少女1人>リリカルマジカル
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十八話 少年期①
今さらだけど、俺には死んだ時の記憶というものがない。
転生してるのに、と自分でも思うがしょうがない。気づいたら前世とさよならしていたんだ。だから正直「死」を実際に体感したのは、駆動炉の事故の時が初めてだったりする。まぁ、あんな体験2度としたくはないので、ある意味よかったのかもしれないとポジティブには考えているけど。
俺が前世で最後に覚えているのは、白い病室の中。次に思い出すのは死神と出会った変な空間。どんな場所なのか聞いた気もするが、頭がオーバーヒートしそうだったので気にしないことにした。呆れられたが、向こうももうちょっとざっくり教えられないのかな……死神のやつ。
とにかく死んだ時の記憶がない以上、別の方面から考えるしかない。一応、死んだ時の記憶はないけれど、どうして死んでしまったのかは後で聞いたんだよな。そこから「あれ」を解決する手掛かりがあるかもしれないし、思い出してみるか? …あんまり糸口になる気はしないんだけど。
始まりは白い病室だった。それなりに大きい病院にある1室。その病室で、俺はベットの上に転がっていた。その隣には入院中の老人が1人、ベットに腰掛けながら飲み物を啜っていた。4人部屋な病室だが、現在は俺と老人の2人だけ。普通は年齢的な差もあって気まずくなるはずだろう。
「俺としてはやっぱりみたらし団子が1番だと思う。甘たらのたれと団子のもちっと感が融合して、フィーバーを起こすと思うのですが」
「お菓子といえばパフェだろう。あのクリームの甘ったるい感じが舌を病みつきにする。シリアルもアイスと共に食べることで、味と食感両方を楽しめる。チョコもバナナもと種類も豊富だしな」
そこはお菓子談義で普通に盛り上がっていたから、問題はなかったな。おじいちゃんが飲んでいるのもお茶ではなく、午後ティー(ミルク)。同室記念、とストレート派だった俺のために秘蔵の1本ももらった。これで共犯だ、と言われた時はタダより高いものはないと知った。
「お前さん、若いのに和菓子好きとか変わっとるの」
「うちのじいちゃんの影響で。洋菓子も好きだけどね。むしろおじいちゃんが、パフェにそこまで情熱持っていたことに驚きなんですけど」
「俺の入院理由は、糖尿だからな」
このおじいちゃん大丈夫か。と思ったのだが、ただじゃ死なないかな、と俺は改めて心の中で思った。というか共犯ってつまり、ジュース飲んでいるの秘匿しろってことかい。一応気をつけた方がいいよ、と声はかけておいたけど。
「そういうお前さんはなんで入院しておる。病気か?」
「ううん。放浪してぶらぶらしてたら、トラックにひかれた」
「……元気みたいだな」
「おかげさまで」
最近の若者はよくわからん、と言われた。いいじゃん、元気なんだから。医者にも問題ないって言われたけど、一応検査入院みたいなものだし。俺全然病気とかしないから、病院のエンカウント率が少なくてなんか緊張するな。
こんな風に、ぐだぐだとおしゃべりしたり、家族に連絡したり、仕事場に電話で平謝りしたりしながら過ごしたのが俺の最後の記憶だ。事件は俺が眠りについた深夜に起こったらしい。
「お空に行きましょう」
「やだ」
死神と老人は無言でにらみ合う。時刻は深夜。死神はその返事に疲れたように肩をすくめる。
「いや、あんた寿命だから。ご臨終だから。糖分のとり過ぎだから」
「せめて、世界中の甘味食い終わってから来てくれ」
「『せめて』で使う願いじゃねぇよ」
仕方がない、と死神は自身の手に鎌を出現させた。死神は死者の魂を連れていくのが役目としてあるが、時たまこんな風に気力で抵抗する人間がいるらしい。つまり日常茶飯事の出来ごと。おかげで死神は武闘派が多い。ここらへんは死神の愚痴で知った。
あと死神の鎌には、切りつけた相手の魂とその世界とのつながりを、強制的に切り離す力を持っているらしい。魂を傷つける訳にはいかないため、その生きていた世界とのリンクを消すことで、死を与えているようだ。普通は肉体と精神と魂は繋がっているため、そのどれかが弱まれば、自然に空へとのぼっていけると言っていたな。
