渦巻く滄海 紅き空 【下】
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五十九 謀反
「皆、ご苦労だった」
無事、帰還した部下達に、五代目火影である綱手は労りの言葉をかけた。
「霧隠れの鬼人に関しては仕方あるまい。元々、真意の読み取れん奴だったんだ。爆弾を抱え込むほど、この里も暇じゃないんでな」
火影渾身の封印術を施した首輪を、桃地再不斬が外したことには驚きだが、それよりもあの『暁』の飛段&角都という不死コンビ相手に無事に彼らが帰還できたことを、綱手はまず喜んだ。
はたけカカシ・ヤマト・チョウジ・いの・シカマル、そして波風ナルへと、各々の面々へ視線を奔らせる。
その眼が、ナルの腕にピタリ、止まった。眉を顰める。
チラリ、と綱手の目配せを受けて、傍で控えているシズネが頷いた。
「…暫しの休養を与える。各々、心身の疲れを癒すように」
気を取り直すように、労りの言葉を続けた綱手は直後、忠告を付け加える。
「もっとも。当面の脅威は去ったが、これからも気を抜くな」
了承の意を返した部下達が火影室から出ていこうと背を向ける。
シカマルやナル達に続いて退室しようとした二つの背中を、綱手はタイミングよく呼び止めた。
「カカシ、ヤマト。お前達は残れ。話がある」
検死室。
其処には、カカシとヤマトが持ち帰った遺体がある。
ナルの新術により倒れ、謎の白フードに心臓を抜かれたことで絶命した不死身の男。
『暁』の角都だ。
難敵であった角都の遺体を前に、綱手は険しい表情で腕を組む。
角都を担当した検死班の見解、そして医療忍術のエキスパートである彼女が調べた結果、ナルの新術についてわかったことがある。
その事について呼び止めたカカシとヤマトへ視線を投げてから、綱手は角都の遺体を見下ろした。
「こやつの受けたダメージは打撃などの通常攻撃によるものとは全く別のものだ」
「…と、言いますと?」
なんとなく次にくる言葉を予想しながらもあえて問い返したカカシに、「体細胞に繋がる経絡系のひとつひとつが全て断ち切られている」と綱手は間髪を容れずに返した。
驚くヤマトに続き、まさかそこまでとは思わなかったカカシは眼を見開く。
思わず、角都の遺体をまじまじと見つめるカカシに、綱手は淡々と、ナルの新術の効果を説明した。
「これは攻撃というよりは毒に近いな…」
【風遁・螺旋手裏剣】。
風のチャクラを、細胞にダメージを与えるほどの極小サイズの無数の小さな刀に形態変化させ、体細胞につながる経絡系を断ち切るという、毒のような効果をもたらす。
未だ未完成でありながら、その威力は絶大で、だからこそデメリットも大きい。
このまま使い続ければ、術者がチャクラを練れなくなると断言するほどのリスクもある。
術者であるナルの腕にも同じ症状が見て取れた為、綱手はカカシに【風遁・螺旋手裏剣】の使用を禁じる。
五代目火影の勅命で以って《禁術》扱いとされた【風遁・螺旋手裏剣】の危険性を思い知ったカカシは、物言わぬモノと化した角都の遺体へ今一度、視線を落とした。
(…奴は遺体を持ち帰らなかった…何故だ?)
カカシの脳裏に、白フードをはためかせる謎の存在の姿が過ぎる。
突如、ナルを昏睡させ、ナルの術を受けて動けなくなった角都の心臓を抜き取り、再不斬の首輪を綱手の封印術ごとあっさり解き、そして鬼人と共に立ち去った人物。
忍びの遺体は情報の宝庫だ。置き去りにすれば調べられるのは必至。
角都の遺体がなければ、ナルの新術の危険性が解明できず、強力な術故に連発する可能性が大きい。
そうなればチャクラが練れなくなり、いずれ自滅するだろう。
つまり角都の遺体を持ち去ってさえいれば何もせずともナルという戦力を削ぐことができる。
しかし何故か、相手は置き去りにするという愚行を犯した。
(…あえて残した?)
