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絶撃の浜風

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03 始まりの艤装展開

 
前書き
絶撃の浜風 第三話になります

某鎮守府に配属されたばかりの浜風の、研修生時代の話になります 

 
(2020年4月26日執筆)







 大淀から自分が《艦娘》であることを知らされたのはつい昨日の事である。そして、その日から《濱乃》は《浜風》になった


 色々ありすぎて、少々戸惑い気味の浜風であったが、それでも自分が艦娘であるという事実は、浜風をわくわくさせていた



 浜風は、二年もの間、ずっと濱乃屋でこき使われ、ただひたすら我慢して生きてきた。自分の運命を悲観する事など、日常茶飯事であった。それが、まさか自分にこんなすごい運命が待ち受けていたなんて、思いもしなかった。それは浜風にとって、暗闇に差し込んだ一条の光にも似ていた


 自分もこれから・・・・少なくとも鎮守府に来ている時だけは、艦娘たちの中に入ってキラキラするんだ・・・・浜風はこれからの自分の未来を、漠然とそう思っていた







 浜風たち教育実習生の集合場所は、工廠前にある射撃演習場であった。普段は艦娘たちの射撃練習の他、艤装の調整やテストで使用されている


 今日は教育実習生たちに、実際に艤装を展開してもらい、艦娘のなんたるかを肌で感じてもらう事が主目的である。因みに今回の実習生は浜風他、清霜を含めた二名である




「よく来たな、二人とも。俺がお前達の教導艦を務める平賀一尉である。と言っても、まぁ、アレだ・・・普段はここの整備長をしてるんだがな」


「ねぇ、なんでゲンちゃんが教導艦やってるの?」



 教導艦は、本来艦娘が執り行うのが通例である。だから清霜のこの質問はもっともであるが、問題はそこではない



「ゲンちゃんて言うんじゃねぇ! キヨ、今日の俺は教導艦様だ。 軽口叩いてると、海に出さねえからな!」


「え~、それは困るぅ~!」」



教導官と清霜の気易いやりとりを見て、浜風は二人が親しい間柄であると気付く



「あの・・・教導艦さん・・・清霜ちゃんと、知り合い・・・なの?」


「ん・・・・・・ああ・・・昔、ちょっと・・・な・・・」


「・・・・昔って・・・?・・・」


「・・・あいつ、毎回この鎮守府で覚醒してるからな・・・・」


「・・・・?」


「俺の家系は、代々艦娘の艤装の整備を生業としてるんだよ。俺の親父も、爺さんも、整備士だったんだ」


「・・・そうなんだ・・・」


「親父の代の時も、爺さんの代の時もキヨがいてな・・・俺がガキの頃、先代のキヨとはよく遊んでたんでな・・・ま、そんな感じだ」


「・・・なんか・・・すごい・・」


「すごいっていうか、こっちはすっかりオッサンになっちまったってのに、アイツはいつまでもガキくせえからな・・・いやんなるぜ」


「ガキじゃないもん!」


「ガキじゃねえか!・・・いや、ま・・・そうでもないか・・・・爺さんの葬式、来てくれて嬉しかったよ・・・」




浜風が初めて某鎮守府に訪れた日、その日は清霜も来る予定だった

 だが、平賀の祖父の葬儀の日と重なっていたため、清霜は故人の弔いを優先し、来なかったのである





「ゲンちゃんの葬式にも、ちゃんと行くからね!」


「ちょ、おまっ・・・縁起でもねえ事いうんじゃねぇっ!」






「ま、なんだかんだいって、いい奴なんだよアイツは・・・・大切な人を看取るのに、慣れ過ぎちまってるんだ・・・・」



 清霜は、敬愛してやまない武蔵の最後を浜風と共に看取っている・・・その浜風も、清霜の目の前で船体を真っ二つにへし折られ轟沈している




そして浜風・・・お前もそうだったな・・・・と言いかけて思いとどまる







