SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第三章 ~心の在処~
その四
「稟にプリムラ? まだ帰ってなかったのか」
校舎を出た所で柳哉が声をかけてきた。
「ああ、ちょっと一年の教室の方にな……」
それだけで察したのか、それ以上の追求は無かった。
「じゃ、帰るか」
「ああ」
こくり、とプリムラが頷く。
「しかし、こうして見ると仲のいい兄妹みたいだな」
稟とプリムラの繋がれたままの手を見ながら柳哉が口を開く。その口調はからかうようなものでは無く、どこか優しげだ。もしかしたら自分達を重ねているのかもしれない。
「確かにな」
「プリムラ、稟に“お兄ちゃん”って言ってみな?」
「おい柳……」
プリムラは稟よりも二十センチ以上背が低い。稟と目を合わせようとすると、当然、見上げる形になる。さらに現在、二人は手を繋いだ状態だ。要するに至近距離。故に若干上目遣い気味になる。その結果、
「……お兄ちゃん……?」
「「……っ!」」
年下の美少女に、上目遣いで“お兄ちゃん”と呼ばれる。無表情なのが玉に瑕だが、妹属性を持たない稟であってもどこかクるものがあった。
「……?」
分かっていないのだろう、きょとんとしているプリムラ。
「ま、まあそれはいいとして、だ」
少しどもっている柳哉。若干だがダメージがあったようだ。何のダメージなのかは聞いてはいけない。
「プリムラは今日はうちのクラスに入り浸ってたが、自分のクラスで友達を作ろうとは思わないのか?」
「そうだぞプリムラ」
どうにか復活したらしい稟も乗ってくる。
「……稟が、いるから……」
「そうは言ってもな、この時期、同年代の友達はいたほうがいいぞ? それに魔王陛下もそれを望んでいると思うぞ。なあ?」
そう言いつつ、稟の肩に手を回して乱暴に引き寄せる。稟が何か文句を言っているが無視。
「……そう……?」
「ああ。プリムラのことも、ネリネと同様に娘と思ってるだろうしな」
「……そう……」
少し間が開いた後、プリムラが口を開く。
「……稟も……」
「ん?」
「……稟も、私に……友達を作って欲しい……?」
「もちろんだ」
でも、と続けるプリムラ。
「……分からない……友達って、どうやって作るの……?」
「それは……」
「……」
稟が言葉に詰まり、柳哉はそんな稟の様子を見ている。目で柳哉に助けを求めるが、柳哉は答えず、ただじっとこちらを見ているだけだ。と、不意に頭に閃くものがあった。
(試されてる、のか?)
柳哉の目を見る。こちらをじっと見ているのには変わらないが、予想が確信に変わった。
(とはいってもな……)
友達はどうやって作るのか? 難しい問題だ。そもそもこれといった答えが無い。十人に聞けば十通りの答えがある。十人十色、人それぞれだ。しかしこの場合、それでは意味が無い。ならばどうすればいいか?
(結局の所、自分の経験を話すしかないか)
「そうだな、まずは……」
「……まずは……?」
「話すこと、だろうな」
「……話す……?」
「ああ、別に何でもいい。好きな食べ物、とか好きな動物、とかな。本当に何でもいい。まずは話すことだ」
それは稟が幼い頃、楓や桜、柳哉と友達になろうとした時に実際にやったことだ。人見知りが激しく、家族や桜以外とはほとんど話さなかった楓と。心を許した相手にはよくなつくが心を許していない相手に対しては消極的になる桜と。そして、寂しがりのくせに人を寄せ付けない雰囲気を放っていた柳哉と。
「……やってみる……」
「ああ、まずはチャレンジだ」
そんな二人を柳哉が優しい目で見ていた。
* * * * * *
芙蓉家の玄関前。
「あー、プリムラ」
「……何……?」
「先に戻っててくれるか?」
「?」
「楓には少し遅くなるって伝えといてくれ」
プリムラは首を傾げていたが、すぐに頷き、家に入っていった。
「場所を変えよう。緑公園でいいか?」
「ああ」
二人の行動を見て察した柳哉が提案し、稟がそれに答え、そのまま緑公園に向かって歩き出す。その道中、二人の間に会話は無かった。
緑公園に到着。稟はブランコに、柳哉はその柵に座る。四日前の夜と同じだ。
「……」
「……」
両者共に無言だが、二人にははっきりとした違いがある。稟はどう切り出そうかを考えており、柳哉はそんな稟を静かに見ている。やがて稟が口を開く。
「聞きたいことが、いくつかあってな……」
「ああ。楓のことと、プリムラのことだろう?」
やはり気付いていた。この幼馴染の察しの良さ、勘の良さはどういうことなのだろうか。
「ああ、まずは楓のことなんだが……」
「一昨日の夜、楓に何をしたのか、か」
頷くことで肯定する。
「その前に、だ。あの後どうなったのかを聞いてもいいか?」
稟は少し逡巡したものの、すぐに話し始めた。
* * * * * *
「そうか」
「ってやけにあっさり言うな?」
「まあ、あの様子なら楓はもう大丈夫だろうって思ってたしな」
「ああ、で?」
「大したことはしてないんだけどな」
稟に促され、柳哉も話し始める。
「光陽町に帰ってきてから、正確には楓と再会してからかな、楓に対してどうも奇妙な感情を抱いている自分がいた」
