| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ペルソナ3 迷宮の妖女

作者:hastymouse
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

後編

 
前書き
完結編です。別のペルソナシリーズとコラボさせようとしたときに難しいのは時系列ですね。それぞれの作品の舞台が何年もズレているので、登場人物をそのまま出すか、それとも年齢を変えて出すか迷います。今回のようにそのまま出すとしたら、物語のいつの時点に挟めるのかも難しいところです。今回はちょっと変則的なところを狙ってみました。まあつじつまが合ってるかは苦しいところですが、ヨタ話として読んでいただければと思います。 

 
「ひっ」
彼女が小さく悲鳴を上げて反射的に手を引っ込める。
【雪子。あなたはずっとここにいるのよ。どこにも行ってはダメ。】
それは男とも女ともつかない低い声だった。しかし口調は女性のものだ。
声の出所がわからない。直接 頭の中に響いてきているような気さえする。
「なぜだ。なぜ彼女を閉じ込めようとする。」
『彼』が慎重に周囲を見回しながら声を上げた。
【この宿を守れるのは雪子だけだからよ。雪子がいなくなると、これまでこの宿を守ってきたみんなの努力が無駄になる。この伝統ある宿は雪子が後を継いで守らなければならない。雪子はどこにも行かせない。】
雪子という名で呼ばれた彼女は、崩れるようにひざまずき、その場にうずくまった。すすり泣くような声が聞こえてくる。
「勝手なことを・・・。それは彼女が自分の意志で決めることだ。彼女が望むなら僕が彼女をここから連れ出す!」
【そんなことはさせない。邪魔をするというのなら、お前を許さない。】
その声とともに玄関扉の方からもの凄い圧が押し寄せてきた。視界が薄暗く霞むほど禍々しい瘴気が吹きつけてくる。
手で顔の前を覆いながら様子を窺うと、目の前の黒い和服の日本人形が異様な姿に変化し始めていた。
みるみると身体が膨らみ、大きくなって扉を塞いでいく。髪がうねりながら長く伸びてゆき、顔が赤黒く変色する。目じりが吊り上がり、顔面には深いしわが刻まれて、憤怒の表情が浮き上がる。その口は大きく裂けて凶暴な鋭く尖った歯をむき出し、ついには巨大な怪物へと変貌した。
周囲は瘴気のせいで薄暗くなっていた。
『彼』が手に持った剣を構える。
【雪子はここから絶対外に出さないイイイ! ! 外に出るなら一人で出ていけエエエ!!!】
雄叫びとともに、伸びた髪がねじれて無数の蛇のようになり、うなりを上げて襲い掛かってきた。
とっさに剣で捌きつつ身をかわし、うずくまったままの雪子の前まで後退する。
「ペルソナ!」
召喚器を自分の頭に向けて引き金を引き絞った。『彼』に呼び出された異形の悪魔が雷を放つ。
しかし巨大人形は髪で盾を作ってそれを防いだ。
すかさずペルソナを付け替え、続けて火炎攻撃を行うが、それも髪の盾に防がれてしまう。
(何かおかしい。手ごたえがまるでない。)
さらに疾風攻撃に切り替える。だがこの攻撃もまったく効果が無かった。
(あいつはシャドウとはどこか違う。いったいあれはなんなんだ。)
『彼』は攻めあぐねて焦りを感じた。その背後で顔を伏せたまま雪子が泣き叫ぶ。
「無理よ。あれには絶対に勝てない。やっぱり私は外に出られないのよ。」
その断定したような言葉に、『彼』はひっかかるものを感じた。
(なんでそう言い切れる。あいつの正体を知っているとでもいうのか・・・?)
そこで頭に一つの可能性がひらめいた。
(もしかして、彼女が勝てないと思っているから攻撃が効かないのか?)
敵の攻撃の隙をついて片手剣で切り付けるが、やはり髪の毛の盾にはじかれる。物理攻撃も全く効果が無い。
戦いながらも、『彼』は頭をフル回転させていた。
(この怪物は彼女が生み出したものなんじゃないのか? 僕が「怪物と戦った」なんて言ったから、それが反映されてるのでは? 自分がここから出られないようにするために・・・。)
頭の中で次々といろんなことが結びついていく。
(怪物だけではない。この迷宮自体が不自然だ。まるっきりでたらめな構造だったのに、彼女が自分で行こうと思った場所にはすんなりとたどり着ける。もし迷宮そのものが彼女の作り出したものならば、それがあり得る。ここが彼女の内面世界だとすれば・・・窓や出口が無いから外に出られないのではなく、彼女自身が『ここから出られない』と思い込んでいるから窓も出口もないんだ。)
再度、襲ってきた髪をはじき、ペルソナを呼び出して氷結攻撃を放つ。
やはり手ごたえは無い。まるで幻と戦っているようだ。
