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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  国都敗れる

 
前書き
情景描写をより深くするために、大量の解説用語を併記した内容になってしまいました 

 
 マサキは、窓から飛び降りると即座にゼオライマーの操縦席(コックピット)に収容された
操作卓に触れ、現在地を調べる
ブランデンブルク門にほど近い、ウンター・デン・リンデンに面した巨大な建物が、画面表示される
場所は、駐ドイツ・ソ連大使館と出た
 周囲はすっかり暗くなっており、時刻を見ると20時を回るところであった
此処より見えるシュプーレ川を挟んだ先には、ベルリン王宮を爆破解体して建てた『共和国宮殿』が見える
白い大理石にブロンズミラーガラス張りの外観は、彼は悪趣味に感じた
古い絵付け写真で見たバロック様式のファサードの方が美しく、(おもむき)があるように思える

 彼は、事前に基地内にある資料室で、東独国内に配置されたソ連軍を調べ上げていた
斯衛軍(このえぐん)曹長の立場を利用し、ARPANETに接続。
CIA発行の資料を取り寄せる事も行った
記憶が確かならば、ベルリン市内には第6独立自動車化狙撃旅団
近郊10キロの村落ベルナウ・バイ・ベルリンには第90親衛機械化師団が待ち構えている
 動かないでいると人民警察とシュタージであろうか、パトカーの他に装甲車や武装車両が次々集まってくる。
超大型のロボットを見物しようと集まった野次馬を追い払うために、治安当局が寄越したのであろう
 彼は、機密資料を焼却処分される前に確保する様、美久に指示を出す
周囲の気を引き付ける為、建物の破壊を始めた
出力が3分の一以下になっても、あの鬱陶しい戦術機が出てこなければ十分間に合うと考える
美久は、強化服にヘルメットという出で立ちで、敷地内に潜入した
かき集めるだけ、集めて来るよう指示を出したから十分であろう
資料は最悪、次元連結システムを応用して日本の仮住まいに転移させれば良いだけだ
そうすれば、面倒な外交旅嚢の手続きもいらない

 偶々(たまたま)、所用で共和国宮殿に来ていたアスクマン少佐は、ソ連大使館前に呼び出された
時刻も20時過ぎと言う事で、連絡を取っている最中
近くを制服姿で通ったところ、呼び止められ、野戦服姿の衛兵連隊長と話し合う
 『衛兵連隊』
正式名称を『フェリックス・E・ジェルジンスキー衛兵連隊』と言い、国家保安省の準軍事組織
政府官庁舎及び党施設、党幹部居住区域の護衛任務にあたる専従部隊である
国際的には警察部隊として認知されてる同部隊は、ベルリン市内に駐屯が許された数少ない戦力でもあった
 彼等は、ソ連大使館内で何かが起きていることは察知したが、ウィーン条約の都合上、在外公館には手出しが出来ない
しかも、ブランデンブルク門の近くと来ている
チェックポイント・チャーリーからも銃火を交えれば、見えるであろう
うかつに動けない状態が続いた

 建屋の中から銃声が響く
周囲を囲む人民警察と保安省の衛兵連隊に対して、ソ連の警備兵は着剣した自動小銃を向ける
白刃を見せつける様にして周囲を伺う
 アスクマンは、万が一の事を考えて、ボディーアーマーを受け取る
20キロ近い保護具を、メルトンのオーバーコートの下に着る
肩に重量が架かり、動き辛いが、無いよりはマシであろう……
米軍の最新医療設備が利用できるなら、最悪助かるかもしれないが、新型弾の威力は未知数だ
 まざまざと感じる死の恐怖……
喉が渇き、不感蒸泄(ふかんじょうせつ)で全身が湿らせるのが判る
彼は、近くの兵より水筒を受け取ると、忽ちの内に飲み干す
拳銃の弾薬数を数え、若しもの事態に備える
近くに居た連隊長が、彼に問う
「同志アスクマン少佐、大丈夫ですか」
体が震えているのが判る
「君、武者震(むしゃぶる)いだよ」
食指をソ連大使館の方角に向ける
「あの者たちに、対応せねばなるまい」
その行動が、仇となった

