ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第63話 【別視点】前線の宙(そら) その1
前書き
結局4回書き直しの上、ジュニアに地上戦はできないとの天啓が下りましたので、
地上にいる、とある不運な帝国軍准将の視点でお送りいたします。
いや憂国騎士団の1個分隊(7∼8人)ぐらいなら潰せると思うんですが、
ジュニアがトマホークを振るうのはホント無理がありました。
宇宙歴七八九年 五月七日 エル=ファシル星域エル=ファシル星系 惑星エル=ファシル
味方から通信文が来た。私は司令部からの連絡を受け、市中における防衛閲覧を切り上げ、司令部として利用している叛乱軍の行政府統領公邸に、装甲機動車を飛ばした。
一〇ヶ月前。私の元の所属である帝国軍第八艦隊は、ダゴン星域にて有力な叛乱軍の機動部隊と接触し残念ながら敗北した。我々の司令官はフェルトハイム伯爵中将閣下といい、門閥貴族の一派であるブラウンシュバイク公に連なる人物で、歳もまだ三〇代。士官学校では優秀な成績を修めて卒業したというが、艦隊司令官となるにはまだ若いのではないかと評価されており、その評価が最悪の形で現れたわけだ。
私はその時第八艦隊の参謀部に身を置く将校であったが、専門は陸戦だ。艦隊戦において司令官から何か意見を求められることはなかった。ただ陸戦士官とはいえ一応は士官学校を卒業した身である。フェルトハイム中将が、少佐や中佐にとどまっていた自分の友人達を無理やり昇格させ、お目付け役で付いてきた年配の参謀長を腐し、手前勝手な艦隊戦闘指揮を執った挙句、叛乱軍にコテンパに伸されたのは実のところ気分が良かった。
艦隊戦では敗れたが、部下達は後方の強襲揚陸艦や輸送艦にいたおかげで殆ど損害はない。年配の参謀長が敗戦の罪を被ることになるにせよ、フェルトハイム中将も閑職に回されることだろう。私の今後は部隊解散後に陸戦総監部に戻るか、別の艦隊の陸戦部隊として登用されるか。だが、事態はそううまくはいかなかった。
我々第八艦隊がダゴン星域で苦戦している頃、近隣のアスターテ星域の前進部隊の一つが強行偵察の為、叛乱軍の勢力圏であるエル=ファシル星域に進攻した。それはあくまでも威力偵察で、一〇〇〇隻単位の小集団が叛乱軍の戦闘能力を推し量るためのものだったが、叛乱軍の指揮官がよほどのヘマを打ったのか、前進部隊が一方的な勝利を挙げたのだった。
ただし、前進部隊はあくまでも前進部隊。有人惑星を有する星系を占領する任務などない。艦隊戦力もさることながら、陸戦戦力などあろうはずがない。戦果の拡大を求める前進部隊の指揮官は、アスターテ星域にある前線司令部に増援を求め、それがイゼルローンから派遣される前にフェルトハイム中将が横取りしたのだ。
何ことはない。自分の敗戦を糊塗し、勝利を盗み取ろうという行動だ。職業軍人としてこういう行動は決して褒められるものではないが、門閥貴族の常識では異なる。残存する艦隊戦力を再編成し、ほとんど無傷の陸戦戦力を動員して、エル=ファシル星系を『叛乱軍の魔手から解放』する行動に出た。そしてその行動は半分の成功と半分の失敗によって報われる。
それまで叛乱軍の指揮官は余程愚かなのだろうと考えていた。引見した敵の指揮官は、一〇分の一以下の僅かな兵力で逃走を図った挙句に手酷く失敗し、ひどく落ち込んでいた表情をしていた。実際に部隊を指揮した参謀長がいうには本来抵抗するだけでも無駄なこと、戦争ではなく狩猟のようなものだと嘯いていた。
状況が地上戦になれば、私の仕事だ。敵の艦隊は既に逃散しているが、念のために入念な地上索敵を行い、僅かばかりの防衛衛星と郊外にある軌道砲基地を吹き飛ばして強襲降下を行った。ワルキューレにも協力してもらい、都市上空から索敵したところ生体反応はなく、地上戦力で調べてもそれは同じであった。
住民は事前に避難していたのであろう都市の無血占領。しかも地上生活が可能な有人惑星を。同じ最前線でも極寒のカプチェランカとは比べ物にならない。フェルトハイム中将らは自分の功績に有頂天だ。ここが最前線基地となれば、イゼルローンに匹敵する司令部が創設され、叛乱勢力の制圧の大いなる助力となる。私ですらそう思った。
だがその喜びは二週間もせずして崩壊した。
