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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第二話

 あまり休憩を取らずに一日半ほどかけて休まずに走って、村に着いた頃には雨の勢いが大分弱まっていた。
未だ上がる気配はないけれど、これならば何とかなるかもしれない。

 「筆頭!」

 各地の状況を偵察に出ていた連中の一人で、その場に残って救助作業を手伝っていた兵が事態の報告に現れる。
この間に何度か地滑りが起こって、土砂が少しずつ崩れてきているとか。
埋まった人間を掘り出そうとしてもすぐに土が被さるような状態で、
新たな犠牲者こそ出ていないものの生存は絶望的だと報告を受けている。

 「少し、山を偵察しないといけないかもしれませんね」

 断続的に、山が少しずつ崩れてる。このまま納まってくれることを願いたいけど、また大規模に崩れてくることも考慮しなければならない。

 この村、山の麓にあるのよね。
だから、ここで大規模な山崩れなんか起きたら村全体が土砂に飲まれて全滅する可能性もある。私達だって危ない。
何時どうなるかを予測するためにも状況を確認する必要がある。

 「偵察って……この状況でどうやって山に入るんだ」

 「それは私にお任せ、ですよ。空から山の状態を探ります。落雷が怖いので、少しの間小十郎を連れて行ってもよければ」

 「OK、分かった。だが、危なくなったらすぐに引き返せ。おめぇらまで土砂に飲み込まれるんじゃねぇぞ」

 「分ってます。政宗様は念のため村人を山から離して避難させるように指示を。戻り次第合流しますから」

 私は小十郎の腰を掴んで、そのまま高く飛び上がる。
重力の力を持っているから、こうやって空を飛ぶってのもお手の物なのよね。
ただ、ちょっとコントロールに難があって、滅多なことじゃ空を飛ぶってのはやらない。結構な集中力使うんだ、これがまた。
それに婆娑羅の力も無尽蔵に使えるのかと言われると、そういうわけでもないから出来る限り温存をしておきたいのよ。普段はね。

 「小十郎、雷降ってくると困るから、もし落ちそうになったら直撃させないように逃がしてね」

 とりあえず山に近づいていって可能な限り接近して状態を見る。
雨に濡れた土はぐずぐずで、かなりぬかるんでいるのが遠目にも分かるほどだ。これは下手をすれば大規模な土砂崩れがまた起こるだろう。
それもそう遠い先の話ではない。何となくだが微妙に木が動いているようにも見えるし。

 「姉上……」

 「うん、危ないね。すぐに村の人達避難させよう」

 「ですが、納得するでしょうか。まだ土砂に巻き込まれた者達がおります」

 そう、それは私も考えていたところだ。

 村という閉鎖的かつ横の繋がりが強いコミュニティで、仲間や村を見捨てて逃げる、ということは基本的に出来ない。
勝手な行動をとれば村八分にされるし、下手すれば追い出されることだってある。
だから村人達は村に留まるだの、村と一緒に死ぬだのと始まって説得に時間を要するだろう、ということは容易に予想がつく。
これが愛郷心から出てるばかりじゃないってのが頭の痛いところなんだけどねぇ……。

 「だからって何もしないわけにはいかないでしょ。とりあえず戻ろう」

 状況は把握した。後は一刻も早く村人を逃がすだけ……なんだけど。
戻ってみたら案の定伊達の兵と村人達で言い争いになっていて、予想通り村を離れることが出来ないとか、
仲間がまだどうとか、そんな話を続けて説得が難航している。

