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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  シュミットの最期

 
前書き
シュミットの行動、その余波はどれ程の物であったか 

 
  命辛々、共和国宮殿を後にしたシュミットはその足で保安省本部へと向かう
僅かな手勢を引き連れ、庁舎に乗り込む
先程あった、宮殿での混乱
事情を知らない職員達は、深夜に為ろうともする時間に現れた高級将校に驚く
将官礼装の姿を見て、不審に思う
彼は、周囲を一瞥した後、こう告げる
「責任者の連絡会議をする。関係者を集めてほしい」
省内に居る下僚達が、駆けずり回る
10分もしないうちに会議場へ、主だった関係者が集まったことを確認する
すると、彼は外から鍵を閉めさせた
「諸君、ご苦労であった」
そう言い放つと、懐中より何かを取り出す
宮殿で投げ捨てた物と同型の大型拳銃を構える
何処からか現れたソ連軍の軍服を着た複数の人物
突撃銃を構え、彼等に向ける
混乱する職員達へ、銃口から火を噴く
電気鋸の様な音が響き、薬莢が散乱する
その場は、一瞬にして阿鼻叫喚(あびきょうかん)(ちまた)と化す
幾名かは、懐中より拳銃を取り出すが間に合わなかった
自動小銃の斉射(せいしゃ)によってドアに向かって重なる様に屍が倒れ、血が滲む
彼は、横たわる遺体を見つめながら、独り言ちる
「これで、この国の頭脳さえ抹殺すれば、全て終わる」

どうせ、簒奪(さんだつ)出来ぬのであれば、自分の手でこの国を破壊しつくす……
ソ連へ献上しようかと考えたが、この際、反逆的なドイツ人を全て焼き尽くしてやろう
KGBの秘密作戦は失敗したのだ……
自分と共に社会主義統一党は地獄に落ちてもらうまでだ
シュミットの心の中に、どす黒い妄念が渦巻く

 怒声と足音が近づいて来るのが聞こえる
脇に立つ兵士に窓を蹴破る様に命じる
割れた窓から、あらかじめ用意した落下傘の紐を室外に垂らす
建物の外壁を蹴りながら、地上へと向かう
手勢の物たちが脱出したのを確認した後、栓を抜いた手投げ弾を勢い良く放る
元居た場所に、ぶつかる音が聞こえた
閃光と爆風が、広がる姿を背にして、用意した乗用車で脱出した



 シュミットの襲撃から逃れた東ドイツの首脳
彼等は、その夜の内に人民軍参謀本部を臨時指揮所とした
市街地での混乱によって政府機能が停止する事態は避けなくてはならない……
その様に考え、行動に移す
今回の反乱の規模は不明……
しかも、国家保安省本部との連絡網は遮断されている
反乱軍への対応に追われている首脳陣に、驚くべきことが伝えられた

