構な話だなぁ、おい。それで? そんな話を聞かせて、俺にどうしろと。斬ればいいのか? あん?」
「おいおい。お前のその何でも斬ればいい思考は話が速すぎるぜ。男なら、やっぱ、斬るより突くだろう! なぁ!?」
「ば、馬鹿野郎! 俺、それに答えたら絶対に変質者だろうが! 男なら、やっぱり、モミングだろうが!! 擬音でモミャっと! そう、大胆かつ、激しくだ!」
緊張感台無しのギャーギャー騒ぎ。
二人だけの馬鹿騒ぎ。それに、二人は本当に楽しそうに騒ぐ。それこそ、年相応の子供らしく、元気な大騒ぎ。
だけど、二人は直ぐに話を戻した。
「で、だ? 結局、最初の大層なお約束っていうのは何なんだ? 早く言え。言わなかったら斬るからな。5・4・321ブー! はい、終わり! 斬るぞー」
「おいおい、お前の芸風は本当に突き抜けてんなぁ……流石俺のそうぼう! ああ! そうぼうって何だかエロくねぇか!? くぅーー、言葉って本当にエロエロだよなぁ!」
「話逸らすなよ、おい。いい加減にしないと怒るぞ、てめぇ。後、相棒だ」
えー、マジーという馬鹿の台詞は、そろそろ修理に出すべきだと思い、一発殴って、話を進めさせた。
これ以上、馬鹿と話していたら馬鹿菌が移ると本気で思う少年であった。
そして、ようやく、ちょっとはまともな雰囲気になって話を始める馬鹿の少年。
「ああ。つっても、大したことじゃないんだ。おめぇは何時も通りにいてくれという事なんだ」
「は? 何だ馬鹿。その意味深の頼みは」
「別に、おかしな事言ってねぇよ。おめぇは何時も通り、俺達と一緒に馬鹿をしてくれてたらいいんだ。そして───出来たらでいいから、俺が王になる道に行けたら、お前は俺達の剣になってくれよ」
「───」
「強制はしねぇ。お前にも、叶えたい夢ってもんがあるんだから。だから、出来たらでいいんだ。それだけで、俺は安心できる。何せ、お前がいるんだからな」
それは、完全な信頼。
何一つとして、不純物が混じっていないこちらを支持する信頼。馬鹿だからこそできるのかなと思ってしまう馬鹿みたいな信頼。
それに対して、少年はどんな顔をしたのか。上手い事、光のせいで見えなかった。
「じゃんじゃん馬鹿をしようぜ。馬鹿でいられるっていうのは幸せな事なんだぜ。だから、じゃんじゃん馬鹿をして、俺は王になるんだ。だから、その為の馬鹿な剣がいるんだよ」
「……誰が馬鹿だ。お前にだけは馬鹿呼ばわりされたくないわ。」
二人とも苦笑しながら話す。
言葉とは裏腹に剣の少年は内心では、違いねぇと思っているし、馬鹿な少年も何言ってるんだよと思っている。
馬鹿だからこそ、こんな会話が出来ているんだろと。
「……そういう役割なら、ネイトで十分だろうが」
「ネイトとおめぇは違うさ。ネイトは騎士だから、俺を導いてくれるけど、おめぇは剣だからな。お前は俺の横に立ってくれるっていう事じゃないか」
「その台詞を腐れ魔女に聞かせたら、どうなるか楽しみだぜ……」
「ああ……俺の横で立つだなんて、何ていやらしいんだ、お前! そこまで愛されているとは……俺もびっくりだぜ……!」
少年は笑って、馬鹿を蹴り飛ばす。
壁に思いっきり、穴をあけて吹っ飛んで行ったが、馬鹿だから死んでねぇだろうと予測する。
ゴキブリっていうのは何故か死に難いからなぁと少年が思っていると、予想通り、馬鹿が戻ってきた。
「おいおいおい、俺をピンポンボールみたいに吹っ飛ばしやがって……そんなに玉を吹っ飛ばしたいのかよ!! この俺の立派な御玉さんを!」
もう一度馬鹿を蹴って、新しく穴を作った。
修理代は全部、馬鹿が作ったから、馬鹿の方に行くだろうと思い、そしたらまた帰ってきた。
ふぅと溜息を吐き
「───帰っていいか? 飽きてきた」
「こ、この野郎……! 散々、俺を詰った癖に、最後には捨てるだなんて……! 貴方を信じてたのにーーーー!!」