んー、なんかもう難しいから簡潔にまとめるとしよう。天命受け入れろや、と実力行使に乗り出した死神と、絶対いやだ、とごねるおじいちゃんという構図だな。要はおじいちゃんピンチです。
しかし、ここで死神にとって誤算だったのが、おじいちゃん強かったみたい。
「なッ、なんで鎌避けられるんだよ!?」
「これぞ、生存本能! さっき引き出しの中に隠して食っておいた甘味の力が、俺に力を与えてくれる!!」
「お前、糖尿病治す気なかっただろ!! というか俺がここにいるのも、その最後の糖分が原因だ!!」
死神の手から逃れるためにまさしく死闘。死神もさすがに焦る。死神の力でこの病室から外に現象が漏れないようになっているとはいえ、病室で暴れるなと。大声あげるなと。戦いに夢中過ぎて、お互いヒートアップしすぎていた。
そして―――
「……死闘に夢中になりすぎて、おじいちゃんがつい隣で寝ていた俺を盾にしてしまい、俺が逆にご臨終になってしまったと」
「あの騒ぎで爆睡するような人間が、近くにいるなんて思ってもいなかったんだ」
「というか、俺完全に巻き込まれただけじゃん!?」
……うん。やっぱり関係ない気がしてきた。
******
「アルヴィン、アリシア。クッキーが出来たわよ」
「やった! お母さん、いつもみたいにジャムいっぱい入ってる?」
「えぇ、もちろんいっぱいよ」
俺がぼぉーと考え事をしていたら、どうやらおやつの時間になっていたみたいだ。今日のおやつは母さんお得意のジャム入りクッキー。俺たち2人とも好きだから、おやつには結構出てくるものだ。
「あら、アルヴィン。もしかして寝ちゃってる?」
「ん、あー。起きてる起きてる。ちょっと考え事してただけ」
俺は母さん達に見えるよう手を振って、起きている事を知らせておく。そしてソファにもたれていた身体を起こし、母さん達のもとへと歩いた。
「あれ」の原因について探ってみたけど、やっぱりよくわからない。どうやったら治せるのかもわからないし…。病気なのか、トラウマなのか。それとももっと別のものなのか。こういうことに詳しそうな人って原作とかにいたっけ? 心理学みたいなのはさっぱりだ。
あの後も色々話はしたんだよな。元の世界には帰れないことや、おじいちゃんが自首をしたり、転生のこととか一通り。そっちを考えていった方がいいかもしれない。むしろ俺の世界も意外にファンタジーだったことに驚いたし。
とりあえず、今はクッキーでも食べますか。はやくー、と俺が席に着くのを律義に待っている妹に申し訳ないしな。
母さんはクッキーをテーブルの上に置き、俺の分の椅子も引いてくれる。ありがとう、とお礼を告げて俺も2人と同じように椅子に座った。すると母さんがこちらの方に視線を向けて、俺が手に持っていた物にきょとんと目を瞬かせていた。
「あら、それ」
「あぁ、管理局員の人が拾っておいてくれたんだ」
そう言って、俺は手に持っていた物をテーブルの上に広げる。すると、カランッ、と小石が小さな音をたてて散らばった。別に魔力も何にもないただの石のかけらだが、俺達家族にとっては別の意味があった。
「うさぎさん…」
「にゃう」
「あの振動でテーブルから落ちてしまったものね」
みんなで牧場に放浪した時に拾ったうさぎの石。リビングのテーブルの上に飾っていたものだ。ヒュードラの事故によって、床の上に散乱していた石を俺が頼んで拾っておいてもらった。もううさぎの形にもなっていない小さな石くれ。
「なんか捨てられなくってさ。ただの石なのに」
『……もしかしたら、ますたー達のことを代わりに守ってくれたのかもしれませんね』
俺の隣でふよふよ浮かんでいたコーラルの言葉が耳に入る。石を眺めて思い出すのは、事故の日のこと。あれからもう2週間たった今も、記憶に思い起こされるのは強く輝く黄金の光。それは恐ろしくもあり、だけど決してそれだけではなかった。温かく、優しい声が俺の心に響く。
「本当に……そうかもしれないな」
「お兄ちゃん?」
「いや、なんでもないよ。母さん、この石俺がもらってもいい?」
「えぇ、それは構わないけど」
