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冥王来訪

作者:雄渾
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異界に臨む
  霈 その2

 
前書き
今回も長文です  

 
翌日、早朝に改めてベルンハルトと岳父アーベル・ブレーメは屋敷を再訪した
館の主人とアーベルはベルンハルト達を置いて10分ほど室内で密議
興奮した様子で、部屋から出てくると外で待っている二人を呼んだ
「二人とも来給え」
屋敷の主人が椅子に腰かける
そして彼らを食卓に案内した
「まだ朝の6時前だ。軽く飯ぐらい喰ってからでも遅くはあるまい」
食卓には湯気の立ったソーセージと厚く焼いたパン、そして豆のスープが並んでいた
全員が座ると、
「朝早く呼んだのは、昨晩の話を彼に伝えるためだ
いくら保安省に近い、経済官僚とはいえ、売国奴共のことは見逃すことは出来んよな」
彼はアーベルを一瞥する
「さあ、喰え。冷めてしまうぞ」

「で、保安省の連中をどう抑えるのですかな」
コーヒーを飲みながら少将は尋ねた
「まずは穏便な方法で行く。まさかクーデターなんて大それたことをやる必要はない
あまり焦り過ぎるのは良くないぞ。シュトラハヴィッツ君」
灰皿を机に並べながら
「多少時間は掛かるが、中央委員会に根回しをしなくてはならない」
彼はそういうと少将にタバコの箱を手渡す
少将は軽く会釈をすると、数本のタバコを抜き取り、彼に返した
館の主人は、タバコの箱を回し終える
そして、もの言いたげな表情をしている少将の方を向いて、彼に発言を促した
「と言う事は」
男は眉一つ動かさず、聞く
覚悟したかのように、男は言った
「《おやじ》に、隠居してもらうのさ」
その場にいる全員の表情が凍り付く
彼は真新しいゴロワーズのタバコを開けながら、続ける
「その為に、軍には協力してもらいたい。前線の君達にこの事を話したのは訳がある」
そういうとシガレットホルダーを取り出し、両切りタバコを差し込む

覚悟したかのように、ベルンハルトが尋ねた
「つまり穏便な方策が、駄目であった時……」
屋敷の主人は、タバコに火を付ける
「みなまで言うな」
ゆっくりとタバコを吹かす
そして天井を仰いだ
「まずは、《表玄関》から入って、茶坊主共を掃除しなければなるまい。駄目だったら《裏口》から入る方策を用意して置けば良い」
「ですが……」
彼は、青年の方に顔を近づける
「ベルンハルト君。君は、政治家には向かんな」
そういうと笑いながらアーベルの方へ顔を向けた
「君が惚れ込むのも分かるよ。
こんな好青年を鉄火場には置いておけんな」
吸っていたタバコを右手でホルダーから外しす
ホルダーを左手にはさんだまま、思い付いたかのように手を叩いた
「なあ、身を固めなさい
年頃のお嬢さんを何時まで待たせる気だね」
ベルンハルトの目が泳ぐ
白く美しい顔の頬は赤く染まり、気分は高揚している様だ
「自分はまだ……」
男は新しいタバコをホルダーに差し込みながら話し続けた
「妹さん達のような若い婦女子を前線には送りたくない気持ちは私にも判る。
しかし昨今の国際情勢の下では何れ、動員令が下って、前線へ出さざるを得なくなるやもしれん。
それに、なんでも戦術機の訓練学校にいるそうではないか」
精悍な顔つきになり、男に尋ねた
「何を仰りたいんですか」
男はマッチを取り出し、ゆっくりとタバコに火を点けた
「婦人はね、結婚すれば前線勤務の免除を条件とする案を中央委員会の議題にしようかと思ってね。まあイスラエル辺りでは、実施されている方策だから、わが国でも同様の策を取り入れても問題はないと考えている」
男の話の内容から、彼は、既婚婦人兵の前線勤務免除が確定済みなのを確信した
タバコの灰をゆっくりと灰皿へ落すと、彼の方を向いた
「私はね、君の様な好青年が独り身で戦死するようなことを減らしたいと考えている。
仮に家族が居れば、考え方も変わるだろうと」
彼は驚きながら、周りをうかがった
アーベルは、今までに見た事のない、優しげな表情で、見返してきた
少将は、新しいタバコに火を付けながら、真剣にこちらの話を聞いている
「甘く幻想的な考えかもしれんが、君の様な男を見ていると、年甲斐もなくその様な夢を見たいと思えてしまうわけだよ」
そう告げると、タバコをゆっくりと外し、右手で灰皿に押し付け、火を消した
「なあ、アーベル、シュトラハヴィッツ君、そうであろう」
二人は深く頷いた
少将の顔がほころんだのが見える
彼も、やはり、一人の父親であろう
将官ゆえに、政治的発言は慎んでいるが、やはり愛する娘の事を思う人間なのだと
冷徹な鉄人ではないと言う事を、あらためて認識した
男は、冷めた茶を飲み干すと、再び、彼に向かって話し始めた
「君は、我が国の独自外交だ、武器輸出による国際的地位の確立だの、言っているそうだがね。
それは無理な話だよ」
ベルンハルトは、再び尋ねた
「なぜですか。今ソ連の力が弱った時に……」
男は、再びタバコに火を点けた
彼の顔を見ぬまま、喋る
「我が国はソ連の後ろ盾があったからこそ、ある程度社会主義圏で、自由に振舞え、西側に影響力を行使しえた」
下を向いていた顔を、起こす
「その後ろ盾が無くなれば、どうなる。
この民主共和国は、恐らく20年も持たずに消え去るやもしれん。
チェコやハンガリーでの反動的な運動が盛んになれば、何時か、この国に飛び火するか」
何時になく真剣な表情で、彼の顔を見つめながら
「農業生産品や工業生産品もソ連から滞っていて、社会生活を何とか維持できるかも怪しくなりつつある。だからこそ……」
少将が声を遮る
「西側に近寄ると……」
男は、少将の方に振り向いた
「いや、違うな。《挙国一致》体制で乗り切るんだよ」
黙っていたアーベルが答えた
「どういうことだね」
左手で、灰皿を引き寄せ、ホルダーからタバコを外す
右手に燻るタバコを持ちながら、問いに答える
「非常時と言う事で《占領地》に協力を申し付けるのさ」
彼は呆れ果てた様な表情で、男を見た
「今更、その様な古い理論を……」
男は、右手で、タバコを静かに消した
「遣るしか有るまい。そしてそれを交渉材料にすれば、軟着陸できる方策があるはずだ」
ベルンハルトは、背筋を伸ばしたまま、再び尋ねた
「仮に挙国一致の統一が成っても、社会主義のシステムを内包したまま、統一を図ると言う事ですか」