「保安省が襲撃されただと!」
内務大臣が立ち上がる
「被害は……」
「省内の状況はいまだ不明です。
負傷者多数との報告を受けました……。
ただ、襲撃事件が発生する直前に何者かによってソ連・東欧関係の資料、党の秘密資金関連がごっそり持ち出された模様です」
崩れ落ちる内相を、シュトラハヴィッツ少将が後ろから支えた
「同志大臣、気を確かに為さってください」
彼を、椅子に座らせる
落ち着かせた後、議長が再度、尋ねた
「資料の管理は、俺がアスクマンに任せた。
まさか……」
己が失態を暗に認める発言をする
額に、右手を当てる
 襲撃事件の首謀者は、アスクマン少佐の一派……
シュミットの反乱に乗じて、資料を持ち出す
名うての工作員であれば、容易(たやす)かろう
万が一の事を考え、アスクマン少佐の対応を念頭に置いた発言をする
「奴の子飼いの部下共が、欲に目が眩んで、外に持ち出した。
有り得ぬとも言えぬな」
男は、机に置いてある『ジダン』の封を切り、タバコを取り出す
両切りの紙巻きタバコを机に数度叩き付ける
葉を詰め、吸い口を作ると口に挟む
マッチで火を起こし、紫煙を燻らせる
暫し、目を瞑る
「原本は無事か」
再び目を開き、タバコを吹かす
面前で立ち尽くす保安省職員に尋ねた
「個人票の方は……秘密の場所に移してあります。
大部分が無事な状態です。
ですが、複写物は丸ごと消えました」
人差し指と中指に挟んだタバコを灰皿に置く
灰皿より紫煙が立ち昇り、部屋中に広がる
「個人票が残ったのは、せめてもの救いだ……。
大方、ボンか、CIAにでも売り飛ばしたのだろう」
タバコを掴むと、再び吹かす
「で、お前さんは如何(どう)したいんだ……」
項垂れる内相に、顔を向ける
彼の口から、アスクマン少佐の対応を聞き出すつもりで尋ねる
「奴と、奴の部下を免職の上、国外追放の処分にするつもりです」
「つまり、俺に恩赦を出せと……」
内相は、ゆっくりと頷く
「来年は建国30周年記念です。それまで形ばかりの裁判をして拘留し……」
火の付いたタバコを持つ右手を、顔から離す
「今日、只今を持って奴を罷免。
シュミット同様、反革命罪にする」
『反革命罪』
嘗てスターリン時代のソ連で出された罪状
謂わば、国家反逆罪に相当する
その内容は、『国際ブルジョワジー幇助』『労農ソビエト政権の転覆及び破壊』
死刑が条文から廃止されていた1922年のソ連刑法において、事実上の死刑判決に相当する物
事を穏便に収めようとする内相に対して、男は敢てその言葉を選んで伝えたのだ
 タバコを弄びながら答える
「これは議長命令だ。政治局会議も、その線で行く」

 内相は、男に束になった資料を渡す
「これが奴の監視して居た被疑者の一例です」
資料を乱雑に受け取り、その中から無選別で抜き取る
写真入りの個人票を一瞥した
男の表情が、変わる
彼に、問う
「この資料にあるリィズ・ホーエンシュタインという人物……。
まだ、12、3の小娘ではないか」
美男美女と見るなり、被疑者に仕立て上げ、手を出し、(はずかし)める
ベルリンに来たソ連要人や党幹部に貢物(みつぎもの)として収める
噂では聞いていたが、その話が本当ならば……
自己の栄達の為に支配層に取り入り、守るべき国民を(ほふ)
何が、有能な工作員だと言うのか
《野獣》という通り名、其の儘ではないか
体が燃え上がる様に熱くなる
「奴が抱えた被疑者は……」
男は、慨嘆(がいたん)する
既決囚(きけつしゅう)以外は、ボンにでも放り出せ……」
アスクマンが監視していた人間は全員恩赦の扱いにするように指示を出す
 火のついたタバコを、右手で灰皿に置く
目頭を押さえ、椅子に腰かける
 横から男の姿を見る
苦虫(にがむし)()(つぶ)した様な顔で、肩で息をしている
無言ではあるが、明らかに怒りの表情が見て取れる
彼は、静かに同意した
「了解しました……」

苛立ちを隠すために、タバコを取り出す
火を点け、吹かしながら国防大臣に問うた
「戦術機の訓練校に居るアーベルの娘2人は、どうした」
男の言葉を聞いた国防相は困惑した
通産官僚ブレーメの娘は、一人だったはず……
激しい剣幕を見せる男
国防相は、たじろぐ風も見せずに、平然と答えた
「同志議長、未確認です」
不逞(ふてい)(やから)に誘拐される」
シュミットか、或いは、アスクマン
何方かが人質にとるかもしれない
最悪の事態を想定した
「万に一つの事があるかもしれん……。
使いを出して、坊主(ユルゲン)(そば)にでも呼んでやれ」
男は、立ち上がった
「どちらへ」
「頭を冷やした後、3時間ほど休む。
何かあったら呼べ」
そう言い残すと、部屋を後にした 
 

 
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