(この怪物は窓を塞いでいる壁と同じ。さっきの謎の声も、本当は彼女の心の声なんだ。だとしたら彼女自身の認識を変えるしかない。彼女がこいつに勝てると思ってくれない限り勝負にならない。どうにかして彼女の認知を変えるんだ。彼女が自分の意志でここから出ようとすれば道は開けるはずだ。)
「助けて、王子様。誰か私をここから連れ出して・・・!」
雪子が頭を抱えてうずくまったまま泣き叫んでいる。完全に常軌を逸した様子だった。
「王子様なんてここにはいない。誰も迎えには来ない。」
『彼』は厳しい声で怒鳴りつけた。
「あなたは・・・あなたは王子様じゃないの?」
すがるように雪子が叫ぶ。
「僕は君の王子様なんかじゃない。」
それを聞いて彼女が絶望の声を上げる。
「それなら私はここから出られない。だって私は逆らえない。王子様が連れ出してくれないと、自分では外に出られない。」
「そうやって閉じ籠ったまま助けてくれる王子様を待ち続けるのか? 王子様が来なければ、君はずっとここにいるしかなくなるんだぞ。」
『彼』は必死に言葉を続ける。
「雪子、君は誰かに閉じ込められているんじゃない。自分で自分を閉じ込めているんだ。君がここから出られるとさえ思えれば、あんな奴は敵じゃないんだ。自分の意思をしっかり持て。王子様が来ないのなら、自分でここを出て王子様を探しに行け。」
「王子様を探しに行く?」
その言葉に雪子が反応を示した。
「そうだ。僕は王子様じゃないけど、君の手助けはできる。だから君自身が立ち向かうんだ。君ならこいつを退けて外に出られる。」
説得の効果があったのだろうか、彼女の様子が変化した。
泣き叫ぶのをぴたりとやめると、突然にすっくと立ちあがり、そしてうつむいていた顔をゆっくりと上げた。その顔を見て『彼』は驚愕した。
雪子の瞳は金色に輝いていた。
【そうね、王子様が来てくれないなら、私が自分で王子様を見つければいいんだわ。】
目を光らせながら、雪子は嬉しそうに妖艶な笑みを浮かべた。
そして雪子が胸元から扇子を引き抜いてパッと広げると、それは鳥の羽のように大きく広がった。
彼女がそれを大きく仰ぐと、そこから凄まじい勢いで炎が噴き出す。
炎を浴びた髪の毛の盾はあっけなく燃え上がり、それと共に巨大な日本人形も炎に包まれた。
【ぐああああ・・・】
人形が断末魔を上げる。
先ほどペルソナの火炎攻撃をものともしなかったのがまるで嘘のようにもろかった。
「やっぱり、あいつに効果があるのは彼女の力だけだ。」
巨大な人形はキャンプファイヤーのように激しく燃え上がり、その炎が壁から天井に燃え移って建物がみるみる炎にまかれていく。あっという間にあたり一面が火の海となった。
身の危険を感じた『彼』は無我夢中で彼女の手を取ると、その手を引いて燃え盛る巨大人形を掻い潜り、玄関扉を開けて外に飛び出した。そのまま玄関前のテラスを駆け抜け、舗装された門の手前でようやく足を止めて振り向く。そして目に飛び込んできた光景にギョッとした。
後について来た彼女の和服が燃え上がり、彼女は全身が炎に包まれていたのだ。炎の中で金色の瞳の雪子は、全く動じずに不気味に笑みを浮かべている。
『彼』は仰天して、ペルソナの力で火を消そうと召喚器を頭に当てた。
しかし引き金を行く前に、炎はあっという間に静まって、それは豪奢なピンク色のドレスへと変化した。
これまでの彼女の落ち着いた控えめな様子とは打って変わって、両肩を出した派手なドレス、手には白い長手袋、頭上にはティアラというお姫様のようなスタイルだ。
金色の瞳を輝かせ、彼女は高らかに笑い声をあげる。
その驚くほど艶やかで妖しい姿を前にして、『彼』は彼女の正体に気づいた。
「シャドウ!」
背後では燃え上がる温泉旅館がその姿を変貌させつつあった。彼女の着物と同様、激しい炎が瞬く間に消えていき、その後に現れたのは巨大な西洋風の石造りの城だった。
いったい何が起きているのか理解ができないまま、『彼』は立ちすくむ。
その『彼』をシャドウ雪子が妖艶なまなざしでねめつける。
【私を縛る家も着物も全て燃え尽きたわ。これで私は自由。私は好きなことができる。私は私の王子様を探すのよ。】
彼女は喜悦の表情を浮かべてそう告げた。
「何を言ってるんだ。」
【あなたは私の王子様じゃない。だから私は自分の王子様を探すと言ってるの。】
シャドウ雪子は切り捨てるようにそう言うと、呆然と見守る『彼』には見向きもせずに踵を返し、両手でドレスの裾をつまみながら走り出した。
【王子様、首を洗って待ってろヨ!】
彼女は妖しい笑い声を上げながら、城の中へと駆け込んでいった。
『彼』は状況についていけず、それをただ見送ることしかできなかった。

