冥王来訪
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第二部 1978年
ミンスクへ
青天の霹靂 その4
帝政イラン ホラーサーン州 マシュハド
有数の地方都市であり、シーア派の巡礼地である彼の地
歴代王朝が建立した荘厳な霊廟や、寺院
嘗てサファビー朝時代に築かれ、帝政ロシア軍が爆破したイマーム・レザー廟
黄金で覆われた大伽藍に、モザイク模様の豪奢な拝殿
羊毛で織られたペルシア絨毯が敷き詰められ、シャンデリアの吊るされた回廊
この街を象徴する寺院の一つであり、重要な観光資源であった
その都市は1974年10月のハイヴの出現によって事情は変わる
巣穴から這い出て行く異星より来訪した禍々しい化け物
隣国ソ連は予防攻撃と称して、中央アジアのトルクメンから核飽和攻撃を実施
(トルクメン・ソビエト社会主義共和国は、今日のトルクメニスタン)
およそ300機の重爆撃機と1500発近い爆弾に、地上配備型の核弾頭搭載ミサイル数十発
旧市街を含む、この都市の全てが、一瞬にして灰燼に帰したのだ
その様な攻撃をもってしても、BETAの進撃にとっては時間稼ぎにすらならなかった
マサキは、その核飽和攻撃をもってして為し得なかったハイヴ攻略を、数時間で行う
《メイオウ攻撃》
ゼオライマーの胸部より発射される同攻撃は、全ての原子を無に帰す効果があり、照射時間も無限
彼は、鉄甲龍本部を吹き飛ばした同等の威力の攻撃を、上空より実施
カシュガルハイヴの時と同じように、光線級の強烈な対空砲火を恐れた
BETAの群れは、ただ周辺を彷徨うばかりで、近寄らなければ能動的な反応は無い
紐の切れた操り人形の様で、その不気味さを訝しむ
前回の時の様に縦穴から潜ると、内部から爆発させ、構造物を崩壊させた
数十キロ先に退避させたイラン軍と派遣されていた中近東諸国の連合部隊
彼等が備える陣地を睥睨するように通り過ぎると、再び西ドイツへ転移した
米国バージニア州ラングレー
同地にあるCIA本部にある人物が呼ばれていた
金髪で、レンズの厚い牛乳瓶の底の様な眼鏡を掛け、職員に案内される白人の男
ツイードの三つ揃えの背広を着て、右手には黒無地の兎毛で織ったテンガロンハットを持ち、左手には厚いB3の資料を抱え、茶色の編上靴を履いた足で大股に歩く
白地のシャンブレー・シャツに臙脂色のウール・タイ
その姿はまるで西部や南部の田舎紳士という支度であった
男の名前は、フランク・ハイネマン
彼は、航空機メーカー、グラナン社の戦術機開発部門に勤務
米国有数の若手技師として、期待の星と見られている
その様な事情もあってか、本人の意思とは無関係に日米合同の「曙計画」への参加を命ぜられた
夕闇迫る室内に入ると、シャツ姿で足を組んで床に座る長官が居た
室内は暗く、香が焚かれ、何やら画が掛けてある
長官は、案内役の声を聴くと立ち上がり、部屋の明かりをつけるよう指示した
閉じた目を開くと、左手に嵌めたタイメックスの腕時計を流し見した後、彼の方を向いた
「私も、今流行りのニューエイジ・カルチャーの研究をしていたのだよ。
なんでも西海岸では、BETAを神から使いと崇める狂信者共が出始めたと聞いている。
奴等は、阿芙蓉やマリワナの吸い過ぎで、気が狂ったかと思ったが違うらしい。
本気で、神に縋り始めていると言う事だよ」
左手に抱えた資料を置くと、机に座るよう指示されたハイネマンは、長官に問うた
「私の事を、呼び立てたのは、そんな世事に関する話ではないでしょう」
長官は、床に敷いた濃紺の羊毛製絨毯の上に立ち、ストレートチップの茶革靴を履きながら、応じる
「日本で新型戦術機が開発された話は知っていよう」
彼の顔色が豹変する
「篁という男が、この件で帰国したのは我々も掴んでいる。
君も浅からぬ間柄であろう」
靴を履くと、屈んで絨毯を巻き上げる
「ブリッジス君の事が、忘れられぬか。
あの貴公子に、寝取られたことを昨日の事の様に悔やんでいるのも分かる。
良い女なら、私の方で世話をしよう」
彼は、勢い良く立ち上がる
「その様な話をしに来たのではありません。
私は帰らせていただきます」
強い麝香が立ち込める室内で、男はオイルライターを取り出し、着火させる
『SALEM』の文字が掛かれた白と緑の紙箱から、白色のフィルター付きタバコを取り出し、火を点ける
紙巻きたばこを深く吸い込み、重く苦しい話から逃れるべく、バージニア種の甘みと薄荷の味付による爽快感
一時の安らぎを求めた
「待ちたまえ。君に詰まらぬ話をさせに来たのではない。
実は、大型戦術機のデータをわが方で得たのだよ。
彼等の機体は、核動力相当の新型エンジンで動いていると言う事が判明した」
「お待ちください。その話が本当であるならば、自分はこの案件には関係ありません。
それは、すでにロスアラモスの扱いです」
彼は語気を強めて、眼前の男に請う
「お願いです。私はこの案件には、関わりたくありません。
確かに、篁には複雑な感情は持っています。
ですが、技師としては、その様な操縦者への悪影響が計り知れない核搭載エンジンの戦術機という禁じ手は、魅力的です。
しかし、新元素の解明も途上の今、その様な怪しげなものに頼り切るのは、些か不安が拭えぬのです」
長官は、椅子に腰かけると、彼に向かって言った
「新型機のパイロットは、自分を何と評したか、知っているか」
訝しむ彼を横目に続ける
「《冥王》だそうだ」
思わず、目を見開く
「……つまり地獄の主と、自分から」
右手に握ったタバコを、灰皿に押し付ける
「そうだ、冥府の王と。
冥府の王の事を、日本では閻魔大王と言う
日本の仏教信仰では、閻魔大王は地蔵菩薩の仮の姿。
僧形に身を窶し、地獄の責め苦から救う、代受苦の菩薩と聞く」
「それがどのような関係が……」
「彼は、BETAの艱難から、我らの身代わりになって救ってくれる存在かもしれんと言う事だよ」
彼は、椅子に腰かける長官を見つめる
その表情は恍惚としており、壁を眺めている
彼は、思う
長官自身が、例の戦術機に魅了されている事を……
暫しの沈黙の後、長官は口を開く
「この件は、君の戦術機開発に役立つかもしれん。
また、機会があれば声を掛けよう。よろしく頼む」
彼は立ち上がって、送り出す長官に見送られる
職員の案内で、来訪者用の出口から退庁
帽子を被り、日の落ちた空を見上げながら駐車場まで歩いて行った
後書き
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