冥王来訪
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第二部 1978年
ミンスクへ
青天の霹靂
前書き
いろいろ思うところあったのですが、史実で建造済みのモスクワ級航空巡洋艦にしました
1978年3月1日、未明
事態は動く
ソ連、セバストポリ軍港
同地との通信途絶との連絡が深夜2時、ハバロフスクの軍司令部に届く
即座に、近隣の軍管区から出せるだけの兵力を出して制圧に向かわせる
雷鳴のような音を轟かせ、艦砲が唸る
セバストポリ市内のBETA群に向けて、雨霰と砲撃が繰り返される
ロケット弾が地表すれすれに飛び交い、周囲を焼く
街は数里先からも赤く燃え広がっているのが見え、絶え間なく爆音が響く
市中を制圧した化け物共に、洋上に鎮座するモスクワ級航空巡洋艦や改造タンカーの艦載戦術機から爆撃を仕掛けるも失敗
市街に近寄るも、突如として現れた光線級に因る熾烈な対空砲火でほぼ全てが未帰還
6個大隊相当の戦術機と衛士が失われる結果に総参謀部は慌てた
12時間続いたBETAの攻勢は、洋上よりミサイル巡洋艦や潜水艦からセバストポリ市への核飽和攻撃で一時的な事態の終結へと向かった
一部始終を黒海洋上から米海軍の電子調査船は見ていた
暗号の掛かっていない膨大な通信量からソ連軍の混乱ぶりが判る
撃ち落される衛士の阿鼻叫喚や恨み言がレコーダーに記録され、通信員の耳に響く
艦内の電装表示を見る艦長が呟いた
「どういうことだ……」
3か月後に控えたパレオロゴス作戦の主力部隊を務めるソ連軍の敗退
幾らミンスクハイヴより千数百キロ離れた黒海とはいえ、既にあの禍々しいBETA共は侵食しつつある
望むならこのまま終わってほしい
彼の心からの願いでもあった
カシュガルハイヴが崩壊して周囲数千キロに化け物共が居ないのが幸いしたのか……
極東は非常に安定した情勢に戻りつつあった
数年来の天候不順と混乱で物不足に悩む欧州を横目に日本にも欧州の大企業の移転話が出始めていた
後方基地として些か遠いが、商機を逃さないようにとの考えから進んで各種戦術機の大規模メーカーや部材を作る機材が持ち込まれる
大陸で行われている対BETA戦は、宇宙開発競争で疲弊した帝国経済を立ち直らせる契機になり、極東の軍需や、欧州の軍備拡張を背景とする輸出で、生気を取り戻し、好景気を支えにした株式市場は沸いた
その様な矢先での、ソ連・ウクライナ地域の混乱
同日、帝都に近い大阪証券取引所では、主力株や軍需関連株を中心に売り物が殺到し、数年ぶりの本格的な株価大暴落に見舞われた
後にこの日の事を報道機関は、「漆黒の水曜日」と呼んだ
地獄絵図のような光景を潜入したCIA工作員がカメラに収める
ソ連風支度をして、トルコ支局より同地に入る
薄汚れた茶色の綿入服を着て、耳付防寒帽を被り、その惨状を見つめる
「カンボジア戦線でも、これほどの地獄は見た事は無いぞ……」
脇に居る着古しの両前合わせの外套の男の方を向く
広いつばの中折れ帽を被り、フィルター付きタバコを吹かしながら、彼に応じる
「全くだ……。10年前の新春攻勢の際が極楽に思える。
順化市中の包囲戦で匪賊狩りをした時よりも酷い」
男は懐中より革で包まれたアルミ製の水筒を取り出す
キャップをひねり、開けると彼に差し出す
「一杯やれよ。少しは楽になる」
彼は、男より水筒を取ると中にある蒸留酒を味わった
芳醇な香りと味が彼の五感を通して脳に伝わる
その一杯で居心地の悪い現実から逃げようとしたのだ
カメラを持つ手が止まり、男は言葉少なに語る
「この仕打ちはあるまいよ……」
怪物は、市中で暴虐の限りを尽くし、無辜の市民を蹂躙し、そして弄んで殺した
彼等の足元には、遺体が複数転がる
およそ確認できるだけで、120体を下らない数……
恐らく生きた侭、屠られたのであろう
