冥王来訪
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ミンスクへ
ソ連の長い手
ミンスクハイヴ攻略 その5
西ドイツ・アウクスブルク
『象の檻』と呼ばれる奇妙な建物
ここはNATO最前線の西ドイツにあるNSAの通信傍受施設
機械の操作音が鳴り響く室内に、電話が入る
鳴り響くベルを疎ましく思う男は、渋い顔をして受話器を取る
「此方。アウクスブルク通信観測所……」
受話器の向こうの人物がこう告げた
「カリーニングラードで、固形燃料ロケットの発射体制が整いつつある」
受話器を右耳に当てた侭の男は、其の儘固まった
顔色は蒼白になり、身動ぎすらしない
静かに受話器を置くと、椅子に深く腰掛けた
「『ヴァンデンバーグ』から連絡だ……」
米海軍所属の情報収集艦、USNS.ジェネラル・ホイトS. ヴァンデンバーグ (T-AGM-10)
同艦は、第二次大戦中にジェネラル・G.O.スクワイア級輸送船として建造
USNS.ハリー・テイラー(T-AP-145)という艦名で海軍に在籍後、1961年に米空軍に売却
再度、1964年に米海軍に買収されたと言う数奇な運命をたどった船……
対ソ戦における通信傍受艦として米海軍によって運用
バルト海上に展開し、独ソ両軍の動きを逐一監視していた
圧倒的な航空優勢を誇る米空軍の高高度航空偵察は、この世界でも常識であった
1961年のソ連上空におけるU-2偵察機撃墜事件、1973年のカシュガルハイヴ造営……
ソ連防空軍の高高度迎撃ミサイルの配備や光線級の登場によって、状況は一変する
高高度偵察機の相次ぐ損失により、情報収集艦の担う防諜の比重は以前よりも増大した
この数年来、ソ連の急速な赤化工作によって、活動の場をアフリカ大陸に移していた
同大陸を管轄下に置く米欧州軍は、パレオロゴス作戦においてこの船を呼び寄せた
通信部隊の補助艦艇という形で、バルト海上に展開
遠路はるばる、セネガルのダカール港より、態々引っ張り出されてきたのだ
通信室に居る職員達は、俄かに色めき立つ
大型の通信アンテナに、微弱だがICBMに関する送受信が観測される
基本的にICBMの発射実験は太平洋、カムチャッカ半島沖で行われた
ソ連軍のミサイル発射兆候……
しかも僻地のカムチャツカ半島や極東ではなく、バルト海
「欧州軍本部に連絡だ」
奥にある机から声が上がる
声の主は基地司令であった
ある職員が立ち上がり、司令に問いかける
「司令、ドイツ軍には……」
「連中は恐らくバルト海上に展開している不審船の対応で手一杯であろう。
それに欧州軍本部の面子もある……。
本部に一任しようではないか」
基地司令は、その様に部下の問いに応じた
「ペンタゴンに連絡だ」
米国 ワシントン.D.C
ソ連のミサイル発射兆候の連絡を受けたホワイトハウス
煌々と照明が輝き、不夜城の如く官衙に聳えている
白堊の殿堂の中を、忙しなく給仕達が駆け巡る
その一角にある大統領執務室
将にその中では、ソ連への先制攻撃への準備を巡って白熱した議論がなされていた
「閣下、白ロシアに先制核弾頭攻撃を実施すべきです」
国防長官が、立ち上がって提案した
「この状況下で、些か拙速ではないかね……」
大統領は、国防長官を戒める発言をする
「核攻撃のついでにハイヴごと吹き飛ばしましょう」
太巻きの葉巻を右手に持ち、足を組んで椅子に座る男
周囲を伺う様に、顔を動かす
「アサバスカの時とは、訳が違うのだよ。君」
『アサバスカ事件』
1974年7月6日、カナダ・サスカチュワン州アサバスカ湖周辺に、月面より飛来する
飛来物は、後に『降着ユニット』と呼ばれるものであった
前年のカシュガルの惨劇を防ぐべく、戦術核による攻撃を実施
この際に、BETAの落着ユニットの残骸を得て、新元素の研究に当てた
アサバスカ湖周辺は、米加両政府の秘密協定により、放射能汚染地域として指定
事件直後、居留民の退去を実施した
既にBETA飛来以前より、ウラン鉱山の有ったアサバスカ湖
