星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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敢闘編
第四十五話 戦う意味
宇宙暦792年7月15日12:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟軍、
統合作戦本部ビル ヤマト・ウィンチェスター
「もう慣れたかい?とんでもない所だろ、ここは」
「ヤン中佐が羨ましいですよ」
「そうだ。お前さんの苦情は俺の所に来るんだぞ、嫌味を言われる方の身にもなれ」
「私はちゃんと業務をこなしていますが」
「お前さんは副官任務があるだろう。戦訓分析は副官の仕事じゃないぞ。少しは俺を手伝え」
「副官なんて私の性に合いませんよ」
「合う合わないの問題じゃない。全く…」
これが統合作戦本部ビルの五階にある宇宙艦隊司令部副官室の日常だ。副官室は司令長官室にドアを隔てて繋がっている。
宇宙艦隊司令長官(代理):シトレ大将
首席副官:キャゼルヌ大佐
次席副官:ヤン中佐
総参謀長:クブルスリー少将
参謀長副官:シモン大尉
主任作戦参謀:ハフト准将
主任後方参謀:ギャバン准将
主任情報参謀:ロックウェル准将
そして作戦、後方、情報それぞれに二十名の佐官と尉官の参謀チームがいる。俺は作戦参謀チームに配置されている。
第一艦隊:ロボス大将(一万五千隻)
第二艦隊:ルーカス中将(一万三千隻)
第三艦隊:ルフェーブル中将(一万二千五百隻、再編成中)
第四艦隊:グリーンヒル中将(一万三千隻)
第五艦隊:ビュコック中将(一万二千隻)
第六艦隊:オドネル中将(一万三千隻)
第七艦隊:ホーウッド中将(一万三千隻)
第八艦隊:シトレ大将(一万五千隻)
第九艦隊:ラザレフ中将(一万二千隻)
第十艦隊:ウランフ中将(一万二千五百隻)
第十一艦隊:ホイヘンス中将(一万二千隻)
第十二艦隊:クレージュ中将(一万二千隻)
同盟軍陸戦隊:第一陸戦師団~第二十陸戦師団、ローゼンリッター連隊
うん、知ってる人と知らん人が居るな。まあ司令部以外はほとんど会った事無いから、名前知っててもほぼ知らないに等しいんだけど…。
しかし、宇宙艦隊の作戦参謀って何すりゃいいのかね。まずトップが有能だし、何も言う事がない。そもそも今回はシトレ大将自ら考えた作戦案だからな、ケチのつけようが無い。
イゼルローン要塞攻略か…。結局俺はまだイゼルローンを見てないからな…。
「で、お前さんは副官室で何をしてるんだ?」
「え?ああ、食事のお誘いですよ」
「もうそんな時間か…ちょっと待ってろ」
…あまりここには来ない様にしよう。ヤンさんのとばっちりを食らいそうだ…。
「閣下も一緒に昼食にするそうだ。お前さんのも運ばせるから、長官公室に入っててくれ」
うーん…。
「ここにはもう慣れたかな。君の居たEFSFとはえらい違いだろう?」
「そうですね。宇宙艦隊司令部だから仕方ないとは思いますが、誰も彼もが忙しそうです」
「皆忙しいフリをしているのだ。自分で自分の仕事を作り出してな」
「判る気がします」
穏やかに話す司令長官代理は、いつ見ても軍人とはこうあるべき、という見本の様な人だ。ヤンさんが忠誠を誓っていた、違うな、信頼していた…なのかな。優秀で誠実で…本音で話す事の出来る数少ない上官。そりゃあ信頼するな、うん。でも一つ気になる事があるんだよな。原作でもこの時期はヤンさんはシトレ親父の副官という立場だった。ヤンさんはシトレ親父の作戦案をどう見ていたんだろうか。副官という立場なら何か言えたと思うんだが…。どうだったっけなあ、外伝はうろ覚えなんだよな…。
「今回の要塞攻略戦、成功すると思うかね?」
「…長官代理の仰り様だと、作戦の成功を信じてらっしゃない様に聞こえますが…」
キャゼさんとヤンさんの手が止まる。手と口を動かしているのは俺とシトレ親父だけだ。
「成功はさせたい。だがそうは限らんだろう?」
「そうですね。ヤン中佐はどうお考えですか」
「え?私かい?中々いい案だと思うが…失礼しました」
「いや、構わんよ。ヤン中佐はどう思うかね」
「敵の戦力が分からない事には、何とも言えません」
「なるほどな。二人には先に聞いておくべきだったかな」
そもそも選べる方針が攻勢か守勢しかない上に、フェザーンを攻める、なんて事が狂気の沙汰と言われかねないんじゃ、イゼルローンしか向かう所はないんだよな。シトレ親父の案に文句をつけられない、または言う気が無いんじゃ、ヤンさんの言う事は正しい。そもそも、シトレ親父は俺達に何かさせたいのだろうか?
