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ペルソナ3 迷宮の妖女

作者:hastymouse
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前編

 
前書き
ペルソナ3の短編12作目です。(全て独立した短編です。)12作目にして初めて男性主人公が主役の話となりました。男性主人公って寡黙で無表情なキャラだと思っているので、主役をやらせづらいんですよね。やっぱり主役は笑ったり、怒ったり、悲しんだりしてくれないと書きにくい。まあ私が書いた話では、脇役をやらせてる時でも結構自己主張してますが・・・。ということで、今回は主役ということもあってかなりワクをはみ出している気がします。まあたまにはそんな主人公もアリということでよろしくお願いします。 

 
どこからか助けを求める声が聞こえた気がした。
『彼』は立ち止まってあたりを見回してみた。
洞窟の中のような薄暗い空間。しかし光源らしきものも無いのに周囲の様子は不思議とはっきり見える。タルタロスという非現実な場所ならではの奇妙な光景だ。
目に見える範囲に人影は無かった。
近頃、タルタロスに迷い込む人が続出している。これまでも特別課外活動部は行方不明者を何人も探し出し救出してきた。遭難者は発見時には半ば影人間化しており、まともに話すこともできない状態になっている。しかし協力者である警察官の黒沢さんから聞いた話だと、救出された後には目に見えて回復しているらしい。やはり適応者でない人間にとっては、影時間やタルタロスにいること自体が大きな負担となるのだろう。
(もしかすると、またどこかに迷い込んできてしまった人がいるのかもしれない。)
もしそうならば可能な限り救出したいと思った。
「どうしたの?」
『彼』の様子に気づいて、岳羽ゆかり が声をかけてきた。そろそろ影時間も終わりに近づいており、エントランスに戻ろうとしていたところだった。前を歩いていた真田明彦と天田 乾も、その足を止めてこちらを見ている。
「何か聞こえたような気がして・・・。」
『彼』がやや心もとない様子で答えかけたところで、
【ここは・・・どこ・・・。】
と再び呼ぶ声が聞こえた。今度は間違いない。女性の声だった。
「やっぱり聞こえる。誰かが助けを求めてるんだ。」
『彼』の言葉を聞いて3人は顔を見合わせた。
「聞こえましたか?」
小学生の天田が不思議そうな表情で尋ねた。
「いや・・・俺には何も・・・。」
真田も戸惑ったように答える。
「私にも聞こえなかったけど・・・。」と言いかけた ゆかり が、すかさずエントランスでナビゲートしている風花に通信で尋ねた。
「風花? タルタロスに誰か迷い込んでる人がいない?」
『え?・・・えーと・・・私にわかる範囲では・・・今はウチのメンバーしかいないと思う。』
山岸風花が自信無さげに返答してきた。遭難者の捜索では、風花の探知能力が大きな成果を上げている。彼女の探知可能な範囲に人はいないようだ。
「気のせいじゃないのか?」
真田の問いかけには応えず、『彼』はその端正な顔に眉をひそめたまま耳をそばだてていた。残りの3人は困った様な表情を浮かべたまま、その様子を見守っている。
しばらく沈黙が訪れる。
やはり気のせいだったか・・・とあきらめかけた時、【お願い、誰か・・・。】と呼ぶ か細い声がした。
「ほら、やっぱり聞こえる。・・・探しましょう。」
『彼』は顔を上げてきっぱりと言った。
しかし残りの3人にはやはり何も聞こえていなかった。困惑したまま顔を見合わせる。
もともと『彼』はそれほど自己主張の強いタイプではない。今の『彼』の言動には、どこか不自然な感じすらしていた。
『待って! あの・・・もう時間がありません。急いでタルタロスから出ないと、影時間が終わってしまいます。』
風花が慌てたように声を上げる。
『気持ちはわかるが、今夜はこれ以上無理だ。ともかく一度引き上げてこい。遅れると君達の方が出口のないタルタロスでさまようことになるぞ。』
バックアップとしてエントランスで待機していた桐条美鶴もそう言い添えてきた。
確かに、このままでは時間的にタルタロスから脱出しそこなってしまう。無謀な探索は危険だ。
『彼』は少し迷った末に「わかりました。」と声を絞り出した。
「タルタロスは影時間にしか存在しない。明日探索しても、ここにいる人間にとっては実質 数十分程度の違いしかないんだ。今は我慢だ。」
真田が『彼』の肩に手を置いて気遣うように言った。
「ええ・・・わかってます。」
『彼』はうなずいたが、その数十分が遭難者にとって命取りにならないとは言えず、後ろ髪を引かれる思いだった。
しかしリーダーとして仲間の安全を考えれば無理なことはできない。タルタロスは何が起きるかわからない非現実な場所なのだ。下手なことをすれば二重遭難になりかねない。
あきらめて全員で手近な転送ポイントへと向かうことにした。
タルタロスという迷宮には奇妙な点が多いが、その一つが転送ポイントだ。
ところどころの階層に存在し、使用するとエントランスに戻ったり、エントランスから移動してきたりすることができる。
1日1時間程度の影時間でも、果てしなく階層のあるタルタロスの探索を効率よくできるのは、ひとえにこの転送ポイントのおかげだ。タルタロス内の迷宮は入るたびにその内部構造が変化して、ナビゲーター無しには攻略が不可能なのだが、こういうところだけは便利にできているのというが実に不思議なことだった。
最寄りのポイントまでたどり着くと、まず天田、続いて ゆかり そして真田と順に転送ポイントに消えていく。
最後に『彼』が足を踏み出そうとしたところで、また〝あの声″が聞こえてきた。
【私を迎えに来て・・・。】
これまでよりもはっきりした懇願するような声音だった。
慌てて振り向く。その視線の先、通路の奥が白く光っていた。そして、その中に何かが見える。

