竜のもうひとつの瞳
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第十六章~闇の内部に飛び込んで~
第八十三話
黒い波から退却して、私達は三河へと戻って来た。
あの黒い波に攫われた人はかなり多くて、更にそこから人の形をしたなんかよく分からない生き物まで出てきて
手当たり次第に攻撃をするもんだから、怪我人も多数に及んでいる。
もうこうなってしまったら東軍だろうが西軍だろうが構っている暇は無い。
事態の沈静化を図る他はないんだけど……モブのお偉いさん達は責任を擦り付け合って、どうにも話が進まない。
気になっていた織田の残党だけど、調べに行った佐助の話じゃ本能寺跡や関ヶ原周辺で死んでいたとか。
誰かに殺されたのではなく、自害したというのだから訳が分からない。
ひょっとしたら贄の不足分を彼らで補ったのかもしれない。
端から魔王に命を差し出すつもりだったのかもしれないけど。
関ヶ原は完全に黒い海と化してしまった。
じわじわと黒い波は静かに辺りを侵食しており、日本全土に広がるのにそう時間はかからなさそうな気がする。
「肝心な魔王が姿を現さねぇで、この状況か……奴さん、開けちゃならねぇもんを開けちまったみてえぇだな」
鶴姫ちゃんに唇を奪われたショックから回復したアニキが、厳しい顔をして外を眺めている。
空は日食の状態のままで、流星も流れ続けたままだ。黒い太陽が浮かんでいる状態で、まるで時が止まってしまったかのように動きが変わらない。
もうあれから半日は経っているはずなのに。
「……お市ちゃん、結局見つかりませんでしたね」
鶴姫ちゃんがそんなことをぽつりを呟いた。
黒い波が現れてから、お市の姿が何処にも見当たらなかった。
取り込まれてしまったのか、今も一人で何処かにいるのか定かではない。
連中に攫われたんじゃないのかとも思ったけど、結局のところはどうだか分からない。
「この状況、どうするか考えないといけねぇな」
政宗様がぼやくように言えば、すかさず幸村君が口を開く。
「しかし、無闇に突っ込んでも勝機はないでござろう」
おおっと、幸村君がまともなこと言った! つか、皆揃って驚いた目で幸村君見るの止めようよ、可哀想だから。
「……うちの大将だって成長したんだから、そういう目で見ないであげてよ」
「む! 佐助! それはどういう意味だ!!」
どうもこうも……猪突猛進ってのが幸村君だと皆思ってるからさぁ……。
何でそんなまともなこと言ってんの? って、思うじゃんよ。普通に。
だけど、アレが一体何なのかが分からない以上手の出しようもないし、私の重力も意味無いような気がするし。
「……だから外の世界の人間を連れて来ることは、私は反対だったのだ」
部屋の戸を開けて入って来たのは松永久秀。突然の登場に皆が咄嗟に武器を構えている。
「何しに来やがった、テメェ!!」
小十郎の凄みにも動じることもなく、いつも小ばかにしたような微笑を浮かべているのがデフォルトだったこのキャラにしては珍しく、
心底頭が痛いという顔をして部屋に入って来た。
「座りたまえ、竜の右目。私は今日は戦いに来たわけではない。無論、六の爪を奪いに来たわけでもないがね」
そんなことを言って、松永は堂々と私の前に座る。それでも猛る周囲に構うことなく、一つ溜息をついて見せた。
「……アレは関ヶ原の戦いを迎えさせ、徳川が天下を獲る方向で話を進めろ、と言わなかったかね」
松永が示す“アレ”というのは、どう考えてもあの人しかいない。
「……何でそんなこと知ってんの」
確かにあの自称神様にそう言われた。言われたからこそ、関ヶ原の戦いを起こしたわけじゃないですか。ねぇ?
