非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第116話『夜の魔術師』
『うあぁぁぁぁぁ!!!』
月夜の下で、1人の少年が奇声を上げた。膝をつき、地面に爪を食い込ませながら悶えている。夜の暗さで見にくいが、その半身は黒い靄のようなものに覆われ──いや、あわや喰われようとしていた。
『黒、木……?』
その光景を見た背の低い少女は声を震わせ、彼に向かって手を伸ばそうとして、止める。今、彼に近づくべきではないと、本能が警鐘を鳴らしていたからだ。
『終夜、気をしっかりして!』
一方、少年に向かって駆け寄る少女がいた。星型の髪留めを揺らす彼女は少年とは対照的に、夜でも眩しいくらいの輝きを身体から放っている。
しかしそんな彼女を拒むように、少年は黒雷を辺りに迸らせた。
『くっ……!』
黒雷は何もかもを燃やし尽くさんとする勢いで猛り狂う。迂闊に近寄れば無傷では済まない。少女は一旦距離をとる。
『あたしのせいだ……』
自分にもできたのだから、彼もすぐに制御できると思っていた。その慢心が彼女を今こうして苦しめている。"魔術が暴走する"なんて、思ってもみなかった。
『うがァァァァァ!!!』
少年の魔力の暴走は留まることを知らず、痛みに苦しむ彼の声は聞くに堪えない。あれを鎮めるには恐らく、気絶させるくらいしないといけないだろう。
『星野、先輩……』
隣で少女が泣きそうな表情で上目遣いに見つめてくる。同期である彼を助けて欲しいと、視線で訴えていた。
今この場で彼を諌めることができる力を持つのはただ1人だけ。その人物に助けを乞うのは当然だろう。
星飾りの少女は小さな彼女をそっと撫でると、覚悟を決めて少年の方に向き直る。
『大丈夫、あんたはあたしが助けるから!』
少女はそう彼に、そして自分にも言い聞かせ、身体に纏う光を一層増したのだった。
*
時は夕刻、場所は魔導祭会場のバトルフィールド。そこで対峙する2人は過去を思い返していた。
「……先輩、GWで合宿行った時、特訓中に俺が暴走したの覚えてますか?」
「覚えてるも何も、忘れる訳ないでしょ。あの時は本当に手こずらされたんだから。怪我人が出なかっただけ良かったよ」
「その節はどうも。先輩がいなかったら、今頃どうなっていたことやら……」
これは終夜が魔術を会得したばかりの頃の話。GWの合宿を使って、夜間における"夜雷"の制御を練習しようとしたら、制御し切れずに暴走を始めてしまったのだ。
その時は何とか月の力で抑え込んだが、周りへの被害は相当なものだった。
終夜は黒い文様の浮かんだ手を握りしめながら、悔しさと申し訳なさを露わにする。
一方、周囲にキラキラと輝く小さな星のような光源を散らす月は、そんな終夜を見て微笑みながら言った。
「でも、あの頃とは違う。そうでしょ?」
「はい……って言いたいところですけど、ちょっと前にまた暴走しちゃって」
「え、あんたまだ制御できてなかったの? それおねしょの癖が治らない子供と一緒よ?」
「その喩えめちゃくちゃ嫌なんですけど」
いい話風にまとまるかと思いきや、先日の裏世界の件が頭をよぎった。魔王軍幹部であるウィズと戦った時に、終夜はまたも我を忘れて暴走し、あわや緋翼に手をかける寸前まで至ったのだ。
月の比喩は嫌だが、恥ずべき失態という点には変わりはない。
「ま、今日はすこぶる冷静なんで、先輩なんてワンパンですよ」
しかし、今の終夜はとても落ち着いていた。まだ夜が更けていないということもあるが、何より月と戦えることが楽しみで仕方ないのだ。暴走なんかしてたまるものか。
「お、言うようになったじゃん。じゃあ早速デカいの行っちゃうよ!」
終夜の啖呵に不敵な笑みを浮かべると、月は指先に光を集め、空中に何かを描き始めた。なぞった軌跡が青白く輝いているが、何を描いているのか傍目には全くわからない。
「おいで! "モーさん"!」
ところが、何かを描き終わった月が誰かの名前を呼ぶとその光が弾け、徐々に形を成していく。それは角が生えた四足歩行の動物であり、誰もが名称を知っていることだろう。特徴を上げるならば、鳴き声が──
『モォォォォォ!!!!!』