母さんのおみやげに拾った石だからな。ついでにアリシアにも了承をもらっておいた。持ち主からのOKももらったし、小石をコーラルの格納スペースの中に入れておいてもらおう。デバイスの用途って本当に多彩だ。
「あ、その前に。アリシア」
「ん?」
「お礼言っておかないか? 守ってくれてありがとうってさ」
「守ってくれて…」
『なら、僕達もお礼を言わなければなりませんね』
「にゃあ」
数日前に、俺達は6歳の誕生日を迎えることが出来た。さすがに盛大に祝うことはできなかったけど、みんなで笑い合って騒いだパーティー。これからめんどうなことはまだまだあるけど、それを忘れるぐらい楽しんだ時間だった。
ありがとう。俺はゆっくりと目を閉じ、手に持っていた石をそっと包み込んだ。
それからみんなで感謝を告げ、おしゃべりをしながらクッキーに手を伸ばし合った。口の中に広がる甘みに自然と頬が緩む。アリシアと一緒に、クッキーからジャムが落ちないように気をつけながら、口いっぱいに頬ばった。
******
「テスタロッサさん。お時間になりました」
「あ、はい。わかりました」
簡易キッチンで洗い物をしていた母さんが、入室してきた管理局員さんに返事を返した。食器を洗っていた流しの水の音が止まり、それに俺と妹は母さんを見て、その後玄関の扉の方に目を移す。そこには茶色のスーツを着たお姉さんと男性局員さんが立っていた。
「あ、こんにちは。もう時間ですか?」
「こんにちはアルヴィン君、アリシアちゃんも。ごめんね、2人のお母さんに今日もお話があるから」
「こんにちは。そうなんだ…」
お姉さんからの話にアリシアは肩を落とす。ヒュードラの開発をしていた頃に比べれば、家族でいられる時間は増えてはいる。だけど、母さんは開発チームの主任で、事故の重要参考人だ。管理局からの取り調べや裁判などに向かう必要があった。
事故から数日して、俺達は以前まで住んでいた家からこのクラナガンにある管理局の一時寮に引っ越ししている。聞いた話だと、ここは母さんみたいな証人の人や、一時的な保護のために使われる場所らしい。管理局への移動が楽になるし、子どもの面倒も見てくれる。施設内には庭もあるし、コンビニみたいなお店もある。今までの家に比べたら狭いけど、不自由することはないな。
「では、向かいましょうか」
「はい。それでは、子どもたちをよろしくお願いします」
母さんがお姉さんにお辞儀をする。俺達がここに来てから面倒を見てくれている人だ。母さんが話し合いで抜ける時は、いつも俺達のお守をして一緒に待っていてくれる。局員のお姉さんと母さんとで話が終わったのか、俺達の方へ顔を向けた。
「2人ともいって来るわね。お姉さんの言うことをしっかり聞かないとだめよ」
「「はーい」」
「コーラルとリニスもよ」
『もちろんです』
「なぁう」
俺達の返事に母さんはうなずいて、入口で待っていた男性局員さんと一緒に退出する。「いってらっしゃい」と見送った後、さてどうするかと俺は腕を組んで考える。いつも本を読んだり、散歩したり、おしゃべりしたりしているけれど、正直この時間暇なんだよな。
「ねぇねぇ、お姉さん。放浪しちゃだめ? 転移でビュンビュンしたい」
「いや、だめだからね。レアスキルはここでは使わないって約束したでしょう?」
俺の質問に困ったように笑いながら、お姉さんは注意をする。わかってはいるんだけど、すっげぇ暇なんだもん。今までぶらぶらするのが日常だったから、こう身体の力が有り余っているって感じだ。
『ますたーって放浪するの本当に好きですよね』
「ひとえに愛だよ」
『あぁ、愛なら仕方ないですね』
「そうだね」
「え、納得するの」
愛の一言はなんかすごいんだよ、お姉さん。以前、愛は偉大だと同僚さんも熱弁してたし。しかし、なんかもう理由とか理屈はないけど、とにかく動きたい。リニスとの戦いも危ないからと小規模なものになっているし。
なんだか俺達が何かするたびにお姉さんに止められてるけど、そんなにおかしなことしているのだろうか。俺、普段よりかなり自重してると思うんだけどな。
まぁ結局、だめなら我慢するしかないんだけどさ。母さんに迷惑はかけられない。俺達には隠しているけど、母さんが裁判でピリピリしているのはなんとなくわかる。母さん達の状況はたぶんよくないのだろう。