「確かに乱入ステージはあった。が、このような展開は、ゲームの何処にも存在はしない。
それ以前にこの関ヶ原の戦いに入るまでの間に相当のイレギュラーが起こり過ぎている。
……卿が関わったせいで、世界全体に歪みが生じている……アレは、魔王などではなく“バグ”そのものなのだよ」
松永の言葉に、私は何も言えなかった。周りの連中も突然松永が言い出した言葉が理解出来ず、言葉を発することが出来ない。
「本当……何なの、アンタ」
今度は非常に分かりやすく溜息を吐き、心底呆れた顔をして口を開いた。
「卿は、オンラインゲームというものをやったことがあるかね。
オンラインゲームではルールの違反者が出ないように、GMというものを置くのだが、
私は謂わばこの世界のGMのようなものだ」
GMっすか、松永さん。っていうか、散々好き勝手にやるポジションにいて、GMと来ましたか。
こんなGMがいたら最悪っすよ。絶対に真っ当な管理して貰え無さそうだもん。
でもちょっと待てよ?
この世界をきちんとゲームの世界だって理解していて、かつあの自称神様のことを知ってるっていうと……もしかして……
「貴方、あの神様と同じようなものなの?」
「神、と称されるには些か限定的ではあるがね。……私は人の造り上げた世界の監視者だ。
アレの子飼い、とでも考えてくれれば差し支えは無い」
うへ~……、この人ただの傍迷惑なおじさんなだけじゃ無かったのかぁ……。
ってか、そんな大それた役割があっただなんて、知らなかった……。
「念の為に言っておくが、松永久秀が本体ではない。あくまでこれは仮の姿に過ぎない」
あ、要するに中の人がいるってことね。松永は操作するキャラクターって考えればいいと。
いや、それはともかくとしてだ。
「っていうことは、私が全く違う話の展開を作ったから、バグが生じてあんな黒いのが出てきちゃったわけ?
日食から切り替わらないのも、その影響ってこと?」
「その通りだ。全て卿がこの一年のうちに起こした出来事の結果だ。
過去にどのような展開を迎えていても構わなかったのだが、ゲームとして成立しているこの時間に関しては、
何があっても独自のルートを作ってはならなかったのだよ。
だからこそ、なるべく物語の進行から遠ざけようとしたというのに……
何の為に、奥州から引き離すように操作をしたのか分からないではないか」
「ちょ、ちょっと待って! ってことは、あの政宗様の行動は……」
コイツが手篭めにするように操作をして動かしたってわけ? ってか、乙女の貞操なんだと思ってんだ、この野郎。
「……だが、卿が関わり過ぎたお陰でもう一つ困った事態になってしまった」
「何だってのよ、一体」
松永は私の問いにすぐには答えず、一呼吸置いてから口を開く。
「卿のその身体、元は一体何から出来ていると思うかね」
何から? また訳のわからないことを。ゲームの世界だから数字で出来てるとか言い出さないでしょうね。
「竜の右目、素体を弄ってデータを書き換えて創り上げたのが卿だ。
所謂、チートキャラという奴だ。……二度ほど、雷の力を発生させたことがあるだろう。
そして、石田との戦いでは竜の右目の婆娑羅技を使っただろう?」
「ってことは……私の身体は元々小十郎のものだから、自然と出来たってわけ?
ってことは、重力の力は後付けで、本来は雷の力を持ってると」
「そういうことだ」
何てこったい。小十郎をベースに私の身体が作られてたってことかよ。
じゃあ、この中途半端な身体もそのせい? いや、そうじゃなくてあの神様が純粋に女を知らないからなような気がするけどなぁ。
「この世界はゲームの世界、プレイヤブルキャラクターからモブの一人に到るまで、皆演者として存在している。
つまり、全て規定の範囲内で動いている、というわけだ。それは謂わば魂の無い人形と言って差し支えない。
だが、“片倉小十郎”のデータを改変して作られた卿が、本来の“片倉小十郎”と深く関わっていくうちにそれが重い負荷となり、
本来ならば絶対に有り得ない、そして起こってはならない事態が発生してしまった」
どうにもこの人言ってることが良く分からない。
出来ることならばもっとわかりやすく噛み砕いて言ってもらいたいもんなんだけどなぁ。
「だからどういうこと?」
「……人という生き物の根底には、魂というものが存在するという。この片倉小十郎の中には魂が生まれてしまった。
ゲームのキャラクターではなく、自身を生きた人間と錯覚して創り上げてしまったのだ。魂というものを。