今の浜風には過去の記憶がない・・・・言った所で詮無い事である












「それはそうと、浜風・・・その格好は何だ? 野良仕事でもしに来たのか?」


「・・・・え?・・・これ?・・・あの・・・大鯨さんと、夕張さんが・・・これを着なさいって・・・・・変ですか?」





 流石に、これから艤装展開を受けようって者には、モンペは違和感ありまくりだった。しかも、ご丁寧に姉さん被りまでしていた



が・・・・





「いや、ま・・・・その・・・・・・・似合ってるけどな・・・いいんじゃないか?」



「そう・・・ですか・・・・?」




そう言うと、浜風はほんのりはにかみながら小さく笑った






《へぇ・・・・これはまた・・・・・かわいいもんだ・・・・・》








 浜風たちは、平賀達教導官に付き添われそのまま工廠に入り、その地下にある巨大な格納庫に連れていかれた。エリアが縦横に隔てられていて、それぞれ艦種と型式別に配置されていた


 倉庫の割と奥の方が駆逐艦エリアで、その少し先に「甲型」の表記があり、手前から順に艦番で艤装が並んでいた。左側が「陽炎型」で、右側が「夕雲型」になっていた




 そこに入り、中程まで歩いた所に《13》の表記を見つける。甲型駆逐艦陽炎型13番艦《濱風》の艤装格納庫である。清霜は同じ甲型でも夕雲型のラストナンバー19番艦なので、格納庫は一番奥にあった。もう一人の担当整備士に連れられ、清霜は最奥へと歩いていく




 自分の艤装を見つけた浜風は、




《この大きな機械が浜風のなんだ・・・》





と、感慨深げであった。同行していた平賀に話しかける






「・・・あの、浜風はこれを着けて、大砲とか撃ったりするの?」


「着ける・・・というか、この艤装は、いつでも嬢ちゃんの背中に呼び出せるんだよ」


「・・・呼び・・・?・・・え?・・・」


「ここは、艤装の格納庫・・・というよりはむしろ《霊廟》のような場所なんだよ。この地上のどこかで艦娘が覚醒すると、ここに艦娘の艤装が召喚されるってわけさ」


「・・・・?」


「ははは、よくわからないって顔だな・・・まぁ、やってみた方が早い。イメージしてごらん。自分が艤装を展開している姿を。なるべく気持ちを強くしてな」



平賀は、浜風を姿見の前に立たせると、やってごらん、と促した





「・・・うん・・やってみる」





そういうと浜風は目を瞑り、艤装を背中に着けている自分を思い浮かべた







《・・・艦娘さんみたいになりたいです・・・》








(2020年5月3日・5日加筆)





・・・それは、ほんの一瞬であった





 浜風は背中に、ずしりとした重さを感じた


 両手と、両太ももにも今までにない重みを感じる・・・でも、不思議と重さは感じても重いとは思わなかった

 少し体を揺さぶったり、手を動かしながら歩いてみたりした。背筋も辛くないし、両の腕も軽く動かせる。本家の朝の仕込みで井戸水を汲んで運ばされる時の方が、何十倍も辛い位だ




「こんなに重そうなのに、すごく軽い・・・」




 少し嬉しくなってはしゃぎ気味の浜風とは対照的に、平賀はほんの少しだけ、目付きが厳しくなっていた





《・・・ほう、展開が速い・・・、しかもこの子は確か・・・・》





(2021年2月15日 加筆修正)



 平賀の見る限り、浜風は本当に、息をするようにごく自然に艤装を展開していた


 艤装展開の速さは、艦娘によって個人差がある。傾向として、度重なる空襲や奇襲攻撃のような修羅場を幾度となく潜り抜けてきた艦娘程、展開速度が速い傾向にある

 そういう意味では、浜風と、その相方の磯風程、修羅場をくぐってきた艦娘はいないと言える


 だが、艦娘時代の記憶を持たないまま覚醒した場合、研修でレクチャーを受けたとしても、なかなかうまく展開出来ないのが普通である。無論浜風は艦娘時代はおろか、軍艦時代の記憶さえ持ち合わせていなかった