屋敷の主人は驚いた顔をしながら、彼を凝視した
「詳しく話してくれ」
彼は、断りを入れてから話した
「思い付きですがね」
「自分が空想するのですが、国土の統一はなっても、両方の社会システムを維持したまま、穏便に時間をかけてどちらかの体制をとるか、或いは片方の制度に移行する期間を設けるべきかと」
彼は、横目で、周囲を見る
少将は、熱心にタバコを吸いながら聞いている
義父は、腕を組んで、深く椅子に腰かけている
男は前のめりになって、問うてきた
「つまり、一国に統一した後、2つの制度で、運営すると」
彼は、身じろぎせず話す
「そうです」
男は、背もたれに寄り掛かる
目を閉じて、一頻り悩んだ後、こう言った
「(西ドイツの)ブルジョア選挙(普通選挙)で前衛党(共産党、社会主義政党)が、議会を支配するようになれば、上手く行くやもしれん」
アーベルが、組んでいた手をほどき、ひじ掛けに手をかけて、身を起こす
そして男の方を向き、囁く
「ワイマールの悪夢を再び見ろというのかね……」
男は、鋭い眼光で返した
「向こうの情報はこっちに筒抜けだから、上手く操縦できるさ」
ベルンハルトは恐る恐る尋ねた
「仮に、ブルジョア選挙で上手くいっても、民主集中制(プロレタリア独裁)の問題で、行き詰りそうですが……」
二人は唖然といた

タバコを吸い終えた、少将が、静かに低い声を掛ける
今までに聞いたことのない声の低さであった
「それ以上の話は、中央委員会であんた等がやって呉れ。
俺達は、軍人だ。命令や陳情を受け入れるのみ」
男は少将の一声に驚いて、冷静さを取り戻した
「たしかにそうだな。茶坊主共を片付けるのを優先にしよう。
捕らぬ狸の皮算用をしても目先のBETA、売国奴共にケジメをつけないと話が前に進まないしな」
アーベルが、勢い良く椅子から立ち上がった
「それではお暇させてもらうよ」
それに続いて、青年と少将も立ち上がる
右手で、机に置いた軍帽を持ち上げる
「俺の方で可能な限り動いてやるよ。茶坊主共が、娘さんには手出しさせない様にな」
彼は男に右手を差し出し、男も応じて強く握手する
「頼む。あの様な奴らの毒牙になど……」
青年と少将は、軍帽を被り、身なりをを整え、敬礼をする
返礼の敬礼をして、ドアから出ていく彼らの姿が見えなくなるまでその姿勢でいた

そして、走り去る自動車を見送ると、こう呟いた
「ああ、あのいけ好かない《おかま野郎》を退治してやる機会だ。有効活用させてもらうよ」
時刻は午前7時前だった





 
 

 
後書き
前回、今回の話に出てくる人物は屋敷の主人以外は原作人物です
初見の方もいるので説明いたします。

ユルゲン・ベルンハルト中尉(アイリスディナー・ベルンハルトの実兄、ベアトリクス・ブレーメの恋人)
アルフレート・シュトラハヴィッツ少将(カティア・ヴァルトハイムこと、ウルスラ・シュトラハヴィッツの実父)
アーベル・ブレーメ(ベアトリクス・ブレーメの実父。戦前にソ連邦に亡命経験あり)


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