ドリトル先生のダイヤモンド婚式
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第二幕その二
「氏真さんもいじめていなかったよ、だから家康さんも頼ったんだ」
「途中戦もしたけれど」
「家康さんと絆があったんだ」
「幼い頃からの」
「だから家康さんという人も知っていてね」
それでというのです。
「頼ったんだよ」
「人を見る目あったんだね、やっぱり」
「家康さんは信頼出来るとわかっていて」
「それで敵だったけれど頼ったんだ」
「そして実際に迎えられてね」
家康さんにそうしてもらってというのです。
「後は穏やかに暮らしてね」
「お家も残っていたんだ」
「そうだったんだ」
「そうした人だったんだ」
「それで夫婦仲もね」
こちらもというのです。
「あの頃では珍しく今で言う金婚式を超えるまでだよ」
「うわ、凄いね」
「人間五十年って言われてる時代にそれは」
「余計に凄いね」
「ずっと一緒だったなんて」
「長生きもしたからね、奥さんも」
一緒にというのです。
「七十を過ぎても健在で大坂の陣の直前に亡くなっているよ」
「桶狭間から五十年以上だね」
「凄いね、それは」
「かなりのものだね」
「奥さんは早川殿といって北条家の人でね」
相模のこのお家のというのです。
「武田家も含めて三つの家の盟約の時に結婚して」
「それからなんだ」
「ずっと一緒だったんだ」
「奥さんが亡くなるまで」
「この盟約は桶狭間の数年前だからね」
その頃のことでというのです。
「奥さんは西暦で言うと一六一三年に亡くなっているから」
「ううん、長いね」
「六十年にはいかないけれど」
「ダイアモンド婚式には」
「けれど近かったんだ」
「五十年は普通に超えていて」
「本当にこの頃では稀だよ」
それだけ夫婦で一緒にいられたことはというのです。
「そうした意味でも凄い人だよ」
「文武両道で気さくで人を見る目もあって」
「しかも奥さんとずっと仲がよかった」
「今じゃかなりの人だね」
「戦国大名としては敵が強過ぎただけで」
「信玄さんが攻めてきてね」
武田家のこの人がというのです。
「この人戦国最強とさえ言われているから」
「越後の上杉謙信さんとどっちが強いか」
「織田信長さんですら戦いたくなかったそうだし」
「家臣の人達も軍勢も強かったし」
「本当に戦国最強だったかもね」
「そこに徳川家康さんが離反してね」
それまでは家臣だったのにというのです。
「この人も強かったしね」
「伊達に後で天下人になってないね」
「家康さんも戦上手だったね」
「やっぱり家臣の人達も軍勢も強かったし」
「当時の三河武士は武辺で知られていたからね」
強かったというのです、武辺とはそうした意味の言葉です。
「その二つの家に左右から攻められたら」
「流石に負けるよね」
「しかも義元さん桶狭間で討たれてがたがただったし」
「そんな状況だとね」
「それで戦国大名として九年もったことはね」
このことはというのです。
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