 それが「イメージしてごらん」位の軽いアドバイスだけで、実にあっさりと、それも歴戦の艦娘並みの見事な趣のある展開をやってみせた


 例え記憶がなくとも、その体はいついかなる時でも臨戦態勢を取る事ができる・・・・




それが、浜風という艦娘なのかも知れない









「いや、重そうというか、実際それはとても重いものなんだがな・・・・」


「・・・そう・・・なの?」


「ああ、そして・・・・これが、陽炎型13番艦《濱風》の艤装と初期装備だよ、嬢ちゃん」




そう言いながら、彼は艤装越しに浜風の背中をぽんぽんと叩いた。




「・・・艤装?」


「要は、嬢ちゃんはお船で、艤装はお船を動かすエンジンみたいなものと・・・・こっちは武装なんだが、まぁ、戦うための大砲とかの事だな」


「・・・・そうなんだ・・・」


「艤装の展開はこれで良しとして、あとは使い方だな・・・まぁ、俺も通り一遍の説明は出来るんだが、これは本来は教導艦の仕事なんだよな・・・・」





 正直、彼はこの子の指導は自分には荷が勝ち過ぎていると感じていた。今まで多くの艦娘の研修を(あくまで整備士の立場からだが)見てきたからこそわかる





《看板に偽りなしか・・・この子はやはり、只者ではない》





なればこその疑問が頭に浮かぶ





《こんな大物の研修を、なんで俺にやらせるかね・・・?》



 そう、浜風と言えば、軍艦時代に真珠湾からレイテまで、大戦のほぼ全ての期間を通じて戦い抜いた歴戦の武勲艦の一人である。鎮守府関係者で彼女の戦歴を知らぬ者などいない。そうでなくても、70年間待ち望まれて、ついに復活した幻の艦娘なのであった






それと、平賀にはもう一つ気になる事があった



 先程、浜風にはああ言ったが、この子の艤装・・・いや、兵装は、12.7cm連装砲と、九四式爆雷投射機が初期装備だったはず


二年前の、浜風の艤装の召還時も、確かそうだったと記憶している



 艦娘の初期装備というものは、就役時点での艦娘の適正や能力、武勲補正の傾向によりそぐわしい形で召喚されている。故に通常は召喚時のままの装備で《始まりの艤装展開》を受けさせるのが普通である。初期装備がオリジナルと異なる場合は、そのステータスに何らかの変調があった場合に限られていた



 だが今、目の前の彼女の兵装は、5inch単装砲Mk.30改という改修不可の特殊兵装が装備されていた。それだけではない。2スロットには武装が換装されておらず、彼の知らない未知のユニットがそこに収められていた。更によく見ると、既に補強増設が施されており、そこにも2スロットと同様のユニットがあった





彼の長い整備士キャリアの中でも、このようなケースに遭遇するのは初めてだった



 つまり、浜風が就航を果たせずにいた二年もの間に、何かがあった、という事になる。この装備変更は、明らかに人為的なものである。それに・・・・・



 それに・・・レベル1の、まだ一度も戦った事のない研修生に、この装備はどう考えてもオーバーパフォーマンスだった。恐らくは浜風の特性に合わせて対空兵装に換装したのだろう。だが、第二改装どころか、第一改装すら受けていない浜風には、防空艦としての素養はあっても、それがステータスに顕著に表れる事はなく、他の駆逐艦と、正直大差はない


 爆雷投射機を外し、補強増設まで施してスロットを拡張しているのなら、そこに対空電探なり高射装置なり・・・せめて機銃を装備するのが普通である。なのに、用途の不明な謎のユニットで2スロットはおろか、その貴重な拡張スロットまでも埋めてしまっていた。これはどう考えても尋常ではなかった



更に言わせてもらえば、こんな事をする人間は、この鎮守府では一人しか思い当たらない








《・・・・何かある・・な・・・》


                     (2021年2月15日 加筆)










「・・・教導艦て?」



浜風に話しかけられて、ああ、と我に返る



「君ら教育実習生に、艤装の使い方や、戦い方を教えてくれる先生みたいなものだよ。普通はベテランの艦娘が就くんだがね」


「どうして教導艦の先生はいないの?」


「たまたま、君らの日程と合う艦娘がいなかっただけって話なんだが・・・・」




《せっかくの「浜風」お披露目だってのに、それは絶対「嘘」だな・・・第一、俺にやらせる位なら、乙・教導艦でもいいだろうに・・・・》


  (2021年2月15日 加筆修正)




