渦巻く滄海 紅き空 【下】
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五十七 死者の生還
前書き
今回は、【根】に潜入した水月と再不斬(水分身)の場面です。
前回前々回のカカシ&ヤマトVSナルト&再不斬、シカマルVSナルト&飛段、と同時刻に起きている事柄です。
ややこしいですが、ご了承くださいませ。
またタイトル変更しました…!あまり変わりませんが、ご容赦ください〜。
「いい機会だから聞いておきたいんだけど」
深く深く、地下の淀んだ世界。一筋の光さえ射し込まぬ、木ノ葉を影で支える組織。
それでいながら木ノ葉と相反する闇の根城。
木ノ葉の暗部養成部門【根】の本拠地に乗り込み、目的である兄を奪還した鬼灯水月は傍らの男を見上げた。
「アンタの得物は首切り包丁なのに、なんでその名の通り首を切らないんだよ?」
水分身だとわかっていても前々からずっと聞きたかった事柄。
霧隠れ七人衆の忍び刀のひとつ。喉から手が出るほど欲しいソレを、隙を見て掻っ攫うつもりで再不斬率いるナルトと行動を共にしている水月がひっそり観察し続けるも解消されなかった疑問。
首切り包丁と呼ばれる通り、首を狩るかと思いきや、水月が知る以上再不斬が誰かの首を斬ろうとした気配はない。
唯一、鬼鮫との勝負を邪魔した自分自身の首が危うく斬られそうになったものの、それも未然で踏みとどまっている。
殺されたかったわけではないが、あの霧隠れの鬼人と呼ばれた男が首を斬らないなんて、どうにも信じがたい。
地下にあるとは言え、天井には幾重もの電線が張り巡らされている。
薄暗い廊下を並行して走っていた再不斬は、チラッと面倒くさそうに水月へ視線を投げた。
「あいにく、予約済みなんだよ。アイツが落とす首はもう決まってんだ」
角都&飛段の不死コンビとの戦闘に赴いている本体が首切り包丁を持っている故に、水分身である自分の手には今現在ない愛刀を思い浮かべ、肩を竦めてみせた。
首切り包丁をアイツと親しみを込めて呼ぶ鬼人は、まるで己の愛刀が手元にあるかのような口振りで答える。その返事は、どこか誇らしげなものだった。
「俺の愛刀が斬る首は、後にも先にもただ一人だ」
それきり答えてくれなさそうな気配を察して、水月は不服そうにしつつも押し黙る。
何故なら現状、そんな悠長に会話していられないからだ。
追っ手の攻撃を掻い潜りながらの逃走。
【根】の忍び達からの追撃を避けながら、水月は水…否、兄の入った水筒を大事に抱え直した。
そもそも再不斬があえて木ノ葉隠れの里に連行されたのは、水月の兄である鬼灯満月の奪還が理由である。
水月の兄である満月は元々、忍び刀七人衆の刀全てを使いこなせ、実際に何本かその刀を持っていた。
しかし忍刀目当ての【根】により満月は【根】に捕らわれてしまったのだ。
忍刀を収集するにあたり、ついでに捕らえたというものだったが、満月自身が水月と同じく水化の術という稀有な能力を持つ上、『鬼人の再来』と称されるほどだったため、その能力を惜しいと考えたダンゾウによって今まで水槽に監禁されてきた。
故に、再不斬が木ノ葉の里に持ち込んだ水筒の中に【水化の術】で液化した水月が秘密裡に【根】の根城に侵入。
水量から十歳ほどの子どもの姿となっているものの、【根】に囚われの身となっていた兄をようやくこの手に取り戻すことが出来た。
水槽から助け出した満月は自身が潜んでいた水筒の中に再び【水化の術】で入ってもらっている。
永い間、水槽で囚われの身だったのだ。
体力も筋力も衰えている兄を連れて逃げるのは至難の業。
それならば、液化した兄を水筒に入れて運んだほうが効率が良い。
【根】に所属している暗部に見つかったものの、すぐに再不斬の水分身によって助けられた水月は唇を尖らせる。
再不斬本人は五代目火影との取引に応じ、今現在里外で『暁』である角都と交戦中だ。