赤い鳥が舞っていた。

鳥・・・に見えたそれは、よく目を凝らすと赤い和服を着た女性に変じた。
長い黒髪の若い女性が、ゆっくりと舞い踊るように動いている。どこか現実感を欠いた幻想的な姿だった。
『彼』は召喚器を握り締め、反射的に走りだしていた。
(それほど遠く離れているわけではない。すぐに救出すれば・・・。)
ところが必死に走っているのにもかかわらず、一向に距離が詰まらない。焦る『彼』の気持ちをよそに、むしろ遠ざかっているようにさえ見える。
不意にあたりの景色がぐにゃりと歪んできた。目が回り、足取りがおぼつかなくなる。なんとか態勢を保とうとしたが、体はどこかに落ち込んでいくようにバランスを失い・・・そして目の前が真っ暗になった。

「大丈夫?」
涼し気な声が掛けられ、体をやさしくゆすられた。ふいに意識がはっきりしてくる。
気づくと『彼』は固い床に横たわっていた。
長い黒髪の女性が、身をかがめて『彼』の様子をのぞき込んでいた。
美しい顔だった。雪のように白い肌と艶やかな黒髪のコントラストはハッとさせるほど蠱惑的だった。名人が筆で描いたように細くきれいな眉。光を当てられた黒い宝石のように輝くうるんだ瞳。形の整った上品な鼻に、何かを問いかけるような淡い桃色の唇。それらが絶妙のバランスを取ってそこにあった。普段、人の美醜に捉われるたちではないのだが、魅入られたように目が離すことができない。
彼女は赤い和服を身にまとっていた。着物には何かの鳥の柄が入っている。そう、彼女は間違いなくタルタロスで舞い踊っていた、あの赤い着物の女性であった。
彼女自身の持つ落ち着いた古風な雰囲気も相まって、まさに着物がよく似合う日本美人と言えた。
「あなたは・・・。」
しばしその姿に意識を奪われたいた『彼』が、ようやくが尋ねると、女性は少し困ったような表情を浮かべた。
「それが、その・・・よくわからないの。」
どこか夢見るような様子だ。
「自分が誰なのか・・・頭に霞みがかかっているみたい。」
記憶を失っているのか、頭がはっきりしていない状態のようだ。言葉にもあまり感情がこもっていない。
『彼』は体を起こして周りを見回してみた。
床は板の間。壁は布のようなベージュのクロス。天井も木造で、部屋の中央に照明が光っている。8畳ほどの広さがあり、窓は無い。
何のためのスペースなのか想像がつかないが、その造りから言って民家という雰囲気ではなかった。建物はそこそこ年数が経っている感じだ。部屋にドアは無く、そのまま2方向に広い廊下が伸びている。
「ここは?」
「私にもわからない。」
女性が静かに首を振った。
「どこからか落ちてきたような気がするんだけど、どうしても思い出せなくて・・・気が付いたらここにいたの。なんとなく知っている場所のような気もするけど、やっぱりはっきりしない。」
自分の置かれた状態がわからない為か、やや不安そうにそうにも見えた。
『彼』もなぜこんな場所にいるのかわからないのだから、お互い似たような立場と言えるだろう。
「僕はどうしてたんだろう。」
「私がこの建物で中を迷って歩いていたら、あなたがここに倒れているのを見つけたの。」
タルタロスからこの場所に転移してきたようだ。タルタロスがなぜこのような場所に通じていたのかは不明だが、ここが現実の建物かどうかも怪しい。あきらかにタルタロスとは違う場所のようではあるが、それでも今なお非現実な空間に捉われているという可能性は捨てられない。
『彼』は立ち上がろうとして、左手に召喚器、右手に片手剣を握り締めていることに気づいた。
「ピストルと刀。・・・ずいぶん物騒ね。」
それを見た彼女が、驚いた様子もなく言う。
「うん・・・でも銃は飾りみたいなものなんだ。弾は出ない。剣は・・・ここに来る前に・・・その、戦ってたから・・・。」
「誰と・・・」
「なんというか・・・怪物・・・かな。」
どう説明するか迷ったが、何となく彼女の淡々とした雰囲気につられてそのまま答えてしまった。
「・・・そう・・・。怪物がいるんだね。」
彼女はそうつぶやいただけで、それ以上突っ込んで聞いてもこなかった。「怪物」という不自然な言葉を聞いても、興味もなさそうだ。相変わらず心ここにあらずと言った様子で、あまり正常な状態には見えはない。しかしその虚無的な表情にも、どこか現実離れした繊細な美しさがあった。
彼女は本当に実在する人間なのだろうか? その妖精じみた雰囲気に、どうしても違和感がぬぐえなかった。
確かに存在感はあるのだが、どうにも浮世離れしている。彼女が幻、もしくは人外の存在であっても驚かないだろう。害は無いように見えるが、いずれにしろ用心しておくに越したことはない。
さて、それでは自分はどうなのか。本当に正常な状態にあると言い切れるだろうか。自信は無かったが、あまり普段と違う感じはしない。怪我などもして無さそうだ。ならば、まずは行動してみて現状を確認することが優先だろう。
彼女に名を名乗り、自分は東京にある月光館学園高等部の2年生だと告げた。
それを聞た彼女は、何かを感じたかのように初めてはっきりとした反応を示した。
「私も学校に通っている気がする。東京じゃなくてもっと田舎の・・・。」
そう言われてみると、着物の着こなしのせいで大人びているが、案外『彼』と近い年齢のようにも見えた。
「でも、それ以上は何も頭に浮かんでこない。」
「まあ、無理に考えてもわからなそうだし、動いてみればまた何か思い出すかもしれない。とりあえずこうしていても仕方がないから、この場所を探索してみよう。」
「・・・。」
反応が鈍い。どうでもいい、という表情だ。
「君もずっとここにいるわけにはいかないだろ。」
「ずっとここに・・・。」
彼女は周りを見回して、それからあまり浮かない顔で「そうね。」と小さくため息をつくように漏らした。