 「政宗様」

 「おう、どうだった、二人とも」

 「状況は切迫していると思われます。すぐにでも退避をしないと我々まで巻き込まれる可能性が高いです」

 「やはりそうか……だが、どうするこの状況。危ねぇからとまさか村人を見捨てて戻るわけにもいかねぇだろ」

 そりゃそうだ。そんなことをしたら何しに来たのか分からない。

 「おめぇさ達は、城の人間だからおら達の村がどうなったって構わないだ!」

 村人達もこちらの説得には応じず、助けに来たってのにそんな風に食って掛かるようにもなり、
一触即発の事態になりかかっている。

 ……ったく、気持ちは分かるけどさぁ。

 「ちょっと、いい加減にしなさいよ!! 村が大事だ、仲間が大事だ、そんなのは分かってるわよ!!
こっちだって遊びに来てるんじゃないんだから!!
じゃあ聞くけど、あんたらがここに残って何が出来るわけ? あそこに埋まった仲間の掘り出しが出来るの? 村を土砂から守れるの?
最悪村が土砂に飲まれても、生きてさえいれば復興は出来る!
けど、皆揃って死んだらそれで終わりなのよ? そういうのが望みなの!?」

 「だども、ここはおら達が生まれ育った村だ! 何も出来なくても見捨ててはいけねぇ!!」

 これじゃ水掛け論もいいところだ。死んだらそれで終わりだってのに。

 さてどうしようかと考えたところで、地面が微かに揺れていることに気付いた。そして、地響きのような音も聞こえる。
それが段々と静かに強くなってきたのを感じて、私は嫌な予感を覚えた。

 「全員、山から離れろ!! 山が崩れる!!」

 未だ作業をしている連中にも伊達の兵達や村人達に叫んだ瞬間、大量の土砂が山から滑り降りてきた。
作業している連中はあっという間に飲み込まれて、麓に本当に近い家々を潰して村全体を飲み込もうとしている。

 くそっ……この頭の固い連中のお陰で……!

 連中から離れて土砂が完全に村になだれ込む直前に、私は重力の力を全開にして土砂を押し留める。
しかし流石に山から下りてくる土砂を一人で留めるのは無理があったようで、
足場が悪いことも重なってずるずると押されるように後退してしまう。

 「皆、高台に避難しろ!! 土砂に飲み込まれるぞ!!」

 小十郎の咄嗟の一言で呆然としていた連中が我に返り、
先程まで村がどうとか何とか言っていたとは思えないほどの足の速さで逃げていってしまった。

 全員が退避したとは言い切れないこの現状、完全に退避するまでは動くわけにはいかない。
ずるずると下がっていく私の身体を、誰かが後ろでしっかりと支えてくれた。

 「小十郎!? 政宗様は!?」

 「他の者に託してございます。それよりも姉上、集中して下さい。
押し留めるのではなく、村の左右に土砂を流すように出来ますか。
おそらく、少しは負担が軽くなると思います」

 アンタここで何をしてんのよ、と言いたかったけれど、正直に言うとそんなこと言える余裕が無い。
かなりの婆娑羅の力を使ってるもんだから、集中力を欠いたら想像もしたくないような事態になっちゃう。

 「全員退避したか、様子を見てて。抑えきるのは無理だから、逃げたら私達も逃げるから」

 「承知しました」

 兵達も村人達も粗方いなくなってはいるが、それでもまだ人は残っている。
腰を抜かして動けなくなっているような人もいる。
益荒男と言われる伊達の連中だって迫り来る土砂に役目も忘れて逃げ出したんだし、身動き取れなくなるのはおかしなことじゃない。
でも、とっとと逃げろと思ってんだけどね。

 土砂に混じって石が村に転がってくる。何もかもを防ぎきるのは無理で、先程から大粒の石が重力の壁を抜けて落ちてくる。
それが私や逃げ切れていない人達に当たらないように、小十郎が雷の力を器用に使って粉砕しているものの……おそらく、これは小十郎がもたない。

 この子の婆娑羅の力は割合応用が利かなくて、せいぜい外に放出するのは雷を飛ばすくらいが剣を使わずに出来る限界だ。
いつもは身体能力を高める方に使っているってのに、それを狙ったように粉砕してるってことは
かなりの精神力と体力を削ってコントロールしてるってことだから、限界が来るのも目に見えている。

 腰を抜かしていた人達がようやく立ち上がって、我に返った人に助けられながら逃げていく。
やっと全員いなくなったか、などと少し安心したところで土砂に飲まれかかっていた家から一人の女の子が出て来た。

 まだ九つとかそれくらいの子だろうか。多分、親に危ないから家にいろと言われたのかもしれない。
外が急に騒がしくなって、様子がおかしいから出てきたのかもしれない。
あんな子ほっといて逃げたってわけ? ……そういえば、子供の姿が無かったけど、まさか……まだ家の中に残ってるとか?