あれだけの力量と技量の持ち主ならば、角都の遺体を持ち去るなど容易いだろう。
だというのに現に今、木ノ葉の里には角都の遺体がある。
(…まさか、ナルの術の効果のほどを伝える為に、わざと…?)
木ノ葉の忍びが角都の遺体を持ち去るのを見逃したのだろうか。
ナルが新術を使い続けて自滅するのを防ぐ為に。
そこまで考えたカカシは、自分の推測を否定する。
角都の心臓を抜き取ったあの残酷非道な振る舞いをした人物が何故、ナルの身を案じるような真似をする?
考えすぎか、と己の憶測を自ら否定したカカシはしかしながら、心にどこかひっかかりを覚えていた。
「綱手様…!」
直後、検死室にシズネが飛び込んでくる。
角都の遺体を囲み、ナルの新術の脅威に険しい表情を浮かべていた綱手は、突然入室してきたシズネを諫めた。
「なんだ、ノックもしないで…」
「申し訳ございません…!ですが、緊急でして…っ」
酷く狼狽したシズネの様子に、一同は怪訝な顔をする。
綱手・カカシ・ヤマトの訝しげな視線に構わず、シズネは動揺も露わに急ぎ、口を開いた。
「あ、アスマ上忍が…!」
シズネからもたらされた火急の報告に、カカシの眼が見開く。
綱手とヤマトもまた驚愕の表情を浮かべ、聞き間違いかと己の耳を疑った。
「猿飛アスマ上忍が里に帰ってきました…!!」
死んだはずの猿飛アスマの帰還。
その知らせに、カカシの推察は瞬く間に霧散してしまう。
ちょうどその折、同じ推測をしていた再不斬が遠い場所で、答えを得ているとも知らず。
「お前、あえてあの角都ってヤローの身体を残したな」
カカシと同じ推察をし、それを指摘した再不斬に、ナルトの影分身は「そうだよ」とあっさり答えた。
「角都の身体がなければ術の威力や、それに伴うデメリットが向こうに理解してもらえないからね」
角都の心臓を本体に渡し、影分身であるナルトと行動を共にした再不斬は若干、不服げな表情を浮かべる。
「…それで、おまえの苦労があの娘っ子に何一つ伝わってなくてもか」
「いいんだ」
しかしながら再不斬の不満に、ナルトは間髪を容れず即座に答えた。
清々しいほどの穏やかな返答だった。
「それで、いいんだ」
ナルトの返事に納得しかねるものがあったが、それきり口を開かないだろうと悟って、再不斬は「…おまえがそれなら別に構わんが」と話題を変える。
「ところで散々【根】の連中を煽ったが、アレで良かったんだよな?」
「上等だよ」
ダンゾウへと話題をあえて移行させた再不斬に対し、影分身のナルトはにこやかに笑う。
木ノ葉の里における【根】の根城。
其処へ囚われの身である満月を助けに潜入した水月を、水分身の再不斬は手助けした。
その際、あえて【根】の忍び達の前に鬼人の姿を晒したのは、再不斬の水筒の中に【水化の術】にて液体と化していた為、子どもの姿に縮んでいた水月の印象を薄くさせる為だ。
何処の誰かわからぬ子どもよりも、霧隠れの鬼人として名を馳せている桃地再不斬を、彼らは当然警戒する。
そして満月を奪還した水月を逃がし、水分身の再不斬はわざと自身に注意を引きつけた。
というのは、例えその時、水分身だとバレたとしても、どちらにせよ本体は里外にいると【根】は考えるだろう。
つまりは、ダンゾウが注意を向けるのは、木ノ葉の里の内ではなく、外だ。
誰が、里内に眼を向けるだろうか。
ましてや、満月の拘束はダンゾウが秘密裡に行っていた事。
部下も知り得ぬ己の非道をわざわざ白日の下に晒す真似はすまい。
よって、ダンゾウが部下へ命じるとすれば、水月や満月ではなく、【根】を虚仮にした鬼人の捕縛或いは殺害だ。
それこそが再不斬…いや、ナルトの狙いだと気づかずに。
