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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
  【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(10)~セレンゲティ氷原大機動戦(下)~

 
前書き
「私はここに正統なるエル・ファシル政府がなおも健在であることを宣言する、そして可及的速やかに我々は本土を奪還するのだ、これは同盟憲章に則ったものであり、全てのエル・ファシル人の権利の擁護する為であることを明言する
確かに、我々は、我々は敵の艦隊の前に我々は退却を余儀なくされたのである。
しかし、これで終わりだろうか?希望は失われたのか?これは決定的敗北なのか?違う!
私を信じてほしい。我々はすべてを奪われたわけではない。エル・ファシルは孤独ではない!エル・ファシルには協力な同胞が背後に控えている。ハイネンセンに集った同胞たちと足並みをそろえ、戦いを続けることができる。
‥‥(中略)‥
何が起ころうとも、エル・ファシルの抵抗の炎は消えてはならないし、消えることもないだろう。
明日も、今日のように、私はハイネンセンからラジオで語り続けるつもりである」
(宇宙歴788年6月エル・ファシル政府臨時政府樹立を宣言したエル・ファシル共和国大統領ハンス・スタウニングの演説より) 

 
やらの副産物だが――その裏に潜むはアルレスハイム王冠共和国がヴァルシャワ労兵レーテ結成記念連隊の指揮官であるオットー・ヨギヘス大佐殿に他ならない。

「食いついている、食いついている、マヒワ集積所をくれてやった甲斐があるというものよ、後続が慌ててやってくるまでに撃破するぞ」
 ヨギヘス大佐は非常に上機嫌そうに振る舞っている。

「”ポスポリテ・ルシェニェ”展開しました!」
 幕僚の報告にも快活に応じる。
「大変結構!」

 幕僚は背筋を伸ばし、端末を操作しながら説明を開始した。
「敵は鹵獲品の略奪と分配に夢中になっておりますが‥‥むろん、奇襲に成功したとて無抵抗で済む筈はありません。
‥‥とはいえ敵の戦術は重火力の支援を受け、数を頼りにした歩兵の突撃しかできません」

「複数の捕虜からとれた情報によると連中の艦隊の半数は弱小諸侯の寄せ集めのようです。
ブラウンシュヴァイクのような”等族”クラスでもない限り貴族領艦隊陸戦隊の練度はそれこそ人民防衛運動の民兵よりも低い。これは領主の能力云々ではなく制度的・経済的限界によるものです」
 そもそも艦隊に配置された宇宙軍の兵士を応急で陸戦要員にしているのだ。そこまで器用な兵士を育て上げるには膨大な予算の訓練期間が必要である。

「対する私たちは連隊戦闘団として編成された部隊です。諸兵科連携こそが我々の精華であります。敵を重火力により制圧し歩兵を随伴した装甲部隊により敵陣を突破!
爾後は敵後衛部隊、及び敵残存兵の掃討!戦場の黄金律を見せてやりましょう!」
 
「‥‥問題は第二陣です。こちらは我々より有力な部隊であり、戦闘を想定して迫ってくることを想定するべきでしょう。敵の飽和攻撃を阻止する為の牽制を主眼とし、各部隊は正面敵部隊と適切な距離を保ち戦線を維持するべきです」

 ヨギヘスは笑みを消して幕僚の意見に頷く、
「数の不利を覆すために必要な航空支援が手薄であるが、文句を言っても仕方がない。我が軍は寡兵なのだからな。そこをどうにかいなして生き残る事が将校の仕事よ。
初戦で兵の士気は上がるだろうが、油断する莫迦がいたら俺が直々に鍛えなおしてくれるわ」