と、彼なりに確信していた。だが、理由がわからない。思い当たる節もなかった






この、平賀の憶測はあながち間違いとは言えなかったが、浜風の研修に相応しい教導艦娘が不在だったのは事実である





平賀の言う乙・教導艦とは、Lv.50以上の中堅の艦娘が所持している準・教導艦の資格者の事である。某鎮守府は国内でも有数の規模を誇る鎮守府であるため、多数の有資格者が在住している


普通に考えて、いち整備長に過ぎない平賀よりも、準とは言え、艦娘が教導艦を務めた方が理にかなっている


だが、浜風の研修内容・・・・特に射撃研修は、大本営の耳に入らぬよう秘密裏に行わなければならなかった


某鎮守府在住の艦娘の姉妹の多くが、大本営勤務に従事している関係上、情報漏洩を考え、人選は慎重を期す必要があった




そして、浜風の能力の見極めと研修の方向性を算定するにあたり、それに最も相応しいであろう艦娘、《阿武隈》は、現在は北方海域哨戒任務で長期不在であった




そこで、平賀臨時教導艦、である


彼は、艦娘の艤装に精通した優秀なエンジニアであり、三代に渡り某鎮守府で整備長を務めていた事もあって、信頼のおける人物でもあった


射撃研修を除く、《始まりの艤装展開》と《進水》なら、彼に任せられる・・・・某提督はそう判断したのである






平賀は、自分が教導艦として抜擢された理由を、漠然とではあるが気付きつつあった







浜風の研修内容・・・それは秘匿すべき部分が含まれている可能性・・・・・あの、異様な武装編成辺りに、何かありそうだった







《・・・・確かに・・・・・な・・・・》







《・・・何にせよ、提督には後できっちり説明して貰わないとな・・・》







(2021年8月7日 加筆)












「・・・?」



途中で黙り込んでしまった彼を、浜風は不思議そうに見上げていた



 そんな事を考えていると、通路の奥から艤装展開を済ませた清霜が、がしゃんがしゃんと音を立て、まるでスーパーロボットのように元気よく歩いてくるのが見えた



「浜風ちゃ~ん!」


「・・あ、清霜ちゃん・・・」




 (2021年6月7日 執筆)


 今生の清霜は、実年齢13歳。生まれは浜風と同じ浦賀船渠で、艦時代と艦娘時代の記憶を共に有している。元々幼い所があるせいか、今の浜風と対等に話しても全く違和感がなかった


