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イベリス

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第三十二話 夜の会話その九

「聞こえはいいけれどね」
「死んだら終わりね」
「革命の犠牲とか言ってもね」
「フランス革命とかね」
「あの革命いいことなんてなかったのよ」
「物凄く沢山の人が死んでるのよね」
「もう疑われただけでギロチン送りだったのよ」
 ジャコバン派の時のことだ、急進的共和主義者とされる彼等は少しでも怪しいと思われる者は片っ端からそうしたのだ。その中心にいたのがロベスピエールだ。
「革命は大義と言ってもね」
「死んだらね」
「どうなるのよ、犠牲は付きものって言っても」
 それでもというのだ。
「死ぬ方にとってはね」
「そうじゃないわね」
「まだ明治維新の方が遥かにましよ」
 母は今度は自分達の国の歴史の話をした。
「幕末からのね」
「あの時もかなり死んでるじゃない」
「坂本龍馬さんとかね」
「黒船から西南戦争まで」
「けれどフランス革命は百万死んでもね」
「日本はそんなに死んでないの」
「死んだ人にとってはたまったものじゃなくても」
 母はこの主張は変えなかった。
「けれどね」
「犠牲になった人は少なかったの」
「三万位よ」
「百万と比べると少ないわね」
「井伊直弼なんてのも出て来たけれど」
 安政の大獄を引き起こした幕府の大老である、桜田門外の変で首を取られ無残な最期を遂げている。
「あの人でも無差別にギロチン送りにはね」
「してないの」
「沢山の人を死罪にしたわ」
 頼三樹三郎、橋本左内、吉田松陰達である。刑罰を軽くするという幕府の不文律を破ってまでそうした。
「それでもよ」
「無差別に死罪にはしてなかったの」
「フランス革命みたいにね」
「そうだったのね」
「死んだらそれまでだけれど」
「明治維新で死んだ人は少なかったのね」
「三万でね、けれどその三万の人達も」
 母は遠い目になって述べた。
「生きていたらね」
「何かを出来たのね」
「坂本龍馬さんだってね」
 母は特にこの人物の名を挙げた。
「きっとね」
「そうだったのね」
「梅毒だったって話もあるけれどね」
「当時梅毒だったら終わりよね」
「もう死んでいたわ」
「治らない病気だったわね」
「ペニシリンがなかったから」
 抗生物質がだ、このことは結核も同じだ。戦前まで日本は結核で非常に多くの者が命を落としている。その中には五千円札の樋口一葉もいる。
「梅毒になったらね」
「助からなかったのね」
「芹沢鴨さんもそうだったって話があるわ」
「新選組の」
「実は器が大きくて教養もあってひょうきんだったそうだけれど」
 ドラマ等での酒乱で粗暴一辺倒の人格は実は違うとのことだ。
「あの人もね」
「梅毒でなの」
「長くは生きられなかったかもね」
「そうだったのね」
「二人共暗殺されたけれど」
 それでもというのだ。 
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