「俺は15で帝国の兵卒をやらされ、アルレスハイムへ逃れ、労働運動を学んだ。
あぁ俺から見れば、帝国貴族共には謙虚さも勤勉さも足りん。父祖の栄光に胡坐をかいて、学ぶべき物を学ばないなら没落は当然だ」
 連隊幕僚は肩をすくめ、彼の言葉の続きを待つ。
「そもそも貴族制とは遥か彼方に克服されたものだ。社会体制を維持する必要性の為の技能の独占を基盤とした“乗り越えるべき”制度に過ぎぬ。人類はそれを技術開発で、社会制度で、教育で克服してきた」
「あぁ伝統による連帯と名誉の象徴であればまだ良い。だがアレは違う、存在自体が人類の恥辱だ。実力主義の対極であり、人類普遍の摂理に対する倒錯趣味者の集団であり人類唯一の統治機構を名乗る禁治産者にすぎん。死ぬには良い日だぞ、帝国貴族ども」
 奇妙に背を曲げ歯を食いしばり“思いがけぬ甘露”に浮き足立っている侵略者を見る連隊長は常日頃以上に下士官めいた、獰猛かつ粗野な獣臭の匂いを醸し出していた。アルレスハイム将校……伝統的にシュラフタの多い宇宙軍のそれと真逆である。
「365日、24時間、あぁ、あぁ、いつだって!お前らが死ぬには良い日だ」




「て、敵襲!敵襲ゥゥゥゥゥ!!!」

「バカな!なぜこの距離まで気づかない!哨兵は何をしておったか!」
 オッツル・フォン・ディーオッチン男爵は頭を抱え叫ぶ。
彼自身も軍は予備役訓練課程しか受けていない主計将校であった。
「えー‥‥目をつけてない倉庫に入り込んでいたのが半数、分け前の為に喧嘩していたのが半数」
 副官は頭を掻く。彼はこの集積所の報告を握りつぶそうとしたのだが、手柄を欲した主君は前進を命じたのだ。
 だが非難するには領主の立場というものも理解できてしまうのであった。

 ――この戦場に出張るためにいくらつぎ込んだのやら、あちらこちらに付け届けをしてようやく将官の壁を越えられるというのに、主計将官の座が手に入れば領地運営にも相応の利益を得られる。なのに畜生。哨兵を管理する下士官ですらこうなってしまうとは!
 我が主君の嘆きは領地の現実に立脚した厳然とした事実の前に打倒されてしまうのだ。
「なぜここまで!」
 それなりに上手くやりくりをしているだけに物資の不足はないだろう、と自信を持っていたオッツルであったが兵は略奪にばかり目をとられ、将校下士官連中もそれを止めようとはしない、寧ろそれを推奨している節すら見受けられた。
「だってウチの領、基本的に麦と雑貨の交換だけで現金を得る機会なんて実質世襲の役人になるか、領軍に入るかくらいしかないじゃないですか。税だって穀物をこちらの相場で買いたたいて直轄領で換金してますから、そもそも領内で現金なんて日用雑貨や酒場くらいでしかつかわないですし、それだってその場で穀物とのレートで決まってしまいますから」

「そうなんだ」
 この領主は基本的に領地に顔を出さない。オーディンで書類仕事をしているだけである。いやまぁ何もなければ余計な事もせず、妙な浪費もしないのでそれでいいのだが。
「そうなんですよー、でも金さえ貯まれば下士官になれて閣下の荘園裁判所から謄本を買い取れるじゃないですか」

「‥‥‥買えたねぇ」

「買えるんですよねぇ、そうなればほら、閣下の土地ですが排他的利用権が認められますし、そうなれば他の農奴に土地をまた貸ししてレートのいい作物を育ててピンハネすれば永続的に現金収入が入りますんで。
だからこういう略奪で欲しいのってマルクに換える商品なんですよねぇ。人事担当将校や部隊指揮官、閣下の代わりの土地権利を牛耳ってる荘園裁判所の判事らへの付け届けも必要ですしぃ」

「私が人事局に賄賂撒いた感じかぁ」

「そもそもショッパイ旧式駆逐艦の駆逐隊ですけど我が領で貴重な宇宙軍の要員に採用された時点である程度、最低限の教養がありますからねぇ‥‥オーディンで部屋を買って又貸しとかすればまぁほら、子供も市民階級に上がれますから‥‥上に上がれば下級役人くらいは世襲で狙えますし」