同地域での核物質採掘に因る放射能汚染は、世人に広く周知されていた
近隣住民にとっては、その判断は受け入れやすかった
「ソ連の核攻撃に、黙って指を銜えて見て居れと言うのですか!」
CIA長官が、すっと立ち上がった
「ゼオライマーに頼みましょう……」
副大統領は、見かねて注意する
「正気かね、たかが一台の戦術機に国運を掛けるだとは……。
寝言も、休み休み言い給え」
見かねた国務長官が口を挟む
「彼の提案に乗りましょう、副大統領……」
周囲を見回しながら、続ける
「そうすれば、我が国への核攻撃は防げるかもしれません」
男の言葉を聞いた副大統領は、暫しの間、無言になる
ずり落ちていた黒縁の眼鏡を、右手で掴み持ち上げる
「それは、甘い夢の見過ぎではないのかね」
男は、不敵の笑みを浮かべる
「いや、この際、全責任をゼオライマーのパイロットと日本政府に負わせるのです……」
「友好国の一つを見捨てるのかね!」
「対ソ静謐等と称して、積極姿勢に出ない国を信用出来ますか……。
私から言わせて貰えば、貴殿は些か、ゼオライマーに入れ込み過ぎている」
興奮する閣僚たちを宥めようと、副大統領は立ち上がる
勢いよく机を両掌で叩く
その行為に一同は、恐悚する
「国務長官としての言かね……」
周囲を睥睨した後、CIA長官の方に体を向ける
顔には軽侮の念が浮かぶ
「CIA長官としての君の判断を認めよう……。だがゼオライマーの件が片付くまでは辞表は認めん」
西ドイツ ハンブルグ
マサキは、一人深夜の戸外に居た
深緑色の野戦服の上から、フードの付いた外被を羽織り、立ち竦む
冷めたコーヒーの入った紙コップを左手に持ちながら、紫煙を燻らせていた
右の食指と中指でタバコを挟み、天を仰ぐ
ゼオライマーに搭載してある次元連結システムを応用した三次元レーダー
その装置によって、ソ連の動向は把握済み
「あとは大義名分か……」
紫煙を燻らせながら、そう呟く
「そこに居りましたか」
ふと、女の声がする
振り返ると強化装備の美久が居た
苦笑を漏らすと、ひとり呟く
「既に俺達は、経略の上に居る……」
再び、口にタバコを近づける
一口吸いこんだ後、勢いよく紫煙を吐き出す
「東西冷戦という名の政治構造の中に在って、上手く立ち回る……
その様な浅はかな考えは身を滅ぼすだけだ」
黙って立つ彼女の脇を通り抜ける
「しかし、それとて常人の考え……」
そっと、肩に左手を添える
「ここは一つ、ソ連領内に打ち上げ花火でも投げ込んでやろうではないか」
背中から抱き付き、手繰り寄せる
強化装備の特殊被膜の上から、胸から臍に掛けて撫でる様に右手を動かす
「ミンスクハイヴを灰燼に帰す……、ソ連という国家と共にな」
右手に持った煙草を地面に放り投げると、茶色の半長靴で踏みつける
髪をかき上げると、こう告げた
「目障りなソ連艦隊を消し去ってから、ミンスクハイヴの正面に出る。
奴等には、廃墟となった市街を見せて、驚嘆せしめる」
顔を上げ、天を仰ぐ
「じきに夜も開けよう……、機甲師団との大乱戦になるかもしれん。
しっかりと奴等の目に、冥王の活躍を焼き付けようではないか」
そう答えると彼女の身から離れ、一人格納庫の方へ向かう
磨き上げられた茶皮の軍靴で、力強く踏みしめながら横倒しになった愛機の下へ向かう
全長50メートルの機体は、戦術機専用の格納庫には収納できず、特別の物が用意された
かつて飛行船や観測気球の為に作られた木造の格納庫を模した物
格納時は、板状の台車に横倒しで乗せられ、連結された大型トレーラー2台に牽引された
マサキは、格納庫入り口の備え付けられた有線電話を使い、整備員に出撃する旨を伝える
格納庫の大戸が開き、トレーラーがゆっくりと滑走路まで運んでくる
頭部直下にある搭乗口より機体に滑り込み、操作卓に触れる
上着を脱ぎ、座席の後ろに放り投げた後、立ち上がった電気系統の動作を確認
美久の登場を確認した後、勢いよく操縦桿を引く
両腕を地面につけ、掌を重心にして機体が持ちあげる