だが水分身をわざわざ残していくなんて自分の力は信用していないのか、と不満を募らせる。
その不満は再不斬だけではなく、おそらく再不斬に命じていたナルトへも向けられていた。
だから、【根】に追われている身であるにもかかわらず、水月は悪態をつく。
「人を殺した事もない甘ちゃんになんで従ってるんだよ…霧隠れの鬼人ともあろう者が」
決して口には出さないが、霧隠れの鬼人である再不斬に憧れていないわけではない。
故にナルトに従う再不斬なんて正直、見たくもないのだ。
今までナルトの力を目の当たりにしたことのない水月の悪態を、再不斬は鼻で嗤った。
「ハッ、アイツが甘いだと…?おいおい、俺を笑い殺す気か」
ククク…ッ、と耐え切れないとばかりに、腹を抱える。走る速度こそ落ちていないものの、心底愉快げに再不斬は笑った。
一頻り笑った後、水月へ視線を投げた鬼人は唇の端を吊り上げてみせる。
「アイツはな、殺しが出来ないんじゃない。やらないんだ─────解るか?この違いが」
大体、殺したことがないわけじゃない。
今でこそ虫も殺さない柔和な人間に見えるだけで、かつてのナルトはそれはもう凄かった。
それこそ、言い表せないほどに。いや、言葉にはしたくないくらいに。
なんせ殺気だけで人を気絶させることが可能の存在だ。
いや、あれは遠く離れた場所だったからこそ気絶で済んだのだ。
だからこそ、甘いだなんて世迷言を口にできる水月を、再不斬は嗤った。
「それにな。甘ちゃんなのはテメエも同じだぜ?」
そう言うなり、印を結んだ再不斬は水遁で足場を水浸しにする。
なにするんだ、と文句を言おうとした水月は、直後再不斬に「そこで軽く飛んでみな」と促され、眉を顰めた。
「ええ…それカツアゲの常套句…」
「殺すぞ」
いいからさっさとしろ、と催促され、渋々その場で跳躍した水月を確認するや否や、再不斬は素早く頭上にクナイを投擲する。
途端、水月を天井裏からこっそりと狙っていた【根】の忍び達が再不斬のクナイによって墜落してきた。
致命傷には至らないものの、掠る程度には負傷したらしい。
バシャっと水音を立てて墜ちてきた【根】の数人がすぐさま戦闘態勢を取ろうとした瞬間。
「ぐわッ」
「がっ」
今し方投擲したクナイの本命。
天井に張り巡らされていた電線が断ち切られ、足元の水に落下。
バチバチッと火花が弾ける。
感電して動けなくなった【根】の忍び達を見遣って、水月と同じく跳躍していたことで無事だった再不斬が、ふん、と鼻を鳴らした。
「これも奴とつき合って身についた知恵だ。ま、さしずめ俺は奴の牙だがな」
水月と再不斬の隙を窺って、天井裏に潜んでいた【根】の忍びを、突然間抜けな行動を取ることで隙を見せた水月を囮にして誘き寄せる。
同時に忍び達を落とすと共に、天井に張り巡らされている電線を断ち切る。
前以て足元を水浸しにしておいたのも、墜落してきた忍び達を感電させる為だ。
水は電気をよく通す。
身を潜めている連中を、囮を用いて誘い出し、一網打尽にした再不斬の言葉に従い、感電から逃れた水月は、暫くの後、ハッ、と我に返った。
「っていうか、ボクを囮にしたのかよ!?」
「喚くな。だから前以て忠告しただろーが」
感電しなくてよかったな、とぬけぬけと嗤う再不斬に、ギャンギャン噛みついていた水月は、不意に何かを投げて寄越され、眼を白黒させた。
「それじゃ、てめえは邪魔だからソレ持って、とっとと雲隠れしやがれ」
「なにさ、コレ」
「時が来れば知らせる、だとさ」
主語をあえて言わない再不斬から、この巻物を用意したのがナルトであり、知らせるという伝言も彼なのだろう、と水月は察した。
直後、再不斬に視線で促され、背後をチラッと見遣る。
先ほど感電させた忍び達…仲間を見て憤ったのだろう。
より一層濃厚な殺意を感じる。
【根】の追っ手からの殺気を背に受けつつも、平然としている再不斬を水月は若干不服そうに見上げた。