「あー‥‥‥専科学校上がりの将校とかがウチの家臣団にたまに入ってくるのってそういうアレかぁ」
 うんうん、と頷いた後に首をかしげて男爵は尋ねる。
「つまり、みんな賄賂の為に現金が必要だから略奪をしなくちゃいけなくて‥‥賄賂が欲しい連中はそれを見逃しちゃうから‥‥軍紀が崩壊してるって‥‥コト!?」

「はい」

「増援は‥‥」「後2時間はかかりますねぇ」
「詰んだ?」「詰みましたねぇ」
 オッツル男爵は肩を落とす。
「‥‥そっかー」
 高出力レーザーが彼らの横を通り過ぎた。
「いやでもこうはならんやろ」
「なっとるんですなぁ」
「‥‥そっかー」
 スパルタニアンが急降下するのを見て、オッツルは溜息を吐いた。
 ――畜生、戦争ってやつはいつも採算が合わないものだ。



「ディーオッチン領駆逐戦隊陸戦隊、壊滅!!男爵閣下、壮烈な戦死を遂げました!!」

「あっ、そう」
 ラインハルトの君主の如き泰然とした返事をキルヒアイスは受け流す。別に無気力とか知ってたとかそういうあれではない。ないったらない。

 
「おおよそ3,000から4,000か?こちらの3割にも満たぬ」
 フランダン伯も顎を撫でる。彼は部隊の急行を提案したいいだしっぺもあり部隊を引き連れて同行していた。
「であれば強襲をかけてディーオッチン領の残存部隊の救援を急ぎましょう、このままでは敵は集積所を奪還し防衛態勢を整えてしまいます――」

「いえ、叛徒は莫迦ではないでしょう。伏兵がいるとみるべきです」

「あぁ、伯の言う通りだと考える。まずは威力偵察を仕掛け、敵の伏兵を引き出すとしよう。予備隊をいつでも動かせるようにしつつ仕掛けるぞ。
フランダン伯の旅団は最後まで取っておきたい、こちらの指示があるまでは防戦以外は控えるのだ」

「……了解した」
 フランダンの返答はわずかに遅れていた。だがラインハルトはそれに斟酌することはなく、眼前の敵を打ち倒す方策について目を輝かせて思考に没頭していた。




 戦車と装甲車両の連隊戦闘団を率いるのはグラスゴー大佐である。
「見よ、あの基地を埋め尽くしているのは敵だ。
聞け、この雪と氷の地を震わせているのは敵の足音だ」
 戦闘が起きている先を見据え彼は言葉を紡ぐ。
「恐れる者もいよう、震える者もいよう、私はそれを批判しない。恐れ、震えながらも逃げ出す者が居ない事を私は誇りに思う。諸君らは正しい、この戦いは我々が勝利するからだ。
何故なら奴らの兵士は農奴であり、諸君らは自由農民(ヨーマン)であるからだ。
操典の理解、自立した判断、指揮系統の明確化。我々は一人一人が自立した人間であり、そして軍務を理解し恐怖を堪え、軍務に服している」

「敵は銀河の支配者の軍を称している。それら全ては虚飾でありそれを引き剥がした先にあるのは鎖で繋ぎ止められた奴隷とそれを打ち据える奴隷主の群れにすぎない!
諸君らは間も無く虚偽の壁を渾身の一撃で打ち砕こう!
弁解の余地無く!木端微塵に踏み潰せ!
このヴァンフリートの複雑怪奇なる影さえ奴らの偽りを欠片も残すべからず!」
 グラスゴーが右手を挙げると軍楽が通信波として発せられる。 
「進め!諸君らはティアマト民国の戦闘部隊ウルク=ハイだ!」
 そしてグラスゴーは手を振り下ろす。ティアマト民国がサジタリウス準州時代からの伝統を誇る義勇農騎兵が突撃を開始した。