 「小十郎! 動ける!? ひょっとしたら家の中に小さい子がいるかもしれない!! 全力で押し留めるから様子を見てきて」

 「なっ……分かりました、すぐ戻りますゆえ!!」

 私から身体を離して小十郎が走っていく。土砂を見て立ち竦んでいた女の子を小脇に抱え、一軒一軒家を回って様子を見ている。
すると案の定、思ったとおりに何人か子供達が家から出てきて、中には乳飲み子くらいの子までいた。
皆この状況で竦んでいたけれど、小十郎が上手く宥めて皆が避難した場所へと向かうようにと話し、子供達を向かわせている。

 「姉ちゃん! おら達の村、助けてくれな!!」

 はっ、そんなこと言われちゃったら頑張るしかないじゃん。
子供の一人にそんなことを言われて、やる気スイッチが入った私もなかなか現金なもんだ。

 「出来るだけ頑張る!! 集中出来ないからアンタらも早く逃げて!!」 

 どちらにせよ、もうここまで力使っちゃったら飛んで逃げられる力も無い。だったらやれるところまでやるしかないっしょ。

 「姉上!」

 「アンタも逃げなさい!」

 正直、自分の身だって守りきれるか怪しいんだ。それに、最悪の場合私がここで力尽きたとしても小十郎には残ってもらわないと。
政宗様だってまだ完全に一人立ち出来てないんだし、右目を二度も潰すわけにはいかないっしょ。

 私一人の犠牲で他が助かるならいいじゃん。プラマイゼロどころかプラスになるでしょ。そう思ってた。

 「逃げませぬ。大体、小十郎が逃げたら諦めるでしょう。生きることを」

 でもこの子はそんな私の考えをすっかり見透かして、こんな状況だってのに私の身体を支えながらにやりと笑う。
まるで悪戯を見抜いたと言わんばかりに。

 ……ったく、この子は本当に頭が良くて困る。

 「アンタ、私に逆らったってことで帰ったらたっぷりお仕置きするからね」

 表情が若干恐怖で引き攣っていたけれど、ご自由に、なんて生意気にも言ってくれた。

 全く……これじゃカッコよく死ぬ事だって出来やしない。

 守るものがまだ残ってるんだ、意地でも潰れるわけにはいかない。
村はどうなったとしても、小十郎だけは何が何でも守らなきゃ。

 不意に誰かが私の腰にしがみついてきた。
若干視線を落とすと、それはまだ子供が残っていることに気付くきっかけになった女の子だ。

 ちょ、何やってんの!? さっきの子達と一緒に逃げたんじゃないの?

 「おい、お前……何やって」

 「兄ちゃん達が頑張ってくれてんのに、おら一人逃げられねぇ!! 婆娑羅の力ならおらにもある! 手伝えるだ!!」

 婆娑羅の力を? ……くそ、こんな小さい子を巻き込みたくなかったけど、四の五の言ってられる状況じゃないか。

 「力は? 何を持ってんの?」

 「氷だ!」

 氷、か……風だったら土砂を退けるのを手伝ってもらいたかったんだけど……いや、待て。

 「あの土砂、凍らせることが出来る?」

 「おら、あんまりまだ難しいことは……」

 「小十郎、サポートしてあげて!」

 そう叫んだけれど、小十郎からの返事が無い。どうしたのかと思っていたところで、一瞬小十郎の頭が私の肩に触れる。

 「兄ちゃん!?」

 女の子の悲鳴のような声を聞いて、何となく予想が出来た。

 オーバーヒート、婆娑羅の力を限界近くまで使うと起こる症状を私はそう呼んでるんだけど、おそらくそれが出たんだと思う。
私を支えている手の力が緩くなっているし、この症状は人それぞれなんだけどこの子の場合は胸痛が起こるから無理はさせられない。
私の場合は餓死寸前くらいの空腹状態になって、ついでに政宗様はとんでもない鬱状態になる。
この政宗様の症状が結構きついんだ。本人も世話しなきゃならない周りもさ。