だが満月を無事に奪還させることが目的である以上、戦闘になれば水筒の中身が零れてしまう。
それだけは避けねばならない。
再不斬の目配せに頷いた水月は、巻物と、そして兄が入っている水筒を抱えると、その場を立ち去った。
「さて、」
水月の気配が遠ざかったのを見計らって、再不斬は地を駆ける足を止めた。
くるっと身体を反転させる。
待ち構える姿勢の霧隠れの鬼人を見て取って、【根】の忍び達は各々、身構えた。
「逃げられないと悟って観念したか…ッ」
「いやぁ?」
吼えた追っ手に、再不斬は面倒くさそうに欠伸を噛み殺した。
「鬼ごっこが飽きただけさ。追われるより追うほうが性に合ってるんでね」
鬼と呼ばれる男らしく冷笑を浮かべる霧隠れの鬼人を前にして、【根】の忍び達は気圧される。
ほんの一瞬の隙。
だが鬼人にはそれで事足りた。
「隙を見せるなんざ、随分余裕じゃねぇか…──【水遁・大瀑布の術】!!」
刹那、再不斬の周囲に水円が迸る。
円から打ち上げられた多量の水が津波となって【根】の忍び達へ押し迫った。
波に圧し潰されかけ、流されるのを耐えていた忍び達の視界が不明慮なものとなる。
大波のせいじゃない。
いつの間に印を結んだのか。
【水遁・大瀑布の術】と共に仕掛けた【霧隠れの術】により、濃霧が立ち込めている。
その霧の中に、再不斬の姿はとっくに掻き消されていた。
「てめぇらの主人に伝えろ」
姿こそ見えないものの、深い霧の中、声だけが響き渡る。
「俺はてめぇが無断で拝借したもんを返してもらっただけだ。追いたきゃ追ってきな。その時は今までてめぇが抱え込んできた胸糞悪い秘密を、てめぇの部下に全部ぶちまけてもらうがな」
霧隠れの鬼人の声音が、濃霧に轟く。
どこから聞こえてくるのか。どの方角にいるのか。
方向が掴めない。
だが相手の居所よりも、自分達の主であるダンゾウの抱える秘密とやらに、【根】の忍び達は困惑した。
侵入者を追ってきただけで再不斬が何故、【根】の本拠地にわざわざ乗り込んできたのか、彼らは知らないのだ。
ダンゾウが鬼灯満月を監禁していた事実など知り得ぬ【根】の忍び達は、再不斬の言葉の真意を測りかねていた。
「火影直々の依頼もあるんでな。こんな里、とっとと抜けさせてもらおう…追ってくるのは構わねぇが、当然、殺される覚悟あってのことだろうなァ」
既に再不斬本体は、五代目火影の依頼である『暁』の不死コンビたる角都&飛段のどちらかと交戦している。
が、そうとは言わず、あくまでも火影自らが自分に依頼をしてきたことを強調して、再不斬は嘲笑った。
兼ねてより火影の椅子を望むダンゾウをわざと煽るような言付けをあえて投げてから、再不斬は印を切る。途端、その身がバシャっと崩れた。
水分身であるが故、ただの水に戻った再不斬は【水遁・大瀑布の術】で引き起こした多量の水へ滴下する。水の一部となった再不斬に、【根】の忍び達は気づかない。
その上、この霧だ。
姿形、気配でさえ消えてしまった鬼人に、自分達の包囲網から抜け出したのだ、彼らは確信する。
つい寸前まで対峙していた相手の正体が水分身だと、冷静さを欠いた【根】の忍び達の脳裏には微塵も閃かなかった。
取り囲んでいた自分達【根】から易々と逃げ出した再不斬の行く先を里外だと判断する。
急ぎ、主のもとへ駆け参じようと、ダンゾウの配下である【根】の忍び達は、もはや泉と化した地を蹴った。
主である志村ダンゾウが自分達に秘密を抱いている。
再不斬の言付けに、まんまと猜疑心を煽られながら。
【根】の本拠地に潜入し、【根】の忍び達に強い印象を残して消えた水分身の桃地再不斬。
そして生き埋めにしたはずの飛段と、謎の人物がシカマルの前へ立ちはだかり。
角都の心臓を抉り出した謎の人物と本体である再不斬を、カカシとヤマトが捕獲しようと動く。
これらは全て、ほぼ同時刻に行われてきた。
折しも、シズネがもたらしてきた報告に五代目火影が頭を抱えていたのもまた、ほぼ同時刻であった。
「……遺体が消えた?」