 だがそれもまたラインハルトの構想の範囲であった。
「ラインハルト様、予想された通りに敵が側面に」
 不敵な笑みを浮かべラインハルトは頷いた。
「やはり伏撃か、叛徒も芸のない事だ。我が艦隊陸戦隊の第二連隊に伝達する。レールガンで擾乱砲撃を加えよ、第一大隊は重火力大隊を守りつつ側面攻撃を、第二、第三大隊は突出しすぎず距離を保ちながら相手の頭を抑えるのだ、正面から叩き合うな」

 構想の通りラインハルトの指揮部隊は動き出した。
 たまらないのはグラスゴー達である。
『やられた!敵にもデキる奴がいるようだな』

『回り込めないか?』

『無茶言うな!背を向けるには敵が多すぎる!クソッ!後続を旋回させて抑え込むぞ!』

 ミューゼル准将の指揮により予備隊が突撃する“ウルク・ハイ”戦闘団の頭を抑え、側面に張り付く。逆に大打撃を受けかねない状況に追い込まれた同盟軍は、果断な機動戦はこの時点で終わりを迎えることになる――と思われた。




 ティアマトよりも更に奥地にたどり着いたのはエル・ファシルとムサンダムの派遣部隊で編成されたターイー戦闘団である。

「‥‥‥予備隊が動いたか!間に合ったな」
 そしてそこにはフォルベック少将も居る。
「予備隊を動員した総攻撃により、側面が手薄となっています。やるなら今しかありません」

「素晴らしい。アルレスハイムとティアマトの猛攻を前に焦燥が勝ったと見える」
 フォルベックが胸を反らすがターイーは苦笑するに留めた。故郷を誇る分には諧謔の範囲だ。
「こちらの見せ札のヴァンフリート軍も行動を開始した、後は諸君らの奮闘に期待しよう」


「まっ流石は”縦深最前衛”と言っておくか、だが我らも捨てたものではないぞ」

 フォルベックはニヤリと笑った。
「捨てたものではない?とんでもないムサンダム山岳騎兵の恐ろしさを見せていただくとしよう」

「……本隊は危機にあります」
 随伴機械化歩兵隊の指揮を押し付けられた(彼の主力である自走対空砲隊は奇襲に不向きであると機械化歩兵後方に拘置されていた)ニュースロット中佐が眉を顰める。

「本隊の側で止められればそれで良し。仮に止められなかったとしても、ワシらが重火力隊を掻きまわせば基地の防衛が楽になり、敵の勢いも削がれようぞ、中佐。
今は目の前の事に全力を尽くすべきだ」

 ニュースロットは口元を緩め、敬礼を捧げた。
「では、全力を尽くしましょう。戦友の為に」

「戦友の為に」
 ターイーも若き中佐に綺麗な答礼を返す。






「駱駝騎兵‥‥‥フランダン伯が遭遇した部隊!」

「側面に突如現れました!!」
 焦燥を隠さない伝令を見てキルヒアイスは眉を顰めた。丘陵地帯であることが仇となった。
 ちまこまとハンドキャノンやら高出力ビーム砲やらを使用し軽装甲部隊を狙い撃ちにして浸透しつつある。
 帝国軍はその社会的構造から兵下士官の自律性が低い、後方への浸透は同盟軍も当然恐れるがその恐怖の質も量も帝国は異なるのだ。
 更にそこに悪い知らせが続く。
「ラインハルト様!フランダン伯閣下の装甲旅団が動いています!」

「なんだと!?」
 なんと言っても陸戦専門部隊を率いている彼にはラインハルトも信を置き始めていた。

「莫迦な!何故だ!」
 ラインハルトはこの時の疑問の答えを得ることはなかった。少なくともヴァンフリートの雲一つなくとも揺らぎつづける陽光を浴びている間は。



「来たなターイー!私が卿の相手をしてくれる!!」
 フランダンは追撃の為に1個連隊に更に1個大隊を抽出し増強、二手に分けターイーの戦闘団に独断で”迎撃”を開始、ラインハルトの作戦計画では2個連隊6個大隊で編成された1個旅団を予備としていたはずであったが、彼が使えるのは2個大隊にまで低下してしまった。
 フランダンはラインハルトの考えたように愚かではない。”伯爵領軍指揮官”として戦場全体を見据えていた。

