| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

疾走編
  第三十九話 エルゴン星域会戦(前)

宇宙暦791年8月30日09:00 エルゴン星域中心部、自由惑星同盟軍、第五艦隊
旗艦リオ・グランデ アレクサンドル・ビュコック

 「…了解しました」
「よろしいのですか、閣下」
「いいのじゃ。それにあちらの方が中将としては先任じゃからの」
「ですが…」
「貴官もどんどん心配性になっていくのバルクマン。敵にしろ味方にしろ、お手並み拝見と行こうか。参謀長…全艦に命令、戦闘準備、即時待機とせよ」
モンシャルマン少将が声を張り上げている。いかんな、緊張しすぎじゃ。第五艦隊司令官としては儂も初陣、少将も艦隊参謀長としては初陣じゃ。緊張するのは仕方ないが、声が裏返りすぎじゃて…。


791年8月30日09:00 自由惑星同盟軍、第五艦隊 旗艦リオ・グランデ 
オットー・バルクマン

 ビュコック提督はああ仰るが、俺は全く納得がいかない。
EFSFにアスターテに移動してもらった為に前面の敵と対峙しているのはクレメンテ提督率いる第三艦隊と俺達第五艦隊だけだ。敵は三万隻を超え、我が方は二つの艦隊で二万六千隻。数的に不利なのだ。なのにクレメンテ提督は分進合撃を主張した。それぞれ別方向から接近して敵を挟撃しようというのだ。二個艦隊が緊密に連携せねばならないが、事前の作戦会議らしい物は無かった。ただそれぞれ進みましょう、という印象だ。
敵は三万を超えるのだ、艦隊を一万と二万に分けて戦っても互角以上の戦いが出来る。一万隻でこちらの艦隊のどちらかを足止めし、残り二万隻でどちらかを叩く。こちらの艦隊はそれぞれ一万三千隻だから、一万隻対一万三千隻、二万隻対一万三千隻。EFSFが此処にいればまた話は違ってきたかもしれないが、敵がアスターテ方面に向かわないよう、彼らには敢えてそちらに転進してもらったからだ。それも、
『餌は美味しそうな方がいいでしょう』
とのEFSFピアーズ司令官の一言で決まった。確かにそれはそうかも知れないが、戦うこちらの身にもなってくれ、と言いたい。EFSFは残存艦艇約三千隻で紡錘陣形を形成すると、一歩も引かぬ姿勢を見せながら退く、という奇妙な行動を取ってアスターテ方向に消えていった。死兵とでも思ったのか、それとも残敵として取るに足らない存在と思われたのか、どちらにせよ帝国艦隊はEFSFを追う事なくこちらに向かってきた。それに、その『美味しい餌』に気付いてもらう為と、純粋にEFSFを勇気付ける為もあって、我々は平文で頻繁にEFSFに向けて通信を送ったから、敵艦隊がこちらの存在に気付いているのは明白だった。
『敵は大規模な増援を繰り出したのだから、手ぶらで帰る訳にはいかないはずだ。警備艦隊などに目もくれずこちらに向かってくるだろう』
というクレメンテ提督の予想(というより希望的観測)が当たった訳だが、それなら尚更勝率の高い戦法を摂ってもらいたいものだ…。まあ俺も万を超える艦隊戦なんて初めてだから、どれが勝率が高い戦法か、なんて判りゃしないのだが…。パオラとヤマトは元気かなあ…あ、フォークもいたな…。