非難した住民は事前避難などしておらず、敵の指揮官を囮としてまんまと逃げおおせていた。レーダーで探知されていた大規模な隕石群こそ避難船団であったことがフェザーンを通じて本国に知らされると、宇宙空間戦闘指揮の不始末を取らされ、参謀長は更迭された。
次に第八艦隊自体に撤退が命じられた。表向きは司令官の栄転と休養と再編成だが、これもまた事実上の更迭だ。ダゴンでの敗戦、それに横紙破りな功績泥棒が問題視され、寄り親であるブラウンシュバイク候も軍部との関係を悪化させたくないと考え、数週間もめた末に統帥本部への栄転という形で伯爵の更迭に同意した。その際、エル=ファシルに残された動産の大半が陸戦部隊以外の将兵によって略奪されている。
最後に居住可能なエル=ファシル星系を誰が管理するかで問題が発生した。しばらくは軍の管理ということになるだろうが、誰の『所領』になるかだ。最前線で危険も大きいが貴重な居住可能星系だ。イゼルローンからも遠いので防衛任務は困難をきたすが、後々星系の所有権を主張したい門閥貴族が自派の兵を送り込むよう圧力をかけた。そして三つの都市があることから、宇宙艦隊と中央都市は軍の統括部隊が、他の二つが外戚となったブラウンシュバイク・リッテンハイム両派から送り込まれることになった。最悪に近い時間の無駄遣いだ。
結果として私の部隊は中央都市の統括官の指揮下に入ることになる。だが最初の統括官はそれなりに仕事ができる男であった。が、直ぐにイゼルローンに戻され、次に送られてきたのはリッテンハイム候派の艦隊指揮官と、ブラウンシュバイク公派の統括官だった。
彼らはここが最前線だと理解していたか疑わしい。艦隊は哨戒任務をしないし、地上部隊は自分の指揮下を除けば僅かな略奪品探しと意味のない破壊行為しかしない。植民者が送り込まれてくるどころか、補給部隊の遅れすらあった。軌道砲や防衛衛星の配備など申請してもなしのつぶて。敵が来たらひとたまりもない。
そして現実はその時の予想通りになった。防衛艦隊は侵攻してきた叛乱軍によって半日と経たずに壊滅。惑星は叛乱軍の艦隊によって厳重に封鎖され、これ見よがしに行われる都市周辺への集中爆撃、それに各都市の中継点に偵察と思しき地上戦力も送り込まれてきている。地上戦力は基幹都市ごとに分かれているが、この時ばかりは中央都市に指揮官達が集まり、例によって罵り合って物別れに終わっていた。
それが今日。五月七日になって、救援要請に対する返信が届いたことで、再び指揮官達が中央都市に集まることになった。
「遅いぞ、レッペンシュテット准将」
各都市の陸戦指揮官および三人の統括官、今会議室に入った私を含めて六人の一応の先任者である中央都市統括官のシェーニンゲン子爵少将待遇統括官が私を叱責する。他の都市から飛行機で来ている四人より遅いというのは、恐らくは統括官の意図があって連絡を後らしたのだろう。二〇代の子供のような相手の児戯に怒っても仕方がない。私は無言で頭を下げてから席に座ると、子爵は他の四人に向かって言った。
「宇宙艦隊司令部から救援を送ってくれることになった。未だ文章による一方的な通告ではあるが、一〇〇〇隻程度の部隊を送り込んでくれる」
「たった一〇〇〇隻ですと? 一万隻の間違いではないのか?」
「一〇〇〇隻だ。昔日ドイゼルバッハ少将の艦隊が壊滅してくれたおかげで、それ以上の戦力は送れないらしい」
そう答えたのは東部都市の統括官であるハイデンブルク子爵。リッテンハイム候爵の遠縁と自称しているが、本当のところは与力の一人というところ。ブラウンシュバイク公爵派のシェーニンゲン子爵と爵位では同じなだけに、とかく対立気性がある。そこまで理解していれば私としては問題ない。ちなみにドイゼルバッハ少将はリッテンハイム候派だ。
「だが一〇〇〇隻ではこの惑星を包囲する忌々しい叛乱軍共を蹴散らすことすらできないのではないか?」
ある意味正しい指摘、それ以外ない常識を披露したのはミュルハイム男爵。もう一つの都市の統括官で、ブラウンシュバイク公爵派。一応、シェーニンゲン子爵との仲は悪くない。だが悪くないだけであって、同じ青年貴族であるから、ライバル心もある。
「確かに卿の言う通りだが、私はここにいる者だけに伝えなければいけない事実もある」
「ほう……実は一万隻以上の艦隊が救援してくるというのかな?」