今の母さん達の立場は、すごく危ういものだ。そんな時に余計なことで心労を負わせたくない。
「でも、暇なんだよな…」
「絵本も全部読んじゃったしね」
「にゃぁ…」
アリシアは字が書けるようになってから、本を読む時間も比例して増えていった。そのため、妹はこちらに移って1週間ぐらいはここに置いてある新しい本に興味を示して読んでいた。だけど、外に出掛ける方が元来好きなため、今では飽きてしまったようだ。
リニスも欠伸を1つして、身体を丸めていた。どうやらお昼寝の体勢に入るらしい。窓から差し込む夏の陽気に当たりながら、気持ちよさそうにしている。
「この施設の見学は大体見終わっちゃったし、管理局は行っちゃだめって言われてるし」
「うーん、さすがに管理局は遊び場じゃないからね。でも2人が大きくなったら、きっと見学できるわよ」
「見学か…」
管理局に就職するつもりはないけど、見学はしてみたいな。アースラみたいな艦隊も見てみたいし、できたら乗ってみたい。
そんな風に想像をふくらませていたら、横から妹に服の端を引っ張られていたことに気付いた。どうしたのかと思い振り向くと、思案したような表情でアリシアがじっとこちらを見つめていた。
「あのね、お兄ちゃん。『かんりきょく』ってどういうところなの?」
「どういう?」
「うん。お母さん、いつもかんりきょくってところに行っているんだよね。お仕事なの?」
そういえば、俺は原作をある程度知っているから特に気にしてなかったけど、俺達はあんまりミッドチルダのこととか世間のこととかに関わってこなかった。子どもが俺達だけだったし、辺境の方に住んでいたから特に意識もしてなかったな。
しかし、あらためて聞かれると返答に困る質問だ。今まで妹がわからないことは教えてきたけど、俺も漠然としか理解していない。確か「次元世界を守るおまわりさん」ってなのはさんが言っていた気がするんだけど…。
そこまで考えて、俺は気付いた。俺の中での認識の食い違い。もしかして、俺は偏見というものを持っていたのではないのかと自問した。俺は本当はわからないことをわかったような気になっていたのでは、と気付かされた。
俺は原作ではこんな感じだった、というイメージだけで納得していた気がする。だけどそれは、この世界で生きる上ではまずいことだ。前世ではイメージだけでよかったものも、今は実際にここで生きている。ならば、その世界のルールをちゃんと知っておかないと致命的な間違いを犯しかねない。
例えばジュエルシード。俺のイメージは変に願いを叶える宝石で、なのはさん達が取り合っていたもの。次元震という災害を起こすロストロギアであることを知っているぐらいだ。それぐらいの氷山の一角しか俺は知らない。
さらに管理局だって、危ないから就職したくないって考えていたけど、本当に危ない仕事しかないのか? 俺が知っているのは、なのはさん達から見ていた管理局の一つの側面だけだったはずなのに。だというのに、俺はジュエルシードも管理局も知った気でいたんだ。
原作知識があることは、必ずプラスになるわけではない。すごいアドバンテージなのは間違いないが、うまく使っていかなければならない。特に俺の場合、穴だらけだから余計気をつけないと。
「えっと、俺も正直よくわかってないんだけど。次元世界の平和を守るおまわりさんで、ロストロギアっていう危ないものを回収してくれるところ……で合ってますか?」
「うーん、間違ってはいないかしら。あとはおまわりさんだけじゃなくて、悪い人に罰を与える法を取り仕切ったり、文化を守ることや救助活動、自然を守ったり、他にもたくさんやっているわね」
『あとロストロギアは全てが危険という訳ではなく、危険度が低いものはオークションなどで売られることもあるらしいですよ。ロストロギアの定義もつまり、高度な文明の遺物という感じですしね』
「わぁ、いっぱいお仕事があるんだ」
「というか、ロストロギアって売られているのかよ」
それから、お姉さんとついでにコーラルから、管理局についてのお勉強をさせてもらった。初めて聞く話や知っていた話もあったけど、アリシアと一緒に驚いたりしながら聞く事が出来た。裁判の話も掻い摘んで話してくれたが、結果が出るまでかなりの時間がいるらしい。今母さんは調査審問を受けているところのようだ。