ただでさえ、『暁』の飛段&角都の侵攻に頭を悩ませ、先走ったシカマル達十班の援護にカカシと再不斬を向かわせたところだ。
火影室で苛立ちを募らせていた綱手は、シズネの報告に眉を顰める。
低い声音に「あひいっ」と悲鳴をあげたシズネだが、綱手に聞き返され、顔を引き締めた。
「どういうことだ?回収はしたのだろう?」
「もちろんです」
忍びの死体は情報の宝物庫だ。
遺体を敵に調べられて、特異な体質であることを看破されたり、弱点などを把握されることを避けねばならない。故に、仲間の遺体ももちろん回収する。
それは弔うという意味合いもあるが、特に忍びの遺体は重要である為に、葬儀こそ執り行うものの、墓は見せかけのもの。
実際の遺体は厳重に保管している。
故に、飛段との戦闘で殉職した猿飛アスマの死体ももちろん回収し、厳重に保管している。
いや、していたはずだった。
だが。
「アスマの遺体が消えたとはどういう了見だ?よもや盗まれたなどと…」
「そんなはずは…っ!忽然と消えたんです」
狼狽するシズネの前で、綱手は顎に指を添わせた。
思案顔を浮かべるその唇から自然と、思いついた術が転がり出る。
「……影分身…?」
「まさか!」
綱手の発言に間髪を容れず、シズネは否定を返した。
「医療班の眼から見てもあれはどう見たって、影分身ではなく人体でした!」
飛段との戦闘で亡くなったアスマの遺体は里に持ち帰ってすぐに、シズネ率いる医療班が隅々まで検死している。
「だが、勝手に消えたとなると筋は通る」
「しかし…」
納得できかねる、とシズネは顔を顰める。
アスマの遺体は長期に渡り、遺体安置場にあった。どこかの忍びの影分身がアスマに変化して、遺体に成りすますなどと、どんな芸当ができるはずもない。
それがアスマ本人の遺体ではなく、誰かの影分身であるのならば、アスマの死体はいつから無かったのか。
(…或いは、最初からか?)
困惑するシズネの前で、顎に指を添わせながら綱手は眉根を寄せた。
飛段に殺されたアスマの遺体が、最初から誰かの影分身だったという考えに思い当り、そんなはずはないか、と彼女は己の考えを即座に否定する。
実際は真実に辿り着いているのだと気づかずに。
「しかし。仮に影分身だとすれば…」
シズネとて、綱手の弟子なのだ。
医療忍者としてかなりの腕前を持つ彼女の眼を誤魔化すなど、とても信じられない。
たとえ、どれほど変化の術が上手くても身体の構造といった医療技術の知識が無ければ、医療班を長期に渡って遺体に見せかけるなど不可能だ。
忽然と消失したアスマの遺体。
その件で頭を悩ませるシズネに、五代目火影は冗談を口にする。
「我々の医療忍術より遥かに上の医療技術の持ち主と言えるな」
その冗談は、実のところ、的を射ていた。
五代目火影とシズネが話題にしていた遺体。
いや、遺体などではなく生きているその身体を、偶然、彼女は見つけた。
木ノ葉の里を一度抜け、今再び里に舞い戻り、現在【根】の忍びとなっているくノ一。
角都と飛段を捕らえて『暁』の情報を聞き出せ、と木ノ葉の暗部養成部門【根】の創設者であり、『忍の闇』の代名詞的存在である男……志村ダンゾウに従い、角都と飛段の居所を探っていた彼女は、折しも発見した。
三つ編みにした桃色の長い髪が、大木の幹にもたれかかる男の顔にかかる。
葬儀にも秘かに参加していた彼女は…春野サクラは相手の息を確認し、益々困惑した。
「アスマ…先生?」
サスケを追って里を抜ける前に、何度か言葉を交わしたことのある十班の先生。
猿飛アスマ。
『暁』との交戦にて命を落としたはずの男が生きている事実に。
後書き
アスマ発見やら再不斬(水分身)の意図やらはまた後日説明させていただきます。
慌てて書き上げました…2月って短い…(泣)
次回もどうぞよろしくお願い致します‼
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