『おーっと、牛です! フィールドに牛が現れました!』
突如としてフィールドに出現した、青白い光で造形された牛。その体躯は通常の個体よりも大きく、人の身長よりも一回りは体高が高い。
まるで雄叫びのような鳴き声とその余りの迫力に、晴登は驚かざるを得なかった。
「召喚魔術……!?」
「惜しい。あれは星野先輩お得意の"擬似召喚魔術"よ」
「擬似、召喚魔術……?」
「普通の召喚魔術と違って、あれは全部星野先輩が一から創り出してるのよ。でもまるで生きているかのように動くから、もはや召喚魔術みたいなものよね」
「凄っ!?」
緋翼の説明を受けて驚愕する。
晴登が知る"召喚魔術"とは、『使役している召喚獣を別の場所から呼び寄せる』というもの。しかし、月が行なったのは"召喚"と似て非なる"擬似召喚"。つまり、ほぼ"創作"に等しい。
"召喚"よりも"創作"の方が魔力消費が大きくて難易度も高いはずなのに、彼女はそれを成し得たというのだ。"生命を創った"とも呼べる御業に、驚かない方がおかしい。
「ちなみに"モーさん"ってのは……?」
「あー……それは技名聞いてわかる通り、星野先輩ってネーミングセンスがちょっと……その、アレなのよね。個性的というか何というか……」
「あはは……」
ついでに気になることを訊いてみたら、言葉を濁される。いや、もうほぼ言わんとすることは伝わったけども。なんかもったいないな、あの人。
「召喚魔術ってなんかデジャヴが……って、言ってる場合じゃねえな」
『モォォォォ!!!』
雄叫びを上げながら終夜に向かって突進してくる牛ことモーさん。この巨体に突撃されたら、人間なんて簡単に壊れそうだ。
しかも、召喚とはいえ月が創っている訳だから、言ってしまえばあの牛は全身が魔力の塊。触れるだけでダメージを負うほどの攻撃判定の強さときた。近づかれるだけでも展開は悪い。
「これしかねぇか」
ため息をついて、いつぞやの魔女を思い出しながら、終夜は冷静に指鉄砲を構える。
魔力の塊に対抗できるのは、同じく魔力の塊しかない。
「"冥雷砲"!」
『……ッ!』
雷が落ちたような轟音と共に黒雷が迸ったかと思うと、牛はうめき声を上げることすらなく、その姿を霧散させていた。終夜の"冥雷砲"が、その威力をもって牛を形作る魔力を弾き飛ばしたのだ。
「あれ?! あたしのモーさんが!?」
「おっと、なんか前より柔くないですか? もしかして手加減してます?」
「まさか。あんたがちゃんと成長してるみたいで、先輩として嬉しいくらいよ」
予想外の展開に呆気に取られる月を見て、終夜はしたり顔。余裕を感じて煽ってみると、月は面白そうに笑い、次なる召喚の準備を始めた。
「なら次は……"サジたん"と"チクチク"!」
2体。人馬と蠍である。描いた星座を見てもわからないが、出てきたものを見るに射手座とさそり座といったところか。
「近づけないなら遠距離攻撃って訳ですか──でも、遠距離なら俺も得意ですからね! "冥雷砲"!」
相手の特性を把握すると、終夜は即座に指鉄砲の照準を2体の召喚獣に向け、続けて2発の黒雷を放つ。そして召喚されたてのそれらは、出番のないまま倒されて──
「やらせないよ! "キラキラ星"!」
「ちっ!」
しかし召喚獣に黒雷が届く寸前、月が放った光弾によってそれらは打ち砕かれた。倒されるとわかっていて、彼女が対策していない訳がないのだ。
そして高速で飛来する2発の弾丸を真っ向から撃ち落としたそのコントロール。やはり魔術だけではなく、人としても月は強い。
「それじゃお返し! やっちゃって!」
「っ!」
月の掛け声に合わせ、人馬が矢を放ち、蠍は尾から針を飛ばしてくる。しかも魔術が付与されているせいで、威力も速度も想像以上のものだ。
いくら"夜雷"の力で強化を受けていようと、それらを見てから避けるのは至難の業。だから終夜は感覚で飛ぶように避けて、何とか射線から外れようとする。が、
「はい、そこぉ! "流星パンチ"!」
「ぐっ!」
避けた先には月の拳が待っており、辛うじてガードは間に合ったが、その衝撃で終夜は後ろに大きくよろけてしまう。
そんな無防備な彼に、月はもう一度拳を振り上げ──