母さんやみんなをすぐにでも助けたいと思うけど、今の俺に出来ることはもうない。あとは向こうに任せて、待つことしかできない。悔しいし、情けないけど、俺が手を出していい領域ではもうないからだ。これ以上は危険だし、母さん達にもさすがに気付かれる。
あと俺に出来ることは、彼らを信じて待つことと、家族を不安にさせないでいることだけ。全部1人で解決できるなんて、そんなこともともと思っていなかったんだから。
「お姉さんって魔導師なんだ」
「お母さんと一緒だ!」
「そうだよ。でも、私はそこまですごくはないんだけどね」
次第に管理局の魔導師の話に移り、魔法についての話題を俺達は語り合っていた。約1名、ハイテンションで教授してこようとする球体がいたので、お昼寝から目覚めて身体がなまっているだろう家族のために手心を加えてあげることにした。うんうん、楽しそうに遊んでいるようだ。
お姉さんは何か言いたげな顔を始終していたが、最後はそっと目を閉じてため息をついていた。幸せ逃げちゃうよ? お姉さん。
「あっ! あのさ、お姉さん。もしよかったら魔法を見せて欲しいな」
「わぁ、私も見てみたい!」
「うーん、見せてあげたいんだけど。もう少ししたらテスタロッサさんも帰ってこられるでしょうから、また今度にしましょう」
興味本位で提案してみたが、お姉さんに待ったをかけられる。でも、駄目というわけではないみたいだ。
俺と妹は壁に立て掛けられていた時計を見上げると、確かにお姉さんが言ってくれた通りの時間になっていた。それに俺達も納得し、後日魔法を見せてもらえることになった。一応簡単な申請も出さないといけないらしい。
でも素直に言わせてもらうと、すごく楽しみだ。他の人が魔法を使っているところをあんまり見たことがなかったから。母さんは仕事で忙しかったから頼むのも気が引けたし、コーラルはなんか違う気がするし。開発チームのみんなも、研究者で普段魔法を使う機会がないから目にしていない。魔法が使えなくても生活に困ることはないから、必要最低限しか使わないのが普通らしい。
「一応、どんな魔法が見てみたいとかある?」
「個人的に見てみたいのは、スターライトブレイカー」
「初めて聞く魔法だけど…」
「そうなの? 確か超巨大ピンク砲で周辺一帯を焦土にしてたけど」
「それは、魔法なの? 艦船砲の間違いじゃないかな」
覚えている限りの詳細を話したが、ないないって言われた。話すにつれ、つい白い魔王様がやってたと言ってしまったが、まぁいいか。隣でアリシアが魔王様に慄いていたけど。
「じゃあ、ディバインバスター」
「なんでさっきから砲撃ばっかり出てくるの」
俺が知ってる魔法の名前がそれぐらいしかないから。
「だったら、召喚魔法とか幻術魔法とか凍結魔法とか変身魔法とか」
「そのマイナーなチョイスは何!?」
え、原作に出てきた魔法ってマイナーなの?
「あと確か……、脱げば脱ぐほど強くなる魔法があった気が―――」
「そんな魔法はないからッ!!」
いやいや、これは絶対にあったって。
「お姉さん、私お空を飛んでいるのが見たい!」
「だから、人が空を飛ぶなんて出来る訳がッ! ……あ、空は飛べるわ。飛べた、うん飛べた。―――もう今なら空を飛んでもいい気がしてきた」
「えっ…」
「お空に向かってびゅーんびゅーん!」
ちょッ、お姉さん今は空飛ぶの見せなくていいよ!? アリシアも空気を読んで盛り上げなくていいから!! なんかそっちに飛んで行ったら駄目な気がするんだけどッ!?
「アルヴィン、アリシア。ただい……何があったの?」
プレシアが家の扉を開けた先に見た光景は、背中が煤けているような女性を必死に宥める兄と、「お空に向かって~」と自作歌を楽しそうに歌う妹。部屋の隅に転がる宝石に、清々しそうにやりきった感を漂わせる猫。
プレシアは一度目をつぶり、状況について思考する。時間にしてほんの数秒だけだったが、彼女の中で答えは出たらしい。瞼を開け、もう一度その光景を目にしながら静かにうなずいた。
「…………まぁ、ある意味いつも通りの光景かしら」
「えっ…」
隣で一緒に固まっていた男性局員の声が、廊下に虚しく響き渡っていた。
ページ上へ戻る