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戦姫絶唱シンフォギアGX~騎士と学士と伴装者~

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第17節「欧州からの学士」

 
前書き
今年最後の本編更新です。

謎の錬金術師、グリムが語るキャロルの過去。
来年から始まる全面対決への引きとして、どうぞご覧下さい。 

 
「うぅ……」

意識がハッキリしない……。RN式は……当然解除されてるか……。
視界は……暗いな、全然周りが見えない……。

意識はまだぼんやりしているが、状況は整理しなくちゃならない。
肉体に刻まれた生存本能なのか、幸いにも思考はできるようだ。

……覚えているのは、怒りのままに魔剣を振り回し続けるノエル。
響たちがビルの敷地外へ逃げ切るまで、俺はあの斬撃に耐え続けた。

そして度重なる斬撃にビルは倒壊して……それから……。

今、俺はどうなっているんだ?
瓦礫の下敷き……というわけじゃないらしいが……。
それに、頭の下や肩から下には、布の感触がある……これは……何処かの部屋に、枕と毛布?

意識の覚醒に合わせ、上体を起こす。
部屋を見回すと、インテリアや壁紙のデザインから、洋風の部屋に居ることが分かる。

俺はなぜ、こんな見覚えのない部屋に寝かされているのだろうか?

首を傾げていると、目の前のドアが静かに開いた。

「お目覚めかな、若き戦士よ」

入って来たのは、白衣を着た男性だった。
白衣の袖や胸元には金色の刺繍が施されており、襟元には金のリンゴのブローチが輝く。

体格は細身で長身。肩にかかるほどの長く黒い髪色は、毛先からカールがかかっている。
白衣の下に見える黒いシャツとジャケットからして、身だしなみにはかなり気を使っているようだ。

パッと見の印象は、上流階級の人間。どこかの富豪にしては、羽織りものが白衣というのは不釣り合いな気もするが、佇まいは完璧にそういう人種のものだ。

そして、上から下までキッチリした服装でありながらも、身に纏う雰囲気はとても温和なものに感じられた。

男性は静かにドアを閉めると、カーテンを開けて窓から明かりを入れる。

そして、窓からの陽光を反射し輝く黄金の瞳が、静かにこちらを見つめていた。

「あなたは……?」
「不問。自己紹介は既にしているのだが、覚えていなくても無理はない。改めて名乗ろうか」

そう言って男性は俺の枕元に立つと、膝を落として目線を合わせた。

「私はヴァン・フィリップス・グリム。ヴァンでもグリムでも、好きな方で呼んでくれ」
「なら……グリムさんで」
「よろしい。それで、傷はどうかな?」

言われてハッとなる。制服の上着は、ベッド脇にハンガーでかけられていた。

視線を下げると、上半身には綺麗な包帯が巻かれている。痛みは殆ど感じない。
応急処置というよりも、しっかりと治療を施されたような感覚だ。

「あなたが、俺を?」
「肯定。まさに危機一髪だったよ。もう少し遅れていたら、どうなっていたことか」

そう言いながら、グリムさんはコップに水を注いで手渡してくる。

「あの場からどうやって?」
「解説。君のいた地点からその真下へ、トンネルを形成。真っ逆さまに落ちてきた君を、空気のクッションで受け止め、穴を塞いだというわけさ」
「一瞬で作ったトンネルに、空気のクッション?そんなのどうやって……」
「開示。実は私も錬金術師でね、物質の構造転換はお手の物なのさ」
「ぶふぅッ!?…………は?」

思わず口に含んだ水を勢いよく吹き出してしまった。
今、サラッととんでもない事言ったぞこの人!?

「深謝。君達に戦いを挑んできたキャロルは、私の弟子でね。教え子が迷惑をかけてしまって、本当にすまない……」
「キャロルの師匠で錬金術師……そんな人がどうして……!?」

頭を下げるグリムさんの顔は、とても申し訳なさそうだった。
聞きたい事が山ほど浮かんだけど、それが一旦引っ込むくらいに、憂いに満ちた目をしている。

「解説。順を追って話そう。君も気になっているはずだ。何故、キャロルがこんな事をしているのか……」
「それは……」

キャロルが俺達と戦う理由……。
初めて遭遇したあの火災で、キャロルはそれを『父親に託された命題』だと云った。

その言葉の意味を、彼女が何を抱えているのかを、俺たちは何も知らない。

知らなければならない。何を企んでいるかは知らないが、彼女の目論見を止めるために。
そして、響が望んでいたように、彼女にも伸ばせる手があるのかを模索するために……。