流石に三回目には容赦がなくなってしまったので、かなり吹っ飛んだらしく、帰ってくるのに時間がかかった。
はぁと溜息を吐いて、少年は腕を伸ばす。
馬鹿な少年はそれを最初から変わらない微笑で見て、一言。
「で、どうなんだ?」
少年は答えなかった。
ただ、彼は彼らしく、へっと笑うだけであった。
空に浮かぶ土地が空を色付けする。
巨大すぎて、全体を俯瞰することなどはほぼ不可能であろう巨大航空都市。
武蔵と呼ばれる準バハムート級と言われる大きさである。ようは、かなりの大きさと思ってもらえばいい。
竜の名を冠するに相応しい巨大さであると。
そんな、都市から、一つの歌が通された。
歌は響き、奏で、音を作り上げる。
通ってもいいのだと許す童謡の歌が、空に染み込んでは消える。そして、最後の音が消えると共に8時半を示す鐘がなる。武蔵アリアダスト教導院と言われる学校の鐘が。
そして、武蔵アリアダスト教導院の門と校舎の間の橋から、一人の女性の声が響いた。
黒い軽装甲型ジャージを着て、背中には長剣を背負っている、髪の短めな先生らしき女性が、目の前にいる生徒らしき人数にに向かって話しかける。
「三年梅組集合してる? じゃあ、授業を始めるわよ」
女性は目の前にいる三年梅組の超個性濃いめの生徒たちを見て、笑いながら告げる。
楽しそうに、面白そうに。
楽しめるように、面白いと思えるように。
「じゃあ、これから体育の授業を始めるわよ。各自、準備運動はした?」
梅組担任。
肉食教師、オリオトライ・真喜子がそう告げた。
「始める前に出欠確認するけど、ミリアム・ポークウはともかく、あと、東は今日の昼間に帰ってくるって話は聞いているけど、他にいる?」
オリオトライは出席確認の声を皆にかけ周りを見回させ、誰がいないかを条件反射で探してもらう。
すると六枚の金翼を背に、黒い三角帽の少女。傍から見ると物凄い魔女っぽい姿をしている少女腕章に”第三特務 マルゴット・ナイト”と書かれている少女が手を上げて答えた。
「ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョー、後、フクチョーもいないかなぁ」
その言葉に、確かに……と言った調子で周りの人間も頷く。
そして、マルゴットの腕を浅く抱いている六枚の黒翼の少女”第四特務 マルガ・ナルゼ”は首を傾げながら告げる。
「正純は今日は自由出席の筈。総長は多分遅刻だと思うわ」
「まったく……総長兼生徒会長がそれじゃいかんわねー」
その言葉に対して、皆はその通りとは答えず、ただ苦笑という力の無い笑顔を浮かべるだけであった。
周りの笑顔に、オリオトライも苦笑する。
でも、次の名前には思わず、こいつ……という顔になって会話を続ける。
「……で、熱田の奴は……またかしら?」
「小生、思いますに、またさぼりかと」
今度は袋からお菓子を取り出しながら喋る丸い体型の御広敷という少年が答えた。
周りの皆もその答えにうんうんと頷いている。
「あの斬撃馬鹿……また体育の授業をさぼりね……出席点だけは生意気にもゲットしているから殴り辛いわ……」
「……殴れないんじゃなくて、殴り辛いだけで御座るか……」
顔をスカーフと帽子で隠している自称忍びの点蔵・クロスユナイトがツッコミを漏らすが、オリオトライは気にせず、ぶらぶらと手を振るだけで返事とした。
「まったく……トーリの馬鹿はともかく。熱田の馬鹿は思いっきり戦闘系なんだから、こういう時ははしゃげるでしょうに。」
「その割には、出席点稼ぎの時に来ていた時は、「おお! 大空に羽ばたいてるぜ……!」とか言ってボケて吹っ飛ばされていただけのような……」
「そこら辺は気にしない───で、浅間。あいつは遅刻なの? それともさぼりなの? はい、どっち」
「ぶっ! な、何で私に聞くんですか!? 」
