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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
ソ連の長い手
  ミンスクハイヴ攻略 その3

 
前書き
『カズベック』という銘柄は日本の柘植製作所が販売する前からソ連国内で存在した銘柄でした
一昨年まで販売されたものはロシア国内で復刻生産した物です 

 
 秘密裏にカリーニングラードより発信した数隻のタンカー
タンカーは、特別に改造された戦術機母艦であり、戦術機を複数搭載していた
 その船団の旗艦艦内で、男達が一室に集められる
これからの作戦に関して、密議(ミーティング)()らしていた
KGB「アルファ」部隊司令を務める大佐から、説明がなされる
「諸君、今回は特別任務だ。ゼオライマーごと、木原マサキを抹殺する」
 一人の隊員が(つぶや)
「あのいけ好かない黄色猿(マカーキー)か、(なぶ)(ごろ)しにしてやるぜ」
大佐は歩き回りながら、説明を続けた
「我々、KGBが水面下で進めていた東ドイツのクーデターをベルリン民族主義政権と共に邪魔した」
雄々しい声と共に、軍靴の音が、室内に響き渡る
「その事を近々開かれるニューヨークの国連総会で、暴露するとの情報が入った」
先程の隊員とは、別な男が口を挟んだ
日本野郎(ヤポーシキ)め……、そこまで許せば、ファシスト共が増々デカい顔をし始めますな」
 立ち止まると、隊員の方に振り返る
「そこで、我らが出番だ。
これよりベルリンの民族主義者共に懲罰を与える」
両腕を腰に当て、力強く叫ぶ
「この船に搭載された戦術機を使い、奴等に恥を知らせようではないか」
その場に、()(どき)が上がる

 男達は戦術機に乗り込むために船室より甲板(デッキ)に移動した
「我等は、東ドイツの戦術機部隊に陽動を掛ける」
バルト海の冷たい夜風が、(まと)っている強化装備に吹き付ける
「ゼオライマーは出てきても相手にするな。30分後にミサイルをぶち込む手筈になっている」
不安を感じた男は、大佐に尋ねる
「同志大佐、NATOへの宣戦布告になりませんか」
大佐は、甲板にある煙草盆の前に立ち止まると、彼等の方を振り返った
「バルト海で、核実験をするのと変わらぬ。
諸君らの懸念している人的被害は最小限度で済む」
 手に持った黒色の口付煙草(パピロス)の紙箱
封を乱雑に開け、煙草を抜き出す
オリエント葉の割合が多い『カズベック』
左手に持った煙草の吸い口を、右手で潰す
噛む様にして、口に咥える
酒保(しゅほ)でも、中々手に入らない闕乏(けつぼう)
「既に深夜だ。操業している漁船も貨物船も、この海域には居ない」
紙箱から取り出した煙草を、周囲の人間に一本づつ配る
懐中より取り出した紙マッチの封を開け、千切ったマッチを勢いよく擦る
回し飲みする様にして、一本のマッチで数本のタバコに火が点けられた
「ベルリンの民族主義政権は、この中距離核ミサイルで心胆(しんたん)(さむ)からしめるであろう」
 悠々と紫煙を燻らせる大佐に、隊員の一人は尋ねた
「同志議長の狙いはそこにあると……」
男は、不敵の笑みを浮かべる
(みな)迄言うな……」
そう言うと、口つきタバコを深く吸い込む
ゆっくりと息を吐き出すと、漆黒の海にタバコを放り投げた
「この作戦が終わった暁には、皆で30年物のティーリング(TEELING) でも飲もうではないか」
そう言うと、隊員たちを一瞥する
 無事帰った際は、30年物の アイリッシュ・ウイスキーの封を開けることを約束した
闇夜に男達の哄笑が響いた

 バルト海上に展開されたタンカーの構造物が吹き飛ぶ
爆風が消え去った後、タンカーの甲板があった場所には箱のようなものが現れる
そこには、戦術機が縦に2列で6機づつ並んでいる
「出撃準備」
KGB工作員の一団は、大佐の掛け声と同時に戦術機に乗り込んだ
「ベルリンのみならず、ボンのファシスト共を調教してやろうではないか」

 複数の母船より、次々に戦術機が跳躍ユニットを全開にして、前方に向かい飛び上がる
自然落下で、海面擦れ擦れに降下し、高所より飛び込むように跳躍する
 噴射跳躍(ブーストジャンプ)と称される戦術機の立体軌道の一つだ
噴射跳躍をしたかと思うと、跳躍ユニットを全開にして水平に飛ぶ
横一列に隊列を組んで、深夜のバルト海を低空飛行した
 水面との距離を取らないのは、レーダー対策
地上のレーダー基地では、航空機の超低空飛行には対応出来ない
戦闘機パイロット出身者にとっては常識であった
 
「同志大佐、匍匐飛行では燃料は……」
「30分あれば十分足りる。
ファシスト達の首を抱えて帰ってきても、間に合おう」 
 戦術機の最大の弱点の一つ……
それは従前からある兵器とは違い、航続距離の短さ
燃料タンクの大きさにより戦闘行動半径は150キロメートル、巡航は600キロメートル
戦前に設計され、第二次大戦と朝鮮戦争を戦ったF4U コルセアの4分の一以下の航続距離
米ソ両国に在って、未だ通常兵器への信奉があるのは、此の為であった