「当然です。彼女の理由を知らないと、手を伸ばす事は出来ないから……」
「了承。途中、聞きたい事があったら、何でも聞いてくれてかまわない」
「分かりました……」

そしてベッド脇に置かれていた椅子に腰掛けると、グリムさんは静かに語り始めた。

ff

300年前、欧州のとある田舎村。
その村にある一軒の家に、少女は住んでいた。

少女の生まれは、ごくごく普通の一般家庭だった。
だが、彼女の家の様子は、この時代の一般家庭とは少しだけ違っていた。

部屋の中には、フラスコやビーカーなどといった実験器具が並んだ作業机が置かれている。
床には鉱石や薬草、分厚い書物が散らかっており、チョークで書かれた複雑なベンゼン環と構造式が拡がっていた。

彼女の父親は、いわゆる錬金術師だったのだ。

とはいっても彼が錬金術を学んでいた理由は、卑金属から黄金を生み出そう、というような俗物的なものではない。

錬金術師としての腕は特出して秀でていたわけではなかったものの、イザークは主に薬学の知識に通じており、その知識を人助けのために役立てるお人好しな性格だった。

深山にて採取され、”仙草“とも称される薬草「アルニム」を使った治療で流行病に苦しむ村人を多く救うなど、町医者の真似事のような事をしては、村人達からはささやかに感謝される。
しかし決して金銭はせびらず、ただ日々を錬金術の研究にあてながら、娘と慎ましく暮らす穏やかな性質は、彼がどこまでも善人だった証だろう。

魔術と科学の境が曖昧で、まだ医学の分野に宗教の色が濃かった時代に在って、知識を深め、見聞を広め、人間の力で運命を打開しようと努力する者。
それが少女の父、イザーク・マールス・ディーンハイムであった。

「のわあぁぁぁぁぁッ!?」
「ッ!?パパ……!?」

突然耳に飛び込む父の悲鳴に、少女は読んでいた本から顔を上げる。

目の前の竈で料理をしていた父は、黒い煙を上げるフライパンを手に、煤で黒く汚れた顔を振り返らせた。

「…………鍋が爆発したぞ?」
「ぷ……あははははは。もう、お料理なのに、どうして爆発させられるの?」

困った顔で娘を振り返る父の顔に、少女は鈴の鳴るような声で笑った。

「だがきっと、味は……味は……」

フライパンと鍋から料理を皿に移し、テーブルに並べる父親。
丸眼鏡の奥で、自信なさげに垂れる父親の目から何となくオチを予想しながらも、少女はナイフとフォークを手に、肉を切り分ける。

……乾いた赤土のように、硬い音を立てながらポロリと崩れる肉だったもの。

父親の方に視線を向けると、苦笑いで返された。

少女は不安を顔に滲ませながら、それを口に運び……うっ、と呻きながら土塊のようになった肉を咀嚼し、飲み込んだ。

「……美味いか?」
「……苦いし臭いし美味しくないし、0点としか言いようがないし」
「はぁ。料理も錬金術も、レシピ通りにすれば間違いないはずなんだけどなぁ。どうしてママみたいにできないのか……」

そう言って溜め息を吐きながら後頭部を掻き、台所の方を見やる父親。
まな板のそばに試験管やペトリ皿が置かれており、にんじん色の粉末や、じゃがいものような粉末が薬紙に積まれているのを見て、少女は訝しんだ。

数年前に母親が病死してから、料理ができるのはこの家の一人娘である少女だけだ。
たまには娘にいい顔をしたい父親だが、どうにも料理は不慣れらしい。

「明日はわたしが作る。その方が絶対に美味しいに決まってるッ!」
「コツでもあるのか?」
「ん……ナイショ。秘密はパパが解き明かして。錬金術師なんでしょ?」
「ははははは。この命題は難題だ」
「問題が解けるまで、わたしがずっとパパのご飯を作ってあげる。えへへ、ふふふ」