 浜風からしてみても、本当に同い年くらいの感じで接してくれる清霜は、同年代(?)の友達と話しているようで、気安かった




 とはいえ、清霜のマインドはれっきとした大人である。シブヤン海海戦の折、栗田艦隊でただ一人《戦闘旗》を掲げた豪胆さは伊達ではない






・・・・はずである





「この後いよいよ進水式だって! 海に出るの久しぶりで楽しみ~!」


「・・・海に・・・でるの?」


「そりゃそうだよ~、艦娘なんだもん」


「・・・どうしよう・・・浜風、泳げないの・・・・」


「えっ、うそっ! あんなに泳ぐの上手だったのに?」


「・・・浜風ね・・・昔の事、覚えてないんだって・・・」


「あっ、だからか~ 道理で何か優しいと思ったぁ~」


「・・・あの、前の浜風は・・・・こわい人なの?・・・」


「う~ん、確かに怒ると怖いけど、面倒見が良くて、仲間思いの優しい子だったよ? あと料理が上手だった!」


「・・・そうなんだ・・・」




 平賀は、子供達が歓談に興じている様子を、微笑ましく眺めていた。ふと、時計に目をやると、進水開始5分前を切っていた





「さて、嬢ちゃんたち・・・歓談はその位にして、進水の準備、始めるぞ」



「教導官殿に意見具申!」



突然清霜が挙手をする



「平賀、清霜意見具申を受諾・・・なんだい? キヨ?」


「浜風ちゃんは泳げないんだって!・・・・であります!」


「・・・そうなのか? 嬢ちゃん?」


「・・・はい・・・その、海とか、プールとか・・・行った事なくて・・・・」


「海は怖いか?」


「・・・はい・・・多分・・・怖いです・・・」


「・・そっか・・・わかった。 それじゃあ浜風はこっちだな。キヨはこっちで好きに入ってていいから。もうわかってんだろ?」


「えへへ~、やったぁ!」


「はしゃぎすぎて怪我すんじゃねえぞ!」


「イエス!マム!」


「マムじゃねぇよ・・・それじゃ、行くか、嬢ちゃん」


「・・・あの・・・どこへ?」


「建造ドックだよ。あそこなら水深を調整できるからな。膝下くらいの深さなら、怖くないだろ?」


「・・・うん、それくらいなら・・・・」








  (2021年6月14日 執筆  同8月5日 加筆修正)




平賀教導官に連れられて、浜風は建造ドックへとやってきた





艦娘用の建造ドックとしては珍しい、船舶用の大型の建造ドックである



 波止場から見下ろす船渠は、艤装格納ブースよりも広大で、思わず「ほうっ」とため息をつきたくなる程であった


そして何より、煉瓦を積み込んで造られたドライドックの外観は、歴史的建造物の風合いを醸し出し、何とも形容し難い趣があった




「・・・わぁ・・・・すごい・・・・」




ドックの底部に向かう仮設の階段を降りながら、浜風は感嘆の声をもらす




「いいだろう? ここ・・・・俺も好きなんだよ・・・・」





 ここ、某鎮守府の建造ドックは、皇紀2663年に廃止された浦賀船渠を、艦娘の建造用に改装した由緒ある船渠である




元来人型の艦娘の建造においては、さほど大きな船渠は必要とされない為、通常は大浴場程度の大きさがあれば事足りる


だが、建造システムが確立された当初は、数的優位を誇る深海棲艦に対抗するため、一度に沢山の艦娘の建造が可能な大型のドックが要求されていた


そこで当時既に使われていなかった浦賀船渠跡地を改修し、艦娘建造ドックへと生まれ変わらせたのである




このドックからは数多の艦娘が建造され、第一次深海棲艦戦争の勝利に多大な貢献をしてきた



そう・・・



 第Ⅰ世代の艦娘は、深海棲艦の撃破による解放か、建造によって生み出されていた。建造ドックは、そうした時代の艦娘達を、数多く建造、輩出してきた




 だが、第Ⅱ世代以降の艦娘は、人との交わりを通して生まれ、そして覚醒を経て初めて顕現する・・・・







要するに、建造ドックは今や無用の長物であり、第Ⅰ世代が活躍した時代の遺物と言えた




 世界中のどこの鎮守府にあっても、使われなくなった建造ドックは放置され、その殆どが廃墟と化していた










だが、某鎮守府には、あの《夕張》がいた



 彼女からしてみれば、例え使われなくなって久しい設備であっても、整備不良で稼働しない状態など、まったくもって、許しがたい事だった


ましてや、ここがかつての名門、浦賀船渠であったとなれば、なおの事であった




数年前に彼女が某鎮守府に赴任して来た時、彼女が最初に手がけた仕事が、この建造ドックの改修であった


 流石に使われていない設備に予算を投じるのに提督も難色を示していたが、《いつの日か、必ず必要になる時が来ます、備えは万全にすべきです!》・・・と、心にもない夕張の誰得な説得に押し切られ、建造当時よりもハイスペックなハイパー建造ドックに生まれ変わっていた


煉瓦積みのドライドックの外観もそのままに、今やオブジェと化した使われないドックサイドクレーンやポンプ施設の整備も万全。エンジニアとしての矜持も満たされ、夕張もご満悦であった