 銃声が響き、男が勢いよく倒れる
「同志少佐!」
勤務服姿の男が勢い良く地面にぶつかる
唸り声が、響き、周囲の兵は自動小銃に弾倉を差し込む
「救急車を呼べい」
連隊長は叫んだ
 
 ソ連兵は混乱状態であった
建屋内での爆発と銃声……、一向に来ない上官の指示
其処に保安省少佐が表れ、指で自分達を指した
攻撃の合図かもしれない
そう勘違いした衛兵は、咄嗟に銃を撃ってしまったのだ
恐怖にかられたソ連兵が一斉に銃火を開く
全自動(フルオート)で連射し、周囲の動く物を打ち始めた
通りを行きかう自家用車や、アスクマンを救護しに来た救急車を狙い撃つ
人民警察と保安省職員は、自衛の為に自動火器を用いて応戦する
交通警察は、ソ連大使館に通じる道路をすべて封鎖した
 
 共和国宮殿の前を、戦車隊が通り抜ける
宮殿の窓より、国籍表示のないT-55を議長は目視すると、事態の深刻さを理解した
「アーベル、此奴(こいつ)は飛んでも無い事になったぞ。
連中は恥知らずにも、市中で戦争をおっ(ぱじ)めるつもりだ」
タバコを吹かす彼の脇で、腕を組んで立つ男 
アーベル・ブレーメは、眼鏡越しに外の様子を見る
偶々、通産官僚として議長に講義(レクチャー)をしている時、事件に遭遇
彼の脳裏に1953年のベルリン暴動や、1961年のチェックポイント・チャーリーでの出来事が思い起こされる

「お前さん、坊主(ユルゲン)が気になるかい」
右の食指と中指に両切りタバコを挟み、話しかける男
彼は無言の侭、男の横顔を見る
「俺もだよ」
男は、両切りタバコを口に挟む
両手で(おお)う様にして、ライターで火を点ける
常々(つねづね)、聞きたいと思っていたが……」
ゆっくりと紫煙を(くゆ)らさせる
「言えよ。俺とお前さんの仲であろう。気にはせんよ」
彼は、首を垂れる
「君は、やはり死んだ息子さんと、ユルゲン君を重ねているのかね……」
勢いよく、紫煙を吐き出す
「最初の妻と子供と言う物は、忘れられぬのよ……。
アイツが生きていたら……、年の頃も同じで、しかも、金髪だ」
彼は右手で、眼鏡を持ち上げる
「まるで、そっくりに思えちまう……。
良い美男子で、馬鹿正直だ」
彼は冷笑する
「君らしくないな」
照れ隠しであろうか、タバコを深く吸い込んだ
「俺は、あんな男が父無子(ててなしご)扱いされてるのを見てな、不憫(ふびん)に思った訳よ」
男は、精神病院奥深く幽閉されているヨゼフ・ベルンハルトの事を思い起こす
シュタージの策謀で酒漬けにされ、暗黒の監獄へと消えて行った元外交官を悲しんだ

 親指で、タバコを(はじ)き、灰を灰皿に捨てる
「今の立場に居る間は、奴の実績を積ませたい」
再び、右手に持った煙草を吸いこむ
「いざ(せがれ)だと思うと、甘やかしちまう。
シュトラハヴィッツ君やハイムに教師役をやらせるにも不安がある。
いっそ、雑事が済んだら、米国に出して『武者修行』させたいと考えている」
彼は組んでいた腕を解いて、腰に回した
「君、その話は……」
力なく、両腕を垂れる
「義父になる貴様に話したのが初めてだ」
男は真剣な表情で、彼の方に振り返った
「どうせ、この国は吹っ飛ぶ。
俺は店仕舞の支度をしてる番頭にしかすぎん」
男は、再び窓外(そうがい)の景色を見る
「俺としては、半ば押し込めに近い形で《おやじ》を追い出して得た権力だ。
常日頃から、民主共和国は正統性が問われてきた」
灰皿に、火が点いたタバコを投げ入れる
「10年前の憲法改正や、各種の法改正も記憶に新しいであろう。
もっとも君はそれ以前の事から知る立場であろうが……」
懐中より『ジダン』の紙箱を取ると、タバコを摘まむ
「おやじは、ボンの傀儡政権ではなく、アメリカの消費社会を見つめた。
それは、なぜか。
民衆は、確かに西の豊かさを壁伝いに聞いているし、欲している。
おやじとて、政権を取って以来、民衆がアメリカの消費社会に焦がれている様を知っていたからだよ。
君等とてそうであろう」
唇に挟むと、再び火を点けた
「それ故、アメリカに歩み寄る姿勢を見せ始めたのだよ。
俺はその《おやじ》の描いた絵をある意味、なぞっているにしか過ぎぬのであろう……。
そう思えてきたのだよ」

