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冥王来訪

作者:雄渾
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ソ連の長い手
  ソ連の落日 その2

東ドイツ ヴァンペン・シュトランド近郊
 
 第一戦車軍団の先遣隊は、混乱していた
ソ連KGBの特殊部隊と戦闘中、謎の電波障害が発生し、通信機器が全て機能停止する事態に陥る
戦術機に備え付けられた無線装置が作動しなくなり、ポツダムの参謀本部との通信途絶
すわ、通信妨害かという事で現地部隊の判断で行動が進められた
混乱して投降してきたソ連兵を細引きで縛り上げ、一か所に集める
 ユルゲンは機体を降りた後、混乱する現場の指揮を執った
負傷した兵士を担架で運ぶよう指示を出している時、声を掛けられる
両腕を縛られたソ連兵が彼に向かって、訛りの強いロシア語で呪詛の言葉を吐いた
「お前たちは勝ったと思って勘違いしているであろう……。
だがKGBを舐めるな……、例え風呂場であろうと、(かわや)であろうと隠れても無駄だ。
地獄の底まで追いかけて行って、その首を掻き切ってやる」
 ちらりと、顔を向ける
蒙古系の黒髪で、小柄な男
大股で近づいていくと、酒の匂いがする
先程迄飲んでいたのであろうか……
「今に見ていろ、貴様の妻や妹を散々に可愛がってやるよ。
泣いて懇願(こんがん)する様を見ながら、(なぶ)(ごろ)しにしてやる」
右手で蒙古人の襟首をつかみ持ち上げる
「黙れ、韃靼(だったん)人!」
駆け寄る音が聞こえるが、左手に持ち替えて構わず掴み上げる
「莫迦には莫迦らしい死に方を、してもらわなくてはな」
空いた右手で、自動拳銃をホルスターより抜き出すべく、蓋を開ける
その瞬間、右手が何者かに捕まれた
彼は顔を(しか)めて、振り返る
「離せ、ヤウク。この粗野な男に教育してやるんだ」
何時にない表情の同輩が、立って居た
「ユルゲン、君がその野蛮人と同じ土俵に立って奥様(ベアトリクス)は喜ぶのかね……。
此奴(こいつ)は蒙古人だ。どうせ野良犬みたいに見捨てられて死ぬ運命……。
放っておきなよ」
持っていた左手から蒙古人を突き放す
直後、蒙古人は同輩の顔面に目掛け、唾を吐きかける
野蛮人共(ニメーツキー)が仲間割れか。傑作だ」
そして、不敵の笑みを浮かべた
手前(てめえ)の黒髪のかあちゃんは気に入ったぜ。たっぷりと(はずかし)めてやるよ」
 幼さを残しながら、どこか妖艶(ようえん)な雰囲気を感じさせる()(つま)
末端のKGB兵士が、それを知っているとは……
得体の知れぬ寒気を感じるとともに、全身の血が逆流するような感覚に陥る
蒙古人の方に体を向けるが、背中から両腕を回し、同輩にしがみつかれる
後生(ごしょう)だ、君がこんな蛮人の為に手を血で汚す必要はない」
彼は同輩を振り落とそうと必死にもがく
「離れろ。貴様に……」

 直後、蒙古兵は(はじ)き飛ばされた
口と鼻から血を流し、膝をついて倒れ込む
殴ったのは、ヴァルター・クリューガー曹長だった
「同じ条約機構軍の兵士だからと言って容赦しない。上官への侮辱……、覚悟しておけ」
同輩が、悲鳴を上げる
「君、なんてことをしてくれたんだね」
 騒ぎに気が付いた政治将校と、憲兵が駆け寄ってくる
銀縁眼鏡を掛け、灰色の折襟勤務服に、少佐の階級章を付けた男が言い放つ
「貴様等、ハーグ陸戦協定違反だ。全員、重営倉(じゅうえいそう)にぶち込んでやる」
官帽を被った白髪の頭をこちらに向ける
「大体、同志ベルンハルト。君は問題を起こし過ぎだ。
言動も志向もあまりにも反革命的すぎる……」

「大体議長の秘蔵っ子だか、通産次官の婿だか、知らんが……。余りにも身勝手すぎる」
 そう言うと、腰のベルトに通した茶革の拳銃嚢から拳銃を取り出し、彼に向けた
星の文様が入った茶色い銃把にランヤードリングのが付いている
外観から類推すると、ソ連製のマカロフPM
ドイツ国産のワルサー・PP拳銃の粗悪な模倣品を使わざるを得ない東ドイツ軍の政治的事情
その事を示す様な事例であった
「状況によっては暴力をも使わざるを得ない……」
彼は、威嚇する男を煽る様に不敵の笑みを浮かべた
「説得できないからと言って拳銃を取り出して、恫喝ですか……。少佐殿」
男は青筋を立てて、言い放つ
「今の言葉を取り消したまえ。続けるようであれば、抗命と見做す」
彼は哄笑した
「政治局本部も、随分と質の低い人間を昇進させたものですな」

