八条学園騒動記
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第六百六十一話 朝に思うことその八
「そうしておったがのう」
「お尋ね者でしたね」
「わしは捕まらなかったが」
それでもというのだ。
「親類発祥以来あらゆる国でそうであった」
「それで徳川幕府の頃の日本でもですね」
「堂々とな」
まさにというのだ。
「人相書きが出回っておったわ」
「それじゃあ信じられないですね」
「その為江戸時代多くの者が脚気になってな」
そうしてというのだ。
「日露戦争の頃もな」
「ああ、脚気の人多かったですね」
「陸軍は酷いものであった」
「何か上層部は大抵の人が麦飯導入派だったんですね」
「それをある馬鹿者が防いでおった」
「森鴎外でしたね」
「小説家や翻訳家としては高名であるがのう」
この時代では連合全体で知られている。
「しかしじゃ」
「それでもですか」
「医者、本職では最低であったわ」
「細菌学の権威で」
「脚気菌があるに違いないと必死になっておってな」
「海軍が麦飯で脚気なくしても」
「それを頑として認めんでな」
山縣有朋や桂太郎、寺内正穀といった陸軍の首脳達は麦飯を導入すべきと主張していたというのにだ。
「軍医としてな」
「それをさせないで」
「その結果じゃ」
「陸軍で大量の脚気患者が出てですか」
「大勢死んのじゃ」
「最悪ですね」
「それが医師としての森鴎外がしたことじゃ」
そうであったというのだ。
「両親に学問を叩き込まれ優秀な成績をあげて国費でドイツ留学をしてな」
「凄いエリートだったんですね」
「しかもドイツでも優秀な成績を残した」
「頭はよかったんですね」
「しかもな」
それに加えてというのだ。
「翻訳家小説家としてじゃ」
「あれだけの実績ですね」
「だから文学女子でもじゃ」
外には歴史女子理系女子等色々ある、この時代では連合全体でそう言われる女の子が多く存在しているのだ。
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