長身の黒髪、左目に緑の義眼、そして何とも言葉にし難い胸にある大艦砲が特徴の浅間智が慌てて、手を振る。
いきなりの無茶振りに周りは自分も含めまたまた~という顔になる。
端的に言えばむかつく顔である。
代表して、再び大艦砲を両手で支えるように腕を組んでいて、黒と白の制服を着ている少女。葵喜美が喋った。
「だってそうでしょう。二人とも、もう暇があれば何時でも一緒にいるじゃなーーい? ああ、もう! いっその事、合体しなさいよもう! 合体よ、合体! でも、合体事故には気を付けるのよ!?」
「な、何の比喩ですか! あ! や、やっぱり言わなくていいです! そう! 私は巫女ですからね! 巫女! だから、そんなエロ系の質問には答える事も、考える事も出来ませんからね!───建前上」
「本音! 本音でてるよ!」
周りの全員が何かツッコんでくるが、気にしちゃ負けだと浅間はそう思っているのか、無視している。
馬鹿な生徒ばかりだと笑っていると、どうやらまだ話は続くらしい。
「そ、そんな事を言うなら、喜美だって、トーリ君は当然、シュウ君とも昔から仲が良いじゃないですか!?」
「あら、浅間。私がその答えを言っていいの? 言ってもいいの? ねぇ、行ってもいいのかしら!? じゃあ、容赦しないわよ!! ───知らないわ!」
「ええーー!」
「だって、愚弟は私が起きた時には既にいなかったし。愚剣に関しては会ってもいないもの」
「お前、考えて喋れよ!!」
皆のツッコミに、喜美はくるくると意味不明に回るだけだったので、駄目ねこれはと結論付けた。
まぁ、この調子だと全員元気という事で、表示枠に皆の調子のという表示に、全員にはい、変です! と書いておいた。
「まぁ、いいわ」
そして、表示枠を消して、そして何気ない仕草で、足を後ろに出し、その動作で腰を落とし、構える。
その行為で、何人かの生徒がハッという顔や態度になったので、その反応に良しと頷く。
「良し。反応はまぁまぁね。まぁ、戦闘系のはこれくらい反応してくれないと困るんだけどね。とりあえず、ルール説明はしておくわ。目的地である事務所までに私に攻撃を当てる事。それが出来たら───」
ちなみに事務所というのは所謂、ヤクザの所である。
何故、ヤクザの事務所に行くのかと言うと、そこのヤクザがオリオトライの住んでいた所を地上げして最下層に行きになり、その後色々とあって、ようはまぁ、生徒達は巻き込まれたのである。
でも、生徒というのは、つまり自分の物。つまりは、自由に使っていいのよねと考えているので、巻き込んだなんてそんな事は考えていないのよ。
一緒に楽しもうと思っているだけなのである。だけど、流石にそれではやる気が出ないのは、自分も学生の時に体験をしたので、ここは一つご褒美をやろうと思う先生である。
「出席点を五点あげる。学校の授業を五回もサボれるなんて素晴らしいと思わない?」
「先生! それはつまり、こっちの遠慮は無用ってことでよろしいんですね!」
「先生も容赦はしないけどねー」
「先生! 方法とかは、勿論、何でもありですよね! ズドンとか!」
「んー? いいけど、それをやられると先生、理性が保てるか自信がないわー」
「オリオトライ先生! 先生の体のパーツで、どこか触れたり、揉んだりしたら、減点されるところはあり申すか? または逆にボーナスポイントが出る所とかは……!」
「はっはっはっ、点蔵。あんただけ先に死にたいか?」
「じ、自分だけマジ返しで御座るか!?」
やっぱり、馬鹿は死ななきゃ治らないわねーと思いながら、密かに表示枠の点蔵の所に治療無用、情け無用と書いておき───そして、たんと軽い音で階段を飛んだ。
あ……! と叫ぶ者も言えば、くっ……! と叫ぶ者もいる。中にはカレーですねーという人間がいるが、そこは気にしても、もう脳が意味はないでしょうねーと結論付ける。