「リューネブルクにラインハルト!奴らは諸侯に何一つ功績を分け与える気はない!奴の指揮の通りに陣地を確保した二個連隊相手に私の装甲旅団を突っ込ませられるなど御免だ!」
 ラインハルトは皇帝の愛妾の弟であり帝国騎士ではあるが立場としては零落した都市富裕層に近い。
 フランダン伯をラインハルトは『部隊指揮統括』と見做していたがフランダン伯からすれば『中央のボンボンの横暴に対する諸侯の防波堤』と自身の立場を解釈していた。
 つまるところそのすれ違いである。略奪品の扱いに指揮系統の隔離。

「連隊長は二個大隊、旅団長たる私が二個大隊を直卒する!各中隊は連携し前進せよ!
壊乱した陸戦隊共は無視し叛徒を叩き潰せ!
敵を発見し次第、通信と共に発煙信号を打ち上げろ!叛徒を叩き潰せ!」
 単純かつ効果的な作戦である、絶対数でいえば3,000をわずかに超えた程度。
敵が浸透を続けるのであれば、であったが。


「戦車が来るぞ!あの時の伯爵殿だぁ!」

「よぉぉぉぉし!逃げるぞ!信号弾を打ち上げろ!」
 ターイー達は即座に踵を返し、駱駝の尻尾を丸めて逃げ出したのである。
 逃げるかターイー!とフランダン伯が叫んだかどうかは知らぬがターイーが

「逃げるさバーカ!バーカ!誰がやる気満々の精鋭装甲旅団相手に正面からやりあうかい!」
 とゲタゲタ笑っていたのは間違いないそうだ。
 置き土産にゼッフル粒子封入弾とチャフやら煙幕やらをばら撒きながらターイー戦闘団は尻に帆をかけて逃げ出す、これすらも事前の計画通りであった。

 ターイーのハラスメント作戦の混乱を受けたのはラインハルトが計画した集積所方面の作戦であった。
 ラインハルトの構想通りであれば臨時編成の陸戦隊の数の優位を活かし、敵の予備戦力を枯渇させ、薄まった戦線を装甲旅団が予備隊として集中投入し突破するはずであった。
 旅団の戦力が3分の1になるのは想定の範囲外である。

 だが逆に言えば戦力の枯渇は常に続くはずであったが――

「ターイー老、いやはや‥‥アレが味方で良かったと思うべきか。
予備を引きはがしたぞ!重装甲隊!突撃せよ!」

「ティアマトの連中にかっさらわれるな!正面から殴りつけてやれ!」

 ウルク・ハイは二個中隊を捻出しポスポリテ・ルシェニェと連携した突撃を敢行、一個大隊を潰乱せしめる事に成功した。
 これにより戦線の整理に成功した彼らはフォルベックの統率宜しきを得た持久戦へと行こうしつつあった。
 



 マヒワ集積所の戦いでは、同盟軍は900名が死傷し、帝国軍はディーオッチン領隊を含め2,800名程が死傷、あるいは行方不明となり、同盟軍が手に入れた俘虜は1,300人を超えた。

 ヴァンフリートの一個師団が行軍を開始した知らせを受けたラインハルトは一時的な後退を決意せざるを得なかった――というよりも後続が集積地確保の報を聞きつけ無理な行軍を開始したことでケレブラント航宙騎兵隊の襲撃を受け、著しい混乱が生じた所為でもある。
 それを見越してフランダン伯を彼の補佐につけたのだ、という指摘も正論ではあるが――ラインハルトにとり信頼できる練度の部隊が著しく欠如していたことからも判断の正誤を問うのは困難であろう。それだけにフランダンや諸侯領軍をこれまで指揮してきた直轄領部隊、すなわち帝国正規軍と同列の有能無能の物差しのみで判断してしまったのである。