帝国暦482年8月30日10:00 エルゴン星域、銀河帝国軍、第二十任務艦隊、旗艦ネルトリンゲン
ベルンハルト・フォン・シュナイダー

 メルカッツ閣下の表情は沈鬱そうだ。これ程の大艦隊を率いる機会が与えられるなんて、とても名誉な事だと私などは思うのだが…
「シュナイダー中尉、麾下の艦隊が正規軍なら本当に名誉な事だが、貴族のドラ息子どもを率いるとなると、話は変わってくるのさ」
私に話しかけてきたのはアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中佐だ。ヒルデスハイム伯を補佐していたのだが、突如解任されたので、本人も伯を見限って艦を降りてイゼルローン要塞に戻ってきたところを閣下が参謀に、とこの艦に乗艦させたのだ。
解任されたからといって補佐する上司を放って下艦するなんて、とんでもない事をする人だな、と思うのだが中佐本人は全く気にしていないようだった。
「あいつらは普段命令する側にいるから、命令される事には慣れていないんだ。今回来ている奴等は特にそうだ」
ヒルデスハイム伯、フレーゲル男爵、シャイド男爵、シュッツラー子爵…確かにそうかも知れない。彼等はブラウンシュヴァイク一門の中でも重きをなす人達だと耳にしたことがある。
「メルカッツ提督も損な役回りさ。正規軍人なら提督より上位の人間であってもあの命令に服すだろうが、そんなものお構いなしな連中だからな。最初はともかく、そのうちてんでバラバラに動き出すだろうよ…それはともかく、提督には救われた、全力で提督を補佐する事を大神オーディンに誓うよ」
私の肩を軽く叩くと、中佐は閣下の傍に歩み寄って行った。そうなのだ、ファーレンハイト中佐は敵前逃亡か無許可離隊の罪で処罰される所だったのだ、という。
閣下の傍らから再び中佐が歩み寄って来た。
「作戦会議を行う様だ。今から伯達がこの艦にやって来る。会議室の準備を頼む」
「了解致しました」


8月30日11:00 銀河帝国軍、臨編メルカッツ艦隊、旗艦ネルトリンゲン
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

 「皆に集まってもらったのは他でもない。今後の方針を決める為である。ファーレンハイト中佐、現況を説明せよ」
「はっ。自由惑星同盟を僭称する反乱軍の艦隊は、当星域の我々の反対側に布陣しております。二個艦隊、約二万六千隻の兵力です。位置関係から察するに、反乱軍は我に対し二方向から進み挟撃の体制を作り上げようとしております。それに対し我が軍は…」
「つらつらと説明する前に、何か申す事があるのではないか、中佐」
「フレーゲル少将」
「何でしょう、メルカッツ提督」
「発言と意見具申は現況説明の後でいいかね」
「提督はこのファーレンハイト中佐なる者がヒルデスハイム伯を見捨てて敵前逃亡した事を知りながら、参謀として麾下に加えられたのですか」
「フレーゲル少将、そのような事実はない」
「何と仰せられる、中佐はヒルデスハイム伯を補佐する役目を投げ出してイゼルローン要塞に逃げ帰ったのですぞ。それを、そのような事実はないと仰るのか」
「中佐を解任し、下艦を許可したのはヒルデスハイム中将だ。ノイエンドルフの航海記録にそう記されている。敵前逃亡でもないし無許可離隊でもないが…」
「…フン、まあ、それならそれでいいでしょう」
「…説明を続けたまえ、中佐」
「はっ。…それに対し我が軍は、艦隊を二つに編成して対処します。我が艦隊の二時方向に位置するであろう反乱軍の艦隊、フロッテAに対しヒルデスハイム中将を先任指揮官とする艦隊、十時方向に位置するであろう反乱軍艦隊、フロッテBに対しメルカッツ提督を先任指揮官とする艦隊に分離します。これよりそれぞれの集団をヒルデスハイム艦隊、メルカッツ艦隊と呼称します。
フレーゲル少将とシャイド少将はヒルデスハイム中将の指揮下へ、シュッツラー准将はメルカッツ提督の指揮下へ入ってもらいます。全体の指揮はメルカッツ提督が執られます…何か質問はございますか」
「よろしいか」
「どうぞ、フレーゲル少将」
「全体の指揮はメルカッツ提督だが、ヒルデスハイム艦隊は自由に動いてもよい、そう解釈してもよいのかな?」
「…メルカッツ提督の命令の範囲内であれば、ヒルデスハイム艦隊の裁量で行動してもらって構いません…よろしかったでしょうか、提督」
「構わんよ」
「了解した、ヒルデスハイム伯、叛徒共に懲罰を与えてやりましょう」
「ああ、大神オーディンもご照覧あれ、だな」
「…ご苦労だった、中佐。他に意見が無ければ解散とする。皆の健闘を期待する。乾杯!!(プロージット)
……こんな戦いに意味があるのだろうか。反乱軍との戦いはもう百五十年近くも続いている。今では当初の目的も忘れられ、前線はただ武勲を求める場と化している…。
「どうかなさいましたか、閣下」
「シュナイダー中尉か。いや、何でもない…軍人は軍人たればよいのだ」
そう、軍人は軍人である事を考えておればいいのだ…
「提督、小官のせいでご迷惑をお掛けしてしまったようです。誠に申し訳ございません」
「いや中佐、卿が謝る必要はない。あってはならん事だが、乗艦したままであれば何をされたか分かったものではないからな。それに、ヒルデスハイム伯自身は少し反省しておる様だ。まあ、今だけかもしれんがな」