 通信用アンテナの付いた戦術機よりKGB大佐の訓示がなされる
「同志諸君、東ドイツの連中はかなりの手練れ……。
だが対人戦にはめっぽう弱いと聞く。歓迎してやろうではないか」



 謎のタンカーの接近は、時間を置かずして、ドイツ人民海軍に察知された
バルト海上の、東ドイツ領・リューゲン島にある人民海軍基地から即座にベルリンに(もたら)された
同島は戦前にはリゾート地の一つであったが、東西分割後は軍事拠点として整備される
東独唯一の特殊部隊・第40降下猟兵大隊も、同島に配備されていた

 ベルリンの第一戦車軍団基地
戦闘指揮所に、男の声が響き渡る
「同志ベルンハルト中尉、君は精鋭10名を連れてソ連機の対応に当たれ」
深緑色の野戦服を着たハンニバル大尉は、真向かいに立つユルゲンを指差すと下命した
敬礼を返すと、強化装備姿の彼は大尉に尋ねた
「同志大尉は出撃されぬのですか」
ハンニバル大尉は、金色の顎髭(あごひげ)を撫でながら応じた
(やっこ)さん達、低空飛行しているから俺達が気づいてないと思っている。
だから、夜会(パーティ)の出し物として対空砲火の演奏(セレナーデ)の一つでも聞かせたいと思ってな」
 ハンニバル大尉は、戦闘機パイロットではなく、空軍地対空ミサイル部隊の出身
対空戦闘は、彼の十八番(おはこ)であった
「思う存分、暴れてこい。奴等は航空優勢の一つも取ろうとはしてない。
自分達のばら撒いたミサイルの威力を知る良い機会であろう」
 中高度対応三連ミサイルランチャー、2K12 クープ(NATOコード:SA-6 ゲインフル)
低高度対応地対空ミサイル、9K31 ストレラ-1(NATOコード:SA-9 ガスキン)
自走式高射機関砲、ZSU-23-4 《シルカ》(NATOコード:ゼウス)……
ソ連製の機動防空システムが配備されていたことを、KGB特殊部隊は甘く見ていた
 ゼオライマー奪取やマサキ暗殺に血道を上げていた彼等にとって対空装備など認識外……
BETA戦での航空優勢の低下は、対空防御への関心を低下させた
軍事部門の(ほとん)どを戦術機に優先としたこの世界にあって、それが常識となっていた
 軍の再編成が不十分で、遅かった東ドイツ軍にとって、この事は幸いした
冷戦下の対空火器が温存されたことによって、戦術機部隊に対しての即応が可能となったのだ

「回せ!」
戦術機部隊に緊急発進(スクランブル)の準備が整えられた
強化装備を身に纏った屈強な男達が、勢いよく操縦席に滑り込む
 操縦席に座ったユルゲンは、深く息を吸い込む
直後、通信が入る
「怪我だけはするなよ……。僕は奥様(ベアトリクス)()く姿なんか見たくないからね」
士官学校で席次を競った同輩(ヤウク)がそう諭す
「分かっている」
彼は(うなづ)いた
「分かってるなら良い」
有難(ありがと)な」
同輩は彼の返事に驚いた様子であった
何時もであれば、喰ってかかってくる白皙(はくせき)の美丈夫
「ユルゲン、君は色んな筋から標的(マーク)にされている。
ソ連留学の時もそうだったけど、KGBにも目を付けられているだろう……。
『他人の不幸は蜜の味』、と喜ぶ悪辣(あくらつ)な連中だ。
部隊長の不首尾(ふしゅび)などは想像したくもない……」
 放たれた同輩の言葉
長きに渡ってロシア国内で暮らした、ボルガ系ドイツ人の血を引く男の哀愁(あいしゅう)を感じさせる
3世紀近くロシアの為に尽くしたドイツ系住民に対して、ボリシェビキは追放や粛清を持って応じた
 ヤウクの心の中にある、ソ連への深い憎悪……
画面越しではあるが、緊々(ひしひし)と伝わって来るような気がした
愚痴(ぐち)だ……。忘れてくれ」
そう言って同輩は済まなそうに(つぶや)いで謝罪してきた
黒い瞳は、何処か(うれ)いを帯びている
「貴様らしくないぞ。思う存分暴れようではないか」
不安に感じた彼は、そう(うそぶ)き、同輩を励ます
「ユルゲン……」
「一足先に行ってるぜ」
そう言うと両手の親指を立て、モニター越しに整備員に合図する
親指を立てる……、駐機体制から飛行体制への合図
戦闘機乗り時代から続く『チョーク外せ』のポーズを取った後、彼は滑走路に向かった
そして跳躍ユニットを吹かして、勢いよく出撃する
みるみるうちに小さくなっていく基地の姿を振り返る
正面に向き直ると、エンジンを全開にして、匍匐飛行に切り替えた 
 

 
後書き
 申し訳ないのですが、内容の充実を維持する為、翌週以降は週一回のペースで更新にさせてもらいます
理由は、繫忙の為です
(追って、報告させてもらいます)


ご意見、ご批判、ご感想、よろしくお願いいたします
ご要望等ございましたら、検討の上、採用させていただく場合もあります


(2022年5月23日、加筆修正) 
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