「イゼルローン要塞が、叛乱軍によって攻撃されているのだ」
「なんだと!」
音を立ててハイデンブルク子爵は立ち上がった。それが意味することを、正確に理解できるだけの頭が子爵にあるというのは、私にとっても意外なことではあるが。が、同時に私は呆れざるを得なかった。イゼルローンが攻撃されている状況下では、救援戦力としては全く意味のない『たった』一〇〇〇隻であっても、エル=ファシル星系に送り込んでくる理由が想像できる故に。
「一〇〇〇隻なら陽動には事足りますな」
そしてその理由を口に出してしまうのが、ハイデンブルク子爵指揮下のボンガルト大佐だ。帝国騎士でまともに士官学校も出ている。私としては同僚になるが、上官となる若い貴族達へのゴマすりは些か鼻につく男だ。目先は効くので、そういう判断もできるのだろう。
「その通りだ。大佐。ここにいる全員だけの話とするが、貴族位、爵位を持つ士官と関係者をそれぞれリストにしてあげておいてほしい、ハイデンブルク子爵」
「……わかった」
「突入してくるのは四隻の巡航艦となる。乗り切れるのはせいぜい二〇〇〇人前後だろう」
「三等分でよろしいですな?」
「勿論だ、ミュルハイム男爵。各都市七〇〇人までとする。決行日は帝国標準時間四日後の五月一一日午前三時。夜陰に紛れ各都市にあるシャトルで、この中央都市南方四〇〇キロ先に広がる平原に集合せよ」
「「承知した」」
二人の統括官と二人の地上戦部隊指揮官はそれぞれ敬礼して会議室から出ていく。結局ミュルハイム男爵の地上戦指揮官であるバウラー大佐は口を開くことはなかった。彼も帝国騎士だから、恐らく脱出するのだろう。彼らの足音が完全に消えた後で、シェーニンゲン子爵はつまらなさそうな視線を私に向けた。
「聞いていたように、我々はこの地から一時離れる。我々が救援戦力をもって引き返してくるまで、卿にはこの占領地の維持を命じる」
つまりは捨石だ。一〇〇〇隻という時点で予想はしていたが、ここまで露骨に言われると怒りを通り越して呆れてしまう。
「故郷にある卿の家族に不自由はさせぬ。それはシェーニンゲン子爵の名において約束しよう」
「過分なご配慮、感謝申し上げます。ですがお願いしたいことが一つございます」
「なんだ?」
「他の都市に残ることになる地上戦部隊の指揮系統についてです。ボンガルト、バウラー両大佐から指揮権を譲られておりません。正式な文章を残していただけるよう、閣下より両統括官殿に依頼をしていただきたく存じます」
「なぜ先程の席でそれを進言しなかった?」
「部下の指揮権を他者に譲るというのを、第三者の目前で行わざるを得ないというのは軍人として降伏に等しい恥辱です」
「なるほどな。卿なりに気を利かせたというわけか、よかろう。そちらは手配する。卿はシャトルの準備を万全にせよ」
疑念が張れたのか、子爵はフンと強く鼻息を飛ばし足音高く会議室を出ていく。それは意気軒昂な逃走以外のなにものでもない。私の家族に言及する程度は、門閥貴族の彼なりに善意と羞恥心はあるのだろう。だからと言って、私や残された部下が救われるわけでもない。
「巡航艦四隻か。ささやかなものだ」
私は彼らと同じように会議室を出ると、屋上まで出て空を見上げる。青い空だ。故郷のヴェスターラントもそうだった。ここは叛乱軍の都市故にオフィスビルと集合住宅だらけだが、少し郊外に出れば故郷と同じような広大な小麦畑が広がる。そして見たこともないような巨大な農業マシンがあり、同盟語さえ読めればすぐにでも家族を連れて農作業に勤しみたくなる。子供頃はあれ程嫌だった農作業も、今になると強烈に恋しい。
しばらく会ってはいないが同い年の妻も、一六歳の息子と一〇歳の娘は元気だろうか。息子は私と同じ軍人になりたいと言っていたが、止めておけと今なら言える。イゼルローンがある限り、故郷がこの地のように戦火に焼かれることもないだろう。それがどれだけ幸せなことか。息子に会う機会があればクドクドといてやりたいが、そうやらそれは叶いそうにもない。
私はこの地にきてから再び始めた紫煙を、大きく青い空へと吐き出した。
後書き
2022.05.15 更新
2022.05.22 ブラウンシュバイク・リッテンハイムの爵位ミス修正
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