つまり、今現在、あえて木ノ葉の里に潜んでいる水月と満月に眼を向けさせない為に、再不斬の水分身はわざと目立つ振る舞いをしたのである。
「この俺を囮に使うなんざ、てめぇくらいなもんだぜ」
「おまえが目立つのが悪い」
「やかましいわ」
霧隠れの鬼人という自身を隠れ蓑にすることで、【根】の眼を誤魔化し、水月と満月の印象を薄める。
更に子どもの姿の水月しか目撃していない【根】は、印象の薄い子どもよりも鬼人の捜索に躍起になるだろう。
霧隠れの鬼人として名を馳せている自身を聊か後悔しつつ、再不斬はナルトの思惑に、内心舌を巻いた。
もっとも癪なので口にはしないが。
「仮に、水月の行方を追ったとしてもあの時はガキの姿だったからな。早々気づかれんだろうさ」
「あとは時がくるまでは、水月には里内で待機してもらう…ご苦労だったな、再不斬」
「ふん。今更なこった」
軽口を叩き合っていた再不斬は、不意にナルトの様子が一変したことに、眉を顰めた。
「どうした?」
「いや、なに…。本体がちょっとばかし、な…俺にまでチャクラを回す余裕が無いんだろうさ」
ナルトの影分身の答えに、再不斬は一瞬、虚を突かれた顔をした後、「んだそりゃ、嫌味かよ」と悪態を吐いた。
「規格外がよく言うぜ」
「…俺は人並みだよ?」
心外な、といった表情で小首を傾げるナルトの心からの答えに、再不斬は「どの口が…。人並みを辞書で引いてみろ」と舌打ちした。
と言いつつ、犬や猫を追い払うように、シッシとおざなりに手で払う再不斬に、影分身のナルトは苦笑する。
ナルトの意を酌んで、仕草で伝えてくる素直じゃない鬼人に微笑みひとつ残すと、影分身は掻き消えた。
白煙と化したナルトの影分身。
棚引く白煙を視線で追いながら「───で?」と再不斬は見て見ぬふりをしていた背後の攻防戦に、ようやく声を掛けた。
「てめぇらは一体いつまで、そーやっていがみ合ってるつもりだ」
ナルトに心酔している自称彼の右腕の、白と君麻呂。
そんな彼らと対峙するのは、邪神様を崇める飛段。
シカマルに生き埋めにされたところを助けられ、ナルトの影分身についてきた、これまた一癖も二癖もある厄介な不死者に、再不斬は眉間を指で押さえた。
(…また厄介なヤツに懐かれやがって。面倒事を被るのはこっちなんだが…)
消えたナルトの影分身が寸前までいた場所を恨みがましく睨んだ再不斬は、いつまでも膠着状態から抜け出せないその場を収拾する為、一歩、修羅場に足を踏み入れた。
「いくらナルト様について来たとは言え、こんな犯罪者を信用など出来るか」
「貴方と同じ意見なんて虫唾が奔りますが、同意見です。こんな危険人物をナルトくんの傍に近づけさせるなんてあり得ません」
君麻呂と白からブリザードの如く、冷ややかな殺気と空気が溢れ出す。
その寒冷地を遠巻きに眺めていた多由也が「…お前ら、それブーメランって知ってっか…」と至極もっともな意見を投げた。
自分達も一般的な忍びとは遠きかけ離れた存在であると自覚している多由也や香燐の呆れた眼もなんのその、白と君麻呂の殺気に飛段は真っ向から言い返す。
「うるせぇなァ!てめぇら全員呪い殺してやろうか!」
「その前に氷像を作るのが先になりますよ」
「全身の骨を砕いて再起不能にするのが先だ」
バチバチと火花が飛び散る。一向に変わらぬ押し問答に、再不斬は溜息をついた。
こりゃ暫く放っておくしかないな、と頭を掻く再不斬の前で、ナルト崇拝者の集まりは益々ヒートアップしてゆく。
「俺だって邪神様の言いつけがなけりゃ、てめぇら全員、とっくに呪殺してっからな!」
「邪神様?もしかしてナルト様のことか」
「不愉快です。そんな汚れた名で呼ばれるなんてナルトくんも不快でしょう」
