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イベリス

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第五十八話 東京の紫陽花その十一

「そうなることは」
「そうですか」
「汚職に女性問題に失言それにです」
 速水は言葉を続けた。
「過激派との関係もありますし」
「本当に碌な人じゃないですね」
「セクハラ、パワハラ、モラハラの話もです」
 こういったこともというのだ。
「山の様にありますので」
「そんな人に何かされなくてよかったです」
 咲はここまで聞いて心から思った。
「本当に」
「全く以てそうですね」
「はい、今日は有り難うございます」
「お礼には及びません。当然のことです」
「当然ですか」
「店長ですから」
 速水は微笑んで述べた。
「働いてくれている人をガードすることはです」
「当然ですか」
「何かあるとわかっていれば」
 その時はというのだ。
「そうすることがです」
「当然ですか」
「はい、ですから」
 それ故にというのだ。
「お礼にはです」
「及ばないんですね」
「そうです、ですが多少です」
「これからよくないことが起こります」
「少し不愉快になる程度の」 
 それ位のというのだ。
「そうしたことがあるとです」
「覚悟しておくことですね」
「そのことは覚えておいて下さい」
「わかりました」
 咲は速水に確かな声で応えた。
「そうしておきます」
「そうして頂ければ。では」
「それではですね」
「私はこれで」
「はい、お家に帰られますね」
「そうします」
「お家は遠いですか?」
 咲は速水にこのことを尋ねた。
「そうでしたら」
「いえ、すぐに帰られます」
「ここから近いんですか」
「近いとは言えないですが一瞬で」
 それでというのだ。
「帰られますので」
「一瞬ですか」
「はい」
 それでというのだ。
「ですから別にです」
「気にしなくていいですか」
「そうですので」
 だからだというのだ。
「お気になさらずに」
「そうですか」
「では」
「これで、ですね」
「今日はお別れです」
「また明日ですね」
 咲はこう返した。
「そうですね」
「明日も来て頂けますね」
「その予定です」
「では」
「はい、またですね」
「明日お会いしましょう」
「その時またお願いします」
 こう挨拶をしてだった。 
 速水は咲に一礼をしてから夜の闇の中に姿を消した、咲はその速水を見送ってから家に入った。そうして出迎えてくれた母に玄関で速水に言われたことを話すと母はほっとした顔になってこう言った。
「よかったわね、あの人はお母さんも知ってるわ」
「評判悪いわよね」
「絶対に痴漢じゃ済まなかったわね」
 こう言うのだった。
「本当にね」
「そうなのね」
「ええ、ただね」
「ただ?」
「お母さんもあんたこれからちょっと厄介なことになるかも知れないって思うわ」
 速水がが言ったもう一つの話だとだ、咲は聞いてわかった。
「ひょっとしたらね」
「そうなの」
「その時は正直に言えばいいわ」
「そうなの」
「そうよ、そうしたことも経験のうちだから」
 母は咲に余裕のある顔と声で話した。
「人生のね」
「そうなの」
「いいことも嫌なこともね」
 その両方がというのだ。
「人生の経験だから」
「これからのことはなのね」
「経験してね」
 そうしてというのだ。
「そのうえでなのね」
「人生の糧にしてね」
「それじゃあね」 
 咲は母の言葉に頷いてだった。
 そうして母と共に夕食を摂った、そうして父も出迎えてそのうえで楽しく過ごした。だがこれから起こることに内心身構えていた。


第五十八話   完


                 2022・4・8 
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