静かに心の中で、神仏に冥福を祈った
場所は国家保安省本部の会議室
一人の男が、数名の男たちを前にして冷笑する
《褐色の野獣》と称される保安省少佐はソ連の悲劇を本心から喜んだ
手にした報告書には、数日前にあったソ連西部での惨事が記されていた
「これで、私に有利な舞台がそろったと言う事だよ。
あとは役者の配置を待つばかりだ」
若い金髪の少尉が、その優男に問う
「ベルンハルト達は如何致しましょうか、同志少佐」
「何、3人を捕まえてきて、私が代わる代わる遊んでやっても良い……」
暗に男女を問わず辱めることを匂わせる
その様な態度から彼は省内外から倒錯者として見られていた
最も当人に至っては馬耳東風が如く無視していた
小柄な少尉は、再び問うた
「同志少佐、ボンの兵隊共にバラバラにして売り渡すのは如何でしょうか」
彼に対して、一人づつ人質として売り払うことを提案したのだ
「君も中々の 嗜虐的性向な事を言うではないか……」
男の顔が綻ぶ
「貴方様の御仕込みで、この様な姿になりました故」
室内に男たちの高笑いが反響する
彼は机の下から醸造酒を取り出す
「これは安酒ではあるが、前祝だ。
景気づけに一杯やろうではないか」
1977年のボジョレー・ヌーボーを、机の上に置く
ビニール袋に入れたガラス製のコップを取り出して、並べる
普段よりつけている化学繊維製の白手袋を取ると、コップを持つ
少尉は、彼のコップに酒を並々と注ぐ
《褐色の野獣》が音頭を取る
「では、諸君らの健康を祈って、乾杯」
一同が、乾杯の音頭を返す
そして一息に呷る
奥で黙っていた曹長が少佐に質問する
「同志少佐、ベルンハルト嬢も中々の美女です。安く売って雑兵の一夜妻などにするのは勿体無う御座います。
この際、ボンに下る手土産として高級将校やCIA工作員へ、細君として差し出すのも策の一つではありませんか。
その方が、あのいけ好かない小僧も身悶えします故」
彼は、顎に手を当てる
「敵国の支配階層へ、特権階級の美姫として差し出すか。
それ相応の化粧をして、忠を示す貢物とする。
ブルジョア趣味としては良いかもしれぬ。
同志曹長、君が企みに私も乗ろう。
私も、早速下準備に入るとするか」
彼は、脇に立つ少尉を抱き寄せる
「打ち拉がれたあの男を、私が慰めるのも良いかもしれぬな」
頬を赤く染めた少尉は、彼の右腕を服の上から抓る
「美姫に飽き足らず、美丈夫までとは。
相変わらず手が早いですね」
彼は右手の方を覘く
「下品な物言いは、君らしくないぞ。
同志ゾーネ少尉。
その際は、あのブレーメ嬢を私と彼の眼前で弄ぶ様を見せて欲しいが、どう思うかね」
白髪の大尉が応じる
「結構な趣味ですな」
右脇にゾーネを抱えながら、彼は大尉に返す
その大尉は《ロメオ》諜報員と呼ばれる婦人専門の色仕掛け工作員であった
「何、私は寝取りの趣味は無い。
間男の生業ばかりしている君とは違うがね」
再び室内に男たちの高笑いが反響する
「敢て、奴らを結婚させてから引き裂く。
父と同じ道を歩ませる……、一興であろう。
幼妻というのも良いやもしれぬ」
空になったコップにゾーネが酒を注ぐ
秘蔵の酒を瞬く間に飲み干してしまう
「いや、実に甘い酒ですな」
へべれけになった曹長が応じる
大尉は胸からCASINO(東ドイツ製のタバコ)の包み紙から、シガレットを取り出す
火を点け、吹かし始める
「後は、女さえあれば……」
「そうだ、あとは女」
ほろ酔い気分になった彼は、部下を一瞥するとこう締めくくる
「諸君、今日はお開きだ」
彼等は、その場を後にした
後書き
40年ほど前の日本でも官公庁の中で定時以降の飲酒はザラでした
その様な事を考慮し、今回の描写に反映しました
ご意見、ご感想、よろしくお願いいたします
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