「んだと…っ、邪神様はすげー奴なんだぞ!!」
「至極当然の事実を今更言わないでもらえます?ナルトくんが素晴らしいヒトだというのは世界の始まりから決まっています」
「ナルト様がいなければ僕は生きていなかった。生きる意味をくださったナルト様は至高の御方に他ならない」
「邪神様以上に崇高な存在はいねェだろーが」
「「「…………………」」」
突如、ガッシっ!と握手する白と君麻呂と飛段。
傍観を決め込んでいた再不斬は何がどうしてこうなった…と遠い目をしつつも、一言言ってやらざるを得なかった。
「そこ。意気投合するな」
とりあえず、なんとか事態収拾に至ったのは間違いなかった。
其処は地獄だった。
眼を疑う光景だった。
木ノ葉隠れの忍びと激突し、飛段が生き埋めになったという報告は受けている。
だがナルトの介入でなんとか一命を取り留めたという角都の様子を見に来たゼツは、目の前の惨劇に言葉が出なかった。
倒れ伏すデイダラとサソリ。
伏せるデイダラの胸からは溢れる血が地面を濡らし、転がっている傀儡の残骸も赤く染める。
ぽっかり、と胸部に穴を空けたサソリが意思のない虚空の瞳で空を見上げていた。
暗雲たる曇り空の下、触手がうねる。
サソリの傀儡である三代目風影の残骸が散らばる中、いつもの見慣れた姿の角都がゼツの視界に飛び込んでくる。
体内の繊維状の物質を操り、サソリとデイダラの隙を突いて、彼らの心臓を奪ったのだろう。
【地怨虞】を駆使する角都の眼はどこか虚ろで、新たな獲物を狙っている。
「カクズメ…クルッタカ…」
「嘘でしょ…アイツ、まさか」
木に同化して身を潜めていたゼツは声も息も潜めて、ぶるり、と震えあがる。
目の前の光景が信じられなかった。
普段は五つもの心臓を保持していたからか、ひとつしか残っていない心臓に焦燥したのか。
どちらにせよ、無謀な行いをしている角都を狂ったとゼツが称しても仕方がない。
なんせ、角都が狙う獲物は…─────。
「…俺の心臓を狙うか」
デイダラとサソリの心臓を奪い、そのままの勢いで襲い掛かってくる相手を、涼しげな顔で見上げる。
角都の殺気を柳に風と受け流し、静かに佇む存在に、木に潜んでいるゼツのほうが気圧された。
影分身ではない。
迫りくる角都に向かって、彼は余裕の笑みを口許に湛えた。
親指で胸を指し示す。
「よーく狙え」
己の心臓をとんとん、と軽く親指で示してから、本物のナルトは双眸を細める。
黒ゼツと白ゼツの視線の先。
心臓を狙う角都にナルトはくつり、と口角を吊り上げた。
「ただし、」
ぶわり、とナルトの身体から溢れる殺気に、隠れ潜むゼツの意識が一瞬、遠のく。
殺気が風圧となって、荒野に吹き荒れた。
正気を失っているらしき角都の顔が、ナルトの殺気を正面から受けて、酷く引き攣る。
サソリとデイダラと同じ運命を辿るなど微塵も思っていないナルトはいっそ穏やかに微笑んだ。
しかしながらその微笑みは、ゼツの眼には慈悲深き死の宣告に見えた。
「決死の覚悟で挑まねば、俺の心臓は盗れんぞ」
木に潜むゼツの視線の先で、緩やかな殺戮が始まった。
後書き
ナルの新術の危険性に関する木ノ葉勢と、ナルト崇拝者どもの集会、そしてゼツ目線の光景。
ゼツ目線の光景は何がどうしてこうなった?って感じだし、三代目風影の傀儡が壊れてるのに角都がいる?だとか、その理由は後々…
しばらくはナルトの真意やらがわかりにくいでしょうが、その謎は後に解明するので、どうかお付き合いお願いします!
「渦巻く滄海 紅き空」をこれからもどうぞよろしくお願い致します!!
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