得意げに張った胸をドン、と叩き、少女は微笑んだ。

と、そこへノックの音が聞こえてきたため、親娘は扉を振り返る。

「わたしが出るね。パパは顔、拭いた方がいいよ」
「あ……ああ、そうだね」

娘が扉を開けると、そこには白衣の上から防寒用のマントを羽織った、黒髪の紳士が佇んでいた。

「あ!先生!」

紳士の名はヴァン・フィリップス・グリム。
今、翔と語らっている男だった。

「やあ、キャロル。今日も元気そうだね」

そして少女の名は、キャロル・マールス・ディーンハイム。
現在、翔たちと敵対関係にある少女の、ただの町娘だった頃の姿だ。

「えへへ。先生、今日はどんなご用事で?」
「返答。我が友イザークに頼まれていた薬草と鉱石を届けにきたんだ」
「パパなら今、顔を洗ってるところ。すぐに来ると思うから、上がってて」
「的中。やはりいつものアレか……では、お言葉に甘えて」

ヴァンは玄関前でマントを脱ぎ、埃をはらってから家に上がる。
丁度、イザークが顔を拭き終えた所だった。

「やあ、イザーク」
「ヴァン!元気してたかい?」
「当然。医者が不養生では話にならないからね」
「君らしいね。流石は”放浪の学士“だ」
「最近はただの学士さ。しばらく放浪してないからね」

たわいもない会話の後、ヴァンは肩がけにしていた鞄から薬紙と植物、鉱石の入った箱、そして2冊の本を取り出す。

「さて、本題。これが君に頼まれていたものだ。ちゃんと世話すればこの土地でも育つだろう。育て方と生態、それから成分と用途については、これを読んでくれ。もう1冊はその箱に詰めてきた各々の鉱石に関するものだ。素手で触るんじゃないぞ?」
「助かるよ。これで更に研究が捗る」

箱の中身を改めながら、イザークはヴァンに感謝を述べる。

ヴァンはそれを微笑みで受け止めると、もう一度鞄に手を入れた。

「それともう1つ……キャロル」
「なぁに?」
「授与。君への贈り物だ」
「わあ……新しい本!先生、ありがとう!!」

ヴァンから受け取った本を、キャロルは大事そうに抱える。
読書が何より好きな彼女にとって、父の親友にして師であるヴァンの来訪は、新しい本が増える特別な日でもあるのだ。

「本当に、いつもありがとう。わざわざ娘にまで色々持ってきてくれて」
「推奨。幼子らは多くを学ぶべきだ。今は小さくとも、幼子たちこそ、この世界の未来をより良くする綺羅星なのだから」
「先生、今度の本はどんな本なの?」
「今度のはとてもワクワクする筈だ。なんと──」

それから暫く、親娘はヴァンと歓談を続ける。
遠い異国の話や互いの近況など、積もる話は尽きることがない。

やがて、キャロルがお茶を出していない事を思い出し、台所へと向かう。

それを見計らうように、ヴァンは声を潜めた。

「イザーク。本当に、我々と共に来てはくれないのか?アダムも君を待っている。きっと喜ぶぞ?」
「気持ちは嬉しいが、私は今の生活を続けるよ。この村の人達は、まだ僕を必要としてくれているからね」
「そうか……。君がそう言うなら、無理にとは言えまい」

だがヴァンは、しかし、と付け足す。

「忠告。我々を厭う者達の魔の手は、広がりつつある。君もいつ狙われるか分からない。私も彼も、君が心配なんだ」

この時代、錬金術師は魔女狩りによって処刑される者も少なくなかった。
魔術と科学の境が曖昧な時代だったからこそ、人体や自然の神秘を解き明かそうとする者達は、神を冒涜する異端者として扱われてしまう事が多かったのだ。

「最近は、人々に正しい知識を広めようとした錬金術師を貶め、魔女狩りに追い込む輩が各地を逃げ回っているらしい。君も用心したまえ」
「ああ、気をつけておくよ」

2人はふと、台所に立つキャロルの背中を見つめる。

鼻歌交じりにお茶を用意している彼女の背中に、イザークはぽつりと呟いた。

「ヴァン。もしもの時は……もしも、僕に何かあった時は、キャロルの事を頼む。君とアダムになら、あの子を任せられる」
「……本気なのか?」
「本気だよ。協会なら、あの子を守ってくれるだろう?」

丸眼鏡の奥から覗く、親友(とも)の真剣な眼差し。

ヴァンは暫くそれを見つめると、やがて溜め息を吐いた。

了承(わかった)、約束しよう。だが、無理はするな。不味いと思ったら逃げる事だ」
「場合によるかな……。逃げる事が正しいとは限らない時もある」
「……宣誓。君の頼みは聞くが、君からも私に誓って欲しい」