「貴様に行っておくが、今年の秋までにブル選をやりたい。
SPDにいる元の共産党の仲間にでも声を掛けろ」
彼は、男の一言が信じられなかった
ブルジョア選挙(普通選挙)……
SPD(ドイツ社会民主党/Sozialdemokratische Partei Deutschlands)は、1946年4月末に共産党に吸収合併され、SED(ドイツ社会主義統一党)になった
目の前の男は、国禁の自由政党を復活させようとしているのだ
「正気かね……」
悠々と煙草を燻らせる
「俺も策はある。今は下野してSPDは野党だから工作がしやすいのよ。
目立つ人物を連れてきて、若手官僚を引っこ抜いて党の支部を作りたい」
「何故だね」
再び、灰をはじく
「此の儘、自由社会に入って見ろ。今のガキ共は指示待ち人間だ。
あっと言う間に、西の連中に弄ばれて、男は乞食、女は娼婦の真似事をするやもしれん。
俺は、そんな姿、視たくは無い」
男は、振り向く
「お前さんの娘も、そんなことにはさせんよ」
彼は再び腕を組んだ

 男達が密議をしていると、ドアがノックされる
許可を出すと、息も絶え絶えの人民警察大佐が入ってきた
明るい緑色で、陸軍制服に似た意匠(デザイン)の制服を着て、胸には略綬が下がっている
「議長、退避下さい。危険で御座います」
男はタバコを握ったまま、腕を組んだ
「まさか、戦術機でも出たのか」
「日本軍の大型戦術機がソ連大使館に出現しました」
彼等は、驚嘆した
「まさか、ゼオライマーが……」
アーベルは、眼鏡を持ち上げた
「ゼオライマーとは何かね……」
男は驚きのあまり、タバコを持った手で彼を指差した
「例の、支那で大暴れした機体だよ」
男は、人民警察大佐の方を向く
「同志大佐、君は急いで、近隣住民の安否確認を所属する警察部隊にさせよ」
人民警察大佐は、敬礼すると、大急ぎで駆けて行った
男は、室内にある電話を取ると、ダイヤルを回す
通話が始まると、次のように告げた
「米大使館へ電話を入れろ」
電話を一旦(いったん)切ると、受話器を置く
彼の方を向いて、こう告げた
「お前さんは、一旦家に帰れ。
申し訳ないが、今から緊急閣議だ」
彼は頷く
「最後に、言っておくが茶坊主共が何をしでかすか、解らん」
ソ連の茶坊主と呼ばれるモスクワ一派
その首領格のシュミット保安少将……
策謀に気を付ける様、男は彼に釘を刺した
「女房と、娘さんは何処か、頼れるところに預けさせる準備でもしておけ」
彼は顎に手を置く
「娘は、軍の学校に居る」
「そいつは安心だ」
彼は右手を上げる
「一旦寝に帰ったら、また来る」
男も右手を上げて応じる
「お前さんも無理するなよ」
「お互い様であろう」
彼は、ドアを閉めて通路に出る
急ぎ足で警備兵の案内を受け、宮殿を後にした 
 

 
後書き
ソ連軍の部隊名は露語を英訳した文章を参照し、重訳した物です
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