「ウィンチェスター、ヤンはああ言ってるが、お前さんはどう思ってるんだ」
キャゼさん…話を元に戻さないで下さいよ…。
「…成功、不成功の前に、閣下はイゼルローンを奪取した後の事はどうお考えなのか知りたいです」
「……それは我々の考える事ではない」
「それは、要塞奪取後の事は白紙決定と思ってよろしいのですね?」
オイ、とたしなめるキャゼさんをシトレ親父が止めた。ナポリタンが冷めちまう…。
「ヤン中佐はどう思いますか」
「…攻撃の主導権は同盟に移る…講和という考えもあるんじゃないか」
「閣下はどうお考えですか?本当に我々が考える事ではないと?」
「…ヤン中佐の言う様に、講和という考えもあるだろう。だがそこは政治の領分だ。我々が口を出す事ではない」
…本当にそう思って言ってるのか?
「そもそもの話ですが、今回の出兵命令は政府の命令なのでしょうか」
「当然だよ。最高評議会での閣僚会議で決定された事だ。会議自体は非公開の物だが」
「軍部主導、ではないのですね?政府の決定が先にあって、実行組織として軍部が検討し、現在に至る。そうですね?」
「ウィンチェスター、いい加減にしないか」
「キャゼルヌ大佐、いい加減には出来ません。質問された以上、いい加減なまま質問に答える事は出来ません」
いい加減にされてたまるか、死ぬかもしれないんだ。
「ウィンチェスター中佐、何が言いたい」
「閣下の野心の為なら、小官は納得がいかない、と言いたかったのです。まだ死にたくはありません。ですが、政府の命令なら仕方がありません」
「ウィンチェスター!」
「そう怒るな大佐。私の野心の為なら納得がいかない、か…了解した。決して私の野心の為ではない。そう見えたのなら私に徳が足りないのだろうな。ところで中佐、まだ質問に答えて貰ってはいないが、成功すると思うかね」
「……ヤン中佐と同意見です」
「敵の戦力か。イゼルローン要塞単体の能力と駐留艦隊を基準としてこちらの兵力を算出した」
「確か第四、第五、第八、第十の四個艦隊…五万二千五百隻ですね。まあ、大丈夫じゃないでしょうか」
なんとしても成功させたいのならこの倍は必要なんじゃないか、と思うんだけど…。本当に成功させたいんだろうか?古来、城攻めは城方の三倍以上の兵力を揃えるのが理想とされている。その原則からこの兵力なんだろうけども…イゼルローンは昔の城と違って要塞主砲なんて厄介な物を持っているし、後詰、要するに援軍が来たら攻城戦なんてやってる余裕はなくなる。でも…こっちの兵力が多いと、駐留艦隊は要塞主砲の有効射程内から出てこないだろう。要塞と駐留艦隊が相互に補完し合っているからイゼルローン要塞は堅固なのだ。
うーん…大兵力は必要だが、こっちが多ければ相手は引っ込む、こっちが少なければ要塞を攻略出来ない…面倒くせえなまったく…。
「帝国が増援を出さなければ、勝機は充分にあると思います」
「増援か…是非来ないで欲しいものだ」
「増援が来たらどうなさるのです?」
「撤退する。無駄死にはしたくないし、させたくもないのでね。…有意義な昼食会だったな、解散するとしようか」
食べ終わったのはシトレ親父と俺だけで、キャゼさんとヤンさんは食べかけのままプレートを持って、俺はシトレ親父の分と俺のプレートを重ねて持って副官室に戻る。副官室に戻ると、キャゼさんが大きな溜息をついた。
「お前な…あまりヒヤヒヤさせないでくれ」
「ヒヤヒヤさせてしまいましたか?質問に答えただけですが」
「言い方ってもんがあるだろう」
「小官だって同道するんです。死ぬと限った訳では無いですが、生きるも死ぬもどうせなら納得して戦いたいですし」
「それは分かるがな。言い争いになってもつまらんだろう」
