冥王来訪
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第二部 1978年
ミンスクへ
乱賊 その3
前書き
今回も3分割にしました
木原マサキは、ある建物に着くなり、後ろから目隠しと手錠をされ、連れ込まれた
部屋に着くなり、手荒く扱われる
その際、腕時計を奪われる
唯一、私物で持ち込んだセイコー5
異世界に転移しても、自動巻き故に狂いはしなかった
流行の電子時計などであったら、恐らく壊れていたであろう
物には執着しない方ではあると自覚していたが、使いやすく手放せなかった
椅子に紐で縛り付けられると、彼を誘拐した男達の他に数人の人物が入って来る
彼等は、強い照明をこちらに当てる
顔を背けようとすると、後ろから屈強な男に押さえつけられた
「貴様が、木原マサキだな。
早速ではあるが、超兵器の設計ノウハウを持つお前に我がソビエトに協力してもらいたい」
40がらみの男が、彼に声を掛ける
青白く不健康そうな顔をしている
彼は男の姿格好から、研究者或いは科学者と見立てた
「貴様等が、作った超能力者擬きがどれ程の物かは知らぬが……。
人攫い迄せねばならぬほどの基礎科学の無さには、聞いて呆れる」
その男の顔をまじまじと見る
「貴様等が国は、広くて資源もあり余るほどなのに経済規模はイタリア以下と聞く。
格安の突撃銃、ご自慢の宇宙ロケット、何にせよ
技術もナチスドイツのを露骨に盗んだものばかりではないか」
彼は哄笑する
その瞬間、拳骨が飛び、頬に当たる
痛みと共に口の中から血が流れ出るのが判った
幸い、奥歯は欠けていない様で、安心する
男は、大型の自動拳銃を脇の下から出すと、彼に向ける
「もうそれくらいで、弁明は良かろう。断ればどうなるか」
その刹那、雷鳴の様な轟と銃火が室内に響く
彼の真横を弾丸が通り過ぎる
強烈な耳鳴りとそれに伴う眩暈
「お前は科学者として、超兵器の製作ノウハウを得た」
男は拳銃を片手に持ち、彼の周囲を歩く
「しかし日本政府に協力する事を拒み、支那へ身を隠した。図星であろう」
彼は不敵の笑みを浮かべる
「天下御免のソ連KGBが、その程度とは聞いて呆れるわ。
貴様等が、精々隠し通せた事を言ってやろう
ポーランド人をスモレンスクで2万ほど殺した事や、戦前から建てたシベリア鉄道建設計画。
捕虜を使い、鉄道建設に従事させる……。
その程度であろうよ」
男は、その言葉に震撼する
秘中の秘である『カティンの森』事件の全容や、強制収容所の運営方法を知り得ていたのだから
マサキは、賭けに出た
腰のベルトにある次元連結装置の子機が無事なのを確認すると、彼等を煽って冷静さを失わせる
虚を突いて、次元連結システムを作動させる準備に取り掛かった
「貴様は、やはり生かしてはおけぬな」
別な男が前に出て、自動拳銃をこちらに向ける
「待て、こいつから秘密を聞いてからでも遅くはない」
彼は苦笑する
「俺がその秘密を教える代わりに、オルタネイティヴ3計画を教えてくれぬか」
「良かろう。
我がソビエト連邦では、すでに対象の思考を読み取ったり、対象に自身の持つ印象を投射する能力者の開発に成功した」
彼は、その男の話を真剣に聞き入る振りをする
「具体的に申せば、超能力の素質を持つ人間同士を人工授精により交配させ、遺伝子操作や人工培養を行うことで、より強力な超能力を人為的に生み出した」
緩んだ紐から右腕が動かせるのが判った
「我等が望んだことは、言葉の通じぬBETAを相手に直に思考を判読させる事によって情報を収集し、直接的印象を投射する事で停戦の意思疎通を実現させるという事だ。
そしてそれは既に、実用段階に入り、成功したのだ」
鎌を掛け、彼等が本心を吐露させた
今の話は、恐らく子機にある記憶装置にほぼ全てが収録されているであろう
後ろより黄緑色の透明の液体を持った兵士が、男にそれを渡す
男はコップに開けると、それを彼に見せる
「これが何か分かるか」
彼は、溜息をついた
口から、先程の拳骨で傷ついた唇の血が流れ出る
「大方自白剤であろう」
男は、冷笑する
「今日は気分が良い。冥途の土産に教えてやろう。
わが科学アカデミーでは、既存の阿芙蓉やLSD、コカインの比でない低依存、強向精神性作用のある特殊な蛋白質の開発に成功した」
男は、『指向性蛋白質』について語った
「これを一口含めば、他人の思考操作は自在になる。
しかも、人体を傷つけずに体内へ直接薬剤などを投与できるとなれば、容易に洗脳工作も可能になる」
彼は哄笑する
「所詮貴様等は、匈奴の血を引いた蛮族よ。
あの輝んばかりの古代支那や、ギリシャの科学を継いだ回教国の諸王朝より、簒奪した文物で、やっとこさユーラシアを支配する準備をした蒙古人の落とし子にしか過ぎぬ事がハッキリした」
左手も、自由に動けることを確認した
彼は続ける
「ギリシャの坊主が説法した折に文字が無い事を不憫に思うまで、文字すらなく。
先史時代を調べようにも土器の破片すらなく、陵墓や遺構の数も少ない。
法や約束の概念もない。
紛う事なき、スキタイの蛮人ではないか」
男は、スキタイという言葉に激怒した
その言葉は、嘗て蛮人としてのロシア人を指す言葉として用いられた経緯を持っていたからだ
自動拳銃を彼の眼前に差し出す
その刹那、彼はベルトのバックルに両手で触れた
眩い光が室内に広がる
ほぼ同時に衝撃波が広がり、銃を構えた男は周囲で待ち構える兵士共々壁際に押し付けられる
室内にあるすべての物が、宙を舞う
彼は、紐を振りほどくと立ち上がり、こう吐き捨てる
「これは、貴様等が見たかった次元連結システムの一部だ」
彼は冷笑する
痛む口内と血が流れ出る唇を懐中よりハンカチを出し、抑える
自身も、重力操作に耐え切れなくなり、膝をつく
部屋が揺れ、壁に立った兵士たちが倒れ込む
敷地内に警報音が鳴り、怒号が聞こえる
彼は、この振動を感じると、立ち上がる
表情を強張らせ、一言漏らす
「お望みの物が、どれ程の物か、篤と見るが良い」
横たわる兵士に歩み寄る
その兵士の左腕から、奪われた時計を取り戻す
腕に嵌めて、窓を椅子で叩き割り、窓より身を投げ出した
後書き
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