それでも、悔しがっているのならば、それでいい。悔しいと思う気持ちを持っているのならば、次回の時は、今度こそはと思えるものなのだから。
だから、訓練で思いっきり、悔しい思いをして、本番で成功させろと思う。
そして、そのまま階段の下から、奥多摩中央通の”後悔通り”を走る。
後悔通りの入口。
普通に走ろうと思っていたが、視線はついそっちに向いてしまった。
そこには石碑がある。記されている言葉は短く、だからこそ、覚えようとしていなくても、勝手に心に覚えてしまう。
───一六三八年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住人一同
「……」
漏れた吐息に重さがある事に苦笑してしまう。
自分が考える事ではない事であったとしても考えてしまうのは人間だからか、もしくはただの未熟からかと考えてしまうのは、ただ己に浸っているだけなのだろうか。
結論はそう思う事こそが己に浸っているという事だろうと再び苦笑。
苦笑している間に背後から声が聞こえる。あの子らとの付き合いも長いもんねと思うけど、悪い思いはしない。
出来が悪くても、悪くなくても、それだけ長くいればどんな子でも愛着を持ってしまうから。
だからこそ、頑張れと思う。
何度も叩きのめされても、意志さえあれば再起は出来るのだと、それを知ってほしいと思う。
だから、苦笑を微を付ける笑いに変えて、走り続ける。
後ろから来る期待を楽しみながら。
「賑やかだねぇ……」
「Jud.騒がしい事を賑やかと判断するのならば、確かに賑やかだと判断できます───以上」
場所は中央前艦の展望台となっている付近。そこに、武蔵と腕章に書いてある少女と中年過ぎの男が会話していた。
中年過ぎの男の名は酒井忠次。
アリアダスト教導院の学長をやっている男で、既に、もう老いているというイメージがあるかもしれないが、その実、体全体が老いているという感じがしないので、ある意味要注意人物かと思われる人物である。
もう一人の少女はその名の通りの武蔵と言われる───自動人形である。
人ではなく、歯車を持って動く自動人形。現に、その傍には持ち手がいないデッキブラシが勝手に動いて、周りを掃除している。
自動人形の特性である重力操作を使っての掃除である。
だけど、そんな光景を二人は無視して眼下の騒ぎを見ている。
弓を持った少女の攻撃が、先生に無効化されて、何故か少女が「───アイスが!」とか叫んでいたが、二人は気にせず話をする。
「自動人形である"武蔵"さんとしては、皆の技能はどう思う?」
「Jud.聖連の指示によって、戦科が持てず、警護隊以外の戦闘関与組織も持てない極東の学生としては、十分過ぎる能力を皆さんは持っていると思います。これで後は実戦の空気をもっと経験すればと思います───以上」
そう思う? と酒井が面白そうに聞く声に、武蔵はJug.と無感情に答えるだけ。
それでも面白そうな表情を消さずに語り掛け続ける酒井。
「うーん。火力としては、堕天墜天コンビが結構カバーしてくれているし、パワーに関してはミトツダイラ君が。遠距離としては、浅間君。結構良いバランスなんだけど、一つ足りないねぇ……」
「? それは何でしょうか? 派手さでしょうか?───既に色々と派手に迷惑をかけていますが───以上」
「Jud.単純な凄腕の近接武術師が足りないんだよなぁ、これが」
その答えに武蔵は首を傾げる。
納得がいかないと判断しからだ。自動人形は優秀である。だから、記憶能力とかも勿論優秀であり、その記憶の中には梅組のステータスもある。
だからこそ、首を傾げるという判断に繋がったのである。
「何故でしょうか? 近接ならば、特務で言うと点蔵様、ウルキアガ様、ミトツダイラ様、一般生徒ならばアデーレ様やノリキ様などがいます。これだけいれば十分と判断できます───以上」
贔屓をしているわけでもなければ弁護をしているわけでもない。