 多額の資材を投じてリニューアルした建造ドックなれど、まぁ当然と言えば当然だが、艦娘が建造される時代など訪れるはずもなく、今の今まで無用の長物と化していた





それが・・・・




「こんな形とはいえ、だ・・・・いや、まさか本当にこれを使う日がくるとは・・・夢にも思わなかったぜ」




ドックの底部まで辿り着くと、所々に水溜まりが残ってはいたが、すっかり排水が済んでいて、すぐにでも浜風の進水が行える状態になっていた



磯の香りが漂う湿った煉瓦を踏みしめる・・・・子供の頃から清霜と何度も忍び込んでは爺さんに捕まってとっちめられたのが、平賀にはまるで昨日の事のように思えた





「・・・昨日までは海水で満ちていたはずなんだがな・・・・・・」




平賀は、ギリと歯噛みする




《・・・主任の仕業だな・・・相変わらず手際のいいこって》



 何もかもお見通しな、あの人を喰ったような性格・・・・本当に・・・・



《・・・本当にムカつくぜ! あの女! 何の説明もしやがらねえっ!!》



 こちらの思考を先回りして、段取りが既に完了していた。掌の上で弄ばれ、ほくそ笑んでいるアイツの薄ら笑いが目に浮かぶようだった



《落ち着け落ち着け・・・ここでキレたらアイツの思う壺・・・・・喜ばすだけだ・・・》







「・・・あの・・・浜風・・・・・・どうすれば?」



モンペ姿に姉さん被りをした少女が、あどけない瞳でこちらを見上げていた



 そう・・・腹を立てても仕方がない。この子には関係のない事だ。いつもならその辺の機材を蹴飛ばして憂さ晴らしをしている所だが、この子の・・・浜風のあどけない姿を見ていると、そんな気もどこかへ消え失せていた




「ごほん・・・さてと嬢ちゃん、そこの盤木・・・船台の上に足をのせて・・・立ってごらん」


「・・・これ?・・・これに乗ればいいの?」


「そうだ。その上に立って、なるべく力を抜いて・・・・お船になった自分をイメージしてごらん」


「・・・お船に・・?」


「そう・・・海に浮かんだお船になった自分をイメージするんだ」



「・・・うん・・・・えと・・・お船・・・浜風は・・・・・・・お船・・・・・」


「その調子だ。 今から海水を注水するから、そのままイメージし続けるんだ」





 そういうと、平賀はドックに注水を開始する。設定は、水深30cm。盤木から、丁度10cm程浮き上がる位の深さである。水面が上がってくるにつれ、浜風は少し怖くなっていた。浅いとわかっていても、やはり怖いものは怖い




と、平賀が浜風の手を取る





「大丈夫、よろけそうになったら俺が支えてやるよ、嬢ちゃん」


「・・・うん・・」


「集中するんだ・・・イメージするのは、お船になった嬢ちゃんだ」


「・・・こわい・・・」


「大丈夫・・・嬢ちゃんは艦娘だ。 体が、ちゃんと浮き方をわかってる。自分を信じてやんな」





 やがて水面は浜風の足まで達する。足裏から接地感が徐々に薄れていくのを感じる・・・そして、盤木から足裏が離れ、水面に浮き上がる。その瞬間は、少しだけびっくりしたが・・・・・





「・・・立ってる・・・・・浜風、お水の上に立ってる・・・・・」



「・・・だろ? 艦娘なら、誰だって出来る。それこそ息をするのと同じ位、簡単なもんだ」



 それは・・・不思議な感覚だった。注水される海水が織りなす穏やかな波のうねりを、浜風はゆるやかに、ごく自然に乗り越える・・・・それはまるで、自分が海で生まれた生き物のような、そんな感覚であった



「少し、動いてみるか?」


「え・・・でも、どうやって?」


「艤装とのデータリンクは済んでるから、最初は声に出して見るといい・・・・両舷前進微速・・・・・とな」


「うん・・・・えと・・・両舷前進微速・・・・・・・・ぁ・・・」






足下にある艤装に装備されたスクリューが、回転を始める・・・・



そして・・・



浜風は、ゆっくりと航行を始めた






 (2021年6月15日 執筆)