8月30日19:00 エルゴン星域、自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 やはり敵は艦隊を二分した様だ。第三艦隊には敵艦隊の内二万隻が向かいつつある。となると我が艦隊のとる道は…。
「閣下、敵が二つに分かれました。二万隻の集団と一万一千隻の集団です。通信傍受の結果、二万隻の艦隊はヒルデスハイム艦隊、もう片方の艦隊はメルカッツ艦隊と呼称されている事が判明致しました」
「了解した。それで参謀長、何か意見はあるかね」
「はい、現在動いているのはヒルデスハイム艦隊のみです。この艦隊が第三艦隊に向かうのを阻止せねば、兵力で劣る第三艦隊は敗れてしまいます。転進しヒルデスハイム艦隊の側面を衝きましょう」
「確かにメルカッツ艦隊は動きを見せておらんが、それは我が方の動きを見極める為だろう。第三艦隊に連絡して挟撃体制を取るのではなく後退しつつ一刻も早く合流するのだ。急げ」
なるほど、分進合撃を止める訳か。うまくいけば合流した正面でヒルデスハイム艦隊と対峙する事が出来るなあ。そうすれば優位に立つ事が出来る。だが、あの動かない艦隊は何を考えているのだろう。いや、まったく動かない訳ではない。後退を始めた我が艦隊との相対距離を等しく保ったままこちらに着いてくる。着いてくるだけで何もしようとしないのが不気味だ。こちらが合流に成功すれば、敵は前衛にヒルデスハイム艦隊、後衛にメルカッツ艦隊、という形になる。いつでも飛び出せるぞ、という事になるのか。五千隻の兵力差があるだけでこんな厄介な事になるとは…。




8月30日19:00 エルゴン星域、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム

「反乱軍艦隊、通信傍受により第三艦隊と判明。距離三百光秒」
にわかに二万隻の艦隊司令官になってしまったが、果たしてうまくいくだろうか…何を弱気な事を言っているのだヒルデスハイムよ!!
一度の失敗は一度の成功で取り戻せばよいのだ…しかし大艦隊の司令官というものは大変だな。私の艦隊だけではなく、フレーゲルやシャイドの面倒まで見ねばならん…言ってる傍からこれではな…まったく、何の用なのだ…。

“伯、いや艦隊司令官閣下とお呼びすればよろしいかな、ヒルデスハイム中将”

「何の用かな、フレーゲル少将」

“これは異な事を…まもなく叛徒どもの第三艦隊とやらを、こちらの有効射程圏内に捉える事が出来ますぞ。私とシャイド男爵とで突撃を敢行しようと思いますが、よろしいかな?”

いきなり突撃だと?馬鹿な、何を考えているのだ……そうか、ついこの間まで私も彼等と同じ様な事を言っていたな。ファーレンハイト中佐の言いたかった事が今更ながら身に染みる…。我々の様な者を補佐せねばならんとは、軍人達も骨が折れる事だな…。
「少将、よく敵の動きを見るのだ。敵は我々と距離を保とうとしたまま九時方向に移動している。不利を悟ってもう一つの艦隊と合流するつもりだろう」
…たった十日間とはいえ、只一度の戦闘経験が私の思考を明確にしている…。戦況を見るというのはこういう事なのか?軍人か…存外私に向いているかもしれんな…。

“それでは尚更、我等が優勢な内に眼前の敵を討たねばなりません!突撃の許可を!”

「ならん!メルカッツ提督の指示を仰ぐのだ、突撃はそれからでも遅くはない」

“臆したのですか?艦隊司令官閣下”

「何だと…?」

“臆したのかと申し上げているのです。帝国の藩塀としての気概は何処へ消え失せたのか”

「…申して良い事と悪い事があるぞ、フレーゲル少将」

“であれば尚更!ここで眼前の敵を討たねば卑怯者のそしりを受けましょう!メルカッツごときの助勢を受けねば叛徒どもに懲罰を与えられぬとなれば、帝国貴族の名折れです!閣下、何卒!”

「…卑怯者、帝国貴族の名折れか。そこまで言うのなら仕方あるまい、フレーゲル少将、シャイド少将と共に突撃せよ。よいか、シャイド少将と連絡を密にするのだぞ」

“おお、有り難き幸せ!シャイド男爵と共に敵陣に踊り込めば、叛徒どもの艦隊なぞ物の数ではありません!我等の手で必ず勝利を!帝国万歳!(ジークライヒ)

つい先日まで私もこういう醜態(さま)だったと云う事か…済まぬメルカッツ提督、更に詫びねばならぬ事になりそうだ…。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