「質問が悪いです。成功するかと問われて、そうは思えませんとはいえないでしょう?」
「するとお前さんは今度の要塞攻略戦が失敗すると思ってるのか?」
「そうは言っていません。小官が危惧するのは、失敗より成功した後の事です。政府はそこの所を考えているのかと思いまして」
「成功した後の事?そりゃあ……ヤンが言った様に講和じゃないのか」
「帝国は同盟を対等とは認めていません。帝国的には我々は政治犯です。政治犯とは講和など有り得ない」
「ではどうなると言うんだ?ヤン、どうだ?」
「私も選択肢は講和しか無いと思っていましたから…うーん」
「戦争の理由に根本的な問題があります。イゼルローンを奪取したくらいでは戦争は終わりませんよ。小官が思うに、あまりにも長く戦争が続いている為に、政府も軍部も戦争終結という事を考えた事がないんじゃないでしょうか。考えた事が無いから止め所が分からない」
「しかしお前さん、帝国は講和など認めないと今言ったばかりじゃないか。止め所などあるのか?」
「ありますよ。でもこれは皆が納得しないでしょう。ヤンさん、分かりますか?」
「まさかとは思うが…降伏かい?」
「その通りです。ですが無条件に降伏する訳ではありません。自由共和制を認めて貰う事が条件です。宗主権は帝国でも構わない、同盟領域においては完全な自治権を認めさせる。その上での降伏です」
「名より実を取るという事かい?しかしそれでは…」
「専制主義の庇護下での民主主義は納得がいきませんか?専制主義イコール悪政ではないと思います。やり方次第で共存は可能だと思いますよ」
「悪政ではないかもしれない。だけど、悪政や暴君が出現する可能性は大だ。帝国の歴史が、いや人類の歴史がそれを示している」
「では民主政治は悪政ではないと?帝国の生まれた経緯をお忘れですか?それも歴史の結果ですよ。元首の権力に制限をかけるか、廃立を審査出来る機関でも設ければ、悪政は防げると思います」
「絶対王政ではなく立憲主義のような物だね。でも、突き詰めて行くといずれは民主共和制になるのではないかと思うんだが…」
「それは我々が考える事ではありません。無責任に聞こえるかもしれませんが、帝国には帝国の事情があります。それを我々にどうこう言われたら、向こうだって頭にきますよ。余計なお世話だ、ってね」
「そんなものかな…」
「まあ、理想論はさておき、このまま戦争を続ければ同盟はいずれジリ貧になります。国力は帝国が上だし、フェザーンだって味方とは限らない。それに民意が戦争継続を望んだ場合、いくら負け込んでいても止められないのですから。専制主義打倒、スローガンはいいが、現実を見据えていただかないと」
「理想論か…講和も降伏も、誰も納得しないだろう。降伏、負ける為に戦うなど、口が割けても言えんだろうしな。だがジリ貧になると決まった訳じゃないだろう」
「確かに決まった訳ではありませんけどね。そうなる可能性は高いですよ」
「ウィンチェスター、私などより君のほうが副官が似合ってる様な気がするな。つかぬ事を聞くんだが、君は帝国が憎くはないのかい?確か、君のお父さんもお祖父さんも戦争で亡くなっていると…」
「小官はその辺が鈍い様でして。強盗や人為的ミス、まあ交通事故とか…目の前で殺される所を見たのならともかく、戦争で死んだのでは恨みようがありません。戦争自体は正当ですし、同盟も帝国もそこはお互い様ですから」
「なんだか達観してるなあ。二十代とはとても思えないんだが」
「ヤン中佐よりは苦労してますからね」
後書き
各艦隊の編成を御指摘により修正しました。御指摘下さった方、ありがとうございました。
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