(しかし・・・彼女がシャドーなら、彼女の本体である本物の雪子がどこかにいるはずだ。)
しばらくして、そこに思い当たったところで我に返った。
慌てて彼女の後を追おうとした時、背後から『彼』を呼び止める者があった。
驚いて振り返ると、そこにいたのは全身青い服に大きな本を抱えた銀髪の美女だった。
「エリザベス! なぜここに?」
「あなたが異界に迷い込んだご様子でしたので、お迎えに上がりました。」
エリザベスが丁寧にお辞儀をする。
「思わぬ事態に私も驚きましたが、これもきっと必要なことだったのでしょう。お役目ご苦労様でした。」
「いや、まだ終わっていないよ。あのシャドウをなんとかしないと、どこかにいる本物の彼女が元に戻れないはずだ。」
『彼』はエリザベスに詰め寄った。しかしそれでもエリザベスは落ち着き払った様子で言葉を続ける。
「そうですわね。でも、ここから先はあなたには関わりのない事。あなたのお役目はここまでございます。」
「それじゃあ彼女はどうなる?」
「さあ? 私にはわかりかねます。私の務めはあなたを元の世界にお戻しすること。」
「でも・・・」
(役目を終えたと言われても、自分はただ あの妖しい存在 を目覚めさせてしまっただけだ。どうすべきだったのかはよくわからないが、事態を悪化させただけのようにしか思えない。)
『彼』は気が治まらず、再び振り向いて城の様子を見る。彼女が駆け込んだ城は、いつの間にか城門を閉ざしていた。何者をも拒むような堅牢な城だった。簡単には中に入れそうもない。
「もう少し早く気づけていれば・・・。まさかシャドウがあそこまで人間化するとは思わなかったんだ。これまでは怪物化したシャドウしか見たことが無かったから・・・。」
『彼』は無力感にさいなまれて声を漏らした。
それを見かねたようにエリザベスが口を開く。
「ここは彼女の内面が作り出した場所、こういう場所だからこそできることなのです。これだけのことができる資質があれば、彼女は自分のシャドウを制御することもできるかもしれません。」
「制御されたシャドウって、それはペルソナなんじゃ・・・。つまり雪子にはペルソナ使いの素質があるということ?」
「それは、あの方がシャドウを自分の一部として受け入れられるかどうかにかかっています。
一つだけお教えしておきましょう。いずれまた別の役割の方が、彼女の元を訪れます。その先どうなるかは私の姉が見届けることになるでしょう。
そして、私が見届けるべきあなたには、あなたの自身の役目というものがあります。あなたが自分の役目を果たさなければ全ては終わりとなります。もちろん彼女も。」
『彼』が改めてエリザベスを見ると、彼女は薄い笑みを浮かべてうなずいた。
「さ、長居は無用です。あなたのいるべき場所に帰りましょう。」
「・・・わかったよ。よろしく頼む。」
「はい。こちらに。」
エリザベスの指し示す先には、いつの間にかベルベットルームの扉が出現していた。

『彼』が気がかりを残したまましぶしぶ扉をくぐり抜けると、その目の前にいた真田にいきなり両肩をつかまれた。
「何をやっていたんだ。遅いぞ!」
真田が怒鳴る。
いきなりのことで状況がわからず返答に窮していると、
「帰ってきた・・・良かった~。どこに行ったのか見失ってしまって、すごく心配したんだから・・・。」
と風花が半泣きの状態で声を上げた。その隣りでは ゆかり が目を潤ませている。
見ればメンバー全員が、『彼』を取り囲むように集まって安堵の表情を浮かべていた。これが『彼』の仲間達なのだ。
「ともかく時間が無い。話はあとだ。急げ!タルタロスから出るぞ。」
どうやらこちらではほとんど時間が経過していなかったらしい。
話す暇もなく、美鶴の掛け声に追い立てられて全員で外に向かって駆け出した。
なんとか校門までたどり着いて息を弾ませながら振り向くと、タルタロスがみるみるその形を変えて小さく折りたたまれていき、やがていつもの月光館学園の校舎に戻っていった。
影時間は終わったのだ。
見上げれば空には満月が間近に迫った丸い月が美しく輝いていた。その輝きは彼女の金色の瞳を連想させた。
(彼女はあの城で王子様を探し続けているのか・・・。果たして王子さまは現れるのだろうか。)
そして雪子の部屋で見たカレンダーを思い出した。
2年後・・・天城屋旅館・・・。
(もしかするとこの戦いが終わって、2年後に本物の雪子に会いに行けば、その答えがわかるのかもしれない。)
その名の通りに雪のように白い顔を脳裏に浮かべながら、『彼』は仲間と共に暗い夜道を歩きだした。 
 

 
後書き
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
いつもとりあえず最後まで一気に書き上げた時点でアップするのですが、その後しばらくしてから読み直すたびに思いついたことを書き足してしまうので、これまでの作品の中には当初よりかなり長くなっているものが多数あります。今回のこれも、いずれまた書き足されていくかもしれないので、もし気がむいたらまた覗いてみてください。
それではまたいつか。 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