ミサイル起立発射機を転用した昇降装置の使用も検討するも、断念
500トン近い重量を持ち上げるのは困難で、尚且つ危険なためであった
ミサイル貯蔵施設を基に設計された、富士山麓の『ラストガーディアン』秘密基地
今思えば、ゼオライマーの為とは言え、巨額を投じて基地建設をした前世の日本政府
彼を殺した沖も、転生用の肉体として確保していた秋津マサトを十分に育て上げた事には感謝しかない
ゆっくりと推進装置を吹かし、滑走路を暖機運転していると通信が入る
操作卓の通話装置のボタンを押し、返答する
「何の用だ……」
口髭を蓄えた凛々しい男が画面に映る
「木原君、外務省の珠瀬だが……」
彼は顔を顰めた後、男に返答する
「俺の上司は書類の上では綾峰だったはず、貴様等は部署が違うだろう」
そう呟いた後、右手を顎に添える
男は押し黙ったまま、黒い瞳で此方の顔色を窺う
「外交ルートを通じた案件か……。
それとも米軍はB-52で爆撃してくれることに成ったのか」
ふと、冷笑を漏らす
「俺がミンスクハイヴを消し去った後、絨毯爆撃してくれるならば喜んで協力しよう。
蛮族とBETAを肥やしにして、白ロシアの地に莫迦でかい畑でも拵える計画……。
悪くはない」
画面を覗き込むと、件の外交官は唖然としている
「その代わり、派手にやろうではないか。 手を貸すぞ」
推進装置の出力を上げ、機体を前進させる
「なんだと……」
大きく目を見開く
「楽しみに待ってるぞ」
そう答えた後、推力を全開にして浮上する
其の儘、離陸して、上空へ向け飛び去って行った
単機で、バルト海上を東に進むゼオライマー
次元連結システムを有する同機には空間転移機能があり、即座にハイヴ正面に乗り込めた
敢て見せつける様に、東ドイツとポーランドに跨る海域を100メートルの低空飛行で巡航
ポーランド空軍や海軍の動きを調べたい為でもあった
操作卓にある対空レーダーが反応する
距離から計算すると、1分ほどで接近
一番の原因は彼自身の慢心であろうか、近寄る大型ロケットの発射兆候を見落としていた
ゼオライマーは、その場で空中浮揚し、両腕を胸の位置まで上げる
全身をバリア体で包むと、両腕の手甲部分にある球が光り輝く
強烈な吹きおろし風が嵐のように周囲を舞い、海上に降りかかる
レーダーには、遠く大気圏上を飛んでくるものが見える
件の火箭であろうか、即座にメイオウ攻撃を放つ
強烈な爆風と電磁波が降り注ぐ
バリア体によって機体には全く影響は受けなかったが、かなり強力な電磁波
恐らく被害は数十キロに及ぼう……
目を操作卓に向けると、計器類の数値が乱高下する
彼は即座に調べるよう命じた
「今の電磁波は何だ……、四方や放射線ではあるまい」
美久は淡々とした様子で答えた
「ガンマ線です」
途端に顔が厳しくなる
「奴らめ、核弾頭を使ったな」
核搭載の八卦ロボ・山のバーストンを作ったマサキ自身には、核忌避の感情は無かった
世界的に反核運動が下火で、1960年代を生きた彼にとっては当たり前の感覚
当時の世界に在って、『核爆弾』は強力な兵器の一つでしかなく、放射線医学も発展途上
だからと言って面前に放射線を浴びせられるのは、いい感情はしない……
力を信奉し、法の概念も無く、約束を弊履が如く捨てる蛮人
飢えと寒さの中に身を置き、最前線で戦ってきた兵士達への手酷い対応……
捕虜となっていた50万の復員兵をシベリアの収容所に投げ入れる
10年に及ぶ強制労働の果て、痩せ衰え死なせた事
傷痍軍人に、保障らしい保証も与えずをいとも簡単に見捨てる
その多くは家族や社会から見放され、身窄らしい養老院で手酷い扱いを受けた事
ペレストロイカが始まるまで、『ソ連には障碍者はいない』と、当局は嘯くほどであった
同胞に対してそうなのだから、異邦人に対しては推して知るべしだ
ワルシャワ条約機構の盟邦であるポーランドと東ドイツに、核弾頭を放り込む蛮行
彼の中に暗い情念が渦巻いていた
後書き
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