ヴァンはもう一度、キャロルの方を見る。

かつて何度か顔を合わせた親友の妻。
その面影を少女の横顔に重ねながら、ヴァンは続けた。

「せめて、キャロルが立派なレディになるまでは生きろ。それが父親としての、君の義務だ」
「……ああ、そうだね。彼女の……リースの分まで、僕はキャロルと一緒に居なくちゃいけない」
「同意。娘を独り残して逝くなど、私が許さないぞ。せめて嫁入りまでは見届けろ」
「嫁入りかぁ……。キャロルの花嫁姿……きっと綺麗なんだろうなぁ……」

と、そこへキャロルがお茶の入ったコップを手にやって来る。

「パパ、先生、なに話してるの?」
「キャロルがお嫁に行ったら寂しくなるな、とイザークがな」
「そ、そこまでは言ってないぞ!?いや、寂しくないわけじゃないけど……」
「ええ?わたしがパパを1人にするわけないじゃない。わたしが居ないとご飯も食べられないんだもの」
「ううっ……。そ、それまでには、命題を解き明かすさ!」
「ふふっ、楽しみにしてるね!」
「命題?イザーク、君、娘にどんな命題を与えられたんだ?」

先程までの暗い雰囲気から一転。
小さな家に、再び活気が満ち満ちる。

夕陽が落ち往く秋空の下、絶えることのない笑い声と共に、親娘と学士は楽しい時間を過ごすのだった。

──それがある日、突然に奪い去られるとは知らずに。

ff

闇夜を照らす、赤き炎。

否、それは暗がりを照らす温かなものではない。

明々と天へと昇る炎に焚べられているのは、無実の罪を擦り付けられ、村中の人々からの罵声を一身に浴びる男だった。

『キャロル……。生きて、もっと世界を識るんだ……』

男は……パパ(イザーク)は、衛士に押さえつけられ遠ざかっていく娘を、どこまでも穏やかな笑顔で見つめていた。

『世界を……?』
『それが、キャロルの……』



「……夢?」

ぼやけていた視界がハッキリして来た頃、エルフナインはぽつりと呟いた。

目の前にあるのは、改修中のギアコンバーター。
周囲に広がるのは欧州の田舎ではなく、S.O.N.G.の本部潜水艦。ノーチラスの一部屋だった。

「数百年を経たキャロルの記憶……」

夢で見た光景に思いを馳せ……そして、顔を上げる。
モニターには、Project IGNITEの進捗と設計図が表示されていた。

時刻は15時37分。進捗率は89%であった。

「……10分そこら寝落ちてましたか。でも、その分頭は冴えたはず。ギアの改修を急がないと……」

器具を持ち替え、作業の続きに取り掛かる。

手を動かしながらも、エルフナインの脳裏には先程の夢がチラついていた。



『キャロル……。生きて、もっと世界を識るんだ……』
『世界を……?』
『それが、キャロルの……』



(……パパは何を告げようとしたのかな?)

炎の記憶の中で、父イザークの最期の言葉が繰り返される。

(その答えを知りたくて、ボクはキャロルから世界を守ると決めて……でもどうしてキャロルは、錬金術だけでなく、自分の思い出までボクに転送複写したのだろう……)

フラスコを持ち上げ、中を見る。

映り込む自身の浮かない顔を、エルフナインは静かに見つめた。

自分に生命を、知識を、そしてこの記憶をくれた彼女(オリジナル)に思いを馳せて──。 
 

 
後書き
次回、騎士と学士と伴装者は──

グリム「私はキャロルを止めなければならない。それが、我が友への──」

果たさねばならぬ誓いが、ここにある。

キャロル「俺の歌はッ!70億の絶唱すら凌駕するッ!フォニックゲインだァァァアアアッ!!」

果たさねばならぬ復讐(おもい)が、そこにある。

「我ら──」
「「「「四天の四騎士(アルカナイツ)!!」」」」

忠義貫きし騎士たちが戦場に舞い、

響、翼、クリス「「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」」

歌女たちの歌鎧(よろい)が黒き呪いで染まる時──

翔「──ただいま、響」

暗き地の底より、五弦の射手が帰還する。

伴装者GX、第二楽章……来年スタート。 
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