「"黒雷鳴"!!」
だが、終夜と月の間に突如として落ちた雷によって追撃が拒まれる。
その隙に終夜は後ろへと飛び退き、体勢を整えた。
「むぅ、惜しいなぁ」
「あの〜、召喚魔術使う人が前線に出てこないで欲しいんですけど」
「え? だって別にあたしはそれが本職じゃないし」
「知ってますよ。だから先輩は手強いんです」
召喚魔術を用いて、強制的に自分と召喚獣による多対一の数的有利対面に持ち込める。それが星野 月が強い理由の1つだ。他にも理由があるって事実を受け入れたくはないが。
「やっぱり召喚されたやつから倒さないと厄介だな」
数的不利の中でまともに戦って勝てる相手ではない。正直なところ、終夜の実力ではタイマン張ってワンチャン狙いが関の山なのだ。
だから邪魔な奴らはとっとと片付けたいのだが、生憎そんな隙がない。召喚獣を狙えば月に防がれ、かといって月自身に攻撃を通すのも至難の業。どうにかして、彼女の気を召喚獣から逸らすしかない。
「だったら……"天地鳴動・暗黒雷電波"!」
「え、何その技!?」
終夜は腰を落とし、両手を大きく広げて構える。いかにもな大技の構え。月にとっては見たこともない技であり、当然警戒の対象になる。そして彼女は来る一撃に備え、自身の守りを固めるだろう。
──そこがチャンスだ。
「……と見せかけて、ただの"冥雷砲"!」
「あ!」
月の意識が自衛に向いた瞬間、終夜は広げていた手を正面に向ける。それはまさしく指鉄砲の構えであり、器用にも両方の指から放たれた黒雷は見事、召喚獣達を撃ち抜いた。
「もう! 終夜のくせに生意気!」
「へへっ、騙される方が悪いんですよ!」
「この、だったら"ギョギョちゃん"!」
「うわぉ!?」
召喚獣達が消えても、ぷんすかと怒る月は間髪入れずに次の召喚を始める。そして現れたのは鰯のような魚の大群であり、それらは生み出されるや否や、終夜の方へと突っ込んできた。
「これ魚の群れっていうか、もはや機関銃じゃねぇか! "夜の帳"!」
十や百どころではない。数千、数万に至るほどの魚群。一体どの個体が"ギョギョちゃん"なのかとツッコみたくなるところだが、そんな余裕はなかった。いくら1匹が弱くても、そんな数に特攻されては、物量的に押し負けるに決まっている。
現に、黒雷の帳に触れた魚たちがバチバチと音を立てて弾けていくが、終夜の身体はジリジリと後ろに押されていた。
「やっぱり防ぎ切るのは厳しいか。なら……!」
「……っ! まさか!」
突然、終夜が帳を被ってうつ伏せになった。それを見て、月は何かを思い出したかのように顔色を変え、すぐさま防御姿勢を取る。
「"大放電"!」
「くっ……!」
フィールドの上にダンゴムシのように突っ伏す終夜から、際限なく黒雷が迸った。何を狙う訳でもなく、ただ無差別な放電。仲間がいる時に使えば同士討ち必至だが、タイマンや対集団戦の時にはこれ以上ない力を発揮する。
実際、飛来する魚の群れは粗方消し飛び、月も不規則に飛んでくる雷を防ぐのに集中していた。
しかし、これでは終夜が防戦一方な状況は変わらない。月ならばその内、この放電を凌ぎつつ魚群を創り出し始める。終夜のように器用な人だから、どんな状況にも順応する速度が早いのだ。そうなれば、"大放電"はただの魔力の浪費になってしまう。
「だからこれはブラフ」
月が順応するまでの時間。その時間だけは彼女の方が防戦一方であり、終夜から気が少しだけ逸れる。
──だから、その瞬間に彼女の隙だらけの背後に回り込めるのだ。
「──っ!」
突如として人の気配を感じて月が振り返ると、なんと背後から黒雷を腕に纏った終夜が飛びかかってきていた。
一体いつの間に移動したのか。この放電の元凶である帳はまだフィールドに残っているというのに。
……いや、考えるのは後。なんとか反応は間に合ったのだ。まずはこの奇襲を凌がなければならない。
そのため月は受け止めようとして──即座に思い直して横に跳ぶ。
おかげで突き出した腕が僅かに届かず空を切ったが、終夜は身をひねって華麗に着地した。
「いけないいけない。危うく麻痺するところだった」
「不意討ちに気づかれた挙句にそこまで考えが至られちゃお手上げですよ」
