Fate/WizarDragonknight
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刻みし一閃の燈火
赤黒が広がる、禍々しい世界。
ヤマタノオロチの体内に侵入した美炎は、自らの体の異変を理解した。
自らの肉体を包んでいた、大荒魂の鎧が分解されていく。ヤマタノオロチという水へ、美炎の大荒魂という存在が溶けていく。
だが、構わない。既に美炎は見つけたのだ。
押し黙った表情をした、コヒメの姿を。
「コヒメええええええええええええええ!」
足場に無数の赤い炎を迸らせながら、ロケットのように美炎は発射。
美炎の手は、やがて取り込まれたコヒメの腕を掴んだ。
「捕まえた!」
「みほの!」
最後に分かれたのはほんの半日前なのに随分と久しぶりに感じる。
顔を輝かせたコヒメ。だがそれは一瞬、すぐにもとの表情に戻った。
「このまま出るよ!」
「待って!」
美炎を制し、コヒメが手を握ったままヤマタノオロチの体内、その奥を見つめる。
彼女の目線の先にいるのは、銀色の甲冑。それを身にまとった、長身長髪の青年だった。
彼は侵入者を見定め、その目を白く輝かせた。目から放たれた雷光に、美炎はコヒメを抱き寄せ、背中を向けた。
雷光は背中から火花を散らし、美炎は呻き声を上げた。
「何……!? 一体、何者なの!?」
だが、青年はそれには答えない。甲冑と同じく銀の剣で、美炎へ挑みかかって来た。
「やめて! ツクヨミ!」
「ツクヨミ?」
コヒメの叫びに、美炎は一瞬気を取られる。同時に、そのツクヨミと呼ばれた人物の剣を受け止めた。
「ツクヨミ……!? 一体、何者なの!?」
「ヤマタノオロチの、正体だよ!」
「正体……!?」
荒魂に正体というものが存在するのか。
美炎は驚きながら、ツクヨミと打ち合い続ける。ツクヨミは顔をしかめながら、美炎へ掌を翳した。
すると、白銀に輝く鞭が放たれる。
それは迷いなく美炎を拘束、締め上げる。
「うっ……!」
「美炎!」
美炎の悲鳴。同時に、その体に異変が生じていく。
「これは……!?」
美炎の体に宿る、大荒魂の力。それはだんだんと鞭を伝って吸収されていく。
やがて、漆黒の武装が粉々になり、現れる美濃関学院の制服姿。写シを張ったままの状態のものの、一気に全身が脱力してしまった。
「これは……!?」
「それは我が同胞の力だ。人間に囚われるとは、哀れな……」
とうとう、ツクヨミが口を動かした。
重く、威圧感のある声に、美炎の体が思わずすくむ。同時に、ツクヨミはその銀の日本刀を向けた。
「やめて!」
そのまま剣を振ろうとしたツクヨミの前に、コヒメが立ちはだかる。だが、
「そこを退け。我が同胞よ」
ツクヨミの声が、少しだけ柔らかくなる。
だが、コヒメは退くことはない。怯えた目ながらもツクヨミを睨み返していた。
ツクヨミは鼻を鳴らしながら、改めて美炎を睨みつける。
「貴様……我が同胞……とは言い難いな。貴様は荒魂か? それとも人間か?」
「わたしは、人間だよ」
そう言いながら、加州清光がツクヨミの鞭を切り払った。ツクヨミは鞭を振り払い、切り捨てた。
「人間? 貴様の体は、明らかに我が同胞のものだ。それに、そもそも人間なら、なぜ荒魂を守ろうとする?」
「友達だからだよ! 人間でも、荒魂でも関係ない!」
「ほう……」
ツクヨミは冷たい眼差しでコヒメを見下ろす。
「我が同胞よ。どうやら、貴様が言ったことは間違いだったようだ。今、この者は我を祓おうとしているではないか。どうやら、友人以外の荒魂は抹殺対象のようだ」
「それは……」
「それは違うよ!」
美炎は大きく否定する。
「わたしたち刀使は、むやみやたらに祓ったりしない! まあ、フッキーはちょっと怪しいけど……でも……っ!」
「戯言を!」
ツクヨミは、また目より雷光を放つ。
彼の主力たる遠距離攻撃に、美炎は数歩後ずさる。だが、即座に転がって回避、接近する。
だが、美炎よりもツクヨミの方が剣の出が速い。あっという間に防戦一方となっていく。
「出来ん……出来ん……!」
だが、優位な状況だというのに、ツクヨミは否定の言葉を紡いでいる。
「これまでも、人間は皆、我へ刃を向けてきた! 今も、過去も! 今更それを覆すことなどできん!」
ツクヨミの眼から、また雷光が放たれる。
美炎は加州清光を回転させ、発生した炎の壁を作り上げて防御する。
「この……っ!」
さらに、その隙にツクヨミ自身の剣技が襲ってくる。