 「……大丈夫だ。いいか、俺の言うとおりにしろ。あの土砂が氷に包まれて凍っていくように頭の中で思い描け。
上手く出来なくても構わねぇ、お前はそう思い描けばいい。調整は俺がやる」

 女の子は意識を集中させて、固く目を瞑り思い描いているようだ。

 どれほど効果が出るかは分からないけれど、とにかく勢いが殺せれば少しは楽になる。
私もずっと重力の力を使い続けて、おなかが空いて仕方が無い。もう限界が近づいてる。

 地響きに混じって、ピシピシと凍るような音が聞こえてくる。少しずつだけれども押さえつけて逃がしている衝撃が軽くなる。
そしてそれほど時間も掛からずに急に衝撃が無いに等しくなってしまった。

 うぇっ? 何この手ごたえの無さ……まさか、あの土砂全部凍らせるつもり?
ちょっとそれはいきなり危険過ぎない? どういう症状が出るかも分からないってのに。
てか、アンタコントロール代わりにやってるのに小さな子供にそこまでやらせちゃうわけ?

 「……おら達の」

 女の子が私を掴む手に力が篭る。

 「おら達の村は、壊させねぇだぁあああ!!」

 叫んだと同時に土砂を丸ごと凍らせて、そして村を守るように現れたのは分厚い氷壁だった。
流石にこれには驚いて重力の力が解けてしまったけれど、凍りきれなかった土砂は今ので勢いを殺されて氷壁を突き破るには至らない。

 この天候が幸いしたのかもしれないなぁ……氷ってのは水の属性だし、力が強くなったのかも。

 女の子はそれを見ることもなく気を失って倒れてしまったけれど、
これだけの奇跡と言っても差し支えないほどの力を使ったというのに意識を失っただけで済んでしまったのは幸いかもしれない。
ま、急いで医者に診せなきゃいけないけど……普通なら死ぬっての。

 「……何とか、助かりましたな」

 女の子を支えていた小十郎の顔は真っ青で、胸を無意識的に押さえている。
多分痛みが強いんだろうと思うけど、私にも小十郎を支えてやれるだけの力は残ってなかった。

 へなへなとその場に座り込む私に、小十郎が心配そうに近づこうと歩きかけるものの、
小十郎も限界のようで女の子を下敷きにしてその場に倒れてしまった。

 「ちょっと、幼女を押し倒すの止めてくれる?」

 「馬鹿言わないで下さい……」

 そう言いながら必死に身体を動かして仰向けに転がった小十郎は、胸を押さえて小さく呻いている。

 「無茶しすぎ。それにあんな小さな子にあそこまでやらせるなんて……歩けそう?」

 「……無理ですな。小十郎も、あそこまでさせるつもりは……ぐっ……」

 「あー……分かった、分かった。無理して喋らなくていいから、少し休んでな。
多分この状況どっかから見てるだろうから、誰かしら迎えに来るだろうし」

 私も正直おなかが空いて動けそうにも無い。

 結局この後氷壁に土砂が阻まれた様子を見た兵達が迎えに来てくれて、私達を回収して高台へと運んでくれた。

 もう大丈夫だと思って戻ろうとする村人達に、アレはその場凌ぎだから崩れたら今度こそ飲み込まれるよ、と話をしておくと、
流石に一度土砂に飲み込まれそうになっただけあって今度は村がうんたらと聞き分けの無いことを言わずに従っていた。

 ……それにしても。

 ちらりと意識を失っている女の子に目を向ける。

 いくら小十郎のコントロールや天候を差し引いたとしても……
アレだけ強い力を持ってるなら、下手すれば村人からの扱いががらっと変わっちゃうかもしれないわね。
村を救った英雄だもの。この子は。

 神の子、なんて言われて変に扱われなきゃいいけれど。

 兵達が差し出してきた携帯食料を片っ端から食い荒らしながら、そんなことを考えていた。 
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