SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第三章 ~心の在処~
その六
「稟くん稟くん!!」
三時限目の終了後、少し経ってから稟の元へ血相を変えたシアが駆け寄って来た。
「い、いや、どうしたんだよ。そんなに慌てて」
シアがここまで慌てるのも珍しい。
「四時限目の英語の訳、やってる?」
「英語? いや、今日は当たらないからやってないが……ああ、今日はシアが当たる日か。……って前にもこんな会話をした気がするな」
「そうだっけ?」
シアは勉強自体が結構苦手で(麻弓ほどではないが)、その中でも英語は特に鬼門であるらしい。実際、一学期の期末試験では赤点を取っている。
「ともあれ、さっきも言ったように俺はやってない」
力になってやりたいのは山々だが、稟の成績も悪くはないが良いわけでもない。いつも平均の辺りを行ったり来たりだ。
「他に頼れそうな奴、と言ったら……」
「緑葉くんはアウトだし……」
真っ先に除外される樹。彼のノートは毎時間、女子の間を飛び交っている。と言っても除外された理由は他にあるのだが割愛。
「ネリネは……駄目か」
「他のならともかく、英語はね……」
ネリネは英語も得意だが、そこは王女同士、譲れないものがあるのだろう。
「後は……楓と柳くらいか」
成績優秀な楓は言うに及ばず、柳哉は夏休みの宿題を片付ける際、シアのサポートに就いていた実績がある。実力は確かだろう。
「楓は……いないみたいだな」
楓は何か用事があるのか、三時限目の終了後に教室を出て行き、まだ帰って来ていない。
「となれば!」
そう言うが早く、シアは柳哉の元に向かった。
「柳哉くーん!」
「いや、どうしたよ。そんなに慌てて」
「訳が四時限目で英語なの~!」
「OK。大体分かったから少し落ち着け」
はいどーどーとばかりにシアをなだめる柳哉。落ち着いた所で英語の訳の講義を開始。
柳哉はすぐに解き方や答えを教えるのではなく、ヒントを出して本人に考えさせる、という形をとる。でないと本人のためにならないから、というのが理由らしい。家庭教師に向いているんじゃないか、とか考えながら耳を欹ててみると、日本語での説明に交じって流暢な英語の発音が聞こえてきた。どうやらこの幼馴染は読み書きだけでなく会話もこなせるようだ。
「助かったッス! ありがと、柳哉くん!」
「おう。ま、いつでも聞いてくれ」
訳を終え、満面の笑みのシア。それを見て柳哉も笑う。そんな二人を見た稟は、まるで兄妹みたいだ、と口に出す。
「確かにそうですね」
少し驚いて隣を見ると、いつの間に帰って来たのか、楓の姿があった。
「どうしました? 稟君」
「いや、いつの間にか隣にいたからな、ちょっとびっくりした」
「少し、柳君の真似をしてみました」
悪戯っぽく笑う楓。
「……頼むから俺を弄るのを真似るのだけはやめてくれよ」
「うーん。どうしましょうか?」
「楓さん? ちょっと?」
「ふふ、冗談です」
再度“約束”を交わしたあの日以来、楓は少し変わったように思う。相変わらず家事全般などは自分一人で行っているが(プリムラも手伝うが、あくまでもお手伝いのレベル)、時折、こうして稟をからかったりするようになった。若干ではあるものの、良い意味で遠慮が無くなってきた。良い傾向にあると言える。その分、稟の負担が増えたとも言えるが、楓が以前よりずっと良い笑顔をするようになり、それを見られるならいいか、と思っていたりする。柳哉が稟を“底抜けのお人好し”呼ばわりするのも無理はない。
「柳君、“皆のお兄さん”みたいですよね」
「ああ、そうだな」
そんな会話を交わすふたりの視線の先には、ネリネも交えて柳哉と談笑するシアの姿があった。
* * * * * *
その日の夕方。シアは父ユーストマと共に木漏れ日通りの商店街に買い物に来ていた。
「あ、リンちゃん」
「おう、ネリっ娘じゃねえか」
「シアちゃん、神王様、こんにちは。」