戦速6ノット・・・・駆け出す位の速さで、浜風はドックの中を航行していた




「・・・・すごい・・・・・すごいすごい・・・・・・これが・・・艦娘・・・・」




 浜風は、生まれて初めての不思議な体験に、珍しく興奮を隠せないでいた。頬を掠めたゆるやかな風が心地よかった


 気がつくと、先程まで怖くて足下が竦んでいた事など、すっかり忘れてしまっていた




「嬢ちゃん、取舵20度!」


「・・え・・・はい・・・・取舵・・・・20度・・・・・わ・・・」




浜風の号令と共に、その艤体は左20度方向へ回頭した



「・・曲がった・・・・すごい・・・・えと・・・・面舵?・・・20度・・・」



 今度は右20度方向へ回頭・・・・浜風は、すっかり面白くなっていた。艤装のROMデータから操艦マニュアルを読み込み、今度は速度を変えてみた。



「両舷前進半速から原速! 赤黒なし 取舵、30度!・・・・わぁ・・・」


「ドックの中で強速以上は出すなよ!」


「・・・はいっ!」





《やれやれ、記憶がないのに大したモンだ・・・もう一人で操艦出来るじゃねぇか》





「俺は上に上がってるから、しばらく練習してな」



「・・・うん・・」








階段を上り、波止場に辿り着く




ドックを見下ろすと、浜風が操艦に夢中になってはしゃいでいるのが見えた



平賀は、ドックの推進設定を【0】に切り替える。そしてそのままドックに注水を開始した

海水がドックへと流れ込み、穏やかな波のうねりと共に水面が急速に浮上してくる・・・・






20分程で、水面は海抜マイナス5メートルにまで浮上していた










ドックの改修にあたり、夕張は注排水システムの見直しをしていた



船舶用ドックを使用する場合、その大きさ故、注排水する海水の量が尋常ではない


注水はともかく排水に時間がかかりすぎるのがネックだった



そこで、現行のポンプユニットとは別に、新たにポンプユニットを開発し、バイパスしていた


夕張が独自に開発したこのハイパー注排水システムは、通常ではあり得ない速さで水面を上昇、下降させる事が可能だった


 しかも、注水口の配置や形状も徹底的に見直されていて、大量の海水をドックに流し込んでいるにもかかわらず、注意していなければ気付かない程に、水面は穏やかであった




まさに夕張ならではの・・・・無駄にクォリティーの高いドックであった








「・・・まぁ、確かに役に立ったけどよ・・・・・・」







「・・・・改修費用・・・・ここの運営費の一か月分、とか言ってたな・・・・・・・」










一体いくらかかったのだろう・・・・・平賀は、恐ろしくてそれ以上考えるのをやめた






そして・・・






このような贅沢な施設を独り占めしている今日の浜風は、さながらVIP待遇であった










「・・・・さてと・・・」





平賀は、浜風を水に慣れさせるため、次のプログラムへ移行する




「嬢ちゃん、ちょっとこっちへ来てくれるか?」



「?・・・・・・はい・・・」



 もう、すっかり操艦に馴染んだ浜風は、平賀のいる突堤へと転進したかと思うと、半速、微速と徐々に速度を落とし、彼の目の前でピタリと静止した



「なんですか?・・・・・・・・あれ?・・」



さっきまでドックの上層の縁・・・突堤の上に立っていたはずの平賀が、浜風と同じ目線に立っていた




「教導艦さん・・・・これって・・・?」



「・・・ああ、今ここは、海抜0メートル・・・・外海と同じ海面ってわけだ」



「・・・・・?」






「・・・まぁ、いいさ・・・それより・・・・」




平賀は手ぶりで Sit をあらわす。海面に腰を下ろすよう、身振りで示した




「ちょっとそこに、座ってみな」


「・・・え・・・・」


「大丈夫、嬢ちゃんはお船だ・・・体のどこをついたって、沈んだりしないから」


「う・・うん・・・」



 浜風は、そっと腰を下ろし、恐る恐る水面に尻餅をついた・・・・・すると、まるでクッションの上に腰掛けるように、柔らかく着水した
 



「・・・あ・・・ホントだ・・・沈まない・・・・・」



 今度は、水面に両手をついてみた。腰掛けた時と同じように、やわらかい感触が掌に伝わってくる



「・・・やわらかい・・・・不思議・・・・。」



 浜風は意を決して、今度は水面に寝そべってみた。ふかふかの、やわらかいベッドに寝そべっているようで、気持ちよかった


 もっとも、濱乃屋に浜風の寝床はない。いつも廊下の片隅か、土蔵の中で地べたに身を屈めながら眠っていた。だから、やわらかいベッド、というのは、あくまでも浜風の想像でしかない