 騒ぎは次第に大きくなり、第一戦車軍団の中だけでは収まらなくなっていた
第三防空師団の兵士や、後から駆け付けた海軍の兵士迄見物に来ている模様
いつの間にかユルゲンたちを囲んでいた憲兵は、騒ぎを収めようと持ち場を離れてしまった
ちらりと、脇に目をやる
件の蒙古人は既に誰かによって、連れ出されていたようだ……
「君が良からぬことを企んでいるのは分かっているぞ、同志ベルンハルト。
略式だが軍法……」
 男がそう言いかけた直後、周囲の人垣が綺麗に分かれていく
官帽を被り、灰色のオーバーコートを着た人物が歩いて来る
開襟型の灰色の制服に、将官を示す赤地の襟章
金銀の刺繍が施され、空色の台布が縫われた肩章
その場に現れた空軍将校服を着た男は、第三防空師団長であった
「同志ベルンハルトと同志ヤウクは俺が預かる。文句はあるまい」

 第三防空師団本部まで連れ出された彼等は、師団長室に呼ばれていた
ユルゲンは、かつて所属した空軍の将軍に感謝を意を表した
「有難う御座います、同志将軍」
男は咥え煙草のまま、相好(そうごう)を崩す
「空軍士官学校創立以来の問題児の面がどんなものか、拝んでみたくなっただけよ」
そう言って、煙草を差し出す
早速、ヤウクは一礼すると2本抜き取り、火を点ける
ユルゲンに向かっても進めたが、左掌を見せ断った
「戦場帰りってのにタバコはやらんのか。珍しいな」
ふと同輩が漏らす
「これで酒をやらねば、いい男なんですけどね」
男は、彼の碧海(へきかい)のような瞳を覗き込む
「高いウィスキーを持ち込んで飲むのは気を着けろ。何処でだれが見てるか分からん」
そう言い放つと、苦笑する
 アベールに留学記念に貰ったスコッチ・ウイスキーを、勤務中に4人組で飲んだ件
大分前の話とは言え、知れ渡っていたとは……
身の凍る思いがした

「美人の女房(にょうぼう)にちょっかいを出すと言われれば、腹が立つのは分かる。
だが、君も15、6の少年志願兵ではあるまい。仮にも戦術機実験集団を預かる隊長」
灰皿にタバコを押し付けて、もみ消す
「その辺の分別が出来ぬ様では、高級将校には上がれない。
岳父の期待に沿う人間になり給えとは言わんが、もう少しは士官学校卒らしく振舞い給え」
男は立ち上がると、椅子に腰かけた彼等に向かって言い放つ
「風呂に入って着替えた後、少し休んでから帰れ。
軍団司令部には、俺から話を着けて置く。
何時までもそんなボロボロの強化装備(スーツ)姿で居られては困るからな。
通信員の目の毒だ」
 確かに、この男の言う通りであった
師団本部に連れてこられた時、婦人兵がユルゲンたちを一瞥すると頬を赤らめていた
その事には、彼等も気が付いてはいたのだが、敢て知らぬ振りで通すつもりであった
そう言って、男は部屋を後にした

 軽くシャワーを浴びた後、師団長室で昼過ぎまで仮眠した二人
真新しい下着と野戦服に着替えた彼等は、遅めの昼食を取っていた
久しぶりに温かい食事を楽しんでいた時、ドアが開く
食事する手を止め、立ち上がり敬礼をする
ドアを開けて入ってきたのは、野戦服姿のハンニバル大尉であった
「30分後に出発だ」
「同志大尉、今回の通信遮断の件は……」
挙手の礼をしていた右腕を下げる
「まだ未確認ではあるが、多量のガンマ線が検出された。
参謀本部では高高度で実施される核爆発、詰り電磁パルス攻撃の可能性が示唆されている」
ハンニバル大尉は紙巻きたばこを懐中より取り出しながら、告げる
白地に赤い円が書かれた特徴的なパッケージ……、『ラッキーストライク』
両切りタバコを口に咥えた後、ヤウクに差し出す
「それじゃ、部分的核実験禁止条約を一方的に破棄したと……」
ライターで火を点けると、紫煙を燻らせながら、大尉は彼の瞳を見た
「ソ連政権からの通告も、政府発表も無い。
「プラウダ」「イズベスチヤ」両紙にも全く関連記事が無い」
脇に居るヤウクは、相変わらず黙ったままだ
「と言う事は、現場の暴走ですか」
大尉の碧眼が鋭くなる
「考えられるのはソ連国内で政変があったのか、或いは……」
彼は、突っ込んだ質問をしてみることにした
「東ドイツを地図上から消そうとしたと言う事ですか」
大尉は、黒革バンドの腕時計を覘いた後、顔を上げた
「想像もしたくはないが、その線も否定はできない」
紫煙を勢い良く吐き出すと、深い溜息をつく
灰皿でタバコをもみ消した後、こう告げた
「あと未確認情報だが……、ポーランド政府が米空軍の基地使用を許可したそうだ。
長距離爆撃機の中継地点という名目でな」
顎に左手を触れながら、尋ねた
「本当ですか」
「取り敢えず、詳しい話は帰ってからだ。参謀本部から直々に訓令がある」

 いよいよ、米空軍の戦略爆撃機が、白ロシアに投入されるのか
ユルゲンは、思った
超大型起動兵器(スーパーロボット)、ゼオライマーの登場によって、今まさにドイツ民族の宿願が叶う
多数の命を吸ったソ連共産党が、この地上より消え去るのも夢ではない
そんな希望が、心の中に湧いてくるのを実感し始めていた
今は最後の準備期間なのだと、昂る気持ちを抑える
そして、戦いの火蓋が切られるのを待つばかりであった 
 

 
後書き
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