同様に買い物に来ていたネリネと遭遇。目的地が近いようなので一緒に行く。
「お? 何だありゃ?」
ユーストマが声を上げる。見ると、何やら小さな人だかりができていた。
「喧嘩か?」
どこか嬉しそうに言うユーストマ。“軍神”と呼ばれるだけあって戦いに関しては興味津々だ。
「お父さん?」
「っと、いけねえいけねえ。買い物に来たんだったよな。だからシア、その椅子を下ろそうな?」
若干汗をかきつつ、椅子を振りかぶっている娘をなだめるユーストマ。ネリネも苦笑い。というかその椅子はどこから調達したのか。
「? あれは……」
ネリネが声を上げると同時に人だかりの中から男が一人飛び出し、そのまま走り去っていった。そしてすぐに集まっていた人達は散らばっていく。
「あの子は……」
人だかりの中心だったと思われる場所には、二人の少女が立っていた。ネリネはそのうちの一人に見覚えがあった。シアと神王に目配せをして歩み寄る。
「菫さん」
その声にこちらを見たのはやはり、水守菫だった。
菫は『ちょっと待ってください』とジェスチャーをして、側にいる少女に何かを話しかけた。すると少女は何度か頭を下げた後、その場を離れて行った。
「こんにちは、ネリネさん。もしかして、見てました?」
「いえ、人だかりから男の人が出てきたところからしか……」
「そうですか」
聞けば、しつこいナンパ男に付きまとわれていた少女を助けたそうだ。ネリネも菫も与り知らぬところだが、先程のナンパ男は以前、桜をナンパしようとして柳哉に撃退された男と同一人物である。どうでもいいが。
「リンちゃん、その子、もしかして」
「はい。紹介しますね。柳哉さんの妹さんの菫さんです」
「始めまして。水守菫です。兄がお世話になっています」
「そしてこちらが……」
「始めまして。リシアンサスっていいます。長いのでシアって呼んでくださいね。あと柳哉くんにはお世話になってます。今日も英語の訳を教えてもらったし」
互いに自己紹介を終える。
「それでこっちが……ってお父さん?」
「あ、ああ。すまねえ。シアの父親でユーストマってんだ。ま、よろしくな」
「神王様? どうかされましたか?」
首を傾げるネリネ。
「いや、ちょっとな。嬢ちゃんが俺っちの知り合いに良く似てたんでつい、な」
(まさか……本当にそうなのか?)
何とか取り繕ってはいるものの、内心では動揺が未だ収まっていない。目の前の水守菫という少女はユーストマの知る“彼女”の幼い頃と瓜二つだ。
(だが、あいつは死んだはずだ……それに)
もし生きていたとしたら、なおさら辻褄が合わない。“開門”から十年。神界へ戻ってくることは充分にできたはずだ。何故戻ってこないのか? 今までに“神隠し”に遭った人々の一部がそうだったように人界で家庭を持ったからか? しかしそれなら連絡の一つくらいは入れるだろう。事実、“開門”の直後はそういった連絡がいくつかあったのだから。
それとも本当に良く似ているだけの赤の他人なのか? 世の中には自分にそっくりな人間が三人はいる、というがそれなのだろうか?
(……分からねえ。まー坊に相談してみるか)
* * * * * *
一方。菫もまた平静を装っていたが、内心では焦っていた。
(まさかこんな形で遭遇してしまうなんて)
あのナンパ男、次に会ったらただじゃおかない、と若干過激なことを考えながら対策を練る。
(どうやら兄さんの予想はほぼ確定と言っていいでしょうね)
三日前、兄の口から語られたあの事実とそれに関連するあの予想。当たっていてほしくはない、そう言っていた兄の顔を思い出す。その想いは自分も同じだ。最悪の結末だけは避けなければならない。両親の想いを裏切ってまであの事実を自分に伝えてくれた兄に応えるためにも、これ以上の失態は許されない。
(敵は一世界の王。相手に取って不足はありません)
態度にも口にも出さないが、それは“■■菫”としての“宣戦布告”だった。
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