 仕舞いには、水面でごろごろと寝返りを打ち始めた。もう、楽しくて仕方ないという感じで、見ている平賀も、何だかほっこりしていた。正直、進水でこんなにはしゃぐ子を見るのは初めてだった





「・・・すごい・・・・浜風、もう怖くない・・・・・」



「・・そうか・・・それは何よりだ」







平賀は、そんな浜風の様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす







《俺の任務も、どうやら無事に済みそうだ・・・・・・・?・・・・・・・そういえば・・・・・》







《・・・・・・・あ・・・・・・》







ふと、何かを思い出す・・・







《大事な事を忘れてたぜ・・・・・》












「・・・・そうだ、嬢ちゃんにいい事を教えてやろう・・・」




「・・・・いい・・・こと?・・」






水面でゴロゴロしながら、浜風は聞き返す






「このドックは、かつては浦賀船渠って呼ばれててな・・・・・・140年前に・・・・嬢ちゃんはここで生まれたんだ・・・・」






「・・・・え・・・・・・浜風が・・・・・ここで?」






「・・・・ああ・・・・・・ま、言ってみれば、ここは嬢ちゃんのお母さんのお腹の中ってとこだな・・・・」












「・・・・・おかあさん・・・・・」
















「・・・・そっか・・・・・・おかあさん・・・・なんだ・・・・・・ここ・・・・・」















浜風は、うつ伏せたまま水面に頬をつけ、目を瞑る
















「・・・・ここにいたんだ・・・・・おかあさん・・・・・」















もうそろそろ頃合いだな・・・・と、平賀は思う

















「・・・・嬢ちゃん・・・・いよいよ外海に出るぞ! 今度はキヨと、ランデブーだ!」




そういうと、平賀はゲートを解放する



チャリチャリと音を立て、大きな鎖がリリースされてゆく・・・・・それに従い、外海に面した巨大なゲートが、ゆっくりと外側へと傾斜し倒れてゆく







浜風の目の前には、海が・・・広がっていた













「・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・」











それは・・・・いつか見た海だった







遠い昔・・・・









軍艦として此の世に生を受け、初めて海に出た時の・・・・あの時の風景だった

















「軍艦なんだから、進水はやっぱこうじゃないとな・・・・」












くしくもその日は、140年前に浜風が進水をした、11月25日であった
















「・・・・嬢ちゃん・・・・」









「・・・・はい・・・」













「・・・本艦を・・・《濱風》と命名する・・・・・・・行ってこい!」
















「・・・・・はいっ!・・・・・・出港準備!」








「両舷前進微速・・・・三十度ようそろ・・・・・・《濱風》出港!・・・・ええと・・・・」








「・・・大島でいいだろ?」








「・・・はいっ! 両舷前進原速 赤黒なし 進路三十度 大島北方45マイルまで・・・前進!」


















浜風は・・・・70年ぶりに海へ出た











 軍艦時代と・・・艦娘時代の記憶を無くしてしまった今の浜風の心は・・・・・・過去の無念や、妄執から解き放たれ・・・・








真っ白だった













今生に於いて・・・・浜風は一体何を成すために舞い戻ってきたのか・・・・・










今はまだ・・・・誰にもわからなかった
























「清霜ちゃーーーーーーーーん!」





「浜風ちゃん、一緒に行こっ!」




「うん!」





「もどーせー、0度ようそろ・・・・・・・最大戦速っ!!・・・・・わぁ・・・・・」













二人は浦賀港を抜け、湾内へと滑り出し・・・・大島へ向けて出港した

















浜風 04 密約 に続く 
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