大体、自動人形には感情がないのである。だからこそ、彼女がいった事は事実としての答えである。だからこそ、さっきの酒井の答えに納得が出来なかったのだろう。
しかし、酒井はその言葉に飄々とした仕草と共に答える。
「それは特務クラスか、もしくは一般生徒だけど、能力が特務級なだけであって、まぁ、副長クラスではないというわけよ。それに点蔵君は忍者だし、ウルキアガ君は異端審問官、ミトツダイラ君は確かに近接系だけど、パワータイプだからなぁ………高速戦闘は苦手なんだよ"武蔵"さん。だから、全員が全員純粋に斬り合うバトルスタイルじゃあないよなぁ」
「……Jud.確かにそうですね。酒井様に言われると思わず、思考が嫌な意味で乱れてしまいますけど。許容範囲内です、ええ。"奥多摩"に比べればマシですとも───以上」
「………怒っている?」
「いえ。自動人形には感情がありませんから───以上」
苦笑する酒井に武蔵はあくまで無表情である。
とは言っても、自動人形の態度としては別段おかしなところは一切ない。
だから、二人はそのことについては何も言わずに話を続ける。
「副長クラス………確かに見たところ、副長の姿が見えませんね───以上」
「本当のことを言ってもいいと思うよ。またさぼっているって」
「自動人形である私は確証がないことを言いません。だから、私は酒井様を日々このぐーたら野郎と思っていますが、ええ、確証つきですとも───以上」
おおこわなどと全然怖がっていない様子で、わざとらしいリアクションを取る酒井に対して、武蔵は無視した。
その反応に笑いながら、酒井は話を続ける。
「熱田・シュウ。生まれだけで言うならば、完璧な戦闘系だよ。熱田の姓を持つから当然といえば当然だけどね。戦闘という部門だけで言うならば最強クラスと言っても良いくらいなんだけどね」
「ですが、偶に見る熱田様の体育の授業光景では、何もできずに吹っ飛ばされているだけか、もしくはただ走っているだけです。とてもじゃないですが、戦闘系とは思えません───以上」
「はは、はっきり言うねぇ"武蔵"さん。まぁ、だからこそ、聖連から与えられた字名が終剣。名前だけ見れば、ただのイタイ名前だけど、実際はかなり皮肉った意味だものなぁ。彼の名前のシュウという名前から取った皮肉と終えるための剣じゃなくて、終わってしまった剣っていう意味で付けたからなぁ」
終わってしまった剣。
二度と振るわれず、斬らない剣という彼の存在と在り方を完璧に侮蔑した名称である。
本人はそれに関しては何も思っていないようだが、周りは色々と思っているようだ。
「何せ、副長という武蔵の最大攻撃力を示す立場にいるのに、何の強さも示さないんだからなぁ」
「Jud.確かに市民の副長に対しての不満は良く聞きます。率直に言えば……あれでいいのかと───以上」
市民は厳しいねぇと酒井は呟くが、その口調から考えると、その考えは当たり前であるという事は分っているらしい。
それはそうだろう。
武蔵の攻撃力という事はいざという時は守ってくれる存在であるという事と同義なのだから。
それが、腑抜けていて弱い存在なら、だれもが疑問に思うしかない。
「まぁ、そこら辺はトーリ次第だね。さて───そろそろ、俺も用意をしてくるかね」
「Jud.ようやく、松平四天王との約束を思い出して、準備をするという小学生もできる行いをしようと思いましたか。───以上」
ははと笑いながら、松平四天王という単語を懐かしく思いながら、彼は歩いて行く。
今、武蔵は三河へ向かっている。
懐かしの三河へ。
そして、体育の授業は結局誰も肉食教師に攻撃を与えることはできないという結果で終わってしまったと浅間は落ち込んだ。
しかも、先生は疲れた様子を全く見せずにそのまま魔神族のヤクザを張り倒す始末ですし、この人、本当に人間なのかなぁと思う私がいけないのでしょうか?