月が冷や汗を拭いながらそう言うと、終夜は苦笑いで肩をすくめる。
月の言う通り、もしあそこで彼女が受け止める選択をしていれば、終夜はここぞとばかりに麻痺を狙っていた。いくら実力に差があっても、身動きが取れない状況になればさすがに戦況が傾く。
だが、そんな作戦も頓挫してしまった。せっかく二の矢まで用意していたというのに、月には効果がない。彼女にとって初見である雷に紛れた高速移動も、もう通用しないだろう。
「こりゃマジで手がないぞ……」
「あんたがあたしに勝つなんて百年早いの。ここらで降参しとく?」
「は、しませんよ!」
「降参」なんて文字は終夜の辞書には載っていない。そもそも後輩が必死に繋いでくれたバトンを、どうして途中で捨てることができようか。いや、できる訳がない。だって──
「俺が魔術部の部長なんでね! "冥々雷砲"!」
いつものように片手ではなく、両手で組んだ指鉄砲。その指先には今まで以上の黒雷が集中していく。
──策が尽きたのなら、後は力によるゴリ押しのみ。
指先から放たれた黒雷の塊は風を切りながら直進する。今まで見たどの攻撃よりも苛烈で荒々しい。まさに力業だ。
「くっ……!」
突然の狙撃に月は避け切れず、真っ向から攻撃を受けた。光を腕に集中させて、歯を食いしばりながら防いでいる。
そして雷が爆ぜ、フィールドを破壊しながら土煙が覆い尽くした。
『なんという威力でしょう! 星野選手の安否や如何に?!』
終夜の技のあまりの威力に、会場中でどよめきが起こる。
しかし煙で隠れてはいるが、月がフィールド外に吹き飛んだ様子はない。耐えたか、それとも倒れたか。煙が晴れるまで結果はわからない。
「──いやぁ、危ない危ない」
「……やっぱり無事でしたか」
土煙が晴れると、飄々とした様子の月がいた。苦しむ様子もなく、ちゃんとフィールド上に足をつけている。あれだけの攻撃を受けて、平気だったということだ。
「いやいや全然無事じゃないよ。普通に痛かったよ」
「"星雲ベール"でしたっけ? ホントとんでもない防御力ですね、それ」
「お、よく覚えてんじゃん。私の守りはそう簡単に突破できないよ〜」
「全く、勘弁してくださいって」
月の周囲に浮かぶ小さな光。実はこれらは彼女の魔術の一部であり、魔術的な防御に一役買っていたのだ。それは終夜の大技をも防ぎ切るほど。
ヘラヘラとした口調で話しているが、終夜の内心は全く穏やかではない。今の攻撃でも倒れないとなると、本当に月を倒す手段が限られてくるからだ。
「ま、今のはちょーっと危なかったし、そろそろ終わりにするよ」
そう不敵に笑う月が新たに星座を描き始める。それは冬になると誰しもが探すあの星座。その正体だけは学がなくてもすぐにわかった。
「オリオン座……!」
「出てきて、"オリオン"!」
月が元気よく唱えると、その後ろに見上げる程に大きい光の巨人が現れたのだった。
後書き
よーーーやく書き終わりました。お待たせしてすいません。名前忘れられてたら嫌なので名乗っておきます、波羅月です。
1月末に更新する予定があれよあれよと2週間が経ちまして、本当にすいませんでした。いやまぁ期末試験とかレポートとか言い訳もできるんですけどね。ちょっとサボってた部分があったのも事実な訳でして……あはは。
っと、謝罪はこれくらいにして。さて、今回は遅れる分長く書こうと思ってたんですけど、まさかの展開まで伸びてしまいまして、なんと決着は次回に持ち越しです。
「おいおいそりゃないぜとっつぁん」。「いやいや待て待て、大将戦なんだからこれくらいやっても許されるんじゃないか?」。執筆中はずっとこんな風に頭の中で天使と悪魔がぶつかってましたが、折衷案として「今月中に次話の更新をして、早く決着をつける」という結論に至りました。う〜ん、どっちも悪魔!(苦笑)
決して更新を忘れている訳ではないので、自分のことも忘れないでもらえると嬉しいです。ということで、今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!
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