防御した美炎は、そのまま打ち合いとなった。
「このっ!」
再び振るわれる銀の剣。それを掻い潜った美炎は、振り抜くと同時に炎を宿した。
激突によって、美炎の加州清光と、ツクヨミの剣がともに弾かれる。それぞれが回転しながら宙を舞う中、美炎はすでに拳を固めていた。
「!?」
「分からず屋!」
美炎の拳は、そのままツクヨミへ振るわれる。
ただの拳。だが、美炎の体内の炎により向上したそれは、神々の時代より憎しみを重ねた神の一柱を殴り飛ばした。
「!?」
「誰も許さないから、永遠に戦いは終わらないんだよ! でも、人間と荒魂はきっと共存できる! わたしとコヒメが、その証だよ!」
だが、ツクヨミは美炎を睨み続けている。
美炎は息を吐き、コヒメの肩を掴む。
「コヒメ、ここから……出るよ!」
「ツクヨミは……!?」
「今はできない。でも……!」
コヒメを胸に抱えた美炎は、一気に上昇していく。刀使の基本能力、八幡力。それは、赤と黒で構成されたヤマタノオロチの肉体をどんどん駆け上がっていく。
「逃がさんぞ。我が同胞。そして人間よ」
遥か下から、ツクヨミの声が聞こえた。
すると、それが実際にヤマタノオロチの肉体にも発生していく。美炎が突入してきた、可奈美が開いた傷口。その修復速度が加速していく。
だが。
「行くよ清光……! これが、最後の全力!」
コヒメをより強く抱き寄せた美炎は、全身を炎に包み込む。
この後のことなんてもう考えられない。今持つ全ての力をこの一撃に込めた。
「神居!」
糸口ほどの大きさしかなくなった傷口。だがそれは、紅蓮の斬撃により、消失が止まる。そして。
「いっけええええええええええええええ!」
亀裂がどんどん大きくなっていく。ゆっくりとそれは、人間が通れる大きさになり。
そのまま、ヤマタノオロチから突破した。
赤と黒の世界から、真紅の炎の世界に移り。
全ての力を使い果たした美炎へ、、再生していく頭部と合わせ、八つの頭が狙う。
だが。
「太阿之剣!」
赤い刃が、八つの頭を一気に薙ぎ払う。
悲鳴を上げる八頭の蛇。
「コヒメちゃん!」
祭祀礼装を纏った可奈美の援護を背に、美炎とコヒメはハルトの隣に落下した。
「美炎ちゃん!」
荒魂の鎧を失った美炎が呻き声を上げた。彼女の右腕はひどく焼けており、赤く腫れていた。
「コヒメちゃん!? 成功したのか?」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ……コヒメも」
「うん。大丈夫」
駆け寄る可奈美とハルトへ、美炎とコヒメは頷いた。一度ふらついた美炎は、右手から加州清光を取りこぼし、すでに戦闘不能なのは間違いない。
まだ魔力はありながらも、ヤマタノオロチとの一対一の戦闘で傷ついたハルト。
コヒメを助けることに全力を注いだことで、もう戦えなくなった美炎。
ならば、残った自分は。
「二人とも。ありがとう」
「可奈美……」
「後は……私がやる!」
千鳥を握り、八首の蛇を睨む。
ヤマタノオロチは吠えながら、再び可奈美たち、およびその背後の地上への通路へ向かっていく。
「待って可奈美」
再びヤマタノオロチへ挑もうとする可奈美。だが、美炎がそれを呼び止めた。
「可奈美……これを……!」
美炎が差し出したのは、彼女の象徴たる御刀加州清光。
切っ先の欠けた御刀は、いまだに残り火が残っている。
「わたしはもう戦えない……でも、加州清光だけでも……!」
「……うん」
可奈美は、美炎の御刀を掴む。
炎の写シを纏いながら、可奈美は跳びあがる。
滞空しながら、再び体を回転させる。可奈美を狙った蛇たちだが、千鳥の斬撃によって届くことはなかった。
瞬速の可奈美は、八つの毒牙を掻い潜り、一度着地
美炎から渡された加州清光。
そして、千鳥。
二本の御刀をすり合わせ、可奈美は跳ぶ。
ヤマタノオロチの頭部を足場に、さらにジャンプ。天井に張り付きながら、二本の剣で構える。
「これが、私の……! 私と、美炎ちゃんの剣術!」
勢いを付けて、ヤマタノオロチに向けて跳ぶ。
長く、紅蓮の蛇たち。それを回転してよけ、一気に切り裂く。
切り落としたそばからどんどん回復していく蛇たち。
蛇の口から発射される炎と雷。
それを、千鳥と加州清光で受け止める。
「うおおおおおおおおおっ!」
千鳥は雷を。加州清光は炎を。
それぞれは断ち切った。
驚いたヤマタノオロチは、そのまま目を丸くする。
「行くよ……!」