そう思ってたらヤクザもこっちのリアルアマゾネス先生を警戒したらしく、正面玄関を慌てて閉じて鍵をかけたらしい。
うん、賢明な判断ですねと思ってたら、先生は何と私達を突撃要員に加えるつもりらしい。
……そんな! 現代に蘇った野性の本能の塊である先生に付いて行けだなんて……!
とてもじゃないが現代人である自分には不可能な所業である。
だけど、周りの人間は外道が行き過ぎた元人間の集まりだから意外と大丈夫かもしれないと思うのは、私が間違っているのでしょうかとどうでもいいことを考えていると。
「───あれ? おいおいおいおい、皆、何やってんの?」
聞き覚えしかない声が聞こえた。
振り返るとそこには能天気と言ったら悪いかもしれないが、それでもにへらと笑った顔が印象である葵・トーリ君がそこにいた。
武蔵アリアダスト教導院の総長兼生徒会長で一応権限的なもので言えば、ヨシナオ王を除いたら最上位の位なんですけど……本人は身体能力はおろか頭も良くない。
だから、聖連から総長兼生徒会長に選ばれることを許されたんでしょうけど……。
その事に付いては言いたいことがあるけど、言っても仕方がないので皆も何も言わないことにしている。
だから、付けられた字名が不可能男。
何も出来ない人間という侮蔑の意味なんだろうと思うし、感情とは別の部分もそうなんだろうなと思ってしまうのが少々以上に腹立たしく感じてしまう。
だけど、それとは別に感情もそうだと告げてしまう部分がある。
それは
……何でこの人は朝っぱらからエロゲを広げて嬉しそうに語っているんですか……!
周りの人間も半目で彼を見ているのが解るし、先生がもうキレかけているというのが感覚的に解ってしまう。
これは駄目ですねとありとあらゆる意味でそう思いながら、ふとトーリ君が周りを見回して、そして私達に呟く。
「あれ? シュウの奴はどこなんだ? せっかくあいつにこのエロゲを自慢してやろうと思ったのに……!」
「後半部分は無視しますけど、トーリ君も知らないんですか?」
代表して、トーリ君に聞くと、首を縦に振った。
皆もふぅんと言う顔になる。
てっきり、トーリ君と一緒にいるのかと思っていたと思っていたんですけど……何処に行ったんでしょうね? と浅間は思う。
案外、マジで病気なのかと思ったけど、馬鹿は風邪を引かないはずという目の前の実証論を見ながら、浅間はううむと考える。
すると
「───♪」
「な、何ですか……! この地獄から響くような呪いの音は……!」
「……現実から目を逸らしたいのならば言わなくてもいい」
すると近くの無愛想少年のノリキ君がツッこんできた。
……ええ、解ってますとも。
解りたくない理解でしたけど、解ってしまうのは付き合いの長さだろうか。
そう思っていると声が聞き取れるくらいの距離まで近付いてきた。
聞き取りたくもなかったが、耳が勝手に聞き取ってしまう。これ程自分が健康であることを呪ってしまうとは……。
「ナニーを見つけたくてー服をー斬りー裂ーいて! 掴んだ現実はーーー! Oh My god! リーアルな感触ーーーNo!!!!」
皆が嫌な顔をして、声が聞こえる方に振り向く。
そこにいるのは黒い髪を短くして、武蔵の制服をだらしなく着こなし、そして何故か顔にはふぅとやり遂げたような表情をした、整ったというよりはそれこそ野性味がある顔の少年がいた。
はぁと皆が重い溜息を吐いている間にトーリ君が彼に声をかける。
「よう親友! 朝っぱらからすげぇ歌を歌ってるよなぁ! 真正面から言うのはどうかと思うから、遠回しに言うけど頭イカレテねぇ!?」