初めは稟に尽くす楓を見た時だった。嫉妬かとも思ったが、ならばその感情は稟に向くはずだ。ならば何なのか。
「意味不明な感情ってのはどうにも気持ち悪くてな、もしかしたら八年前の事が関係してるんじゃないかと思ってな。まあ、ただの勘だったが。それを口実に八年前の事故に端を発する一連の事を聞き出したわけだ」
そして楓の口からその事を聞いた柳哉は、
「許さない、と言った」
「へ?」
「だから許さない、と言ったんだ。正確には、『俺は楓を許さない。例え稟が許しても、桜が許しても、楓自身が許しても、世界中の全ての人が許しても』
――俺だけは、水守柳哉だけは、芙蓉楓を、未来永劫、許さない――
そう言った」
絶句。
それを聞いた時の稟の表情はまさにそれだった。
「楓はその後すぐに家を飛び出していったよ」
「な……どうしてそんなことを!?」
「少し落ち着け」
「柳!」
「落ち着かないとこれ以上話さないぞ」
思わず大声を上げた稟だが柳哉の台詞に口をつぐんだ。言いたい事は山のようにあるが、それらは飲み込み、心を落ち着けることに専念する。
「……それで?」
「ああ、その前にだ。楓には二つ、罪の意識があったんだ。」
「二つ?」
一つは言うまでもなく、稟に対する罪悪感。そしてもう一つは……
「許されてしまったことへの罪悪感」
「は?」
「さっきの稟の話だ。お前、楓を許したって言ったろう?」
そもそも楓が真実を知ってから二年余りが経っている。その間、稟は一度も楓を責める事をしていない。となれば、
「楓は稟に許されているという事を知っていたんだよ。あくまでも楓自身、全く意識していない所でな。というか本人さえも気付いていない所で」
「……」
稟、再び絶句。無理も無い。
「……大丈夫か?」
深呼吸を何度かして、気持ちを落ち着ける。
「ああ、続きを頼む」
「ああ。で、楓の『愛しています、でも好きにならないでください』っていう言葉もその二つの罪から来ていると言える」
「でも、前者の方はともかく、後者の方は……」
「許されない事をしてしまった。でも許されてしまった。しかも一切の罰を受けることも無く。さらにその相手が“大好きな稟君”だぞ? 楓が『ああ良かった』なんて胸を撫で下ろすような奴だと思うか?」
思わない。楓はそんな奴じゃない。稟の表情がそう語っていた。
「楓のあの言葉も、もしかしたら自分で自分に科した罰なのかもな」
「楓……」
「続けるぞ。そこで俺がやったことに繋がる」
「楓を許さない、か?」
「ああ」
楓を、楓の罪を、未来永劫許さない。そうすることで逆に楓を救う。何のこっちゃ、と言われるかもしれないが、罪を犯したのに何の罰も無いまま許される、というのは罪の大きさにもよるが意外にきつく、しかも長期に亘って続いたりもする。楓のような良心的な“いい子”ならば特に。何らかの罰を受けることで、心が軽くなった経験は無いだろうか? 罰というものにはそういう効果もある。楓が自ら引いた境界線を自ら越えることができたのも、それがあったからと言えるのではないだろうか。
「楓が飛び出していったのも、その辺りが上手く理解できていなかったからだろうな」
そして光陽公園に辿り着き、落ち着いて考えてようやくそれに気付いた、ということだろう。
「なあ柳。もしかして桜が光陽公園にいたのも……」
「ああ、偶然じゃない。桜にはそのためにいつでも出られるように自宅で待機してもらってた」
そして楓が飛び出していってすぐに連絡をした、というわけだ。ちなみに楓がどこに向かっているかは魔法による探知を利用して知った。そして楓は桜と、次いで稟と合流。その後、芙蓉家の庭で再度、稟と“約束”を交わした、というわけだ。
「とまあ、こんな所だ」
「なあ、柳」
「ん?」
口を開いたが、声が出てこない。あれほどの察しの良さ、勘の良さに、さらにこれほどまでに用意周到な計画を立てるだけの頭脳。自分達の知らない間にこの幼馴染に何があったのか。それを聞きたかったが、何故か聞いてはいけないように思えてしまい、出てきたのはこんな台詞だった。
「……楓に対して抱いていた感情っていうのは?」
「……ああ、それはきっと……」
――同族嫌悪――
「え?」
「俺も以前、楓と似たような事をやっちまった、って事」
そう言って柳哉は立ち上がる。
「そろそろ夕飯の支度も終わってるんじゃないか? それに、あんまり遅くなると楓が心配するだろう」
「あ、ああ」
確かに、既に空は暗くなり始めている。
「それに、下手をすればあのお二方が動くかもしれないぞ? 今やお前は頭に超がつくほどのV・I・Pなんだからな」
「よし、帰ろう」
即決。あの二人なら充分あり得る。
「おう。それじゃ、また明日な」
「ああ、また明日」
挨拶を交わしてそれぞれ帰宅する。プリムラの事を聞き忘れていたことに稟が気付いたのは、就寝前にプリムラが稟のベッドにもぐりこんできた時だった。
後書き
楓の罪の意識等については私の独自解釈です。
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