それは、竜の右目と同等のデータを持ち、そして魂を持った卿と三十年間接して触発されたがゆえの事故だ」
「事故?」
それじゃまるで魂が生まれたらいけないみたいじゃないのよ。生まれてしまったのは全く予想外のことだって……
「本来ならばゲームのキャラクターが人と同じように魂など持つはずが無いのだよ。彼らは操り人形なのだから。
……魂を持つ者は、演者とはなりえない。魂を持つ者は、良くも悪くも世界に影響を与えてしまう。
何故なら決められた通りに行動が出来ないからだ。自意識というものを持ち、自分の考えで行動を起こす」
「脚本を離れて一人芝居を始めてしまう……いや、芝居そのものを崩すようになってしまうから、ってことね?」
「そういうことだ。そしてその自立した行動は他の演者達に悪い影響を及ぼしてしまう……
これこそ、本当に有り得ない“バグ”なのだがね」
理解出来ていないのは私以外の面子。こんな大事な話をこいつらの前でしてもいいのかとも思ったけど、
小十郎以外はいくらでもデータを弄ることが出来るから問題ないと言い切った。
ちなみに松永という存在は勿論ゲームのキャラクターの一つなんだけど、存在自体が曖昧なものだからGMさんが兼ねるには丁度いいらしくて。
あと、個人的なストレス発散にも持って来いだからとか言ってた。全く、傍迷惑な。
つか、どうしてあんなに話の流れに拘ったのかって、こうなることを予測してたから二人とも変えるなって言ったわけなのね。
っていうか、それならそうと早く言ってくれれば……いや、言われてもやったような気がするなぁ。
「話を戻すが、あのバグを消す方法なのだが……バグの中心でウイルスと化しているデータがある。それを叩いてもらいたい」
「ウイルス?」
「魔王復活を目論み暗躍した者達がいるだろう?
それがコンピュータウイルスに変化し、あのバグを内部から押し広げているのだ。
私はあのバグを止めてこの世界を修正しなければならない。
こちらにも事情があり、この世界が崩壊されると些か困る事になるのだよ」
何か良く分からないけれど、ウイルス対策ソフトの役割を果たせばいいわけね?
でも、あの中に飛び込んで大丈夫なのかしら。私の身体だってデータの一部なわけでしょ? バグったりしない?
「念のためバグに取り込まれないようプロテクトはかけておくが、あまり長くは持たないだろう。
ただ、卿と竜の右目は演者ではない。最悪肉体が破損したとしても、存在は残ることが出来る。
……最も、周りの者達はデータが破損すれば消滅するがね」
ううむ、それは一大事だ。てか、破損ってのはつまり死ぬってことと同義なわけでしょ?
……ってか、私が考えてること読んだ?
「アレほどの力は無いがね、私にもそれなりの力はあるのだよ。卿の考えを読むくらい造作も無いことだ。
……周囲が私を信用ならない胡散臭い奴だと思っているのもしっかりと聞こえているがね」
「マゾっすか、松永さんの中の人」
「言いがかりは止してくれ給え。オンラインゲームでリアルの己とは違うキャラクターを演じるのと同じことだ。
このようなキャラクター、ゲームの世界でなければ出来るわけがないだろう」
おおっと、中の人は意外と常識人だぞ? でも、荒らしは迷惑行為ですけど。
つか、GMが率先して荒らしてるってどうなのよ。いくらキャラだからってさぁ。
とりあえず周りの皆に分かる範囲で事情を適当に説明する。
私と小十郎で行って来る、という話をしたんだけど、案の定俺らも連れて行けという展開になって困っているわけだ。
松永に助けを求めてみるけれど、この際アレがどうにかなればどうでもいいと思ってるみたいで、スルーされてしまった。
……で、結局全員で行くのもいざって時に困るからと選抜してメンバーを選ぶ事になってしまった。
「プロテクトはかけておくが、長時間は持たない。卿にはこれを渡しておこう」
松永から渡されたのは銀の懐中時計。
どうやらこれが反時計回りをしてプロテクトの終了時間を示してくれるそうで、それまでの間に倒して来いってことらしい。
結構無茶を言いますね、マジで。
まぁ、不満を述べてる時間も惜しいので、松永に案内されるままに空を飛んでバグの真上に移動した。
つか、松永って空まで飛べるのか。いやぁ……GMって何でもアリだな。
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