「馬鹿野郎トーリ。いいか? この歌は俺の魂から溢れ出した祝詞。つまりは、変な歌じゃねぇ。それでも変な歌に聞こえるっていうんなら───それはお前等の脳が異常だから歌が変に聞こえるんだ」
「最もうぜぇ自己中だ!」
周りのツッコミを聞いても彼は何の反応もせずにトーリ君と話している。
これだから……と思ってしまうけど、今更だろうと諦めてしまうのは駄目なのだろうかと思う。
「ふふふ。それにしても愚剣。あんたはあんたでどこ行ってたの? もしかして、下駄箱にLoveレターとか入っていて、それで伝説の木の下で告白とかされたの!? 素敵! でも、駄目よ! やるならもっと皆の目の前でガツンとやらなきゃ! 周知で羞恥よ!」
「おいおい喜美。お前は本当に朝っぱらからテンションがハイ過ぎるやつだなぁ……その巨乳揉むぞこらぁ!」
「お前もテンション高ぇよ!!」
二人の狂人の会話に付いて行けない事に浅間はほっと息を吐いていると、二人の狂人がぐるんと何故かこっちを不安にさせるような振り向きをする。
「あら浅間。どうしたの? そんなノーブラでたゆんたゆんな胸に手をついてほっとして……まさか! 浅間式揉み揉み沈着術式!? 自給自足だなんていやらしくて素晴らしいわ!」
「な、なにぃ!! おい、智! そんなけしからん乳を自分だけのものにするだなんてけしからん! そんなけしからん事をしようとするけしからん奴にはそのけしからん乳にけしからんな事をして罪を償わせてやるぜ……!」
「おいおいおい! 姉ちゃんもシュウも、俺以上に場を乱すなよ! 俺の存在意義が疑われるだろう!? だからここは俺が浅間の乳を揉むことで解決にしねぇか?」
「こ、この幼馴染ーズは……! 朝っぱらから奇襲を仕掛けてきたかと思えば、む、胸にしか興味がないんですか!?」
「あーーー! 当たり前だろうが浅間! そんな浅間のエロ罪の象徴のような大きさを見せられたら、俺達みたいな仲良しは、その罪を消してやろうと善意で揉もうとするに決まってんじゃねーか!!」
弓を向けると三人は逃げようとする。
まったく……と本当に変わらない自分達の関係に思わず心の中で苦笑してしまう。
何時までもこの関係が続いてくれれば……なんて夢みたいなことは言えないのだが、やはり、こうして皆でいる間はこういう関係でいたいですねと思う。
でも、カラダネタはノーサンキューですが。
そうして、はぁと溜息を吐いているとトーリ君がいきなりという調子で皆の方に視線を向ける。
「あのさ、皆、ちょっと聞いてくれ。前々からちょっと話してたと思うんだけど」
本当にいきなり彼は仰天発言を繰り出した。
「───明日、俺、コクろうと思うわ」
その発言に皆が息を呑み、そして、トーリを除いた皆がスクラムを組んで小声で話した。
「コクって一秒でお断りの平手が来るに一票。どうよ?」
「自分はその前に目を合わせてもらえないんじゃないかと思うんですけど……」
「というか、あの馬鹿を見ることが出来る女がこの世にいるのか? 幾ら私でも、世界を買えるくらいのお金を貰わねば見おうとも思わん。むしろ、消す為に金を使ってもいいくらいだ」
「んーシロ君。そこまではっきり言ったらトーリ君。きっとまたおかしくなると思うからもっと穏やかに言った方がいいと思うよ。こっち見んな馬鹿って」
「な、何で皆してそんな事を言うんですか! もうちょいトーリ君の為に何かいいことを言ってあげましょうよ!! だって、これからトーリ君はコクった相手に振られるどころか見られる事も喋られる事もなく汚物のような扱いを受ける未来しかないんですから!」