可奈美は、深く、息を吐き出す。
だが、そうしている間にも、ヤマタノオロチは再び八つの奔流を放つ。それらは互いに混じり合い、無数のエネルギー体になる。
「うおおおおおおおおおおおッ!」
だが、可奈美はその全てを切り払う。
黄緑に輝く可奈美の体。その左右の腕が、それぞれ深紅の光を帯びていく。
千鳥の太阿之剣。
加州清光の神居。
それぞれの刃が、ヤマタノオロチの光線を打ち消していった。
「これで……終わらせる!」
可奈美の体を、二つの赤が染め上げていく。
二本の剣を構えながら、可奈美は跳び上がる。
「迅位!」
その速度は、すでに物理法則を越える。
八つの頭をそれぞれ切り裂きながら、どんどん高度を上げていく。
「あなたを倒すことに……」
灼熱の炎を掻き消し。
黄昏の闇を切り開き。
怒涛の波を打ち壊し。
光来の雷を引き裂き。
溶解の毒を蒸発させ。
暴圧の風を押し返し。
衝撃の地を砕け散り。
閃烈の光を掻き消した。
「ワクワクしてきた!」
千鳥を振るう可奈美の顔は、どんどん笑顔に。
一方、ヤマタノオロチたちの唸り声は、どんどん焦りが募っていく。
そして。
ヤマタノオロチ、その長い胴体を伝い、可奈美は各蛇たちを切り開き。
「これで……終わりだよ!」
ヤマタノオロチが吠える。
まるで、終わることなどありえないと訴えるように。
そして。
千鳥にもまた虹色の光が灯る。
ヤマタノオロチの遥か頭上で、可奈美は告げた。
「無双神鳴斬!」
体を回転させながらの斬撃。シンプルながらも鋭い一閃は、八体へ無数の斬撃を与えていく。
そして、最後の一撃。可奈美の光の斬撃は、一気にヤマタノオロチの首を刎ね飛ばし。
ヤマタノオロチの首がそれぞれ再生し始めていく、その前に。
その本体へ、二本の御刀を振り下ろす。
「だあああああああああああ!」
聞こえてくる、ヤマタノオロチの悲鳴。
そうして。
神話の時代より蘇った怪物は、
封印よりも尚深い深淵へ、その魂を昇華させたのだった。
「やった……?」
着地した可奈美は、ヤマタノオロチの姿を見返す。
深紅のボディを持つそれは、だんだん体内の結合を解き、液状になっていく。それは、地下のマグマだまりの上にどんどん広がっていった。
「これは……ノロ……!」
その正体をすぐに言い当てた可奈美は、静かに屈む。指でなぞると、ノロの一部が指にこびりつく。
「……美炎ちゃん、コヒメちゃん」
「これ……」
「もう……大丈夫」
コヒメは、静かにヤマタノオロチのノロへ歩み寄った。
「でも、他のノロとはちょっと違う。もともとあったノロのヤマタノオロチだから、御刀があっても完全に祓うとは言い切れない」
「そっか……」
「何か、方法はない?」
その問は、美炎。右腕を抑える彼女は、ヤマタノオロチだったものを見下ろしながら近づいていた。
「多分、ヤマタノオロチはこれまでずっと辛かったんだと思う。それこそ、わたしたち人間が御刀とか、刀使とかを作る前から」
「……今のわたしじゃ、分からない」
コヒメは静かに首を振った。
「でも……きっと、ツクヨミも、わたしと同じように、分かり合える時が来ると思う」
「倒さないの?」
腕を抑えながらやって来たハルトの問いに、可奈美は首を振った。
「だって荒魂は、悪い存在じゃないから。ただ、寂しいだけだよ」
「寂しい?」
可奈美は頷く。すると、その足元に黄緑色の紋様が現れた。何かの花模様にも見えるそれが輝きを放つと同時に、可奈美は千鳥を立てる。
「でも、今はまだ、ヤマタノオロチを迎え入れる準備が出来ていない。だから、今は封印する」
そうして始まる、祭祀礼装の舞。
左手に持った鈴祓いを鳴らしながら舞を続けていくと、足元の花模様が回転していく。すると、ヤマタノオロチを構成していたノロがどんどん集まっていく。可奈美の花模様の中心点である、もともとヤマタノオロチが封印されていた地点。
やがてノロが地深くに集まり、砕かれた社が再生されていく。
すべてが元に戻っていく中。
可奈美は一人。誰にも聞かれることのない、ヤマタノオロチへのメッセージを、可奈美は口にした。
「次に目が覚めた時は、人間と共存できるようになっているといいね」
静かに目を開けた可奈美。
やがてヤマタノオロチを構成していたノロは、全て最初に現れた穴に吸い込まれていき。
胎動を繰り返していたマグマは冷めていった。
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