 とにもかくにも、ラインハルトらは半日かけて後衛の再掌握を行うことを余儀なくされた。
 しかしながらセレゲンティ方面隊も消耗著しく、ヴァンフリート師団は陣地を放棄し、隘路の要所を破壊しながら4=2基地へと後退を余儀なくされた……ターイー戦闘団を除いては。



 ようやく自部隊に戻ってきたニュースロットは人心地つく間も無くターイーの招待を受け、ムサンダムの軍用馬運車を見学している。

「驚きました」
 出された珈琲を片手にスイートロールを齧りながらニュースロットはゆっくりと駱駝達を眺めている。
「あん?」
 ここにいるのは運転手とターイーとニュースロットのみである。
「温暖な土地ならともかくこの雪と氷の星に駱駝を連れて来て、
しかも容赦なく難所を乗り越えて見せる――そもそもマトモな動物であれば装甲服を着ないと活動が難しい星の筈ですが」

「それ用だからな、コイツは」
 地球時代には存在しないサイズの長毛駱駝は装置を取り外した今も至って平気そうにタロット・オーガナイゼーション畜産部門謹製の専用駱駝用レーションをモショモショと食らっている。駱駝用レーションってなんだろう、とは考えない事にした。
「良いもの食べている」
 軽く額を撫でると“なんだアンタ”というかのようにジロリ、と睨みつけ、シナモンロールの匂いを嗅ぐ。
 ニュースロットのスイートロールもタロットが『再建』したティアマト・ブランドのものだ。
 味は非常に良いしなにより無料である、タダより高いものはないというが”タダという事実”に対し対価を支払うのは我が義父と”フライングボール・ママ”の二大政党の皆様の背広組の労働であり我々軍人は無関係である、やったぜ。統帥権は首相が持ってる?知らん。

「我がムサンダムの起源は元々、銀河連邦の鄙びた自警団だからな。入植したムサンダムという星自体、テラフォーミングも不完全。こちらが適応するしかないのだよ」
 だから山岳騎兵なんてものが現役なのだよ、と笑い、ターイーがよせよせ、と首を撫でると駱駝は鼻を鳴らして飼い葉桶に再び顔を突っ込んだ。
 
「さて、本題だ」
 ターイーの目に鋭い眼光が宿った。
「ようやくですか」
 ニュースロットは不敵な笑みを浮かべる。
「この星域全域は恒星ヴァンフリートの影響を受けている、特に恒星嵐が起きたらガス惑星が連鎖的に反応しあらゆる航路が情報を遮断される‥‥‥これは無論知っていよう」

「その嵐が降り注ぐ前の兆候をヴァンフリート人は観測し続けてきた、そのデータを我々は共有している……嵐は間も無く起きる!」

 ニュースロットの唇が吊りあがり、チラリと犬歯が覗く。
「そこに乗じて仕掛けると?」

「うむ、ルートはヴァンフリート軍の助言をもとに策定した。仕掛ける価値は十分あるだろう。――もっとも、あらゆる通信機器が麻痺している中で然るべき時に、然るべき位置へたどり着き、攻勢をかける統制を持続出来ればの話だが」
 本土を占領された経験を持ち、奪還作戦にも従軍した年若い中佐へターイーは儲け話を紹介するフェザーン商人の如く微笑みかけた。
「乗るか、エル・ファシルの」

 ニュースロットは呆れたように溜息をついた。
「お言葉ですが”マルムーク”ターイー殿、僕らを誰だと思っているのですか?」

「我々は”剣虎”大隊だ、エル・ファシルの守護者だ。我が本土を蹂躙し、此度は友邦の地を犯す不逞の輩には断然攻撃あるのみ」

 ターイーは頬を緩めた。
「良かろう、それでは行くぞ、来るべき嵐に近い場へ――そして我々は襲い掛かるのだ」
 炭素クリスタルシャムシールを抜き、掲げる。
「嵐と共に!」

 
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