彼女と共に建物の探索を始めた。『彼』が進行方向を決めて先に進み、彼女は静かに後をついてくる。
廊下を進んで行くと、あちこちに扉があり、開けるとそこには座敷がある。座卓や座布団が置かれていて、押し入れと床の間がある。どの部屋も似たような感じで、まるで旅館の客室のような造りだ。
ただ奇妙なのは、どこまで進んでも、どの部屋にも窓というものが全く無いことだ。普通なら窓があるであろう場所は壁で塞がれてしまっている。外部への出入り口も見つからない。いくら歩いていても閉塞感が強くなる一方で息が詰まりそうだ。
部屋の配置もめちゃくちゃで、整然と並んではいなかった。それどころか通路の複雑さもかなりなもので、そこらじゅうで分岐しており、ところどころに行き止まりがあったりと、まるで迷路と呼んでも良い有様だった。
こんな建物が現実にあるとは思えない。非現実感は増す一方だ。
「いくら歩いてもきりがないね。外にも出られそうにないし・・・これではここからどこにも行けない。」
さんざん歩き回った挙句に、『彼』は疲れた声でそうぼやいた。体より気持ちの疲れの方がひどかった。
ずっと大人しくついてきた彼女が、それを聞いて力なく答えた。
「・・・そうだね。どうせ私はここからどこにも行けない。」
彼女の虚ろな反応が気にはなったが、それを追及する気力もなかった。
「少しどこかで休憩したいね。」
『彼』がそう言うと、彼女は黙ってうなずいた。
その後、少し歩くと広い休憩スペースのような場所に出た。
ソファセットと大型テレビが置かれている。テレビの脇にはガラスケースに入った日本人形が飾られている。黒い和服を着た童女の人形だ。可愛らしい人形なのだろうが、状況が状況なだけにむしろ不気味に感じてしまう。
『彼』はため息をついてソファに腰を下ろした。休むにはおあつらえむきな場所だ。何の気なしに目の前にあったリモコンでテレビをつけてみる。しかし画面はただ光の砂嵐のような状態で、何も映らなかった。
その時、それまで虚ろな目でその場所を見まわしていた彼女が、不意に何かに気づいたかのように目を見開いた。確認するように通路の先に目を向ける。そして、これまではただ『彼』の後をついてくるだけだったのに、突然どこかに向かって自らの意思で歩きだした。
何も言わずに歩き去った彼女に気づいた『彼』は、慌てて立ち上がると、急いでその後を追った。 
 

 
後書き
今までも他のペルソナシリーズのキャラを登場させたりしていましたが、今回の相方はP4の女子高生若女将っぽい人です。訳あって爆笑したり、天然丸出しの発言をしたりするというネタ的なところは控えて、美人という部分を強調させてもらっています。二人の迷宮探検がどうなっていくのか、今後の展開を見届けてやってください。
 
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