「悲観の祝詞を告げる巫女がここにいるぞ!」
「お、おめぇら……! 少しは他人の幸福夢気分を祝おうとかそんな気持ちはねぇのか!」
トーリの意見は全員無視することによって会話が進んだ。
この匠の流れにさしものトーリも打開する術がなかったので、「ち、ちくしょう……! こうなったら、今、新開発中の餃子をここでやるしかねえのか……!」などとほざいていた。
そんな馬鹿に喜美が狂った言動を言いながら誰にコクるのかを聞いてみると、トーリは何時もと同じ笑顔で当たり前のように告げた。
「───ホライゾンだよ」
皆の呼吸が一瞬止まる。
誰もがトーリが告げた名に軋みを覚える。その少女の名を知らない人物は梅組にはいない。
そして彼が何をしようとしているのかも。
でも、誰もが息を止める中、一人だけ態度を変えない人間がいた。
熱田だ。
「訂正してやる。0.5秒でいきなり股間を殴られて悶絶するのがお前の未来だ。昔からお前はあいつのサンドバックだ───標的は股間だがな」
「おいおいおい! そんな想像しやすい未来を口頭で語るなよシュウ! だけど、先に言っておくぜ! 俺をその時の俺と一緒だと思うなよ!」
「死亡フラグを立てていることについては無視してやるが、だって、あの女。お前のギャグには何時も手厳しかったじゃねぇか」
「ああ!? それはお前もだろ親友! お前の『情熱の昂ぶり………! 狂い咲き乱れパンダー!』っていうお前の持ち歌をお前、ホライゾンに真正面からお前の感性は異常だと思いますとか言われてたじゃねーか!」
「こ、この野郎……! 人の敗戦記録を暴露しやがって……! だけど、先に言っておくぜ! 俺をその時の俺と一緒だと思うなよ!」
ループするなよと周りがツッコむが二人はギャギャー騒いで聞いていない。
あんなドッキリをかましたのに二人は本当にいつも通りだと思った。
だが
「でもま。」
ポンと熱田はトーリの肩を軽く叩いて、そして少しだけ真剣な表情をして一言を告げる。
「告白するんなら"後悔通り"を通れるようにしておくんだな」
「───」
言った意味を理解して再び周りが沈黙する。
今回はトーリもだ。今は熱田の背中でトーリの顔は周りから見えないようになっているが、どんな表情を取っているかは想像し辛い。
でも、熱田は直ぐに彼の肩から手を離して、離れた。
そこにあったトーリの表情は……困ったような微笑だった。だから、誰も何も言わなかった。
だけど、彼ら二人の肩に背後から手を置いた人物がいた。
オリオトライ先生である。
「うーん。先生、いい話が聞けたことには満足しているんだけど、今が何の時間か解ってる?」
先生の怒った微笑に周りは詰んだな……と他人事のように同情する。
肩を掴まれた二人は一瞬でアイコンタクトを済まし、そし二人して笑顔で先生の方に振り返る。
「ああ、勿論解ってるさ」
「そうだぜ、先生。今の時間は」
「「保健体育の時間だろ?」」
そして言葉と同時にトーリとシュウは先生の胸を揉んだ。
むにっと意外に柔らかい感触をもんだような音が周りに聞こえて、思わずひぃっと叫ぶ皆。
先生が固まった笑顔を保ちながら、馬鹿二人が笑顔でサムズアップしているのを見た。
そして遠慮なく二人を回し蹴りでヤクザの事務所に叩き込んだ。
後書き
どうも、始めまして。
悪役です。
小説情報でも書いているようにアットノベルズの方でも投稿をしている悪役です。
皆さんが、楽しんで読んで頂ければと思います。
感想お待ちしております
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