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片目の樵

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第一章

              片目の樵
 加賀の話である、室町の八代将軍義政の頃であると言われている。
 この国のある村で樵を生業としている男がいた、名前も左吉といった。
 左吉は子供の頃に病で右目を失いその時から片目で生きている、片目だが大柄で力も強くいつも多くの薪を手に入れて村人達に売っていた。
 それで今日も仲間達と共に山に入りに行ったがこの時女房のお福に言った。
「今日は山に籠ってな」
「そうしてだね」
「薪をうんと取って来るからな」 
 だからだとだ、小さな目とふっくらとした顔の色白の女房に言った。見れば身体の肉付きもかなりいい。
「明日の夕方に帰るからな」
「今日はいないからだね」
「留守を頼むぜ」
「わかったよ、じゃあ帰ったらね」
 お福は仕事に行く亭主ににこにことして話した。
「お酒を用意しておくからね」
「酒か」
 酒好きの左吉はそう聞いて思わず笑顔になった。
「それじゃあな」
「帰った時を楽しみにして働いてくるんだよ」
「そうしてくるな」 
 左吉はお福に笑顔で応えてだった。
 仲間達と一緒に意気揚々と山の中に入った、そして山の中で仕事に励み夕方山の中にある樵達が休む為に作った山小屋に入って仲間達に話した。
「帰った時が楽しみだ」
「ああ、お福さんがだよな」
「酒を用意してくれてるんだな」
「そうなんだな」
「酒があるとな」 
 酒好き故に仲間達に話した、晩飯の川魚を焼いたものを食べつつ述べた。
「わしはそれだけで違う」
「あんた酒好きだからな」
「それじゃあだな」
「今日は飯食ったら寝て」
「それで明日も働いて」
「そうしてだな」
「ああ、帰ったらたらふく飲むぞ」
 仲間達と山小屋の中で話した、この時左吉は笑顔で話していた。人気のない山の中なので誰も聞いているとは思っていなかった。
 だがそれでもだ、山小屋の外でだった。
 彼等の話を聞いている者達がいた、それは狸達だった。
 彼等は樵達の話を聞いて彼等の中で話した。
「成程な」
「明日も働くんだな」
「精が出るな」
「今日で帰るかと思ったら」
「明日もなんだな」
「そうだな、しかしな」
 ここで狸のうちの一匹である権吉が言った。
「片目の樵の旦那が言ってたな」
「ああ、明日帰ったら酒飲むってな」
「かみさんが用意してくれた」
「それ飲むって言ってるな」
「そうだな」
「旦那達の村とどの家かもわかってるしな」
 権吉は笑って言った。
「ここはちょっとな」
「どうするんだ?」
「何かするつもりか?」
「どうするんだ?」
「いや、酒を頂戴するか」
 こう言うのだった。
「そうするか」
「酒?」
「酒をか」
「それをか」
「ああ、あの旦那の家に今から行ってな」
 そうしてというのだ。 
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